第5話:ホント、変な気持ちにさせられる

 

 綺羅にとって、その相手は不思議な印象を抱く人間だった。

 他の誰とも違う、ある意味では特別な男子。

 

「おーい、綺羅。またひとりで飯を食ってるのか?」

 

 ベンチに座る綺羅の顔を覗き込む男子。

 通い始めたばかりの高校で出会った、岡部弘樹という先輩。


――どこか普通と違う変な人。

 

 それが綺羅にとっての彼の印象だった。

 いつもお昼休憩になると、屋上で会うだけの関係。

 示し合わせたワケでもないのに、一緒に隣り合う席で昼食を取る。

 

「同じように、ひとりぼっちの先輩に言われたくない」

「なっ!? 違うからな。俺はひとりぼっちじゃない。ちゃんと友達もいる」

「エア友達の加藤君でしょ? あぁ、松坂さんだっけ?」

「松坂はリアル友達でいるからやめようぜ」


 友人が少ない方ではあるが「エアじゃないし」と弘樹は嘆きながら、


「皆は学食派で弁当派の俺とは一緒に食べられないだけだ」

「なんで、ダメなの?」

「ここの学食って弁当の子は利用できないじゃん。食堂が狭いからさ」

「そうなんだ。私は学食に入ったことがないから知らない」

「ホント、もう少し広くしてくれたらいいのになぁ」

 

 そう言い訳してから、彼は綺羅の隣に座った。

 彼が綺羅と食事する理由はただそれだけではない気がした。

 綺羅にだって彼が面倒見のいいタイプなのは分かる。

 そうでなければ、綺羅のような面倒くさい性格の子の相手なんてしない。

 

――私は自分で言うのも変だけど、普通じゃないと思うから。


 他人と距離を取りたがる、いつもひとりぼっちの綺羅。

 それなのに、彼との場合は調子が崩れる。

 

「そういやさぁ、綺羅は友達がいるのか?」

「人生で数える程度なら」

「そこはクラスで、と言ってくれた方が俺はまだ安心できたぞ」

 

 正直すぎるカミングアウトに弘樹は肩をすくめて言う。

 実際、綺羅には友達なんてほとんどいない。

 中学の頃に仲が良かった子は3人程度いた。

 それでも、皆とは高校を離れてしまい、多分このまま疎遠になると思われる。

 

――またひとりぼっちに逆戻り。


 それでもいい、綺羅は一人の時間が好きだから。

 友達なんていてもいなくてもいい、というのが本音である。

 

「本音を話せる相手を友達と呼ぶなら、私の人生には本当の意味での友達とはめぐりあえてないのかもしれないね。私は人を信用しないから」

 

 そんな発言をする綺羅に弘樹は「面倒な子やなぁ」と呆れていた。

 

「友達って、そんなに難しく考えるものじゃないじゃん?」

「そうかしら」

「気の合う連中を見つけて話をすれば、自然と友達になってるものだ」

「先輩は上辺ばかりだけの友達を作って、騙されて後悔すればいい」

「言い方、言い方」

「先輩の人生はきっと友達と言う名の裏切り者に、借金の連帯保証人にされて地獄に突き落とされる未来が待ってるよ」

「どんだけ歪んだ見方をしてるのやら。そんなひどい奴ばかりでもないって」


 対人関係の苦手な綺羅にはその言葉は届かない。


「何だよ、昔、友達にひどい事でもされたのか? 綺羅って他人に厳しくね?」

「他人に厳しく自分に甘くがモットーだもの」

「マジでダメな子だ、それ。人生、楽しく生きていくには友達は必要だぞ」

 

 パクパクとお弁当を食べながら綺羅に説教を始める。

 全然違う生き方をしてる彼と話すと些細な話題でも考えさせられる。

 綺羅とは価値観や物の考え方が大きく違うから。

 

「例えば?」

「友達の利点か? そうだな、友達がいれば合コンに誘ってくれる。女の子と知り合いが増える必需な関係だ。俺、あんまり女子に縁がないので助かります」

「……最低」

 

 ただし、その価値観や考え方が綺羅のプラスになるとは限らない。

 綺羅が向けた冷たい眼差しに慌てた様子で彼は、

 

「いやいや、待て。最低扱いするのはやめてくれ。それだけじゃない、他には……漫画の貸し合いができる、とか?」

「欲望にまみれた、利用し合う関係じゃない」

「そんなことはないって。多分」

 

 綺羅は呆れた声で彼に「先輩の友達は軽いね」と言ってやった。

 

「はぁ。先輩にとっての友達は、休憩時間の暇つぶしの漫画程度のものなの」

「そこまでひどい事は言ってないぞ。友達ってのは同じ価値観を共有したり、いざって時には助けあったりするものじゃないか。友情は青春に必要不可欠だぜ」

「HERO先輩だと、それが合コンだったり、エロ本の貸し借りだったりするわけね。欲望まみれな関係だとこと」

 

 弘樹は慌てた様子で「エロ本とは言ってません。ホントだよ?」と否定した。

 

――先輩は顔にすぐ出て、分かりやすい人だなぁ。正直者め。


 彼と違い、綺羅には友達など簡単にできるはずがない。

 

――どこにいても、いつだって他人に馴染めない。


 家族すら他人と感じる、誰にも心を許せていないだけ。


――人を信じる事をしない。誰も信じられないから、誰にも信じてもらえない。


 基本的に綺羅は誰も信じないから、逆に誰からも信頼されないことがある。

 新しいクラスでもすでに、綺羅は浮いた存在になりつつあった。

 きっとこのまま中学の時のように友達もできない。


――私に友達なんて必要ないし、一人でいい。


 だけど――。

 

「……先輩って変な人」

 

 綺羅は弘樹と話してる今の時間が決して嫌いではない。

 友達ではなくても、異性だとしても、話していたら気分が和む。

 ひとりでいるよりも、楽しいと思う自分がいる。

 

――なんでなんだろう。ヒロ先輩は今まで接してきた他人とどこか違う?

 

 そのどこかが綺羅にはまだよく分からないでいた――。

 

 

 

  

 その日は夕方から大粒の雨が降りしきる最悪の天候だった。

 憂鬱な気分で綺羅は雨空を見上げる。

 

「なんで……? あんなに晴れていたのに、ウソでしょ」

 

 朝の晴天が嘘のように、いきなり大雨になってしまった。

 雨が降ると思ってもいなかったので傘なんて持ってきていない。

 綺羅は黒い雨空を睨みながらテンションが沈んでしまう。

 まだ新しい制服を濡らしたくないのだ。

 

「よぅ、綺羅。お前も帰りか?」

「ヒロ先輩?」

 

 救世主は意外なところからやってきた。

 落ち込んでいた綺羅に声をかけてきたのは弘樹だった。

 紆余曲折を経て、彼と同じ傘に入れてもらう事に。

 男の人とこんな風に距離を近付けるのは初めての経験だった。

 

「綺羅、もうちょいだけくっついてくれ」

「言葉巧みに、私と身体を密着させようとする罠?」

「そんな罠はない。綺羅が雨に濡れるんだろうか。ほら、こっちに来い」

 

 何とも言えない恥ずかしさに言葉少なくなる。

 距離感が近い、というか、もう身体の一部が触れてる。


――うぅ。距離感が近すぎて、何だか不思議な気持ちになる。


 肩が触れるだけで思わずびくっと過剰な反応をしてしまう。

 

「……おいおい、何もしないっての。そこまでビビるな」

「私、これからきっと先輩にひどい目にあわされてしまうんだわ」

「頼むから絶望的な顔をするな。他の人が怪しむでしょうが」

「どうしよう。私、ホテルなんて初めてなのに。無理やり、あんなことを……」

「待ちなさい。俺はそこまで鬼畜じゃないっての。俺を信じなさい」

 

 優しく笑いかけるようにそう答えた。

 その時になって綺羅は何となく、彼が他の人と違う所に気付く。

 

――そっか、ヒロ先輩は私とちゃんと向き合ってくれてるんだ。


 綺羅のような面倒くさい性格の子を相手にすると、どうしても距離を取る。

 それなのに、彼はこんな綺羅にでも近づこうとしてくる。

 

「先輩って変な人だ。変人だよね」

「……待てい。縮めるな、変な人と変人ではひと文字違いで大きく意味が異なる」

「そこまで変わらないと思うけど。まだ変態とは言ってない」

「知り合ってさほど経っていない後輩女子から変態扱いされたら俺は泣くぞ」

 

 がっくりと肩を落として凹む弘樹。

 意外とナイーブな一面もあるらしい。

 

「で、俺が変わった人だと言うのはどういう意味だ?」

「私みたいな子に声をかけるところ」

「そーいうこと、自分で言うな。それだと、綺羅も変わった子になるぞ」

「私は普通とは違うこと言う自覚があるもの。特別な存在だと言ってもいい」

「うん、それは意味が違う。綺羅は別に普通の子と変わらないだろ」

 

 やっぱり、だ。

 こんな風に言ってくれるのは彼が他とは違うと思える。

 

「なんだ、自分でも友達ができない寂しい奴だと言う事を自覚してるわけだ」

「……ぐすっ、先輩ひどい」

 

 軽く泣き真似をすると弘樹は動揺しながら、

 

「え? あ、いや、その、すまん。言いすぎた? 俺が悪かった」

「……冗談。この程度で私のハートは傷つかない」

「少しは傷つけ。友達がいないって事に慣れるなよ。まったく」

 

 彼は軽く綺羅の額を指でつついた。

 友達が少なくて、寂しくても別に気にしない。

 なのに。

 

「私は孤独が好きだから。別にいい」

「ずっとひとりでいいって? それは寂しい生き方だと思わないか?」

「思わない。私はずっとそうだったもの」

 

 他人に合わせるが嫌い。

 へらへらと面白くもないのに、愛想笑いしたり、話題に付き合ったり。

 上辺ばかりの関係は面倒くさいだけだ。

 

「俺から見た綺羅の印象は、仲良くしたいのに仲良くできない。甘えたいのに甘えられない。素直になれてないだけだと思うぜ。もっと素直になればいいのに」

「……ふんっ」

 

 素直じゃない。

 その言葉に綺羅は何も言い返せなくて頬を膨らませた。

 

「あっ」

 

 雨が強くなってきて、傘に当たる雨音が大きくなる。

 大粒の雨が傘を伝い、弘樹がさらに綺羅との距離を詰めてきた。

 

「雨、強くなってきたな。制服、濡れてないか? まだ新しいんだろ」

「……大丈夫。それより、近づきすぎ」

「こうしないと俺も濡れるし。気にするな。綺羅の家はもうすぐか?」

 

 一つの傘に入りながら、雨の帰り道を歩いて行く。

 ありきたりなシチュなのに。

 初めての体験のせいかすごく心臓が高鳴る自分がいる。

 

――こんなにドキドキするなんて、何でだろ? ヒロ先輩相手に?


 弘樹に翻弄されてる自分がいて。

 でも、この時間は別に嫌じゃなくて。


「ヒロ先輩って誰にでもこんな真似をするんでしょ」

「何ですと? 俺がそんな勇気のある男に見えると?」

「……ないわぁ」

「お前なぁ、そこは否定しておけよ。泣くぞ、こら」


――誰にでもなく、私だけだとしたら?


 彼女は自分が思ったことにすぐさま否定する。


――バカな私。何を変なことを考えちゃってるんだろ。


 ドキドキと、激しく高鳴る心臓の音。

 人づきあいが苦手な綺羅のような相手を放っておけないだけだと納得する。

 強い雨の降る夕方の帰り道。


「ホント、変な気持ちにさせられる」


 綺羅は弘樹に顔を見られないように隠しながら、顔を赤らめていた。

 

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