第295話・これからもずっと

 茜と恋人になってから迎えた九月最初の登校日、俺はお互いの家から近い位置にある公園前で茜がやって来るのを待っていた。


「おっせーな」


 昨晩約束した時間を十分過ぎているというのに、待ち人である茜はまだ姿を現さない。


「――龍ちゃーん!」


 それからしばらく待ち、寝坊でもしているのかと思って電話をしようとしたその時、ようやく待ち人である茜が姿を見せた。


「いったい何してたんだ? 寝坊か?」

「ううん、色々と気合を入れてたら夢中になっちゃって、ごめんね……」


 そう言って髪の毛を気にする茜をよく見ると、いつものポニーテルではなく髪を下ろした状態だった。そんな茜の姿はとても新鮮で、いつもよりも強く女の子を意識してしまう。


「ま、まあそういう事ならいいさ、とりあえず行こうぜ」

「うん、ありがとう。ねえ龍ちゃん、この髪型どうかな? 似合ってるかな?」

「あ、ああ、よく似合ってるよ、凄くいいと思う」

「そっか、ありがとう」

「お、おう……」


 茜の質問にこっぱずかしくも答えた俺は、照れ顔を見られたくなくて素早く歩を進め始めた。


「あっ! 待ってよ龍ちゃん」


 その言葉に多少速度は落としたが、あくまでも茜に顔を見られない位置はキープし続けた。


「それにしても、今年の夏休みはあっと言う間だったな」

「そうだね、私も今年の夏休みはあっと言う間だった気がする」

「だよな、茜はインターハイもあったし、俺もマネージャーやってたしな」

「うん」


 茜はまるで遠い昔を思い出すかようにして小さく微笑む。そんな茜を見ていると、なんだか俺もその出来事が遥か昔の事だったように感じる、ほんの二週間くらい前の事だというのに。


「それにしても、新学期になっても周りは全然変わらんな」

「周り?」

「周囲を見回せば嫌でも目につくだろ?」

「……ああ、なるほどね」


 同じく登校をしている花嵐恋学園の生徒達を見た茜は、納得したと言わんばかりの表情で大きく頷いた。俺達の周りには、仲良く手を繋いで登校をしているカップル達が沢山居るからだ。


「そ、そういえば龍ちゃん、私達ってつき合ってるんだよね?」

「ああ」

「恋人なんだよね?」

「そうだな」

「だったらさ、周りの人達みたいに恋人らしい事をしてみる?」

「恋人らしい事?」

「うん」


 恥ずかしそうに頷くと、茜はそっと左手で俺の右手を握ってきた。しかしその握り方はとても弱々しく、遠慮をしている感じがひしひしと伝わってくる。


「あっ……」


 そんな茜を見て愛おしく思った俺は、優しくも強く茜の手を握り返した。するとそれに安心したのか、茜も俺の手をぎゅっと握り返してきた。


「そ、そういえばさ、約束は覚えてるか?」

「えっ? 約束?」

「ああ、俺が最後までマネージャーを頑張ったら、なんでもお願いを聞いてくれるってやつだよ」


 茜と手を繋ぐのが照れくさかった俺は、それの照れを誤魔化す為にそんな話を持ち出した。


「そういえばそんな約束もしたね、私にしてほしいお願いがあるの?」

「ああ、それなんだけどさ、今度の日曜日に俺と一緒に水族館へ行ってくれないか?」

「それって、私とデートしようって事?」

「まあ、簡単に言うとそういう事かな」

「……うん! 行く! 一緒に行きたいっ!」


 今までに無いくらいの満面の笑顔を浮かべ、テンション高く喜ぶ茜。そんな様子を見ていると、俺もなんだか嬉しくなってくる。


「よし、それじゃあ茜、次はお前のお願いを聞く番だ」

「えっ? 私もお願いしていいの? インターハイで優勝できなかったのに」

「あのなあ、俺は一言もインターハイで優勝したらお願いを聞いてやるなんて言ってないぞ? 俺は茜がインターハイで頑張ったら、何か一つお願いを聞いてやるって言ったんだから」

「あれっ? そうだったっけ?」

「そうなんだよ、優勝したらって勝手に付け加えたのはお前だ」

「うっ、そう言われればそうだった気がする……」

「まったく、お前はいつもそそっかしいんだから」

「ごめん」

「まあいいさ、茜がそそっかしいのは俺にとっては分かりきった事実だしな」

「酷いなあ」

「まあそれはそれとして、何かお願い事はあるか? もちろん俺が出来る範囲の事でだ」

「うーん、そうだなあ……」


 茜は俺の言葉を聞いて熟考し始めた。そんな茜の様子を見ていると、とんでもない要求を考えているのではないかと不安になってくる。

 そしてそんな不安を感じながらもうすぐ花嵐恋学園へ着こうかという頃、茜は難しい顔をぱっと明るくして俺を見据えた。


「龍ちゃん、私のお願い決まったよ」

「そ、そっか、それでどんなお願いなんだ?」


 どんなとんでもない要求が飛んで来るのかと、俺は思わず身構えてしまった。


「えっとね、これからも私と一緒にずっと仲良くつき合ってほしい。喧嘩はするだろうけど、私の事を嫌いにならないでほしい、こんなお願いは駄目かな?」


 言っている途中でどんどん不安げな表情へ変わっていったが、そのお願いに対する俺の返答はもう決まっている。


「まあ茜と喧嘩をするのは昔からの事だし、その事で茜を嫌いになった事はないから安心しろ。俺はずっと茜の事が好きだからさ」

「龍ちゃん……ありがとう、私、龍ちゃんを好きになって本当に幸せだよっ!」

「おおっ!?」


 本当に幸せそうな表情を見せながら、茜は俺の右腕にぎゅっと抱きついた。

 そんな大胆な行動をとる幸せそうな表情の茜を見ながら、俺はこの幼馴染の隣でずっと一緒に人生を歩んで行きたいと、心の底からそう思いながら、温かい気持で通学路を歩いて行った。





アナザーエンディング・水沢茜編~Fin~

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俺はラブコメがしたいッ!【改訂版】 まるまじろ @marumagiro

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