第293話・最大の挑戦

 全国ベスト9の強豪、四方しほう学園との試合が終わった翌日の昼過ぎ、俺は昨日よりも更に表情を強張らせながら、試合前の練習風景を見つめていた。

 今日の相手はインターハイ六年連続優勝で、今年の優勝候補筆頭である立秋館りっしゅうかん高校。その立秋館高校の選手達も、反対側のコートで同じく試合前の練習をしているわけだが、練習内容はこちらとほぼ変わらない事をしているというのに、放っているプレッシャーが半端じゃない。流石は六年連続で優勝をしている王者と言うべきだろうか。

 そんな選手達を前に、花嵐恋からんこえ学園の選手達はガチガチになっていてもおかしくはないけど、練習の動きはとてもスムーズで、昨日みたいに緊張している様子は見えない。

 そして試合前の練習が終わり、それぞれのチームが監督から指示を受け終わると、いよいよ花嵐恋学園女子バスケ部にとって最大の挑戦が始まろうとしていた。


「茜、頑張れよっ!」

「うん、頑張って来る!」


 いつもの明るい笑顔で元気にそう答えると、茜は静かにコートへと向かって行った。

 そしていよいよ試合開始のジャンプボールがされると、今回も見事に花嵐恋学園がジャンプボールに勝ち、新井さんがボールを持った。


「さあっ! 一本行くよっ!」

「「「「おうっ!」」」」


 キャプテンの新井さんが気合の入った声を出すと、それに茜を含めた四人の選手が更に大きな声で返事をした。

 試合に臨むみんなの気合は、これでもかと言うくらいに充実している。あとはいつものようにみんなが伸び伸びとプレイをしてくれれば、必ずいい勝負ができるだろう。


「あっ!?」


 今日のみんなは昨日よりも動きがいい、これならきっといい勝負が出来るだろうと思っていた矢先、新井さんからボールをパスされたスモールフォワードの姫城ひめしろさんが、一瞬の隙を突かれてボールを奪われてしまった。

 ボールを奪われみんなは急いでゴールを守る為に戻ろうとするが、相手の足はとても速く、追いつく事ができずに先取点を許してしまった。


「ごめん!」

「ドンマイドンマイ! 次、しっかりと取り返そう!」


 姫城さんが申し訳なさそうにそう言うと、茜はにこやかな笑顔でそう言った。

 そして再び花嵐恋学園の攻撃が始まると、今度はボールを持った茜が素早い動きで相手チームを翻弄し、上手いパス回しの末に最後は茜がシュートを決めた。


「よっしゃ! いいぞ茜!」


 失点した後に素早く点差を戻した事により、選手達の心の重圧はいく分か減った事だろう。しかし試合はまだ始まったばかり、少しの油断が即座に大きな失点へと繋がるのがバスケットだから、なんとか集中力を崩さずに頑張ってほしい。

 そこから相手との激しい点の取り合いに、俺は一喜一憂を繰り返した。そして第一クオーター、第二クオーターを終えて十分の休憩が入り、第三クオーターを終えた休憩の時、俺は茜のちょっとした異変に気がついた。


「茜、大丈夫か?」

「ん? 大丈夫って何が?」

「右足だよ、なんか動きを気にしてたみたいだけど、さっきのファウルでどこか痛めたんじゃないのか?」

「そんな事はないよ、ほらっ、全然平気」


 そう言うと茜は右足を使って片足立ちをし、平気だとアピールした。


「そっか? それならいいんだけどさ」

「心配してくれてありがとね」

「再開します!」


 今のバスケットは基本的に四クオーター制となっていて、高校生の試合はそれぞれのクオーターが十分の、計四十分となっている。そして第一と第二、第三と第四クオーターの間の休憩は二分程度しかない。


「それじゃあ行って来るね」

「おう、頑張って逆転してくれよ?」

「うん、任せておいて」


 長いように感じていた試合もあっと言う間に最終クオーターを向かえ、泣いても笑ってもこれで勝敗がついてしまう。現時点で花嵐恋学園は立秋館高校に対し、七点のリードを許している。残り十分で七点差なら、追いつくのはそう難しい事ではない。

 しかし相手は優勝候補筆頭、七点差をひっくり返すのは容易ではない。なぜなら最終クオーターを前に、花嵐恋学園の選手達には疲れが見えていて、明らかにその動きには切れがなくなってきているからだ。相手の実力が同格か下ならともかく、上となると逆転が難しくなるのは普通だ。

 そして案の定、俺の嫌な予感は的中してしまい、最終クオーター開始から五分を過ぎてもその点差は縮まらず、逆に三点の追加リードを許してしまっていた。ここまでくると諦めの気持ちが出てくるところだけど、それでもなんとかこの点差をひっくり返して勝ってほしい――と、俺は強く願っていた。

 するとそんな俺の強い願いが通じたのか、そこから茜は脅威の追い上げで点差を詰めていった。しかもその時に使っていたシュートは、俺と一緒に居た時に練習していた切り札のワンハンドシュートだ。

 相手もまさかこの最終クオーターの終わり近くでそんな事をしてくるとは思ってもいなかったみたいで、茜のワンハンドシュートを止めるのにはとても苦戦をしていた。

 そして迎えた試合終了二十秒前、点差は茜が決めていた一本のスリーポイントによって一点差まで詰め寄っていた。ここで上手くワンゴールを決められれば逆転、あの立秋館高校に勝つ事ができる。


「落ち着いて一本行くよっ!」


 時間はもうほとんどない。でも、キャプテンの新井さんはとても冷静にボール運びをしている。見ている側としてはヤキモキするところではあるけど、焦って攻撃を止められては、それこそ勝利への道が断たれてしまう。

 俺は新井さんのゲームメイクを見守りながら、花嵐恋学園の勝利を願っていた。相手の選手にも相当なプレッシャーがかかっているはず、どれだけ強く優秀な選手達であっても、同じ高校生なのは間違いないのだから。


「全力で止めるよっ!!」

「「「「おうっ!!」」」」


 そんな中、立秋館高校の選手達は、もうシュートを打たせまいと必死のディフェンスを見せる。それには流石の新井さんも攻めきれないのか、パスすらも通せずに焦りの表情を見せ始めていた。

 そして新井さんがパスすらできないまま苦戦をしていたその時、ついに試合終了のカウントダウンが始まった。電子パネルに表示されたカウントが、十、九、八と減って行くのを見た俺は、もう駄目だと思って目を瞑ってしまった。


「ましろっ! こっち!!」


 しかしその時、勝利を諦めた俺の耳に、茜の勝利を諦めていない大きな声が聞こえてきた。俺はその声にパッと目を開き、茜へと視線を向けた。すると茜は新井さんから見事にパスを受け取り、立ちはだかる相手よりも高く上へ飛んでシュート体勢をとっていた。

 そしてそれを見た俺は、大きく口を開いた。


「いっけえぇぇぇぇぇぇぇ――――っ! 茜――――っ!!」


 茜が放ったワンハンドシュートが、大きな弧を描きながら相手ゴールへと迫る。そしてその数秒後、会場は大きな歓声に包まれた。

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