第292話・目指す道を共に

 去年のインターハイベスト9の強豪、四方しほう学園との試合が終わった日の夕方、俺はバスケットボールを持った茜と一緒に街を歩き、女子バスケ部が宿泊している宿からほど近い場所にあるという公園へ向かっていた。


「なあ茜、ちょっとは休んでおいた方がいいんじゃないか?」

「心配しなくても大丈夫だよ、練習って言っても軽いやつだから」

「そりゃあそうかもしれんが、明日は六年連続インターハイ優勝の立秋館りっしゅうかん高校が相手なんだぞ? 十分過ぎるくらいに身体を休めてた方がいいんじゃないか?」


 花嵐恋からんこえ学園女子バスケ部は、強豪四方学園を相手に四点差で見事に勝利し、無事に明日の試合へと駒を進める事となった。四方学園との試合は途中で逆転されてかなり焦った場面もあったけど、メンバーたちの必死のプレイで追いつき、最終的には勝利を収める事ができた。


「心配なのは分かるけど、私は身体を動かしてた方が落ち着くんだよ。だから少しだけつき合って」

「まあ茜がそう言うならつき合うけどさ、一応臨時とは言え、今は女子バスケ部のマネージャーなわけだし」

「そうそう、龍ちゃんはマネージャーなんだから、選手の為に一肌脱いでもらわないと」

「へいへい、おおせのままに」


 やれやれと言った感じでゼスチャーをしながらそう言ったけど、内心は嬉しい気持ちの方が強かった。そして何より、優勝へ向かって邁進まいしんする茜の力に少しでもなってやれる事が嬉しかった。

 表面上はいつもと変わらないように接しながらも、俺は茜と一緒に目的の公園を目指した。


「――ほー、街中にある公園にしては結構広いな」

「そうだね、しかもバスケットリングまであるよ」

「よしっ、茜パスだ!」

「えっ!? うん」


 俺は茜からパスを受けると、そのままドリブルをしてゴールへ向かい、ランニングシュートを放った。


「ナイスシュート! 相変わらずランニングシュートのフォームが綺麗だよね」

「自分じゃよく分からんが、茜が言うならそうなんだろうな」

「うんうん、そこだけは新人のお手本に見せてあげたいくらいだよ」

「そこだけはって言葉が引っかかるけど、今は気にしないでおいてやろう。ほれっ」

「おっと」


 地面に転がったボールを拾い、それを茜へパスする。すると今度は茜がボールをドリブルし、ミドルレンジ付近まで来てからワンハンドシュートを放った。

 茜の手から放たれたボールは綺麗な弧を描き、そのままゴールへ吸い込まれるようにして入った。


「それにしてもすげえな、インターハイまでの短い間でワンハンドシュートをものにするなんてさ」

「龍ちゃんが練習につき合ってくれたおかげだよ。明日は多分、このシュートを使う事になると思う、だからもう少しだけ練習しておきたいんだ」


 女子は男子と違い、基本的にシュートは両手打ちが多い。故にディフェンス側も、両手打ちに対応したディフェンスになりやすい。そこで茜はインターハイ出場が決まってから今までの間、ずっと朝練やチーム練習後にワンハンドシュートの練習をしていた。攻撃手段を少しでも増やす為だ。


「それにしても、せっかく練習した切り札を二回戦目で出す事になるなんてな」

「仕方ないよ、相手はあの立秋館高校だもん。全力を尽くさないと絶対に勝てる相手じゃないから」

「確かにな」


 そう言うと茜は地面に転がったボールを拾いに向かった。

 明日の試合は花嵐恋学園女子バスケ部にとって、最大の挑戦と言える試合になるだろう。そして花嵐恋学園VS立秋館高校の試合は、大方が立秋館の勝ちで終わると思われている。しかし、その見方は正しい。だって六年連続インターハイ優勝の立秋館高校が、初めてインターハイに出て来る高校に負けるはずがない――と、誰でもそう思うだろうから。


「ねえ龍ちゃん、私達、明日勝てるかな?」

「どうしたんだよ、急に」

「なんだかね、ちょっと不安になっちゃったんだ。念願だったインターハイ出場を叶えてここまで来たけど、明日は優勝候補筆頭の立秋館高校が相手。もしも明日負ければ、私達の夏はそこでお終いだから……」


 茜の不安はよく分かる、相手は王者、言ってみれば最強の相手だ。そんな王者を相手にするというのがどれだけのプレッシャーなのか、それは俺にも分かるつもりではいる。だがそれは、当事者ではない俺には真の意味で理解してあげられない部分でもある。こればっかりは、直接相手をする茜達にしか分かり得ない領域だ。


「何言ってんだよ、茜達はインターハイで優勝する為に頑張って来たんだろ? それなら遅かれ早かれ立秋館高校とは戦う事になっただろうし、それが他のチームより早かったってだけじゃないか。優勝するなら強豪との戦いは避けて通れないんだからさ」


 我ながら何の解決にもならない事を言っていると思う。こんなのは傍から見ているだけの者が言える、気休めにもならない言葉だ。だけど俺にはそれくらいしか言ってやれない、一緒にコート上で戦えない以上、俺に出来る事はこれくらいしかないのだから。


「……うん、そうだよね、戦う以上は勝たなきゃねっ!」


 気休めにもならない俺の言葉に対し、茜はいつものように明るく元気にそう答えた。しかしその笑顔の中に入り混じる、不安のよなものを俺は見逃さなかった。


「……なあ茜、久々に勝負してみないか?」

「勝負? 勝負って何の?」

「そりゃあもちろん、バスケだよ」

「えっ?」


 俺の申し出に対し、茜はとても驚いた表情を見せた。しかしまあ、それは当然だろう。今や茜は花嵐恋学園女子バスケ部の中心人物であり、チームの要とも言える重要戦力、片や俺は、ただのバスケ好きの素人。そんな俺が茜にバスケで勝負を申し込むなど、無謀としか言いようがないからだ。


「……うん、それじゃあ勝負だよ! 龍ちゃん!」

「おっし、それじゃあ久々にやるかっ!」

「言っておくけど、手加減はしないからね?」

「望むところだ、手加減なんて一切必要無し! 全力で俺を負かしに来いやっ!」

「いい度胸だね、それじゃあ遠慮無く行くよっ!」


 茜は手に持ったボールを地面へつき、リズム良くドリブルを始めた。俺はそんな茜の前に両手を広げて立ちはだかり、ゴールへの進行を防ぐ。

 こうして茜とバスケで真剣に向き合ったのは、いったいいつ以来だろう。それはもうずいぶんと昔のように感じ、それがいつだったのかを思い出す事はできない。けれど、このワクワクした感じは今でも覚えている。

 俺は茜と久々のバスケ勝負に胸を高鳴らせ、公園でしばらく真剣勝負を続けた。まあ結果として俺は茜に惨敗したけど、勝負が終わった後の茜の表情にはもう、勝負前に感じていた不安のようなものは一切無かった。

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