第277話・心配で仕方ない

 渡と電話で話をした翌日の深夜、俺は相変わらずまひろの事を考えて眠れずにいた。

 しかし渡から今回のまひろの件における答えかもしれないヒントを得た俺は、それを元に行動を起こそうと考えていた。だがその方法を考えるとなると、なかなか良い方法が思いつかない。

 今回の件が渡の言っていた通りにまひろの不安から来ているものだとしたら、解決の方法は簡単だろう。それは俺のまひろに対する想いを、しっかりと本人を前にして伝えればいいからだ。だったらさっさとそうすればいいんだろうけど、この最も簡単な方法が今の俺には簡単に出来ない。なぜならまひろと二人で話す機会が持てないからだ。

 だったら電話をするなりメッセージを送るなりして二人で話す機会を作ればいいじゃないかと思われそうだけど、残念ながらその手は使えない。まひるちゃんにも言われていた様に、俺からの直接連絡はしない方が良いと思うからだ。

 それに俺が連絡を入れたとしても、まひろはその連絡に反応はしないだろう。なぜならこの前やって来たまひるちゃんから、『今のお姉ちゃんは携帯を見ていないですから』と聞いているから。

 携帯を見てくれているなら他の誰かに呼び出してもらう――なんて方法も取れたかもしれないが、例えそれができたとしても、俺はその方法を取りはしなかっただろう。だってそれはただの不意打ちだから。まひろには自分の意志で俺の前に来てもらって、自分の意志で俺の言葉を聞いてほしい。そうじゃないと何の意味も無いから。

 そんな事を考えながら暗い部屋の中で寝返りを打つと、突然枕元に置いていた携帯が着信を知らせる音楽を奏で始めた。


「誰だ? こんな時間に?」


 時刻は午前二時を少し過ぎた辺り、つまり草木も眠る丑三うしみつ時だ。こんな時間に着信だなんてホラーっぽくて不気味だけど、俺は右手で携帯を取って電話をしてきた相手を確かめた。


「まひろから!?」


 着信に涼風まひろと表示されていたのを見た俺は、すぐにその着信を受けて携帯を右耳へ当てた。


「もしもし?」

「あっ、お兄ちゃんこんばんは、まひるです」

「どうしたの? こんな時間に?」

「色々と話したくてお兄ちゃんに連絡を取ろうと思ってたんですけど、なかなかその時間が無くてこんな非常識な時間になってしまったんです。ごめんなさい」

「いやいや、そんな事は気にしなくていいよ。まひるちゃんはまひろの為に頑張ってくれてるんだからさ」

「ありがとうございます。それで早速なんですけど、少しお姉ちゃんと話をして分かった事があるので、それを伝えようと思ってたんです」

「そうだったんだ。俺も今回の件について思うところがあったんで、まひるちゃんに話を聞いてもらいたかったからちょうど良かったよ」

「それならタイミングが良かったですね」

「だね」


 まさにグッドタイミングと言えるまひるちゃんからの電話。

 とりあえず深夜と言う事もあり、俺達はヒソヒソ声でお互いに話したい事を話し始めた。そしてその結果、今回のまひろのおかしな様子は、ほぼ間違いなく渡の言っていた様に心の中にある不安から来るものだろう事が判明した。


「はあっ……お姉ちゃんの怖がる気持ちも分かりますけど、一番逃げちゃ駄目なところで逃げちゃったんですね……ごめんなさいお兄ちゃん、お姉ちゃんの事、許してあげて下さい」

「いやいや、俺も怖くなる気持ちは分かるから、別にまひろを責める気はないよ。だから許すも許さないもないから」

「ありがとうございます。それでお兄ちゃんは、お姉ちゃんの告白に何て返事をするつもりなんですか?」


 まひるちゃんの直球な質問に対し、俺は思わず戸惑った。別に俺の気持ちを話すのはいいんだけど、それをまひろに伝える前に話していいものかと、そこが少し引っかかったからだ。

 本当なら一番に俺の気持ちを聞いてもらうのはまひろであるべきなんだろうけど、まひるちゃんはまひろの一部でもあるんだから、そこは特例と考えてもいいのかもしれない。


「えっと……それはね――」

「あっ、やっぱりいいです!」

「えっ?」

「お兄ちゃんへ気持ちを伝えたのはお姉ちゃんですから、その答えを私が先に知るのは駄目だと思ったんですよ。だからその答えはあとでお姉ちゃんから聞かせてもらおうと思います」

「そっか、そうだね」

「はい」


 まひるちゃんは本当にまひろの事が好きなんだなと、その思いがひしひしと伝わって来る。

 だからこそ早くこの件を解決して、まひるちゃんも安心させてあげたい。まひるちゃんの優しさを無駄にしたくない、早く俺の気持ちをまひろに伝えて安心させてあげたい。そんな気持ちが更に強さを増した時、俺は一つの解決法を思いついた。


「まひるちゃん、一つ頼みがあるんだけどいいかな?」

「もちろん聞きますよ、お兄ちゃんの頼みなら」

「ありがとう、助かるよ」


 俺は明るい声音で返答をしてくれたまひるちゃんに対し、俺が考え付いた事を些細に話して頼み事をした。そしてそれを聞いたまひるちゃんは、快くそれを了承してくれた。

 こうして俺の計画を伝えて通話を終わらせたあとで、俺の『まひろへ気持ちを伝えよう作戦』は開始され、俺は早速その作戦の最も重要な部分である作業を始める事にした。

 俺はエアコンのリモコンスイッチを除湿に入れ、扇風機を机の方へ向けて椅子に座った。今は深夜なんだから明日やればいいのにと思われそうだけど、俺が今からやろうとしている事は深夜にやる方が真価を発揮するのだ。

 こうして机に向かった俺は約二時間ほどをかけてそれを遂行し、この作戦の要となる物を生み出した。そして完成した物を大事に机の上へ置いたあと、俺はこの作戦が上手く行きます様にと願いながらベッドへ移動し、しばしの眠りについた。

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