第231話・初々しき日の出来事
入学式の翌日に開催されたクラスのレクリエーション。その内容は陣取り缶蹴りという、今までに体験した事のない内容のレクリエーションだった。
俺としては最初こそ乗り気ではなかったんだけど、始めて十分も経つ頃にはちょっと楽しくなってきていた。
「これは一筋縄ではいかないかな……」
「そうだね」
まひろと一緒に建物の陰に隠れ、三十メートルほど離れた場所に置かれた缶を見つめる。
陣取り缶蹴りが始まってから既に二十分ほどが経過したけど、三十対十という構図と細かなルールが邪魔で、俺達は敵陣へと攻め込めずにいた。
先生から配られたプリントは複数枚あって、その中にはクラスメイト全員の名前と顔写真が載った物がある。しかもご丁寧な事にこのプリント、左側は守備側、右側は攻撃側で区切られていて、その裏面にはこの陣取り缶蹴りにおける守備側、攻撃側のルールがしっかりと書き込まれている。
ちなみに攻撃側に居る男子は俺とまひろを含めて六人、女子が四人という構成で、現在は二人一組で各陣地の様子を見に来ていると言った具合だ。
「それにしても、『二人以上で同時に缶が置いてある陣地を攻めてはいけない』って、結構キツイ縛りだよな」
「どうして?」
「守備側の陣地に二人しか居ないなら、こっちがそれなりの人数で攻める事ができれば攻略はそう難しくないだろ?」
「なるほど」
「まあ、それをさせない為のルールなんだろうけど、それにしても攻撃側の人数が圧倒的に少ないから困るんだよなあ……」
守備側も攻撃側も半々だったら他にもやり方があるんだけど、クラスの四分の三が敵だという事実は正直言って厳しい。
そして難しい状況を前にどうしたものかと思っていると、攻撃側の全員に手渡されていた専用のトランシーバーから小さなノイズが聞こえ始め、続けてそこから声が聞こえてきた。
『
「おいおい、マジかよ……」
トランシーバーから聞こえてきた先生の言葉を聞いて、思わず顔をしかめる。これで残る攻撃側の人数は九人。更に状況が厳しくなってしまった。
開始から三十分も経たない内に状況が不利になり、危機を感じていると、再びトランシーバーからノイズが走り始めた。
『こちら
日比野渡――聞こえてきた名前と人物の顔を一致させようと、貰っていたプリントに目を通す。
――ああ。誰かと思ったら、赤シャツを着たツンツン頭の人か。
「まひろ。俺は日比野君の意見に賛成だけど、まひろはどうだ?」
「僕もそれがいいと思う」
「分かった。こちらは鳴沢龍之介と涼風まひろペア。俺達は日比野君の考えに賛成だ」
こちらの出した決断を伝えると、それを切っ掛けに他のメンバーからも次々と同意の意見が聞こえてきた。
そして全員が日比野君の考えに同調したあとで改めて安全な集合場所へと集まり、俺達はさっそく見て来た内容を報告しあった。
――なるほど。守備側は二人一組のペアで守りを固めてる感じか。まあ、人数差を考えれば当然ってところだろうけど。
この陣取り缶蹴りにおける攻撃側の勝利条件は、十五箇所の陣地にある缶を全て蹴り飛ばす事だ。
「こんなのは深く考えたって仕方ないじゃん。要するにさ、見つからない様に接近して缶を蹴ればいいだけなんだからさ」
攻撃側メンバーの一人である伊藤君が、なんとも単純明快な事を口にする。
確かに伊藤君の言っている事は缶蹴りにおける真理みたいなものだけど、それが簡単に出来るなら、こうしてみんなで顔を突き合わせて作戦を練る必要なんてないわけだ。
「それはそうだけどさ、それが簡単に出来るなら苦労はしないぜ? それに、正攻法じゃ斉藤の二の舞になるのがオチだと思うけどな」
俺が思っていた事をズバッと言い放ったのは、最初にトランシーバーで連絡を入れてきた日比野君だった。
「そ、そんなのやってみなくちゃ分からないだろ!?」
「分かるよ。何の作戦も無しに突っ込むなんて、無謀もいいところだよ」
日比野君の言葉に伊藤君はムキになって反論を始めた。
確かに日比野君の言ってる事はズバリそうだと思うんだけど、相手の性格も考慮しないとこんな事になる。ただでさえ人数が少ないのに、こんな事で仲間が空中分解しては打開策すら見出せなくなってしまう。
「まあまあ、抑えて抑えて。ここで仲間割れしても仕方ないでしょ?」
「……」
「……」
「とりあえずさ、もう一度分散して様子を見に行かない? その上で攻めやすそうな所から攻略して行こうよ。ねっ?」
「……分かったよ。とりあえずその案には賛成する」
「俺も……」
とりあえずの提案に日比野君が賛成すると、伊藤君も渋々と言った感じではあったが頭を縦に振ってくれた。
それから捕まった斉藤君の穴を埋めとして組み合わせを再編成し、俺とまひろと日比野君の三人で一組、伊藤君と中学から友達らしい上田君が引き続きそのままのペアで、あとは残りの女子四人で二組のペアを作ってもらった。本当なら三人一組のペアを作るのがバランス的にいいんだろうけど、この人数で十五箇所の偵察をするには時間がかかるので、この様な編成になった。
そして日比野君を俺とまひろの方へ混ぜたのは、伊藤君と組ませたらまた言い合いを始めるかもしれないからだ。
「えっと、鳴沢――だったっけか? さっきはありがとな」
他の人達と分かれてから敵陣の偵察に向かっていると、日比野君が突然ばつが悪そうにしながらそんな事を言ってきた。
「いや、別にいいけどさ。でも、話し方は考えた方がいいと思うよ? 言ってる内容は正しいとは思うけど、俺達はほぼ初対面に近いんだからさ」
「そ、そうだよな。わりい」
普段からこんな感じなのか、日比野君の喋り方は相変らず砕けた感が否めない。でもまあ、表情を見る限りは反省してるみたいだから、これ以上は言わないでおこう。
「まあ、とりあえず勝てる様に頑張ろうよ。レクリエーションでも負けるのは嫌だからね」
「おうっ! 俺も負けるのは嫌いだからなっ!」
日比野君はニカッと歯を見せながら笑顔を見せる。ちょっと馴れ馴れしいところはあるけど、悪い奴ではないんだろうなと思える。
こうしてそれぞれが偵察任務を終えて再び集合したあと、俺達は情報を共有し、攻めやすそうな場所から順に攻め込んで行った。
「よっしゃ――――っ!!」
「やったな鳴沢!」
「ナイスだよ! 龍之介!」
運良く隙を見せた陣地の缶を蹴り飛ばし、まひろと日比野君とハイタッチをする。これで俺達が勝ち取った陣地は三箇所目。今のところは順調な進み具合と言えるだろう。
『
「えっ!? 四人も同時に捕まったのか!?」
「そうみたいだな……」
「これで残ったのは、僕達を含めて五人だね。どうする? 龍之介」
喜びを感じていたのも
俺達が勝利する為にはあと十箇所の攻略が必要になるわけだが、正直、残り五人での攻略は厳しいと思える。だからここは、攻撃側に与えられた権利である復活を狙うべきだろう。
実はこの陣取り缶蹴り、攻撃側は『一度だけ捕まった人達を解放できる』というルールがある。しかしこのルールはちょっと特殊で、捕まった人達が捕らえられている陣地の缶を蹴り飛ばした時にだけ適用される為、捕まった人達が複数の陣地に捕らえられている場合は全員の復活は不可能となる。
つまり俺達は、仲間を多く解放できる場所を必然的に選ばなくてはいけなくなるわけだ。そうなると俺達の独断では行動できない。
「……ここは捕まった人達の復活を狙ってみるべきだと思うけど、とりあえず伊藤君と上田君に合流して話し合ってみようよ」
「そうだな。今の人数じゃ勝ち目が薄いのは確かだからな」
「それじゃあ、僕が連絡を入れるね」
そう言ってまひろがトランシーバーで連絡を入れようとした瞬間、それぞれの持つトランシーバーからノイズが走り始めた。
『
「はあっ!? こんな時に何捕まってんだ!?」
俺達にとって絶望的とも言えるその言葉を聞いた日比野君が声を荒げる。まあ、そう言いたくなる気持ちは分からなくもない。
「きっと捕まった人を助けに行ったんだよ」
「多分そうだろうな……」
おそらく伊藤君と上田君も、今の人数では対抗できないと思ってはいたんだろう。だから捕まった人達を助けに行くという選択は正しいと思う。だけど、自分達が捕まった場合の事は考えてほしかったと、正直そう思った。
「くそっ! 俺達だけじゃもう勝ち目なんてないじゃないか!」
「龍之介、どうしよう?」
「うーん……」
何か打開策はないかと、もう一度プリントに書かれたルールへ目を通す。
――ん?
プリントに書かれたルールを何度も見返していた時、俺はふとある事に気付いた。そしてその事に気付いた瞬間、俺は勝利へのわずかな光明が見えた気がした。
「二人共、諦めるにはまだ早いかもしれないぜ?」
「えっ? どういう事?」
「何かいい手があるのか!?」
少し興奮気味に反応する日比野君に向かい、俺はコクンと頷いて見せた。
「どんな方法だ?」
ワクワクとした感じでそう聞いてくる日比野君と、不安げな表情を浮かべるまひろを前に、俺は考えた作戦を説明した。
「――てなわけで、結構反則ギリギリの手だけど、俺達が勝つにはこれしかないと思うんだ」
「なるほど。その考えは無かったぜ……」
「まひろはどう思う?」
「僕もそれでいいと思うよ」
「よし! それじゃあ今から準備をして作戦開始といこう!」
「おうっ!」
「うん!」
こうして攻撃側の全滅か復活かを賭けた勝負が幕を開ける。そしてこの時の俺は未だかつてないくらいに緊張しながらも、内心は凄くワクワクしていた。
二人に作戦の説明をし、もうすぐ守備側のローテーション時間が終わろうという頃。俺達は三手に分かれて敵陣を見つめていた。
作戦開始前の偵察で、幸いにも捕まった全員が同じ場所に居る事が分かっていたから、上手くいけば全員復活で一発逆転も可能になる。あとはローテーション完了の言葉がトランシーバーから聞こえてくるのを待つだけだ。
『守備側のローテーションが完了しました』
「二人共、準備はいい?」
『僕はOKだよ』
『俺もOKだ』
「よし。それじゃあ作戦開始だ!」
俺の合図と共に、日比野君が陣地を守っている二人の後ろを全力で横切って行く。するとその音に気付いた守備側の二人が示し合わせた様に顔を見合わせて頷き、一人が日比野君のあとを追って行った。
そしてその様子を確認したあと、俺は日比野君が横切った場所とは違う場所から飛び出し、残り一人の目を引く様にして陣地の遠くを全力で横切って行くと、残りの一人もそれに釣られる様にして俺の方へと向かって来た。
――よし! そのままついて来い!
しめしめと思いながら守備側の二人が陣地から離れた事を確認した俺は、走りながら思いっきり口を大きく開いた。
「今だ――――っ! まひろ――――っ!」
そう叫んだあと、別の場所に隠れていたまひろが勢い良く飛び出し、敵陣に置いてある缶を思いっきり蹴っ飛ばした。
「ええ――――いっ!!」
舞い上がった缶が勢い良く地面へと落ち、カーンと音を立てる。
「あっ!?」
俺を追い駆けていたクラスメイトがその音を聞いて驚きの声を上げる。
「い、今のって二人以上で攻めたから反則なんじゃないの!?」
おそらくそんな事を言われるとは思っていたけど、素直にそれを認めるわけにはいかない。
「いや、俺達はルール違反なんてしてないよ?」
「えっ? だって、二人どころか三人で攻めて来たじゃないか」
「確かに俺達は三人居たけど、日比野君と俺は陣地の遠くを横切っただけで、別に攻め込んではないでしょ? それにルールは確か、『二人以上で同時に缶が置いてある陣地を攻めてはいけない』だったよね? それなら俺達は、何のルール違反もしていないって事でしょ?」
「うっ……」
正直言ってこれは屁理屈だと思うけど、こういった時には勢いが必要だ。
しかしそれで納得しないのは相手も一緒なので、俺はこの様子をどこかで見ているであろう先生に対し、トランシーバーで判定を要求した。するとすぐさま先生から『問題無し』の返答があり、めでたく攻撃側は全員復活できる事になった。
「あの……ごめん。俺のせいで……」
復活した伊藤君が、すぐさま俺達三人に向かって頭を下げてきた。
「気にすんなって! こういうのは楽しくやればいいんだからさっ!」
明るい声音でそう言いながら、日比野君は伊藤君の背中をバンバンと叩く。
「そうだよ。こうして全員復活できたんだし、気にしないでよ。なっ、まひろ」
「うん」
「ありがとうな」
「さあっ! のんびりしている時間はないよ! みんな、これから言う作戦をよく聞いてほしいんだ。一気に決着をつける為に」
俺は復活した全員に対し、今やった作戦の話をした。
今の守備側と攻撃側の人数を考えれば正攻法での勝利も可能かもしれないけど、一気に勝負をつけるのが得策だと考えた俺は、この奇襲法を全員でやろうと頼む事にした。
「――って作戦だから、みんなよろしく頼むよ!」
「分かった。それじゃあさっそく行って来る。上田、行こうぜ」
「おっしゃ! 行こうぜ」
「斉藤君、俺達と一緒にいかないか?」
「う、うん! 行くよ!」
「それじゃあ、またあとで」
伊藤君は上田君と斉藤君と一緒に残りの陣地を取りに向かった。
「よしっ、それじゃあ俺達も行こうぜ。女子はあまり無理しない様にね?」
「「「「はーい」」」」
こうして俺達の行った奇襲作戦は大成功し、見事に敵陣の全てを奪い取る事に成功して勝利を収めた。
そして陣取り缶蹴りが終了したあと、用意されていたカレーの食材を家庭科室でみんなで調理し、お昼を少し過ぎた頃にそれをクラスメイト全員で食べ始めた。
「かあーっ! 運動のあとのカレーはうめーなっ!」
出来上がったカレーをガツガツ食べながら喜びの声を上げる日比野君。普段なら騒がしいと思うところだけど、今だけはその気持ちがよく分かる。
「日比野、まだカレーのおかわりはいるか?」
「おうっ! いるいる! 大盛で頼むわ!」
「マジか!? ははっ。りょーかい」
伊藤君が苦笑いしながら日比野君の器にご飯を盛る。これでもう四杯目だと言うのに、日比野君の食べる勢いは一向に落ちる気配を見せない。
それにしても、最初こそ険悪だった感じの二人がこうして打ち解けあえたのだから、本当に良かったと思う。
「鳴沢、お前はおかわりはしないのか?」
「えっ? いや、さすがにもういいや」
「なんだよ、たった二杯で満腹か? 食べ盛りがそんなんじゃいかんぞ?」
「いくら食べ盛りでも限度があるよ。何でもほどほどがいいのさ」
「そう言うわりには勝ち負けに
「そりゃあ、勝負事には勝ちたいじゃないか。負けると悔しいし」
「確かにな!」
カレー皿を片手にケラケラと笑う日比野君。
相変わらずの馴れ馴れしさだけど、今はそれほど不快には感じない。少しは相手の事が分かったからだろうか。
「あっ、それと鳴沢、レクリエーションの時はありがとな。もし鳴沢が居なかったら、きっと勝てなかったよ」
「いえいえ。どういたしまして」
「ははっ。なんだか鳴沢とは気が合いそうな気がするな。そうだ、せっかくだから俺の事は渡って呼んでくれよ。その代わり俺も、鳴沢の事は龍之介って呼ぶからさ」
ずいぶん唐突だなとは思ったけど、こういう友達が居るのも面白いかもしれない。
「分かったよ。それじゃあよろしくな、渡」
「おう! よろしくな、龍之介! それじゃあさっそくだけど、勝負しようぜ」
「勝負?」
「どっちがカレーを沢山食べられるかの勝負だよ。負けたら帰りに何か奢りだからな? よーいどん!」
「あっ! せっこ!」
渡の勢いに釣られ、ついついカレーを食べ始めてしまう。勝負を挑まれたからと言うのもあるけど、渡みたいに全力で馬鹿をやってみるのもいいかと思ったから――というのもあった。
そしてクラスメイト達が見守る中、俺と渡のカレー大食い対決は進み、結果見事に引き分けたわけだが、そのあと二人で仲良くお腹を壊し、午後は保健室で過ごす事になってしまった。
× × × ×
――あの時はまさか、渡が生粋のバカだとは思ってなかったよな……。
そんな事を思いつつ、思わず顔を
「おっ、今日はカレーかな?」
初々しかった日の事を思い出しながら作文を書いていると、スパイシーなカレーの香りが鼻に届き、空腹のお腹を刺激し始めた。
そしてそんな懐かしき思い出とリンクする様に漂ってくるカレーの匂いを嗅ぎながら、俺はスラスラと宿題の作文を書き上げていった。
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