第202話・大切な関係

 妙な態度と言葉を残して俺の前から走り去って行った茜。そんな茜の態度が気になっていた俺は、家に帰ってから携帯にメッセージを送ったりしたけど、結局その日、茜から返答が来る事はなかった。


「鳴沢君。ちょっといいかな?」


 翌朝の花嵐恋からんこえ学園の下駄箱。

 そこで上履きへ靴を履き替えていると、教室へ繋がる廊下がある方から声が掛けられた。


「あっ、真柴さん。おはよう」

「おはよう。さっそくで悪いんだけど、ちょっと一緒に来てくれないかな」

「えっ? 何で?」

「いいから来て」

「ちょ、ちょっと!?」


 真柴は端的にそう言うと、俺の腕を掴んでから有無を言わさずに人気の無い方へと歩き始めた。

 相手が彼氏の居ない女の子なら、告白かも――なんて想像でドキドキするかもしれないけど、真柴には彼氏が居るからそれはあり得ない。だからなぜ俺を人気の無い場所へ引っ張って行ってるのかは分からないけど、さっさと用件を聞いて教室へ向かいたい。教室でもう一眠りする為に。

 そして眠さで気だるい身体を動かして進んでいると、俺は人気の無い校舎裏へと連れて来られた。


「それで? いったい何の用なの?」

「鳴沢君、茜と何かあった?」


 その一言を聞いた瞬間、俺の中にあった眠気が全て吹き飛んだのを感じた。


「どうして?」


 真柴の言葉に思い当たる節はあるが、俺は白々しくそう答えた。真柴がどこまでの事を知っているのか分からない以上、不用意に情報を与えて面倒臭い追求を受けたくなかったからだ。


「昨日の夜にね、茜に用事があって電話したんだけど、なんだか様子が変だったのよ。それでね、さっき教室で昨日の事を聞いてみたんだけど、茜は『なんでもないよ』って言うの」

「茜が『なんでもない』って言うならそうなんじゃないの?」

「そんな事ないよ! 茜はああ見えて凄く繊細だから、絶対に何かあったんだよ」


 絶対――と言える自信がどこから来るのかは分からないけど、真柴にはそう言えるだけの確信めいた何かがあるらしい。まあ、茜は気分や気持ちが態度や表情に出やすいから、真柴はそんな部分から茜の様子を読み取ったんだろうと思う。


「仮に茜に何かあったとして、それを何で俺に聞くわけ?」

「茜があんな風に落ち込んでる時は、十中八九、鳴沢君と何かあった時だからよ」


 なんちゅー屁理屈だ――と思いはしたけど、今回はタイミング的に考えて俺が原因なんだろうとは思う。しかし、昨日も色々と考えてはみたけど、俺には茜がへそを曲げる要素がどこにあったのかさっぱり分からない。だって昨日の会話は、至って普通のやり取りだったんだから。

 それにしても、真柴の話を聞く限りでは、茜のご機嫌は今日も良くないらしい。だとすれば、真柴に昨日の出来事を話し、茜がご機嫌を損ねた原因を一緒に探ってもらうのも一つの解決法かもしれない。


「……まあ、原因が何かはっきりとは分からないけど、昨日の帰りに話をしてて、その時に茜の機嫌が悪くなったのは確かかな」

「そうなの? どんな話をしてたの?」

「それがさ――」


 俺は茜が機嫌を悪くする前からの話を掻い摘んで真柴に話し始めた。すると話を進めるにつれ、真柴の表情が少しずつ呆れた様な感じへと変化している事に気付いた。


「――てなわけなんだよ」

「なるほどね。そういう事だったんだ」

「なるほどって、茜の機嫌が悪くなった理由が分かったの?」

「もちろんだよ。むしろ今の話でその理由に気付かない鳴沢君はどうかと思うよ?」

「マジで?」

「そうだよ。まったくもう……」


 さっきよりも更に呆れた感じの表情を浮かべた真柴が、まるで哀れむ様に俺を見る。

 それにしても、茜との付き合いが長い俺に分からなくて、真柴にその理由が分かるというのはちょっと複雑な気分だ。


「そう言われてもねえ……まあいいや。それで、茜が機嫌を損ねてる理由って何なの?」


 真柴の言葉にはそれなりに理不尽を感じたし、それなりに反論したい気持ちはあった。けれど俺はそれをグッと我慢し、原因の解明を優先させた。とりあえず原因が分からないと、この問題がいつまでも解決しないからだ。


「鳴沢君は知らないかもしれないけど、茜はね、鳴沢君と『幼馴染』だって事を凄く大切にしてるの。だから茜は機嫌を損ねてるって言うよりも、悲しかったんだと思うよ?」

「悲しかった?」

「鳴沢君に『俺が幼馴染で残念だったな』とか言われたからだよ」

「でも、それくらいの軽口は今までだって言ってたけど、その時には何もなかったぜ?」

「鳴沢君。それはあくまでも、今までがそうだった――ってだけで、茜はずっと気にしてたんじゃないかな? 茜って変に我慢するところがあるから」


 確かに茜は、妙なところで意地を張ったり我慢をしたりするところがある。それはよく知ってるけど、それでも俺が言ったそんな言葉が、そこまで落ち込む程の事なのかという疑問は残る。


「まあ、茜が俺と幼馴染な事を大切にしてるとして、それでもあそこまで落ち込むもんかね?」

「大切なものへの思いは人それぞれだし、その思い入れの強さも人それぞれだよ。例えばだけど、鳴沢君が茜から同じ様な事を言われたらどう思う?」

「そうだな……」


 問われた内容を素直に考えてみる。

 憎まれ口を言い合ったり、時に喧嘩をしたり、茜とは付き合いが長い分だけ色々な事があった。楽しい事も含めて。普段は腐れ縁だとか口にしてるけど、それが一種の照れ隠しなのは俺も理解している。だからそこを踏まえた上で、真柴からの質問を吟味ぎんみしてみる事にした。


「…………まあ、確かにちょっと嫌かもしれないな」

「そう。だったら鳴沢君が今感じた様な思いが積み重なったから、茜は落ち込んじゃったんじゃないかな?」

「そっか……分かったよ。茜にはタイミングを見て今日中に謝る」

「うん、そうしてあげて。茜もきっと後悔してるはずだから」


 真柴は優しげな笑みを浮かべてそう言う。その表情はまるで、手のかかる子達だなあ――みたいな事を思いながら子供を見ている保育士さんの様だ。

 それから俺は真柴とは時間差で教室に向かい、何事もなかったかの様にして自分の席へと座った。


 ――さてと、どうしたもんかな……。


 しょぼくれて頭を俯かせている茜を後ろから見ながら、俺はどのタイミングで謝りに行こうかと考えていた。


× × × ×


 なかなか謝りに行くタイミングが掴めずに放課後を迎え、制作研究部の活動が終わったあと、俺は用事があるからと言って美月さん達とは一緒に帰らず、運動部専用棟の出入口がある正門の横で茜が出て来るのを待っていた。


「遅いなあ……」


 前よりも陽が沈むのが遅くなったとはいえ、やはり十八時を過ぎると街灯も点灯し始めるくらいに辺りは暗くなってくる。

 そんな黒に染まっていく空を見つめ、茜が出て来るのを今か今かと待ちながら門を抜けて来る生徒達に視線を向けるが、未だに茜が姿を見せる気配はない。しかし、女子バスケ部の面子がちょこちょこ出て来てるから、そろそろ出て来る頃だとは思う。


「あれっ? 鳴沢君。こんな所でどうしたの?」


 門の横にある壁に寄りかかって茜を待っていると、不意に門の内側から抜け出て来た女子が声を掛けてきた。


新井あらいさん。お疲れ様。頑張ってるみたいだね」

「もちろん! 女子バスケ部は――て言うか、私達三年生にとっては、最後の全国大会出場をかけた大事な時期だからねっ!」


 ショートボブの黒髪を揺らしながら、気合十分と言った感じでそう答える新井さん。その負けん気の強さとポジティブさは、流石は女子バスケ部のキャプテンであり、チームの中心人物と言ったところだろうか。


「去年は惜しいところで全国を逃したからね。今年は期待してるよ?」

「うん! 任せておいて! 今年は絶対にみんなを全国の舞台に連れて行くから! ところで、鳴沢君はここで何をしてたの?」 

「あ、いや。茜が出て来るのを待ってたんだけど、アイツまだ中に居るのかな?」

「茜? 茜なら部活が終わってから真っ先に着替えて、珍しく裏門から出て行ったよ?」

「裏門から!?」

「うん。茜に何か用事があったの?」

「まあ、ちょっとね」

「ちょっとねえ……あっ、もしかして、茜に元気が無かった事に関係してる?」


 新井さんは俺の顔を覗き込み、全てを見透かそうと言わんばかりに目をじっと見つめてくる。


「あー。まあ、そんなところかな」

「そっかそっか。まあ、何があったのかは分からないけど、茜に元気が無いとチームも締まらないから、早いところ茜を元気にしてあげてね?」

「ははっ。俺が何かしたくらいで元気になればいいけどね」

「なるなる! だって茜は、鳴沢君の事が本当に大事みたいだから」

「そ、そうなの?」

「うん! 普段もよく鳴沢君の話をしてるしね。まあ、主に面白方面の話だけど」


 ――茜の奴、いったい俺のどんな話をしてやがるんだ? 頼むから変な話を振り撒かないでくれよ?


「まあ、どんな話をされてるのか聞きたいところだけど、今日は止めとくよ」


 茜がもう部活棟に居ない以上、俺がここに留まる理由はない。今から追いかけて追いつけるかは分からないけど、急いで茜を追わなければいけない。


「そうだね。それじゃあ、茜の事は頼んだよ? 鳴沢君」

「まあ、やるだけの事はやってみるよ。それじゃあ新井さん、またね」

「またねー!」


 新井さんに向かって軽く右手を上げたあと、俺は茜へ追い着く為に走り始めた。

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