三年生編・last☆stage後半

第201話・幼馴染達のその後

 渡と秋野さんが遊園地で遊んだ日の翌日。俺は渡と二人で晴れ渡った空の下、学園の屋上で食事を摂ろうとしていた。

 いつもはだいたい教室で食事をするけど、昨日の結果を渡に聞くには、クラスメイトが近くに居る教室内はマズイだろう。それとほぼ同じ理由で学食も却下だ。まあ、屋上もそれなりに生徒は居るけど、みんな適度な距離を取っているから、大声でも出さない限りは話の内容を知られる事はないだろう。


「そんで? 結局昨日はどうなったんだ?」


 屋上に着いて食事を始めてからすぐ、俺は渡に直球な質問をぶつけた。相手が渡である以上、遠回しなトークは一切必要ない。


「なるほど。急に屋上へ誘うから変だとは思ったが、それを聞きたかったわけか」

「まあな。で、結局どうなんだよ?」

「それは……」


 答えをく様にそう聞くと、渡は急に声のトーンを落として顔を俯かせた。


「渡、お前もしかして――」

「鈴音とはちゃんと恋人になったぜっ!!」


 もしかして断ったのか――と、そう言おうとした瞬間、渡は締まりのない表情を浮かべながらスッと顔を上げ、高らかにそう言った。そのあまりにも大きな声に、屋上に居た生徒達が一斉にこちらへと注目をする。


「バ、バカッ! 声がデカいんだよ!」

「あっ、わりいわりい~。龍之介にはダメージの大きい話だったかなー?」


 渡はニヤニヤしながら嫌味ったらしくそんな事を言う。


 ――コイツに遊園地のチケットを与えたのは失敗だったか?


「ところで渡君。今すぐここで俺に下へ突き落とされるか、大人しく座ってお話をするか、どちらかをすぐに選びたまえ」


 渡の嫌味にこめかみをひくつかせながら、無理やりに笑顔を浮かべる。


「ひいっ!?」

「さーん、にーい、いーち、ぜ――」

「だ――――っ! 大人しく座って話すから、カウントスト――――ップ!」

「よし。それじゃあ大人しく座れ」

「はい……」


 空気を抜かれた風船の様に身体を縮め、渡はすごすごと元の場所へ座り込む。


「たくっ……とりあえず、秋野さんの告白を受け入れたって事でいいんだよな?」

「まあ、受け入れたって言えばそうなんだが、俺からもちゃんと鈴音に告白したんだよ。恋人になってくれ――ってさ」


 その話を聞いた俺は、不覚にも渡の事をカッコイイと思ってしまった。


「そっか。渡、秋野さんの事、ちゃんと大事にしろよ?」

「おう。色々とありがとな」

「前にも言っただろ? 俺はお前の為にやったわけじゃねーよ。あれはあくまでも、秋野さんの為だ」

「たくっ、龍之介は本当にツンデレさんだよなー。そんなに照れるなよ~」


 渡はそう言いながら、右肘で俺の身体をドスドスと小突く。


 ――どうして俺がお前相手にツンデレを発動させにゃいかんのだ。冗談も休み休みに言えってんだよ。


「渡君。今すぐここから突き落とされるか、放り投げられるか、どちらか嫌いな方を選べ」

「嫌いな方を選べって斬新過ぎない!? それに俺が生き残る選択肢が一つも無いんですけど!」

「心配すんな。秋野さんには『渡は突然とち狂って屋上からダイブした』って、ちゃんと伝えておいてやるから」

「いやいや! 彼女ができたばかりで屋上からダイブするバカなんて居ないでしょ!?」

「いやほら、そこはやっぱりバカだし、あまりの喜びと興奮でつい――みたいな」

「俺ってどんだけお馬鹿さんなんだよ!?」


 いつもと変わらない渡とのやり取り。それはいつもの様に周囲の目を引いてとても恥ずかしい。だけど今だけは、それを我慢してやろう。俺からのささやかなお祝いとして。


× × × ×


「鳴沢君、お疲れ様でした」

「あっ、お疲れ様。今日は帰り仕度早いね」

「はい。『今日は一緒に帰ろう』って、わっくんが言ってくれていたので」

「そっか。良かったね、渡と恋人になれて」

「はい。色々とありがとうございます」


 恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに顔をほこばせる秋野さん。そんな様子を見ていると、本来なら『ぜろ』と思うところだが、やはり秋野さんに対してはそんな気持ちは出てこない。


「鈴音、何やってんだ?」

「あっ、ごめんね、すぐに行くから。それではまた明日」

「またね」

「龍之介、またな」

「おう。送り狼になるなよ?」

「バ、バカな事を言ってんじゃねーよ!」


 裏返った声で焦った様にそう答える渡。

 ほんの冗談のつもりで言っただけなのに、こんな反応をされると何か企んでいたのかと疑いたくなる。


「渡、お前まさか……」

「な、なーに変な目で見つめちゃってるのかなー? 龍之介くーん」


 不自然なまでに視線を逸らし、あちこちへ目を泳がせる渡。こんな様子を見ると、何か良からぬ事を考えていたのは間違いないと思える。そこで俺は、鞄の中に入れていた小さな防犯ブザーを取り出した。


「秋野さん。これ貸しておくから、もしも渡が帰り道で変な事をしようとしたら、これを使って全力で逃げて」

「アンタ何言ってんの!?」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

「お前も素直に受け取ってんじゃねーよっ!」


 このあと、逃げる様にして教室を出て行った渡を、秋野さんはにこやかに微笑みながら追いかけて行った。


× × × ×


「なかなかそっちに顔を出せなくてごめんね」

「それは気にしなくていいよ。茜にはバスケット部があるんだし、今はそっちを頑張れよ」

「でも、他のみんなはそっちで頑張ってるみたいだし……」

「茜だって忙しいのに、ちゃんと定期的に資料を出してるじゃないか。今はそれで十分だよ。だからバスケ頑張れよ? 全国大会出場、期待してっからな?」

「うん。ありがとう」


 制作研究部での活動を終えてみんなで帰る途中、駅前で茜と遭遇した。

 本当ならお隣に住む美月さんに桐生さん、妹の杏子も一緒に居るはずなんだけど、三人は駅前で『見たい物があるから』と言ってどこかへ行ってしまった。ちなみに愛紗は妹の由梨ちゃんとの待ち合わせで途中で別れ、るーちゃんも別の用事があるとかで駅前へ着く直前に別れた。

 どうせなら俺も美月さん達に付き合えば良かったんだろうけど、今日の晩飯当番は俺だし、あまり遅くなると晩御飯を作る気力もなくなるから止めておいた。それにたまには、茜とこうして一緒に帰るのも悪くない。普段はこうして一緒に帰る事も少ないから。


「そういえば秋野さん、渡君と付き合う事になったんだって」

「ああ。渡には勿体ないくらいの人だけどな」

「相変わらず渡君には厳しいね。可哀相」

「可哀相なもんか。むしろこの場合、可哀相なのは秋野さんだろ? あんなバカの事を好きになっちゃってさ。前途多難だと思うぜ?」

「龍ちゃんてさ、ホントに渡君には厳しいよね?」

「そっか? 普通だと思うけどな?」

「それにしてもさ、幼馴染で恋人って、なんだかいいよね?」

「そうか?」

「うん。秋野さんが羨ましいなあ」

「そういえば、茜は昔っから、幼馴染が恋人になる話とか好きだったもんな。そういえば聞いた事なかったけど、何でそんなに幼馴染ネタが好きなんだ?」

「えっ!? そ、それは……わ、笑わないって約束してくれる?」

「笑われる様な恥ずかしい事なのか?」

「そういうわけじゃないけど……もしも笑われたりしたらショックだから……」

「なるほど。分かったよ。絶対に笑わない」

「約束だからね?」

「おう」


 短くそう返事をすると、茜は左手を胸に当て、何度か小さく呼吸をし、気持ちを整える様にしていた。


「私ね、幼馴染同士が恋人になる――ってシチュエーションに、昔から凄く憧れてたの。だからそういう物語が好きなんだよ……」


 いったいどんな理由が飛び出すのかと思っていたけど、その理由は至って普通だと思えた。だって人は無い物ねだりをする生き物だから、そういった思いを満たしてくれる物語に心惹かれるのは当然の事だと思う。


「なんだ。割と普通な理由じゃないか」

「そ、そう?」

「ああ。別におかしな事なんて無いじゃないか」

「良かった……」

「でもまあ、茜も俺が幼馴染で残念だったな」

「えっ? どうして?」

「だって俺が幼馴染じゃ、現実に茜の理想を叶えるのは無理だろ?」

「そう……なの?」

「ああ。だって俺が恋人とか嫌だろ? いつも憎まれ口を叩き合ってるし、どう考えても恋人になるって感じじゃないからな」


 おちゃらける様にしてそんな事を言うと、茜は急に元気を無くした感じで顔を俯かせた。


「どうした?」

「…………そんな事ないよ」

「えっ? あっ、おいっ! 待てよ茜!」


 茜はそう呟くと、脱兎だっとの如く駆け出して自宅の方へと走り始めた。そしてそれを見た俺は茜に向けて声を掛けたが、茜はその言葉に一切止まる様子を見せなかった。

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