三年生編・last☆stage前半

第189話・気になるあの子

 三年生になった初日。

 様々な驚きと衝撃が花嵐恋からんこえ学園内を駆け巡っていた。それは、俺の親友である涼風まひろが、実は女の子だった――という事が早々と知れ渡っていたからだ。

 しかもまひろが女の子だったという事実はセンセーショナルな事だったらしく、休み時間の度に複数人の生徒が廊下の方からまひろの姿を見ていた。

 よく漫画やアニメなんかで見る様な、黒山の人集ひとだかりにならなかったのは良かったけど、それでもその好奇の視線が自分へ向けられている事に、まひろが気付いていないはずがない。

 できればそっとしておいてやってほしいんだけど、まひろは『私が嘘をついてた事が原因なんだから仕方ないよ』と、そう言って好奇の視線を甘んじて受けているみたいだった。

 注目を浴びる事が大の苦手なまひろにとって、それはとても嫌な事だったとは思うけど、『私が嘘をついてた事が原因』と言っていたまひろにとっては、そんな事さえもみんなに対する贖罪しょくざいだったのかもしれない。

 そしてそんな状態で初日を終えたあとの放課後。

 まひろは宮下先生の許可を取っていたとかで、俺と杏子と茜に放課後の談話室へ来てほしいと言い、そこで今までの事を色々と話したあとで『ごめんなさい』と謝った。

 まひろの話した内容は水族館で聞いたものとほぼ変わらなかったし、俺としては二度目という事もあったせいか、最初ほどの驚きや衝撃はなかった。けど、それでもやはり、現実にまひろが女の子だった――という事実は、今でも夢なんじゃないかと思ったりもした。でもそれと同時に、こんなに可愛い子が男って方がおかしな話だもんなとも思っていた。

 そんなまひろの話は俺が既に知っていた内容だったから呑気にそんな事を考えていたんだろうけど、杏子や茜はそうはいかなかったと思う。だってずっと男だと思っていた幼馴染が、実は自分達と同じ女性だったなんて告白をされたんだから、その胸中に渦巻く思いは俺には想像もつかない。

 そして今までの事を素直に話し、嘘をついていた事に許しを請うまひろに、杏子と茜は意外なほどあっさりとそれを許すと口にした。

 ここで言う意外とは、許さないと思った――と言う意味じゃない。許すという答えを口に出すまでに、少しは時間がかかると思ったと言う意味だ。

 俺は杏子と茜がまひろを許さないなんて口にするとは最初から思ってはいない。だけど、許すという言葉を口にするのに多少の戸惑いを見せたりはするんじゃないかとは思っていた。

 そんな二人の許しの言葉に大粒の涙を流し始めたまひろを見た時は、本当に良かったと大きく胸をなでおろしたもんだ。まひろが長年背負い続けて来たであろう重荷が、ようやくここで下ろされたのを感じたからだ。


× × × ×


「待たせてごめんなさい!」


 談話室でまひろの話を聞いたあと、俺は誰にも内緒でまひろを学園の屋上へと呼び出していた。ちょっと気になる事があって、それを聞いておきたいと思ったからだ。


「いや、大して待ってないよ。まひろさん」

「もう……いつも通りにしてってお願いしたでしょ? 龍之介君」

「あっ、そうだったな。わりいわりい」


 しまったと思いつつ、苦笑いを浮かべながら右手でポリポリと頭を掻く。

 まひろには『前と変わらない様に接してほしい』と言われていたけど、やはり男を相手にするのと女の子を相手にするのとでは勝手が違う。そしてずっと男だと思っていた幼馴染の親友が、実は女の子だったと知った今、やはり前の様に気軽に接するというのは難しい。

 本人であるまひろがいくら『前と変わらない様に接してほしい』とお願いをしても、やはり自然とその距離感は変わってくる。だからその距離感がお互いにしっくりくるまでは、ぎこちなくなる部分や戸惑う部分も多々あるだろうけど、それも時間と共に自然と噛み合ってくる様になるだろう。


「それで、話って何かな?」


 俺を前にどこか緊張した面持ちを見せるまひろ。

 いったいまひろがどんな事を考えて表情を強張らせているのかは分からないけど、きっと見当違いな事を考えて不安になっているんじゃないかなと、そういう想像はできる。


「実はまひるちゃんの事なんだけどさ」

「まひるの?」

「ああ。まひろがこうやって本当の自分を見せたって事は、まひるちゃんはいったいどうなるのかなと思ってさ」


 まひるちゃんがまひろの中に生まれた人格だというのは、水族館で真実を告白された時に聞いた。

 そしてまひるちゃんとは一緒に遊んだり、沢山お話もした。涼風まひるという人物の存在は、確かに俺の中にあるのだ。もちろん身体はまひろのものだろうけど、それでも俺の中にはまひるちゃんとの思い出が沢山あるわけだから、もう会えなくなってしまうんじゃないかと思うと、やはり寂しい気持ちにはなる。


「そっか。龍之介君はまひるの事も凄く大事にしてくれてたもんね」

「まあな」

「そうだ。せっかくだからまひると話してみる?」

「えっ!? そんな事ができるのか?」

「うん。ほんの二日前からだけど、少しの時間ならすぐに交代できる様になったから」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。ちょっと待っててね? 今まひるを呼んで来るから――」


 まひろはそう言うと、静かに目を閉じた。

 俺は多重人格になった事がないから分からないけど、自分の中に居る別の自分と交代するって、いったいどんな感覚なんだろうか。


「――お久しぶりです。お兄ちゃん」


 時間にすれば十秒も経たずにまひろは目を開けたと思う。

 そしてぱちっと目を開けたまひろが口を開いたかと思うと、そこからはいつものまひろとは違った口調のそんな言葉が飛び出した。


「まひるちゃん?」

「はい、そうですよ。私は涼風まひるです」


 目の前に居るのは確かにまひろだが、感じる雰囲気やその笑顔は、確かに俺の知っているまひるちゃんだった。


「まひろの話を疑ってたわけじゃないけど、実際に人格が交代するのを見るとやっぱり驚くね」

「そうなんですか? 私とお姉ちゃんにとってはもう、呼吸をするのと同じくらいに自然な事なんですけどね」

「へえー、そうなんだ」

「ところでお兄ちゃん。お姉ちゃんから聞きましたけど、私に聞きたい事があるんですよね?」

「あ、ああ、そうだった。単刀直入に聞くけど、まひるちゃんはこれからどうなるの?」


 俺がそう質問をすると、まひるちゃんは寂しげな表情を浮かべたあとで苦笑いを浮かべた。


「……いつになるかは分かりませんけど、そのうち私という存在は消えてしまうと思います」


 まひるちゃんからの答えは、俺が予想していた通りのものだった。

 まひろの中にある欲求やストレスを、まひろに成り代わって解消していたというまひるちゃん。その本人であるまひろがこうしてストレスの大きな原因を解消した以上、まひるちゃんが果たしていた役割はほぼ果たされた事になるだろう。

 という事は、まひろの中に生まれたまひるちゃんという存在はその役割を終え、まひろの中で統合されて居なくなってしまうのではないかと考えるのは、別におかしな考えではないと思う。


「やっぱりそうなんだ……」

「私の事を心配してくれてるんですか?」

「当たり前だよ。俺にとってはまひろはまひろで、まひるちゃんはまひるちゃんなんだからさ。居なくなるのかと思うと寂しいさ」

「相変らず優しいですね、お兄ちゃんは。でも安心して下さい。私はまだ消えませんし、例え消えるとしても、お兄ちゃんにお別れも言わずに消えたりはしませんから」

「そうなの?」

「はい。確かにお姉ちゃんのストレスは大きく改善されましたけど、まだまだ心配なところもありますし、それに、私にも消える前に叶えたい事がありますから」


 まひるちゃんはそう言うと、にこやかな笑顔を浮かべながら俺を見た。


「そうなんだ。それってどんな事? もしも俺に協力できる事なら、いつでも協力するから言ってね?」

「はい。その時はよろしくお願いしますね、お兄ちゃん」

「もちろん。出来る限りの協力をさせてもらうよ」

「ありがとうございます。だから私はお兄ちゃんが大好きなんですよね」

「えっ!? それって――」

「あっ、そろそろお姉ちゃんを呼びに行かないと。それじゃあお兄ちゃん、また会いましょうね――」


 まひるちゃんはそう言うと、まひろがしていた様に目を閉じた。


「――龍之介君、まひるとはちゃんとお話できたかな?」

「あ、ああ。ちゃんとお話できたよ。ありがとう。ところでまひろ、人格が入れ代わってる時って、入れ代わってる相手のやってる事や言ってる事は把握できるのか?」

「通常の入れ代わりだったらある程度まひるのやってる事を記憶で把握はできるけど、まひるはそうじゃないみたい。それに、今みたいに急に代わると記憶には残らないみたいで、私もまひるのやってる事や言った事が把握できないの」

「そうなんだ。結構複雑なんだな」

「うん。ごめんね」

「いやいや、別に謝る事はないさ。それよりもまあ、改めてよろしくな、まひろ」

「うん。よろしくお願いします。龍之介君」


 真新しい制服が吹いて来る風になびき、まひろの可愛らしさを演出する。

 そんなまひろを見ながら、楽しい思い出が沢山できる一年になればいいな――と、そう思いながらしばらくの間まひろとの会話を楽しんだ。

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