第157話・気になって仕方ない

 花嵐恋からんこえ学園の文化祭も後半へ突入した十四時頃。

 休憩とA班の偵察を終えた俺とまひろは、お化け屋敷喫茶へと戻ってから次の仕事に取り掛かっていた。


「いらっしゃいませぇ~。ご注文はお決まりでしょうかぁ~?」


 お化け屋敷の中で被っていたゾンビマスクと血のりが付いた衣装を再び身に纏った俺は、お化け屋敷を抜けた先にあるお化け喫茶でゾンビウエイターとして働いていた。

 店の中に居るお客さんは、そのほとんどがお化け屋敷を抜けて来た人達だ。つまりここに居るお客さんのほとんどは、わざわざこの一風変わった趣旨の喫茶店を楽しみに来たと言えるだろう。

 店内を見渡せば、小学校高学年くらいから大学生ほどまでの男女で喫茶店は大いに賑わっている。

 薄暗い店内に流れるおどろおどろしいホラーな音楽。そんな中でうごめくお化けやモンスターにふんしたクラスメイト達。テーブルの上にあるメニュー表の商品名も、もちろんこの喫茶店に相応しいホラー仕様だ。

 例えばコーヒーは『二晩寝かせたゾンビの血』とか、ラズベリーケーキは『滴る鮮血のケーキ』とか、そんな感じで表記している。もちろんそんな表記だけでは品物が何か分からないので、ホラーな商品名の横にはしっかりと括弧かっこ書きで通常の商品名を記載しているから抜かりはない。


「「「可愛いー!!」」」


 仕事を開始してから約十分。

 さっそくお客さんが居るテーブルの一角から女性客の黄色い声が聞こえてきた。


「あ、あの、ご注文を……」


 黄色い声を上げ続ける女性客三人を前に戸惑いつつも、まひろは必死に注文を聞こうとしていた。

 そんな様子を見て助けてやらねばと思いもするけど、それとは裏腹にまひろの困った表情をでていたいと思う気持ちもある。


「すいませーん! 注文いいですかー?」

「はぁ~い。今参りますよぉ~」


 聞こえてきた声に不気味な感じで返事をしつつ、賑わう店内を移動する。

 午後の集客率を上げる為に行ったA班への偵察任務と宣伝。その効果は上々みたいで、訪れるお客さんは徐々に増えつつあった。

 俺がまひろと一緒に休憩へ行っている間、渡も独自の宣伝を行っている筈だが、それをまひろは知らない。まひろがそれを知ってしまうと、余計な緊張をして持ち味が潰されてしまう可能性があるからだ。

 かなり綿密な計画の元に今回の作戦は遂行されているんだけど、本人の知らない所で集客材料にしているというのはやはり心が痛む。まひろ本人が気付かない内に負担を増やしているわけだから。

 文化祭が終わったらまひろのろうねぎらって、何か美味しい物でもおごってやるとしよう。それがせめてもの償いだ。

 そして賑わう店内で働き始めてから二時間後。

 俺は店内に作ってある店員専用の小さな簡易休憩所でゾンビマスクを脱ぎ、お茶で喉を潤しながら近くに居た渡に話し掛けた。


「売り上げはどんな感じだ?」

「上々だな。やっぱり涼風さんの宣伝効果が高い。リピーターのお客さんも結構来てるしな」


 初日で既にリピーターを出すとは、流石はまひろと言うべきだろうか。

 とりあえず渡が計画していた作戦は上手く行っているみたいで良かった。ここまで利用しておいてあっさりとA班に負けたりしたら、まひろに申し訳ないから。


「そっか。A班の方も繁盛してたみたいだけど、今日はどっちに軍配が下るかね?」

「三十分くらい前に偵察を頼んだから、そろそろあっちの動向も分かると思うぜ」

「このクソ忙しいのにわざわざ偵察を出したのか?」

「違う違う。偵察は俺の姉ちゃんに頼んだんだよ」

「えっ? お前のお姉さん、今日来てるのか?」

「ああ。珍しく休みが取れたとかで、冷やかしに来てんだよ」

「冷やかしって……それでお姉さんに偵察を頼んだのか? せっかくの休みに何やらせてんだよ」

「でも姉ちゃんは、『任せなさいっ!』ってノリノリだったぜ?」


 ――面白そうな事に乗っかるところはよく似てるな。


「まあ、あんまりお姉さんの手をわずらわせるなよ?」

「分かってるって」

「それでさ、お前のお姉さんて何の仕事をしてるんだ?」

「ん? 水族館で働いてるよ。言ってなかったっけ?」

「お前のお姉さんのお仕事について話すのはこれが初めてだよ」

「そうだっけ? まあいいや。でもよー、姉ちゃんも暇人だよなー。せっかくの休みにわざわざこんな所に来るんだから」

「わざわざ休日を使って弟の文化祭に来てくれるなんて、いいお姉さんじゃないか」

「違う違う。彼氏も居ないから暇でしょうがないだけだよ」

「へーえ。言ってくれるわね、渡」


 突如聞こえてきた威圧感のある声。

 その声に休憩所の出入口がある方を振り向くと、出入口に取り付けられた暖簾のれんの隙間から、ブラウン色のショートボブスタイルをした大人の女性が顔を覗かせながら渡を睨んでいた。

 そしてそれを見た俺が渡の方へ視線を向けると、渡は青い顔をしながら身体を小刻みに震わせていた。


「ど、どうした?」

「ね、姉ちゃん」

「えっ!? 渡のお姉さん!?」


 俺が驚いて再び出入口の方を見ると、渡のお姉さんはにこっと微笑みながら暖簾をくぐって中へと入って来た。

 長身でスラッとした細身の体型。デニム生地のジーパンを穿き、白の少しふわふわしたニットワンピースを身に着けている渡のお姉さんは、可愛らしさと大人の色気を存分に放っている。


「初めまして。私は日比野茉莉ひびのまつりです。いつも愚弟ぐていの渡がお世話になってます」

「あっ、初めまして。僕は鳴沢龍之介と言います」

「君が龍之介君か~。うんうん。よろしくね。それと渡、帰ったら覚悟しておきなさいね?」

「ひいいっ!?」


 お姉さんがそう言ってジロッと横目で渡を見た瞬間、渡は短い悲鳴の様な声を上げて休憩所から逃げ出して行った。


 ――あの渡があそこまで怯えるとは……家で何をされてるんだ?


 そんな事を思いながら渡のお姉さんの方を向くと、今度は険しい顔つきで俺の事を見ていた。


「あの、何か?」

「君の顔、どこかで見た事があるような…………あっ! 思い出した! 確か君、今年の春過ぎに可愛い彼女を連れて水族館に来てたでしょ? 覚えてないかな? 私がポラロイドカメラで写真を撮ってあげたんだけど」

「えっ!? あの時のお姉さんだったんですか!?」

「そうだよー! いやー、世間て狭いもんだね。まさかあの時の少年が愚弟のお友達だったなんて」


 嬉しそうに俺の両手を握ってブンブンと上下に振り、明るい声を上げるお姉さん。このフレンドリーな感じといい、テンションといい、流石は渡のお姉さんと言ったところだろうか。


「それでさ、あの時の彼女とはちゃんと仲良くしてるの?」

「あ、いや、それはその…………」


 俺はあの時の事を素直に話すべきかを迷った。

 別に隠す様な事ではないんだけど、なんとなく躊躇ちゅうちょしてしまう。


「まさか、もう別れちゃったとか? 何でよー!? すっごく良さそうな子だったのに」

「あっ、いえ、違うんですよ。あの子は彼女じゃないんです」

「えっ? そうなの?」

「はい。実は――」


 誤解されたままというのも居心地が悪いので、俺は要点だけを掻い摘まんで話をした。


「――なるほど。そういう事情があったんだ」

「はい。まぎらわしくてすみませんでした」

「いいよいいよ。別に悪い事をしてたわけじゃないんだから」


 にこやかな笑顔を浮かべて明るくそう言ってくれるお姉さん。あの渡のお姉さんとは思えないほどに理解力のある人だ。


「龍之介ー。お客さんが増えてきたから、そろそろ戻ってき――」


 まひろがそう言いながら休憩所へ入って来たんだが、中に居る渡のお姉さんを見た途端にその動きと言葉が止まった。


「何この子!? 超可愛いー!!」


 歓喜にも似た声を上げてまひろへ近付くお姉さん。その様は可愛い女の子を見つけた時の渡とよく似ている。

 そしてまひろは近付いて来たお姉さんを前に戸惑いの表情を見せていた。


「こんにちは♪」

「あ、あの……えっと……」

「まひろ、この人は渡のお姉さんだよ」

「えっ? 渡君の?」

「そうそう! 私は渡の姉の日比野茉莉でーす。よろしくね♪」

「は、はい。よろしくお願いします」

「あっ、そっか! この子が龍之介君の本当の彼女なんだね?」

「えっ? 本当の彼女?」

「ち、違いますよ! まひろは俺の親友です」

「またまたー! そんなに恥ずかしがる事ないのに~」


 お姉さんは俺の方へ戻って来ると、右肘をグイグイと身体に押し当てながらそんな事を言った。


「本当ですよ。それにまひろは女の子じゃなくて男の子なんです」

「えっ!? ウソッ!?」


 お姉さんは信じられないと言った感じの表情を浮かべると、すぐにまひろの方へと視線を向けた。まあ、女性物の着物を着てるし、どう見ても女顔だからその気持ちは分かる。


「本当ですよ」

「うわ~、世の中って本当に残酷だなあ。男の子なのにこの可愛さって、女の私の立場がないじゃない」


 大げさとも思えるくらいに両手で頭を抱えながらそう言うお姉さんだが、お姉さんも質の違いがあるだけで十分に魅力的だと思う。


「涼風くーん! 鳴沢くーん! 早く戻って来てー!」

「あっいけね。お姉さん、僕達は仕事があるんで、これで失礼しますね」

「あっ、ごめんね、引き止めちゃって」

「いえ、それじゃあ失礼します」

「失礼します」


 俺が軽く頭を下げるとまひろもそれに続く様にして頭を下げ、休憩所の外へと一緒に出た。


「さてと、もう少し頑張るとしますかね」

「う、うん。そうだね」


 それから文化祭初日終了の十七時を迎えるまで満員御礼の店内でせっせと働いていたんだが、時々まひろが浮かない表情をしているのが少し気になった。


× × × ×


「初日は接戦だったな」

「そうだね」


 お化け屋敷喫茶の片付けと明日のミーティングを終えた十九時頃。俺はまひろと一緒に帰路を歩いていた。

 文化祭初日のB班の総売り上げは、4万5450円。結果だけを見れば相当に繁盛していたと言えるだろう。実際に学園内の初日売り上げトップ3に入っているから。

 そして問題の相手であるA班の総売り上げだが、4万8850円と、惜しいところでリードを許してしまった。

 しかし、お化け屋敷が苦手というお客さんも多い中、ここまでの接戦に持ち込めたのは凄いと言えるだろう。それも一重にみんなの頑張りと、まひろという天然の宣伝素材が居たからに他ならない。

 結果として初日は負けたが、それでも満足な気持ちをいだきながら見上げた空はすっかり暗闇に染まっていて、空を包む暗幕にキラキラとまたたく星々が見える。普段はこんな時間に帰宅をする事がないので、なんとなく新鮮な気分だ。


「うう~。さすがに陽が落ちると寒さが半端ないな」

「うん。本当に寒いよね」

「そういえばまひろ。途中から少し元気が無い様に見えたけど、何かあったのか?」

「えっ? そ、そうかな?」

「もしかして、動き過ぎて疲れたのか?」

「う、ううん。そんな事はないよ」

「それじゃあ、何かあったのか?」

「それは……」

「……話したくないなら無理には聞かないけど、俺でいいなら話しは聞くぞ?」

「うん……それじゃあ、一つ聞いてもいいかな?」

「おう。何だ?」

「渡君のお姉さんが、『この子が龍之介君の本当の彼女なんだね』って言ってたけど、龍之介、彼女居たの?」

「へっ!?」


 思ってもみなかった質問に、俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。


「やっぱり彼女が居るの?」

「そんなの居るわけないだろ?」

「本当に?」

「本当だよ。こんな事で嘘ついても仕方ないだろ?」

「それじゃあ、渡君の姉さんが言ってた事って何だったの?」

「あれはだな……ほら、杏子が花嵐恋からんこえ学園に合格した時、俺の家でお祝いをしただろ? あの時に来てくれた雪村さんって人が居たのを覚えてるか?」

「うん、覚えてるよ。ショートカットで黒髪の、とっても可愛い女の子だよね」

「そうそう。渡のお姉さんはその雪村さんの事を言ってたんだよ」

「そうなんだ。でも、どうしてその雪村さんが彼女って事になってたの?」

「あ~、それはだな――」


 俺は渡のお姉さんに説明した時と同様に、ある程度要点を掻い摘んでその時の話をした。


「――へえー。演劇の勉強の為に彼氏役をやってたんだ」

「そういう事。だから俺に彼女なんて居ないんだよ」


 自分で言ってて虚しくなるけど、事実だから仕方ない。てか、こんな事実を俺の口から言わせないでほしい。


「そっか。良かった」


 さっきまでとは違って満面の笑みを浮かべるまひろ。その笑顔はとても可愛らしいんだけど、一つ引っかかる事がある。


「なあ、まひろ。どうして良かったと思うんだ?」

「えっ!? そ、それは……」


 俺の質問にまひろは困惑の表情を浮かべて言い淀んだ。

 なんとなく不思議に思って聞いただけなのに、こんな反応をされると逆に困ってしまう。


「それは?」


 まひろの反応は予想外だったが、俺は聞いてしまった以上は仕方がないと開き直って答えの続きをうながしてみた。


「それはその……もしも龍之介に彼女が居たら、話し掛け辛くなっちゃうから……」


 恥ずかしげに顔を俯かせてそんな事を言うまひろ。


 ――本当に可愛いなコイツは! ギュッと抱き締めてやりたいわ!


 そんな危ない考えが心の中に渦巻くのを必死で抑え込みながら、俺は話を続ける。


「どうして俺に彼女ができるとまひろが話し掛け辛くなるんだ?」


 かなり前の話になるが、茜が今のまひろと同じ様な事を言った事があった。

 そしてその時の茜は、幼馴染とはいえ彼女が居ると話し掛け辛くなる――みたいな事を言っていた。まあ、その気持ちは確かに分かる。

 俺ももし茜に彼氏ができたら、今の距離感は考えないといけなくなるだろうし、馴れ馴れしい態度も取れなくなるだろうから。

 でも、茜とは違ってまひろは男で俺の親友なんだから、そんな心配をする必要はどこにもないはずだ。


「だって、彼女が居たら僕と話す時間が惜しいでしょ?」


 俺はその言葉を聞いてなんとなく分かった。つまりまひろは、俺に彼女が居たらその時間を彼女と過ごす為に使いたがると思ったんだろう。

 そしてまひろの事だから、自分にそんな貴重な時間を割いてもらったら申し訳ない――みたいな事を考えていたんだと思う。


「そんな事はないから安心しろ。別に俺に彼女ができても、今まで通りにしてくれればいいからさ。何も遠慮する事はないよ」

「そっか。そうなんだ」

「ああ。俺とまひろは親友だからな!」

「う、うん……そうだよね!」


 俺の言葉に一瞬だけ寂しそうな顔を見せたあと、まひろはいつものにこやかな笑顔を浮かべた。


「龍之介。明日の文化祭、まひるの事をよろしくね?」

「おう! この俺にドーンと任せとけって!」

「うん。ありがとね」


 まひろのお願いに自信を持ってそう答えると、本当に嬉しそうな満面の笑顔でお礼を言った。

 そんな笑顔のまひろと冷たい風が吹き抜ける帰路を歩きつつ、俺達の文化祭初日は終わりを告げた。

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