第153話・波乱の予感

 まひろとまひるちゃんが入れ替わっての学園生活も午前中は平穏無事に過ぎ去り、俺はまひるちゃんと一緒に人気のまったくない屋上へとやって来ていた。

 辿り着いた屋上は突き刺さりそうなほどの冷たい風が吹いていて、俺はその風の冷たさに思わず身震いをする。

 そして俺はまひるちゃんと屋上の出入口の右側面へと移動をし、風が直接当たらない場所にある腰ほどの高さの段差に座り、そこで購買で買って来たパンの包みを開け始めた。


「くう~っ、さすがに寒いな」

「そうだね」


 外の冷え切った空気に包まれながらそう言うと、まひろにふんしたまひるちゃんも身体を震わせながらそう言った。

 それにしても、こうして自然に受け答えをする様子を見ていると、やはりどう見てもまひろにしか見えない。瓜二つと言う言葉が世の中にはあるけど、これほどその言葉がしっくりと当てはまる兄妹もそうは居ないだろう。


 ――それにしても、マジで寒いな……。


 こんな寒空の下で弁当を食べるなんて正気の沙汰ではないと思うけど、少しでもまひるちゃんの正体を知られる確率を減らす為には仕方がない。

 しかし、本当にまひるちゃんには恐れ入る。いくら兄妹とはいえ、この短期間でまひるちゃんがまひろの真似をするのはかなり厳しいと俺は考えていた。

 だけど俺の予想に反してその模倣もほうは素晴らしく、はっきり言ってまひろと変わらない――いや、まひろそのものだと言っても過言ではないくらいの完成度だ。

 クラスメイトの名前と顔もちゃんと一致してるし、俺を含めた親しい人達以外との距離感なんかもしっかりと把握している。これは演技の勉強をしている陽子さんもビックリなくらいの才能を持っているかもしれない――と、そんな風にさえ感じたくらいだ。

 そんな事を考えながらパンをかじっていると、寒さに身を震わせていたまひるちゃんが、突然俺との距離を一気に詰めて身体を密着させてきた。


「ど、どうしたの!?」


 思わぬまひるちゃんの行動に、俺は持っていたパンを落としそうになってしまった。


「こうしたら少しは温かいと思って。駄目ですか?」


 途端にいつもの口調に戻ると、まひるちゃんは身体を密着させた状態で小首を傾げながらそう聞いてきた。

 それにしても、まひるちゃんのこの仕草はヤバイ。いわゆる作られた可愛さを持つ女性は沢山居るけど、まひるちゃんやまひろからはそんな感じが一切しない。まさに天然無添加の可愛さと言えるだろう。

 そしてまひるちゃんの向ける笑顔の中にある、申し訳なさの様なものを含んだその瞳。この瞳に見つめられると、全てを包み込んであげたい――という気持ちになってしまい、まひるちゃんの言葉に対してNOと言えなくなってしまうのだ。

 まあ、いつも断らなきゃいけないほどのお願いをしてくる事はないから、まったく問題は無い。


「あ、いや、別に大丈夫だけどさ……」

「それじゃあ、このまま昼食を摂っていいですよね? お兄ちゃん」


 まひるちゃんはにこやかにそう言うと、開けていたお弁当から卵焼きを箸で摘まんでその小さな口の中へと運ぶ。

 兄のまひろは引っ込み思案で消極的だけど、妹のまひるちゃんはどちらかと言うと物事に対して積極的な方だ。

 それはとても良い事だとは思うけど、まひろと違ってまひるちゃんは正真正銘の女の子だから、こんな風に身体を密着させ続けるのは俺の精神に良くない。いや、もちろん俺としては嬉しいんだけど、親友の妹に劣情を向けてはまひろに申し訳ない。


「そ、それにしても凄いよね。この短期間でちゃんとまひろを演じられてるし」

「そうですか? 私、ちゃんとまひろお兄ちゃんになりきれてますか?」

「うん。それもうビックリするくらいだよ。正直言って驚いた」

「良かったです。何度もまひろお兄ちゃんに相談して頑張った甲斐がありました」


 そう言って誇らしげな笑顔を見せるまひるちゃん。

 まひろも学園の色々な事を教えたりで大変だったとは思うけど、まひるちゃんがこんなにもにこやかな笑顔を見せられるのも、兄のまひろがまひるちゃんの為に頑張ったからだ。

 俺も妹が居る立場だからよく分かる話だが、どうも兄貴ってのは妹に弱い。普段は妹に振り回されて大変だったりするのに、結局は妹に対して甘くなってしまったりするし。これも兄貴の悲しい性とでも言うべきだろうか。


「まあ、これだけまひろらしくしてたら、本番も全然問題無いね」

「はい! 任せて下さい!」


 自信満々と言った感じの表情を浮かべるまひるちゃん。渡の時とは違って、その表情はとても頼もしく見える。

 人が違うだけでこれだけ印象ってのは違って見えるものなんだなと、そんな当然と言えば当然の事を思いながら、まひるちゃんとの昼食タイムは和やかに過ぎて行った。


× × × ×


「――てな訳で龍之介、涼風さん、よろしく頼むな!」

「はあっ!? いったいどういう事だよ?」


 昼食を終えて教室前へと戻った時、俺は出入口付近で待ち構えていた渡に突然声を掛けられ、妙な話を持ち掛けられた。いや、正確には持ち掛けられたと言うより、決定された内容をただ伝えられただけ――と言った方がいいだろう。


「ん? お化け屋敷のセッティングが終わったから、お試しでお化け屋敷を稼働しようって事だよ」

「それは分かってんだよ。そのあとが問題なんだ」

「そのあと? ああ、龍之介と涼風さんでペアを組んで、お化け屋敷を巡ってくれ――ってやつか? 別に問題無いだろ?」


 ――こいつは本当に馬鹿なのか? 問題大有りに決まってるだろうが。もしもまひるちゃんが怖がりで、お化け屋敷内を巡ってる最中に入れ替わってる事バレたらどうすんだ?


「あのなあ渡、状況を考えてものを言えよ?」

「別にいいじゃない、龍之介。一緒に入ろうよ」

「へっ!?」


 断固としてその話を断ろうと思っていたんだけど、まひるちゃんは涼しげな笑顔でそれを了承してしまった。


「ほら、涼風さんもいいって言ってるから問題ないじゃないか。俺達B班がA班に勝利する為なんだから、龍之介もちったあ協力しろよな」


 渡はそう言うと教室の中に入り、B班のみんなに向けて『OKだってさー!』と言い放った。


「ちょっ!? まっ――」


 とりあえず反対意見を述べようと思ったんだけど、渡の言葉を聞いたB班のクラスメイト達は、早速お化け屋敷の稼動準備を始めてしまった。

 そんなクラスメイト達のやる気に満ちた様子を見たあと、俺はまひるちゃんに小声で話し掛けた。


「だ、大丈夫なの?」

「ん? 何が?」

「何って、お化け屋敷とか大丈夫なの? 怖くないの?」

「うん。私は全然大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 まひるちゃんはいつもの微笑を浮かべながら小声でそう言ったあと、すぐに教室内へと入って行った。


「本当に大丈夫かな……」


 俺は一抹の不安を感じながらも、楽しそうな笑顔を浮かべているまひるちゃんのあとに続いて教室へと入った。

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