第152話・前哨戦開始
俺はまひるちゃんにお願いされた事を実行に移す為の前哨戦として、今日ある試みをしようとしていた。
朝の強烈な寒さに耐えながら起き上がった俺は、部屋を出てリビングへと向かい、そそくさとエアコンの暖房を入れてから台所へと向かった。そして昨日の夜に用意しておいた総菜パンと冷蔵庫の牛乳パックを持って急いでリビングへと戻り、ソファーに腰を下ろしてからリモコンでテレビのスイッチを入れた。
今日はまひるちゃんにされたお願いを叶える為の大事な作戦を遂行するから、俺は少し緊張していた。もしも今日の作戦が失敗する様な事があれば、今までの苦労が水の泡になるからだ。
俺は言い知れない緊張を感じつつも素早く朝食を摂り、急いで制服に着替えて家を出た。
× × × ×
「おはよう。龍之介」
「お、おう。おはよう」
今日は通学途中の最寄り駅で待ち合わせをしていたんだけど、俺は目の前に居る男子の制服を着たまひろ――いや、まひろの制服を借りて身に着けているまひるちゃんを見て驚いていた。あまりに違和感が無さ過ぎて、本当にまひるちゃんなのかと疑ってしまうくらいにまひろに見えたからだ。
「それじゃあ行こっか。龍之介」
「あ、あの、まひるちゃん……だよね?」
いつものまひろと何も変わらないその態度を前に、俺は少し不安になって小さな声でそう尋ねた。するとまひろに
「大丈夫です。心配しなくても今の私はまひるですよ、お兄ちゃん」
そう言って俺からぱっと離れると、まひるちゃんは軽やかに足を踏み出して学園の方へと歩き始めた。
「さあ、行こう。龍之介」
「あ、ああ」
まひるちゃんにそう言われても尚、未だにまひろが目の前に居る様な感覚があった俺は、少し戸惑いながらもまひるちゃんと一緒に登校生徒がまばらな通学路を歩いて行く。
そして学園へ辿り着いたあと、俺はまひるちゃんを屋上へと連れて行ってからそこで待ってもらい、自分の教室へと向かった。
「渡、ちょっといいか?」
「おっ? 何だ?」
いつもは遅刻ギリギリでの登校が多い渡だが、こういったイベントの時は誰よりも早く登校する。現金な奴だとは思うけど、今回に限っては都合がいいので良しとしよう。
「昨日の件で話がある。屋上に来てくれ」
教室内には渡を含めてまだ数人のクラスメイトしか居ないが、もしもの事を考え、俺は誰にも聞こえない様な小さな声で渡にそう言った。
「おう。分かった」
渡の短い返事を聞いてすぐに
俺がまひるちゃんにお願いされていた事。それは、『
どうしてまひるちゃんがそんな事をお願いしてきたのかと言えば、まひるちゃんの通っている
内容としては結構無茶な話だとは思うけど、学生時代に文化祭を
「――待たせたな!」
俺が屋上へ戻ってから数分後。
渡がいつもの軽いノリで屋上に姿を現し、そのまま俺達の方へと近付いて来た。
「へえー。彼女が涼風さんの妹さん?」
近付いて来た渡はまひろに扮したまひるちゃんを見ると、まるで観察でもするかの様にまひるちゃんの上から下へと何度も視線を移動させた。
「あ、あの……」
そんな渡に対し、まひるちゃんは動揺した感じの態度を見せた。
しかしそれは当然だろう。男からこんなにジロジロと視線を向けられたら、女の子は誰でも不安になるだろうから。
「渡、初対面の相手をガン見するんじゃないよ。怖がってるだろうが」
「あっ、わりいわりい。見た目がいつもの涼風さんと変わらないからついな。とりあえずよろしく、涼風さん」
「は、はい。よろしくお願いします」
渡が言った通りに、今のまひるちゃんはどこをどう見てもまひろにしか見えない。だから渡がついついまひるちゃんをガン見してしまう気持ちも分かる。だけど俺は、少しだけ渡の驚き方に違和感を覚えていた。
何がどうおかしいのかと聞かれると困るけど、あえてその違和感を言葉にするとしたら、この状況を受け入れるのが早い――という事だろうか。
俺だってまひるちゃんという存在を受け入れるのに、かなりの時間を使った。それは何度かまひるちゃんに会ったあとでさえ、やっぱりまひろが変装してるんじゃないだろうか――と思っていたくらいなんだから。
だからそれを考えると、渡の受け入れ方の早さは異常な感じに思えた。しかしそれはあくまでも俺個人の感覚であって、普段細かい事を気にしない渡の性格を考えると、至極当然の様にも思えてしまう。
「ん? どうかしたか? 龍之介」
そんな事を考えていた俺に向け、渡が
「えっ? ああいや、別になんでもないよ。さあ、とりあえず話を始めようか」
「話も何も、結局今日やる事ってのは、昨日メッセージに書いてた事なんだろ?」
「まあな。とりあえず今日の目的は、まひるちゃんの正体がばれない様にする事と、まひるちゃんがまひろとして通用するかを見定める事の二点だ」
「それはいいけど、俺は具体的に何をすればいいわけ?」
「俺と渡の役目は単純だ。俺達はいつも通りに過ごしながら、まひるちゃんの正体がばれそうな事態が起きた場合、全力でまひるちゃんをその場から遠ざけて誤魔化す事だ」
「確かに単純で分かりやすい内容だな」
「単純で分かりやすくないと理解できないだろ? 渡は」
「そうだなーって、おいっ!! 馬鹿にすんなよ!?」
「はははっ。わりいわりい。ついな」
「たくっ……それが協力を求めた相手にする態度かよ」
「悪かったって。まひるちゃんも今日はしっかりとまひろになりきってね? もしも何かあっても、俺と渡がしっかりとフォローするから」
「はい、分かりました。今日はよろしくお願いします」
「うん、一緒に頑張ろう。なあ、渡」
「まあ、俺様が協力する以上、なーんの心配もないけどな!」
自信満々に高らかとそんな事を言う渡。いつもながらそんな自信がどこから湧いてくるのやら。
それに本当ならとても頼もしい発言のはずなのに、相手が渡だとなぜか不安になる。だって渡のこの発言は、漫画やゲームで言うところのトラブルフラグみたいなものだからだ。
だけど今の渡はまひるちゃんを守る為のパートナーだから、不安だろうと信用するしかない。
俺はその場でもう一度二人と最終的な示し合わせを行い、それを三人で共有したのを確認したあとで教室へと戻った。
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