第125話・運命の巡り合せ

 美月さん宅をあとにして桐生さんと一緒に自宅へと戻って来た俺だったが、帰って来た途端に訪れた事態を前に俺はとても困惑していた。

 一緒に自宅へと来た桐生さんは興奮気味に俺が開け放った扉から家の中へと入ったんだけど、高かったテンションは家へ入るなり急下降し、突然石の様に固まってしまったのだ。

 その様子に俺はどうしたんだろうと思い、桐生きりゅうさんの前に行ってその顔を見ると、桐生さんはなぜか立ち尽くしたままで静かに涙を流していた。


「き、桐生さん? どうしたんです? 大丈夫ですか?」

「…………」


 その問い掛けに対し、桐生さんは何も答えなかった。

 立ち尽くしたままで涙を流している桐生さんからその感情を読み取るのは難しく、俺はどうしていいのか分からなかった。


「桐生さん! 大丈夫!?」


 その様子を見て更に心配になった俺は、失礼ながらも桐生さんの両肩を掴んで少し強く揺すってみた。


「――あっ……鳴沢君?」


 何度か身体を揺すったあと、桐生さんは俺の名前を呟きながらようやくこっちを見てくれた。


「大丈夫ですか? 突然泣いたりして……どうかしたんですか?」

「あっ、ごめんね。何でもないから」


 そう言って涙を拭い、にこっと微笑む桐生さん。でもその笑顔は、俺には少しぎこちなく感じた。


「そ、そうですか? それならいいんですけど……それじゃあ、とりあえず上がって下さい」

「うん。あっ、それと鳴沢君。私とは同い年なんだから、そんなにかしこまらなくていいよ?」

「あっ、ごめんなさい。初対面だったし、ついつい癖で」

「気楽に話してね? その代わり私もそうさせてもらうから――って、もうしてたか」


 そう言ってえへへ――っと笑う桐生さん。

 泣いてる姿を見た時はかなり焦ったけど、どうやら大丈夫みたいだ。


「ははっ。さあ、とりあえず上がってよ」

「うん。お邪魔します」

「それじゃあ、お茶を淹れて来る前にリビングへ案内するね」

「あっ、大丈夫だよ。分かるから」

「えっ?」


 玄関で靴を脱いで丁寧に並べていた桐生さんにそう言うと、至って自然にそう返答をした。そしてその言葉どおり、桐生さんは迷う事も無く我が家のリビングがある方へと歩き始めた。

 美月さんの家でもそうだったけど、何でそんなに迷い無く動けるんだろうかと不思議になる。まあ、一般的に考えたらリビングの位置なんてのは分かりやすいものだろうけど、それにしたって迷いが無さ過ぎる。

 色々と不可思議なところが多い人だけど、とりあえず今はこの疑問を心の中に仕舞っておく事にしよう。


「――お待たせ」

「あっ、気を遣わせてごめんね」


 俺はリビングのソファーに座っている桐生さんの前のテーブルの上にコーヒーが入ったカップを置き、その横に角砂糖が入った容器とスプーンを置いた。

 すると桐生さんは角砂糖の入った容器の蓋を開け、そこから角砂糖を二つ取り出してからコーヒーへ入れてスプーンで混ぜ始めた。


「とりあえず美月さんが治るまでの間、空いてる客間に泊まってもらう事になるけど、いいかな?」

「うん。ありがとね、鳴沢君。凄く助かるよ」

「いえいえ。ところで、こっちには遊びに来たの?」

「そうだよ――って言いたいところだけど、こっちには下見に来たんだよね」

「下見?」

「うん。専門学校とか、養成所とかのね」


 専門学校とか養成所って言ってるって事は、進学の為の下見に来たってところだろう。


「つまり、卒業後の進路先の下見に来たって事?」

「平たく言えばそうかな」


 桐生さんには夢が、なりたいものがある。俺にはそれがとても羨ましく思えた。


「そっか。俺で良ければ協力させてもらうから、遠慮無く言ってね?」

「ありがとね。鳴沢君」


 それから俺は、桐生さんとお互いが知らない美月さんとの学校生活についての話しを始め、しばらくの間その話に華を咲かせていた。


「――へえー。本当に色々な事があったんだね」

「そりゃあもう、転校初日から今までたっぷりと色々な事があったよ」


 まあ、本当は転校初日からではなく、引越し初日から色々とあったわけだけど、今となっては懐かしい思い出だ。


「でも良かった。美月ちゃんが楽しそうに学園生活を送ってて。ホント言うとね、私、結構心配してたんだ。引っ越した先でちゃんとやれてるかな? とか、転校先で嫌な事をされてないかな? とか。電話やメッセージのやり取りは結構してたけど、美月ちゃんてちょっと無理するところがあるから心配だったんだよね」


 そう言って苦笑いを浮かべる桐生さん。

 その読みは流石に親友と言ったところだろうか、とても的確だと思えた。現にこうして病気である事を伏せていたわけだし。


「桐生さんは優しいね。美月さんが大切な親友って言うのがよく分かるよ」

「そ、そうかな?」


 その言葉に桐生さんは照れくさそうに微笑む。

 美月さんにとって、前の学校での心の支えだったと言うのがよく分かる人柄だ。


「あっ、もうこんな時間か。妹もそろそろ帰って来るだろうし、夕食の準備をしないと」


 ついつい桐生さんと話し込んでいたからか、リビングにある壁掛け時計を見ると、もう十八時を迎えようとしていた。


「鳴沢君には妹さんが居るんだね」

「うん。まあ、義理の妹だけどね」

「そっかそっか。これは楽しみが増えたな~♪」


 なにやら不穏な発言をしながら含み笑いをする桐生さん。

 考えてみれば、桐生さんみたいなタイプとノリが良い杏子を引き合わせるのは、俺にとって凄くヤバイ事かもしれない。

 桐生さんとはまだ出会ったばかりだけど、なんとなくその性格的ノリの様なものは分かった。それを考えると、杏子と桐生さんの組み合わせは、気化したガソリンに火を近付けるくらいに危ない事の様に思える。


「ま、まあ、お手柔らかにね?」

「ふふっ♪ 了解了解♪」

「お兄ちゃーん! 帰ったよー!」


 相変わらず怪しげな笑みを浮かべている桐生さんに不安を感じていると、もう一人の不安要素である杏子の声が玄関の方から聞こえてきた。


「あっ、妹さん帰って来たんだね。早速挨拶をしに行かないと!」

「あっ! ちょ、まっ――」


 言うが早いか、桐生さんはソファーから立ち上がると素早く玄関の方へと向かって行った。

 その素早い行動に俺は制止する暇すらも無く、もはや杏子と桐生さんの接触は時間の問題となった。まあ、遅かれ早かれ接触はするわけだが、俺としては何かしらの対策をしておきたかったと言うのが本音だ。


「どうしたんだ? 杏子」

「あっ、お兄ちゃん……」


 桐生さんのあとを追って玄関に向かった俺が見たのは、予想外な事にとても戸惑った表情を浮かべた杏子と愛紗の姿だった。

 そしてそんな二人の間には愛紗の妹である由梨ちゃんの姿があり、なぜか桐生さんと由梨ちゃんはじっと見つめ合う様にしていた。


「ゆり……ちゃん?」

「あすか……ちゃん?」

「「「えっ?」」」


 お互いの名前を静かに呼び合う桐生さんと由梨ちゃん。


 ――どういう事だ? 二人は顔見知りなのか? いや、それにしては反応がおかしいよな……。


 俺はお互いの名前を呼び合ってから沈黙し続ける桐生さんと由梨ちゃんを見ながら、どうすればいいんだろう――と、頭の中で考えを巡らせていた。

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