第53話・曲がり角には出会いがある?

 窓から射し込む陽射しが心地良い、ゴールデンウイークの朝。

 俺はリビングのソファーに寝転がってテレビ見つめていた。日本語に訳せば『黄金の一週間』という事になるけど、いったいどれくらいの人が黄金色に輝く日々を送れるのだろうか。

 まあ、ソファーに寝転がって無作為にリモコンでチャンネルを変えているだけの俺にとっては、ゴールデンウイークならぬグレーウイークと言えるだろう。完全に黒に染まっていないのは、俺がそれを認めたくないからだ。


「お兄ちゃん。彼女と遊びに行ったりしないの?」


 ゴールデンウイーク三日目。

 リビングに下りて来た杏子がソファーに寝転がる俺に向かい、開口一番、心をえぐる一言を飛ばしてきた。


「杏子。分かりきった事を聞いて兄の心を抉るのは止めないか? いくら兄ちゃんの精神がはがね並に強くても、さすがに大泣きしちゃうぞ?」


 その言葉に対して特に何か言うわけでも無く、杏子は黙って対面のソファーに座った。

 俺はそんな杏子を見る事も無く、リモコンでチャンネルを変えていく。


「あっ、お兄ちゃん。そのチャンネルで止めて」


 そう言われた時には既にチャンネルを進めていたので、とりあえず言われたタイミングのチャンネルに戻す。別に見たい番組があったわけじゃないから。


「ありがと」


 チャンネルを戻すとどうやらそこで合っていたらしく、杏子は俺に向かって短くお礼を言った。

 俺は手に持っていたリモコンをテーブルの上に置いてから身体を起こし、ソファーの背もたれに背を預けながらテレビへと視線を向け、流れてくる内容に耳を傾け始めた。

 さっきまでは頻繁にチャンネルを入れ変えていたから内容などほぼ見聞きしていなかったけど、そこにはゴールデンウイークを利用して遠出をしている家族や、デートスポットで楽しむカップルなどが次々と映し出されていた。


「ちっ……何がゴールデンウイークだ。リア充を楽しませるだけじゃねーか」

「お兄ちゃんも楽しめばいいじゃない。せっかくの休日なんだし」


 杏子はそう言うけど、俺は別に休日を楽しめていないわけじゃない。リア充うんぬんはさておき、純粋に休日を楽しんでいるのは確かだ。

 のんびりと何をするでもなく、ただ過ぎ行く時間を怠惰たいだに過ごす。こんな贅沢な時間の使い方は他に無い。


「勘違いしてもらっちゃ困るが、兄ちゃんはこれでも結構休日をエンジョイしてるんだぞ?」

「ふーん。まあ、それはそれとして、少し散歩でもしてきたら? 思わぬ出会いがあるかもよ?」

「思わぬ出会いねえ……」


 杏子が言うように、人と人との出会いというのは、外に出なければ訪れないものだろう。しかしほとんどの場合、外に出ても何か実りのある出会いが起こる事など皆無に等しい。特に目的も無く散歩をするだけなら尚更だろう。

 それに俺から言わせれば、外に出れば出会いがある――なんて考え方は、リア充だからこそ行き着く発想だと思っている。だって平凡なコミュニケーション能力しかない俺からすれば、他人と仲良くなるというのは結構難しいのだから。


「そんな簡単に外に出会いが転がってるなら、俺は今ここに居ないと思うんだけどな」


 テレビを見ながらそう呟いたあと、俺はソファーから立ち上がって自室へと向かった。

 そして部屋へと辿り着いた俺はクローゼットやタンスを開けてカジュアルな服を適当に取り出してから着替え、上着の胸ポケットに携帯を入れ込み、机の引き出しに入れてある財布を取り出してからズボンの後ろポケットにスッと差し込んだ。

 それから俺はさっきまで着ていた服を持って一階へと下り、洗濯機の中へ脱いだ服を放り込んでから玄関へと向かった。一応言っておくが、別に杏子の言う事を真に受けて出会いを求めに行くわけではない。


「お兄ちゃーん。出掛けるのー?」

「ああ。天気も良いから、ちょっと散歩して来る」


 リビングから聞こえてきた声に返事をしながら振り向くと、杏子がこちらを覗き込む様にしてリビングの出入口から顔を出していた。


「それじゃあ、帰りにアイスクリームを買って来てよ」


 ――もしかしてコイツ、自分がアイスを食べたいから俺に散歩を勧めたんじゃないだろうな……。


 その可能性は杏子なら十分に考えられる。アイツは至って自然に兄をパシリにするから。その自然さは、兄である俺もなかなか気付かないくらいだ。


「分かったよ」


 杏子に上手くやられたと感じながらも、黒のスニーカーを履いて外へと出る。

 家の外は清々しいまでに晴れていて、少し強い風も吹いている。身体に受ける陽射しは夏の様相を感じさせ始めていて少し暑く感じるけど、たまにはこういった散歩もいいかもしれない――と、そんな事を思わせるくらいに強く吹いて来る風が心地良く感じていた。

 この散歩には特に目的が無い。なので適当にうろつきながら、駅前の本屋にでも行こうかとのんびり歩く。

 杏子の言う事を真に受けるわけではないけど、訪れるはずもない出会いにほのかにでも期待してしまうのは、男子にはよくある。

 例えばすぐそこにある曲がり角を曲がった所で可愛い女の子にぶつかり、その女の子を助け起こす事から始まるラブストーリーとか、そんなベタベタな展開に誰しも一度くらいは憧れた事があるだろう。まあ、そんなラブコメみたいな事は現実には無いと思うけど。

 現実では例え誰かとぶつかっても、『すいません』の一言でその人とはほぼ永遠にさようならだ。そこから会話が繋がる事などまず無い。それでも人は、淡い期待を抱きつつ人生を生きて行くのだろう。


「きゃっ!?」

「おっと!?」


 そんな事を考えながら歩いていると、曲がり角を曲がった所で誰かにぶつかってしまい、俺はその反動で少し後ずさってしまった。


「すいません! 大丈夫ですか!? ――って、あれっ?」


 ぶつかった衝撃で地面に尻餅をついている人物をよく見ると、その人物はまひろの妹のまひるちゃんだった。


「あっ、龍之介さん。大丈夫です」

「ごめんね、まひるちゃん。さあ、手を出して」


 腰を下げてまひるちゃんに右手を差し出す。

 そしてまひるちゃんがその右手をしっかりと掴んだのを確認した俺は、その手をゆっくりと引いて助け起こした。


「ありがとうございます」

「いやいや、それより大丈夫? 怪我とかしてない?」

「大丈夫です。ちょっとお尻を打っただけですから」


 にこやかな微笑みを浮かべながら、お尻に付いた埃を手で払うまひるちゃん。

 新たな出会いではないけど、確かに曲がり角で出会いがあった。しかもそれは、最高に可愛い女の子だ。


「本当にごめんね。ところで、まひるちゃんはどこかへ行くところなの?」

「あっ、私は龍之介さ――いえ、お兄ちゃんに会いに行くところだったんです」


 久しぶりに会ったまひるちゃんに『お兄ちゃん』と言われ、思わずちょっと照れてしまった。

 杏子にも日々お兄ちゃんと言われているにもかかわらず、まひるちゃんに言われると妙にむず痒い気持ちになってしまうのはなぜだろう。可愛さの違いなのか、身内と他人との差なのか。そこはいまいち分からない。


「わざわざ俺に会いに来てたの?」

「はい。ずいぶんとお会いしていなかったので、久しぶりに会いたいなと思って」


 そんな事を少し恥ずかしげに、そして可愛らしく言うまひるちゃん。


 ――何この超絶可愛い子! 俺の嫁にしたいっ!


 久しぶりにこうして出会うと、その相変わらずの胸キュンりょくに、良い意味で圧倒されてしまう。いやもう、本当に可愛いんだ。この兄妹は。


「そうだったんだ。なんだか照れちゃうな」

「ふふっ」


 照れ笑いをする俺を見ながら、くすくすと小さく笑うまひるちゃん。

 そんな俺に対し、今度はまひるちゃんから『お兄ちゃんはどこに行こうとしてたんですか?』と尋ねられ、俺は散歩ついでに駅前の本屋に向かっていた事を告げた。するとそれを聞いたまひるちゃんは、『私もお兄ちゃんについて行きます』と言ってきた。

 思わぬところで同行者ができたけど、相手がまひるちゃんなら何の文句も問題も無い。むしろ大歓迎だ。と言うわけで、俺はまひるちゃんと一緒に駅前の本屋へと向かい始めた。


「そういえば、最後にまひるちゃんと会ったのって、一月の後半頃だったっけ?

「はい。お兄ちゃんと最後に会ったのは、一月二十七日でした」

「ずいぶん正確に覚えてるんだね」

「女の子ってこんな感じなんですよ?」

「へえ。凄いもんだなあ」


 まひるちゃんはさも当然の様にそう言う。

 もしも多くの女の子が、まひるちゃんの様に物事を正確に把握してるんだとしたら、世の中のリア充が記念日などを正確に把握しているのも頷ける。

 新しく知った女の子の未知なる能力。もしかしたら女性ってのは、男が思っているよりも遥かに凄い未知なる能力を、まだまだ隠し持っているのかもしれない。

 女性のそんな未知なる能力の一端を垣間見つつ、俺はまひるちゃんと一緒に駅前の本屋へと向かった。

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