第34話・もしものお話

 十二月二十五日。クリスマス。

 この日がイエス・キリストの誕生した日で、それを祝す日だというのは世界的に知られているだろうけど、ここ日本においてはそんな様子はほぼ感じられない。

 海外では家族と一緒に過ごす日――という認識らしいが、ここ日本では、恋人と過ごす日――という認識が強い様に感じる。キリストの誕生した日に乗じてイチャつこうなど、どこまで恋人持ちリア充共は腐っているんだろうか。


「うーん……どうしたもんかねえ……」


 時刻はお昼の十二時を少し過ぎたところ。

 自宅の台所にあるテーブルの上には、所狭しと数々のケーキが並んでおり、その光景を見ているだけで、ケーキ屋さんにでも居るかの様な錯覚におちいってしまう。

 そしてその圧倒的な光景を前に目眩めまいすら覚える俺とは違い、杏子は目をキラキラと輝かせていた。


「龍ちゃん。いつまでケーキと睨めっこしながら悩んでるの? 全部食べればいいだけじゃない」


 のっそりとリビングからこちらへとやって来た茜は、あっけらかんとそんな事を言い放つ。


「お前なあ、ちゃんとこの量を見て言ってるのか? こんな量を今日だけで食べきれるわけ無いだろ?」

「大丈夫! 女の子には別腹が沢山あるんだからっ!」


 どこかで聞いた覚えのあるフレーズを口にする茜だが、仮に別腹がそんなに存在したとしても、この量を食べ尽くすのは無理だと思う。


「ごめんね、龍之介。まさかみんなもケーキを持って来てるなんて思ってなかったから……」

「でも龍之介さん。せっかく作ったんですから食べて下さい」


 こちらの様子が心配になったのか、茜に続いてまひろと美月さんも台所へとやって来てしまった。

 まひろは妹のまひるちゃんの手作りケーキを手に訪れ、美月さんは昨日から徹夜で作っていたケーキを持って来てくれていた。

 そして茜はと言うと、昨日見た俺達のケーキをご相伴しょうばんにあずかろうとやって来ていた。要するに、手土産も無くケーキをたかりに来ているわけだ。


「もちろん二人の持って来てくれたケーキは美味しくいただくよ。だから茜はともかくとして、まひろと美月さんはありがとう」

「私はともかくって何よ!」


 とりあえず茜が発している抗議の言葉は全力でスルーし、ケーキを食べる為の準備を進める事にした。このままケーキを見つめていてもらちが明かないし、食べる事に変わりは無いから。

 台所に来ていたみんなにリビングへ戻るように促し戻ってもらったあと、俺はこの日の為にと用意していたローズヒップティーを棚から取り出し、それをティーポットの中へと入れてからお湯を注いでじっくりと成分を抽出させ始めた。

 その間にまひろと美月さんが持って来てくれたケーキと、俺と杏子が買って来たケーキを約八等分に切り分け、みんなが取り皿へ取りやすいようにしてからリビングへと持って行った。

 そしてローズの良い香りが広がっているであろうティーポットと、軽くお湯を入れて温めておいたティーカップを取りに戻り、それを持って再びリビングへと戻る。


「んんっ! これ美味しいー!」


 ティーセットを持ってリビングへ戻ると、有名店のケーキを口にした茜がテンション高く声を上げた。

 俺も買って来たケーキにはかなりの期待をしていたので、まずは有名店のケーキを食べてみる事にした。


 ――うん。確かに期待していたとおりの美味しさだな。


 口の中に広がる甘さは上品でさっぱりとしていて、これなら俺でも結構食べれそうな気がした。


「龍之介、これも食べてみてよ」


 まひろはまひるちゃんの作ったケーキを皿に乗せ、俺へと差し出してきた。

 俺はティーカップに注いでいたローズヒップティーを一口飲み、まひるちゃんお手製のケーキをフォークで一口サイズに切ってから口へと運んだ。

 まひるちゃんが作ったケーキはシンプルなホワイト生クリームが塗られたケーキで、可愛く小さなイチゴが点々と乗っているのがなんとも可愛らしい。そして口に運んだケーキはスポンジが少し固めだが、俺はそんな食感も好きだった。

 スポンジ層の間にあるクリームに包まれた桃などのフルーツ。その爽やかな甘みと酸味が絶妙で、手作りとは言え、お店のケーキにも負けない美味しさを俺は感じる。生クリームの甘さもくどくないし、総合的にかなりの美味しさだ。


「うん、美味いよ! 流石はまひるちゃんだな。とっても美味しかったって伝えてくれよ」

「うん! ありがとう」


 なぜまひろが顔を紅くするのかはよく分からないけど、きっとまひるちゃんの事を褒めてもらって嬉しかったんだろう。

 それにしても、まひるちゃんが今日は用事で来られないのは残念だった。せっかくだから、久々に話をしたかったのに。


「龍之介さん。次は私のを食べて下さい」


 待ってましたと言わんばかりに、今度は美月さんが自分の手作りケーキを差し出してくる。

 するとその言葉を聞いた茜のケーキを口に運ぶ手が急に止まり、じっと俺の方を見ている事に気付いた。


「さあ、龍之介さん。どうぞ召し上がって下さい」


 にっこりと笑顔でケーキが乗った皿を手渡そうとする美月さん。

 なぜか俺を凝視している茜の様子が気になるけど、ここは食べないわけにはいかない。

 可愛らしい笑顔を浮かべている美月さんと、その背後でなぜか俺をじっと凝視している茜を見ながらケーキの乗った皿を受け取り、そのケーキをフォークで切って口の中へと運ぶ。


「うん。美味いよ、美月さん。とても初めて作ったとは思えない出来だよ」

「本当ですか?」

「本当だよ。最初の頃は料理もあまり知らなかったのに、この上達は凄いよ」

「ありがとうございます。またケーキを作って来ますね」

「本当? ありがとう、美月さん」

「はい!」

「龍ちゃ~ん。そんなに美月さんのケーキ美味しかったあ~?」


 いつの間にか俺の左隣に来ていた茜が、やたらと低く小さな声でそんな事を質問してきた。


「えっ? 美味しかったけど?」

「そっか~、それは良かった――ねっ!!」

「うぐっ!? 茜、お前……何しやがる……」


 茜は誰にも気付かれない様にして、俺の左脇腹に思いっきり肘を入れた。


「あら? どうしたの? 龍ちゃん」


 まるで、何があったか分からない――と言った感じの表情を浮かべる茜。

 そんなすっとぼけけた表情を俺に見せた茜は、プイッと視線を別の方へと向けたあとで再びケーキを口にし始めた。

 俺は茜の理不尽な攻撃に晒された左脇腹を押さえながら、ズキズキとした痛みが治まるのを待った。


「――もう駄目だーっ!」


 ケーキを食べ始めてから三十分後。

 俺はもうケーキを食べられなくなり、カーペットの敷かれた床に向かって仰向けに倒れ込んだ。


「えーっ!? もうギブアップなの? 龍ちゃんは情けないなあ」

生憎あいにくだが、俺には別腹なんて便利な物は存在しないんでね」


 未だにゆっくりとではあるけど、茜と杏子はペースを落とさずにケーキを食べ続けていた。そんな様子を見ていると、この二人は本当にケーキに関しては底無しなんじゃないかと思えてくる。

 そんな二人とは対照的に、まひろはそろそろ限界を迎えるだろう。表情に苦しさが見えてるから。

 美月さんは徹夜をしてケーキを作った疲れが出たのか、ソファーの片側で既に横になって眠っている。


「――ふあー、食べた食べた~」

「そうですね~」


 ケーキを食べ始めてから二時間後。

 本当に全てのケーキを平らげてしまった茜と杏子が、満足そうにローズヒップティーを飲んでいた。


 ――信じられねえ……コイツ等マジで全部のケーキを食べ尽くしやがった……。


 俺とまひろは早々にギブアップ。美月さんは途中で目を覚まして再び食べ始めたけど、十分と経たずに戦線を離脱。

 茜と杏子の凄さを見せ付けられた俺は、使ったお皿やカップを台所のシンクの中へと運び、それから少しの間、みんなとのんびり会話を楽しんだ。


「――あっ、もうこんな時間なんだ。そろそろ家に帰らないと」


 楽しく談笑をしていた茜が、部屋の掛け時計を見てソファーから立ち上がった。

 その言葉を聞いて掛け時計に視線を移すと、もう十八時を過ぎていた。


「本当だ。僕もそろそろ帰らないと」

「私も家の中の片付けをしないといけません」


 茜の言葉を切っ掛けに、みんなが次々と席を立って玄関へと向かい始める。

 まひろと美月さんはともかく、茜はあれだけのケーキを食べたあとでよく動けるもんだ。


「それじゃあ、龍ちゃん、杏子ちゃん、またねー」

「お邪魔しました。またね、龍之介、杏子ちゃん」

「龍之介さん、杏子ちゃん、お邪魔しました」

「おう。みんなまたなー」

「皆さん、今日はありがとうございました」


 波乱に満ちたケーキタイムは終わり、三人はそれぞれの家へと帰って行った。


「やれやれ。とんだクリスマスだったな」

「えっ? 最高のクリスマスだったよ?」


 杏子としてはあれだけのケーキを食べられたんだから、言葉通りに最高だっただろう。

 俺はとても満足げな様子の杏子を見てから台所へと向かったが、片付けはあとに回そうと思い直し、そのままリビングへと移動してから杏子と一緒にテレビを見始めた。


「――ん?」


 十九時から始まったバラエティ番組を見始めてしばらくした頃、不意に玄関のチャイム音がリビングに鳴り響いた。

 俺はソファーから立ち上がり、チャイムを鳴らした人物が居る玄関へと向かい始める。


「はいはーい。どちら様ですかー?」

「あっ、夜分遅くにすみません。私は龍之介君の友達で、雪村陽子と言います。龍之介君はご在宅でしょうか?」

「あ、雪村さん。ちょっと待ってて!」


 急いで玄関へと下り、鍵を開けてゆっくりと扉を開ける。

 するとそこには大きな箱を抱え持ち、耳を真っ赤にして身体を小さく震えている雪村さんの姿があった。


「寒かったでしょ? さあ、早く上がって」

「いいの?」

「もちろん! 大したもてなしは出来ないけど、風邪をひかないように温まって行ってよ」

「ありがとう。それじゃあ、お邪魔させてもらうね。あっ、それと、これは約束してたケーキです」

「うわあ……これは相当大きいね」

「うん。中を見たらもっと驚くよ?」

「そりゃあ楽しみだね。ささっ、どうぞこちらへ」


 俺は雪村さんにお客様用スリッパを急いで用意し、雪村さんが抱えていた箱を代わりに持ってからリビングへと案内した。


「あっ、雪村さん。こんばんは」

「こんばんは、杏子ちゃん。のんびりしてるところにごめんね」


 雪村さんには杏子の向かい側にあるソファーに座ってもらい、俺は茜達にも出したローズヒップティーを淹れる為に台所へと向かった。

 台所にあるテーブルに雪村さんが持って来てくれたケーキ入りの箱を置いたあと、俺はじっくりと成分を抽出させたローズヒップティーを持ってリビングへと戻り、雪村さんにそれを振舞った。


「お待たせしてごめんね、雪村さん。はい、これを飲んで温まって」


 雪村さんの前にあるテーブルにカップを置き、ティーポットの中で十分に成分を抽出したローズヒップティーを注ぐと、再びバラの良い香りが部屋いっぱいに広がっていく。


「わあ、いい香り……ローズヒップかな?」

「分かる? この時期は風邪をひきやすいからね。ビタミンCが豊富なこれを飲んで、風邪をひかないようにしてね?」

「ありがとう、龍之介君」


 ローズヒップティーをカップに注ぎ終えたあと、俺は杏子の隣に腰掛けた。


「今日は来るのが遅くなっちゃってごめんね。本当はもっと早く来れるはずだったんだけど」

「いやいや、気にしないでよ。こうして寒い中持って来てもらって、こっちの方が心苦しいんだからさ」

「ありがとうございます。雪村さん」

「どういたしまして。持って来たのは結構自信作だから、沢山食べてね、杏子ちゃん」

「もちろんです! ねえ、お兄ちゃん、雪村さんもこう言ってくれてるんだから、さっそく食べようよ!」

「えっ!?」


 ――コイツ本気か!? ほんのちょっと前にあれだけ食べたじゃないか。


「杏子ちゃ~ん。ちょっとこっちにおいで~」


 俺は立ち上がってから杏子を手招きをし、そのままスタスタと台所へ向かった。

 そして先に台所へと来た俺は、テーブルの上に置いてある大きな箱を開けて中身を取り出して見た。


「でけえ……」


 箱から取り出したケーキは、まさかの二段重ね特大ケーキだった。どおりで抱えた時に重かったわけだ。


「お兄ちゃん、どうかしたの? わあ! すごーいっ!」


 杏子はテーブルの上にある二段重ね特大ケーキを目の当たりにし、大きくテンションを上げた。

 ケーキへと向けられたその瞳には、食べ飽きるという言葉を感じさせない異様な輝きがあった。


「杏子、大丈夫なんか? この大きさだぞ? 二段重ねだぞ?」

「お兄ちゃんは何を心配してるの?」

「何がって……こんなに食べれるのかって事を心配してるんだよ」

「大丈夫だよ。変な事を気にしてないで、早くみんなで食べようよ」


 杏子は事も無げにそう言うと、嬉しそうにリビングへと戻って行った。


 ――大丈夫って……マジか? 今は茜も居ないんだぞ?


 呑気な杏子の発言に凄まじい不安を抱えながらも、俺は特大ケーキを丁寧に切り分けてリビングへと運んだ。


「お、お待たせ~」


 切り分けたケーキを持ってリビングへ戻ると、雪村さんが杏子となにやら楽しく談笑をしていた様で、にこにこと可愛らしい笑顔を浮かべていた。


「あっ、ごめんね、龍之介君。手伝いにも行かないで」

「いやいや、雪村さんはお客さんなんだから気にしないで」


 俺はソファーに挟まれたテーブルの上にケーキが乗った皿を置き、再び台所へと戻って取り皿とフォークを持って戻った。


「それじゃあ、いただきますね。雪村さん」

「俺もいただきます」

「はい。どうぞ召し上がって下さい」


 俺はケーキを口に運び、ゆっくりと咀嚼そしゃくし始めた。

 雪村さんの持って来てくれたケーキは、まひろ達の物とは違って甘めだが、決して嫌な甘さではない。これはこれで非常に後引く感じだった。


「どうかな?」

「うん、美味しいよ。なあ、杏子」

「はい! とっても美味しいです!」


 杏子は満面の笑みで本当に美味しそうにケーキを食べている。今日は杏子にとって、忘れられないケーキの日になるだろう。


「良かった……どんどん食べてね、龍之介君、杏子ちゃん」


 そんな杏子を見てにこにこ笑顔の雪村さん。

 嬉しい事ではあるけど、前のケーキを食べてからまだ三時間も経っていないから、俺は思ったほどケーキを口に運ぶ手が進まなかった。


「――雪村さんは、彼氏さん居ないんですか?」


 ケーキを食べ始めてから二十分くらいが経った頃、杏子が突然そんなアホな質問をした。


「えっ!? あ、うん。残念ながら居ないかな」

「そうなんですか? そんなに可愛いのに」

「そ、そんな事は無いよ」


 雪村さんは苦笑いを浮かべながらそう答える。

 だが、杏子が言ったように、俺も雪村さんは可愛いと思う。それに加えて性格も良いんだから、彼氏が居たっておかしいとは思わない。むしろ、居ない事が不思議に感じるくらいだ。


「彼氏がほしいとかは思わないんですか?」

「んー、人並みに興味はあるんだけど、そういう事にえんが無くて」


 やはり雪村さんくらいの可愛い子になると、男は近付き難いものがあるのかもしれない。俺もバイト仲間と言う事で知り合っていなければ、おそらく声もかけられなかっただろう。

 そう考えると、雪村さんと釣り合いが取れる男ってどんな奴だろう――と、思わず考えてしまうが、正直言ってそれがどんな男かは想像もつかない。


「そうなんですか……実はお兄ちゃんにも彼女が居ないんですよね。ラブコメが好きなところと、思っている事をつい口走るところ以外は結構いいと思うんですけど……雪村さんはお兄ちゃんの事をどう思いますか?」

「えっ!?」

「バ、バカッ! 何を聞いてるんだ!」


 うちの妹はマジで何を言ってるんだろうか。

 これでもし、何とも思っていない――とか言われたら、俺はもう、ここからダッシュで逃げ出して部屋に引きこもるしかなくなる。まあ、実は龍之介君の事が――的な事を言われても、それはそれでどうしていいか分からなくなるけど。

 そんな事を思いつつも、心のどこかで雪村さんがどう答えるのかが気になっている自分が居た。


「そ、それは…………りゅ、龍之介君は素敵な人だと思うよ。とっても優しいし、頼りになるし……」


 上手い。

 こういった質問を無難に回避するには、今の雪村さんの返答はとても模範的で良いと思う。


「ですよね。私もそう思います。雪村さん、どうですか? お兄ちゃんを彼氏にしてみませんか?」

「ええっ!?」

「こ、こらっ! 変な事を言うんじゃないよっ! ア、アハハ。ごめんね、雪村さん。妹が変な事を口走ってさ」

「あ、ううん。気にしないで……」


 妹のアホな発言が元になり、このあと、雪村さんが帰るまでの間、妙に会話が途切れて気まずくなってしまった。


「――わざわざ送ってもらってごめんね」

「いやいや。もう遅い時間なんだから気にしないでよ」


 時刻は二十一時を回ったところ。

 俺は雪村さんを自宅近くの駅前まで送っていた。女の子を一人で歩かせるには遅い時間だから。

 ちなみに杏子はさっきの危険発言の罰として、家で後片付けをさせている。

 冷たい風が吹く中、俺達は身を縮めながら歩いてお喋りをしていた。内容は今日の出来事についてだ。

 雪村さんは楽しそうに微笑みながら俺の話を聞いてくれていたけど、俺が茜達の話をする時だけは、なぜか少し寂しそうな表情をするのが少し気になった。


「――龍之介君、ここまででいいよ。ありがとう」

「こちらこそ、わざわざケーキをありがとね」

「ううん。それじゃあまたね、龍之介君」

「うん。またね」


 駅前へと辿り着いた雪村さんは、丁寧にお礼を言ってから自宅へと向かって歩き始める。

 そんな雪村さんの後姿を見送っていると、雪村さんは突然ピタリと足を止めてからこちらへと振り返り、小走りで俺の方へと戻って来た。


「どうかしたの?」

「龍之介君、さっきの話だけど……」

「さっきの話?」

「うん。杏子ちゃんが言ってた、お兄ちゃんを彼氏にどうですか? ――って話」

「あ、ああ、あれね。本当に変な事を言う妹で困るよ。ハハハッ」

「私ね、龍之介君が彼氏だったらいいかもな――って、ちょっと思ったよ」

「えっ!?」


 雪村さんの言葉に俺の身体は一瞬にして硬直し、顔が急速に熱くなってきているのを感じた。


「な、なーんてねっ! 冗談冗談! 私の演技に騙されちゃったかな?」


 真剣な表情から一変。おちゃらけた感じでそう言う雪村さん。


「あ、ああ。なーんだ。もう、冗談キツイよ、雪村さん」

「ごめんね、龍之介君。それじゃあ、今度こそ帰るね」


 雪村さんは慌てた感じでそう言うと、今度はこちらを振り返る事も無く、自宅がある方へと去って行った。

 その後ろ姿が見えなくなるまでその場に居たあと、俺はきびすを返して自宅への帰路を歩き始めた。

 そして自宅への帰り道、もしも雪村さんの言った事が本気だったとしたら、俺はどうしていたんだろうか――と、そんな事を考えていた。でもまあ、本人が冗談と言ったんだし、こんな事を考えても仕方がないのは分かっている。

 とても虚しい想像をしながら、更に風が冷たくなる中を歩く。そんな寒さの中、駅前での事を思い出して顔が熱くなるのが、妙に便利だった。

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