第12話・とある幼馴染達の日常

 人には得手えて不得手ふえてというものが存在する。得意な事が無いと言う人は多いだろうけど、不得意な事が無いと言う人はおそらく居ないだろう。

 どんなに完璧そうに見える人でも、不得手があるというのが人間だ。なるべくならそんな不得手を他人に晒すこと無く人生を送りたいと思うのが普通だろうけど、残念ながら人生はそれ程甘くはないらしい。


「遅いな……」


 お昼過ぎの歓楽街。

 俺は照りつける太陽の陽射しから隠れる様に、映画館の入った建物の出入口で茜が来るのを待っていた。

 携帯に表示された時間は、既に茜とした約束の時間から十分が経過した事を示している。

 十分程度で遅いとか辛抱強くないと思われるかもしれないけど、大雑把な性格をしているとは言え、茜が待ち合わせに遅刻した事は今まで一度も無い。そんな相手が待ち合わせ時間を十分過ぎても来ないとなると、遅く感じるのは当然だと思う。


「龍ちゃーん!」

「あっ、遅いぞ、茜」

「ハァハァ、ご、ごめんね。ちょっと準備に時間かかっちゃって」


 映画館がある歓楽街は、俺や茜の自宅からそう遠くはない。だからカジュアルな格好で来ればいいはずなんだけど、茜はなぜか、頭の天辺から足のつま先までしっかりとめかし込んでいた。


「まあ、とりあえずいいけどさ。ところで茜、そんなにめかし込んでどうした?」

「えっ? 似合ってないかな?」


 俺の言葉に不安になったのか、茜は建物のガラスに自分の姿を映しながら服装のチェックし始めた。

 別に似合っていないという意味で言ったわけじゃないんだけど、どうやら俺の言葉は茜を勘違いさせてしまったらしい。


「いや、似合ってるぞ。いつもの茜とはえらい違いだ」

「なんだか含みのある言い方に聞こえて、素直に喜べないんだけど?」


 茜はそう言って餌を口に詰め込んだハムスターの様に、ぷくーっと頬を膨らませる。

 いつもの茜はわりとボーイッシュな感じの服装が多いんだけど、今回はギンガムチェック柄の可愛らしいワンピースを着ていて、簡単に言ってしまえば、女の子だという事を強く意識してしまう様な格好をしているわけだ。

 そんな茜を改めて見ると、茜にも女の子らしくて可愛らしいところがあるんだなと、ついそんな風に思ってしまう。


「特に深い意味は無いから気にするな」

「むうーっ!」


 心の内を悟られない為にぶっきら棒にそう答えると、茜はより一層不満げに口を尖らせた。

 茜には悪いが、思った事を素直に口にはできない。調子に乗らせてしまう可能性が高いから。


「それよりもさ、本当にいいのか?」

「も、もちろんだよっ!」


 茜に対する最後の気遣いも呆気あっけなく無駄に終わってしまった。なぜ俺がここまで茜の事を心配しているのかと言うと、それは俺がいだいてる不安に直結する。

 その不安が何かと言うと、茜はホラーものがとてつもなく苦手なのだ。つまりこれから一番苦手なホラーを見て震え上がろうというのだから、俺にはその思考が理解できない。


「茜、足が震えてるぞ?」

「む、武者震いよっ!」


 どう見てもそうは見えないんだが、きっと茜は強がりを通すだろう。それにしても、足が震えてる言い訳で武者震いをチョイスするとは思わなかった。

 全然大丈夫そうには見えない青ざめた表情の茜を引き連れ、俺は建物の中へと入る。

 茜は一度こうなると頑固だから、絶対に後へは引かない。俺は結末が見えたこの先を思い、大きな溜息が出た。

 こうして茜にとっては地獄とも言えるだろうホラー映画の上映が始まり、しばらくの時間が経った。薄暗い映画館の中では、巨大なスクリーンだけが明るい光を放っている。

 そしてそのスクリーンに映し出されているのは、仄暗ほのぐらい雰囲気の恐怖映像。

 この映画は俺が見てきた中でもかなり怖い部類に入るホラー映画で、今回のシリーズが今までで一番怖い仕上がりになっていると聞いて期待してたわけだが、これは俺が想像していたよりもかなり怖い。

 ホラー好きの俺としてはかなり面白いんだけど、ホラーが超苦手な茜には、もはや拷問でしかないだろう。それが証拠に、俺の左隣に座る茜の身体は小刻みに震えている。


「ひっ!?」


 茜は両手で顔を覆い、少しだけ開けた指の隙間から映画をチラチラと見ている。そして恐怖演出がなされる度に、震える声で小さく短い悲鳴を上げていた。

 そんなに怖いのなら無理して見なくてもいいのに――と思うけど、こういう律儀なところは実に茜らしいとも思ってしまう。

 そう思いながら小さく息を吐いて再びスクリーンを見ようとしたその時、茜が震える手で俺の左腕を掴んできた。


「お、おい」


 一瞬で左腕をガッチリと掴まれ、動かす事も叶わない状態になった。

 通常なら腕を掴んでいる手を無理やりにでも離しにかかるところだけど、ガッチリと掴まれた腕から伝わって来る震えで、茜がいかに恐怖しているのが分かるから、流石にこの状況で無理やり手を離しにかかるのは鬼畜過ぎるだろう。それに、こんな事になるのは最初から予想できていたし。


「きゃっ! 怖いよぉ、龍ちゃん」


 映画の演出に周りから悲鳴が上がる度に茜の身体はビクッと大きく跳ね、腕を掴む手に力が入っていく。正直、かなり痛いんで加減してほしいんだけど、今の茜にそれを要求しても対応するのは無理だろう。

 そんな調子で震える茜に気を遣いながら映画を見続けたが、映画も後半に入る頃には恐怖演出がより一層過激さを増してくる。そのせいで茜の中にある恐怖心がリミットを迎えたのか、茜はついに俺の左腕にしがみついて来た。

 そんな茜を見た俺は、しょうがないと思いながらこんな時の為にと用意した物をポケットから取り出し、箱の蓋を開けて中の物を指先で摘まんでから、茜の方へと手を伸ばした。


「あっ……」


 取り出した物を茜に付け終え、再び映画を堪能しようとスクリーンを見る。その時に小さくだが、『ありがとう』と言う言葉が耳に届いた。

 その小さな声に横を向くと、茜は相変わらず目を瞑ったままで震えていた。だけどその震えは、今までよりも小さくなっている様に感じる。

 用意した物が役に立って良かったと思いつつ、俺は映画を最後まで堪能した。


「――おい、大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫……だよ」


 約二時間ほどに及ぶ映画が終わった後、俺はフラフラになった茜に肩を貸しながらロビーへと出た。

 茜の足はまるで生まれたての小鹿の様に震え、支え無しではまともに立っていられないくらいだった。確かに怖い内容の映画ではあったけど、こんな腰砕け状態で出て来る人はおそらく茜しか居ないだろう。


「この状態のどこが大丈夫なんだか」

「う、うるさいなー!」

「うぐっ!?」


 恥ずかしげに顔を赤く染めた茜は、横腹にピンポイントで肘鉄ひじてつをかましてきた。もしもこれが万全の状態でやられた肘鉄だったら、俺はきっとこの場に倒れていただろう。

 気分的には今支えている手を離してやろうかと思ったりもしたけど、そこは紳士の鑑たる俺、その気持ちをグッとこらえ、ロビーにあるソファーまで茜を連れて行って座らせた。


「…………」


 ソファーに座らせた茜は力が抜けたせいか放心状態の様になり、そのままピクリとも動かなくなってしまった。茜はホラーものを見ると大体こんな感じになるんだけど、ここまで見事な放心状態になるのは初めてだ。それだけ今回の映画が怖かったって事だろう。

 こうなってしまうと茜が復活するまでにそれなりの時間を使う。俺はロビーに設置されている自動販売機へと向かい、フルーツジュースと微糖コーヒーを購入してから茜のもとへと戻った。


「ほら。茜、しっかりしろ」

「あっ、ありがとう、龍ちゃん」


 放心状態だった茜に買って来たフルーツジュースを手渡し、俺は茜の隣に座って微糖コーヒーを口にする。一番最初に茜とホラーを見た時には色々と焦りもしたけど、今ではすっかり慣れたもんだ。

 チビチビとフルーツジュースを口にする茜の様子を見つつ、俺はまったりと微糖コーヒーを味わった。


「――そろそろ大丈夫か?」

「うん。もう大丈夫!」


 ソファーに腰を下ろしてから約三十分後。

 茜はすっかり元の明るさと元気を取り戻していた。ある程度分かりきっていた事態ではあったけど、本当に世話の焼ける幼馴染だ。


「よし。そんじゃ帰るか」

「うん」


 こうして映画館を後にした帰り道、俺は茜がいかに恐怖していたのかを延々と聞かされながら帰っていた。


「お前さあ、そんなに怖いならホラーなんて見なきゃいいだろう?」

「そ、それはそうだけど……」

「見た後に介抱するこっちの身にもなってくれよな」

「ごめんね、龍ちゃん。でも私、ホラーは龍ちゃんとしか見ないから」

「どういうこっちゃ?」

「だって、龍ちゃんは最後までちゃんと私の面倒を見てくれるから……」


 理屈はよく分からんが、俺が相手なら何をしてもいいと思われているんだろうか。もしも次にこんな機会があれば、茜を放置して帰ってみるのもいいかもしれない。

 そんな事を思いながら会話をして歩いていると、いつの間にか茜の自宅近くまで来ていた。


「じゃあな。夜中にトイレへ行けなくて漏らすなよ?」

「も、漏らすわけないでしょ!」


 顔を真っ赤にして反論する茜。こんな風に言われると、夜中にホラーなイタズラ電話をしたくなってくる。


「龍ちゃん? 夜中に怖いイタズラ電話をしようとか考えてないでしょうね?」

「そ、そんな事はないぞ!?」

「変なイタズラしたら許さないからね?」

「わ、分かってるよ。そんな事しないって」


 まるで心の中をそのまま読み取られてしまったかの様な茜の言葉に、流石の俺も動揺を隠せなかった。しかも、俺がしようとしていた事に釘まで刺される始末。


「それじゃあ龍ちゃん、またね」

「おう。またな」

「あっ、そうだ! これ、助かったよ。龍ちゃんにしては機転が利いたよね。それじゃあまたね!」


 茜はポケットから取り出した物を俺に見せた後、急いでそれをポケットへと仕舞って自宅へと入って行った。

 相変わらず生意気な幼馴染の言葉に苦笑いを浮かべつつ、俺は自宅への道を歩き始める。

 それから少し歩いて自宅が見えてきた頃、携帯がメッセージを受信した事を知らせる音を奏で始めた。ポケットから携帯を取り出して画面を見ると、そこには茜からのメッセージが表示されていた。

 その表示されたメッセージを見た俺は、素直じゃない幼馴染に対して思わず『ふっ』と笑いを漏らしてしまった。


「やれやれ、こういうのは本人に直接言うのが筋なんだぞ?」


 送られて来たメッセージには、『龍ちゃん、耳栓貸してくれてありがとう。とっても嬉しかったよ』と書かれていた。

 そんな内容のメッセージを見て小さく微笑みながら返信作業を始め、もう目の前に見えている自宅へと歩を進めて行った。

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