第五話  『ただいま、異世界』



 目覚めは快適だった。


 快適と言うのは僕の体調に限ってのことで、横たわった地面は硬いし、尖った小石は背中に食い込んで少し痛い。しかし、全身あれだけの激痛を味わったのにも関わらず、身体は妙に軽かった。そしてその感覚には覚えがある。


「EGFにログインできた……で良いんだよね?」


 そのままの体勢で仰げる空は、突き抜けるような青一色。

 梅雨時の日本では絶対に見ることの出来ない原色の蒼天だった。


 地面に横たわったまま顔だけを動かして確認すると、身に着けていたのは部屋着のTシャツと短パンではなく、黒の三つ揃えスリーピースと、前を開けた白いコートのような外套。首に巻いたループタイの留め具には、大きな羽を広げた鶏――ギルド『風見鶏のとまりぎ』のギルドシンボルが刻まれている。


「マフラーは……あぁ、あの時ユネにあげたんだった……」


 間違いなくここはEGFの中だ。

 ファンタジーな鎧やローブではなく、現実世界でも有り得そうなこの服装。それが僕、名取響一のアバターである『ヒビキ』の、EGFでの服装だったのだから。


 そして、自分の身体に目を通してから一息してようやく気付く。自分の周りが重い喧騒に包まれていることに。

 地響きだろうか。擬音化することは難しいが、重いうねりのような音を通して空気がざわついているのを感じた。

 この音の原因を確かめるべく、身体を起こそうとした僕に、




 ごとり。




 と、後ろから何かが倒れてきた。


 女の子だった。


 『誰か』と表現しなかったのは、が全く生き物のようには見えなかったからだ。

 それはただ重力の成すがまま、糸を裁ち切られた操り人形のように崩れ落ち、身体を僕へ、顔を地面へ強かに打ちつけた。


 ぴくりともしないそれ――彼女を裏返して仰向けにする。


 腰まで届きそうな長い髪。金色と表現するには少し複雑な色合いを持っている。緑色の絵の具を一滴だけ垂らした様な――熟す少し前の花梨のような色。

 身体は細いというよりも華奢だ。強く抱きしめれば壊れてしまいそうな硝子細工のよう。

 身体を通して感じるのは、僅か過ぎるほどのかすかな体温。かつて少しだけ甘いと称した匂い。今は鉄のそれだ。


 天上の技術で編まれた戦装束の中から、紫色の結晶が赤黒い筋を引いて突き出ていた。鉄の匂いの原因は多分これだろう。背中から突き入って、体内を経て、胸に。僕の腕よりも太い円錐状のそれが彼女の真ん中を穿っていた。


 胸から生やした結晶の根元に見えるのは、赤とかピンクとか黒とか白。

 彼女の小さな身体の中にずっと納まっていた大切なものが、突き出たり、滲んだり、はみ出したり。それは、形で、僕の目の前に晒されていた。


 そして僕は叫んだ。


 僕の血に塗れた腕の中で眠る彼女の名を。





「ユネっ!?」




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