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――信じていたのに……っ、よくも私を裏切ったな、御影エエエエエ!!!
「……目を閉じる度、祖父の悲痛な声が頭をよぎるんだ」
黒羽はふと目を細め、半ば諦めたような瞳を見せた。初めて見る表情だった。
「葛城家の悲願――友の裏切りへの怒りと、今の王政を作り上げさせてしまったという罪の意識から生み出された、形容し難い醜悪な呪い。……それは器の私たちにとって重荷でしかなかった」
継承された記憶をなぞり、祖父の絶望を目の当たりにし、何度哀れんだことか。
力が人を変える――だが黒羽は、裏切りが引き起こした怒り、感情がこうも容易く復讐の鬼に変貌させることに恐れを抱いた。
「御影を滅ぼさない限り、私たちに安息の時は永遠に来ない……だが皮肉なことに、この業が世界に狂蟲をばら撒いてしまった。」
御影を滅ぼすことが葛城家の死神としての使命。
もし当主が使命を遂行出来なければ、必然と次の当主に引き継がれる。当主はその身を懸けてまで使命に全てを捧げる。
「なるほど、黒羽は三代目当主。オリエンスの組織に潜入し、この機会が来るまで念入りに人生の全てを捧げて来たのか」
「だが蒼斗の記憶喪失はどうなんだ? あの時、お前はコイツの記憶が抑え込まれていると言っていたが」
「……ゼロ・トランスが起こった時、蒼斗は現場にいたんだ」
「何だと?」
赤、アカ、赤……アカ――赤で埋め尽くされたその情景をよく覚えていた。
酸素が燃え息苦しくなる空気と、充満する人間の脂と鉄が燃える臭い。夢に何度出てきたか数えきれない。
こうして記憶が戻った今、当時のことが脳裏に甦る。
――忘れるんだ、何もかも全て。
悲しみと後悔でいっぱいの目で蒼斗の頭に触れ記憶操作を施しながら男――父は告げた。
使命のことも、死神のことも御影のことも何もかも忘れ、普通の人間としてゼロから生きることを願い、傍にいた黒羽に託し、彼は心中するように戦場に戻った。
「父はお人好しの部類に入り、気弱い性格だった」
ひっそりと血の呪いに苛まれる姿を見つめてきた黒羽は、何もできない非力さに幾度も胸を痛め、子どもながらに悩んでいた。
二度と会えないと悟った時、黒羽は張り裂けそうになる胸を抑え、こみ上げる涙をこらえた。
目を赤くし、大切そうに抱く幼い蒼斗をそっと受け取り……大きな背中を最期まで見届けた。
黒羽はそんな思いを蒼斗にさせまいとして、この計画を必ず成功させなくてはならなかった。
父や先代の遺志を継ぐためでもあるが――彼の目的は、単に自分が使命から解放されることではなかった。
「じゃあ、亥角は初めから工藤蒼斗を守ることだけを考えていたんだね」
「全ては僕がいたからいけなかったんです。僕が、兄さんを苦しめていたんだ」
「……それは、違う」
か細い黒羽の声が蒼斗の言葉を否定した。口から血を吐き出し、蒼斗の手を力なく握り、首を何度も横に振った。
「お前に何も責任は、ない……これは、私がただお前を守るということを半分口実に……当主としての使命を果たそうと、したことだ……っ」
黒羽は譫言のように呟く。
いくら使命であれ、黒羽にも恐れがあった。
物心ついた頃から心苦しそうな父の背中を追いかけ、ただ一族の為にその命を捧げようとして来た。まだ幼かった彼にはさぞかし重荷だっただろう。
だが、逃れられない運命になす術もなく、父の死を無理やりにでも受け入れた。
迷いが生じれば使命に支障をきたす。自分が使命を達成出来なければ自分と同じ道を蒼斗が辿ることになると言い聞かせきた。
せめて、蒼斗にだけは普通の人間の暮らしをさせたい――その思いを支えに、彼は自身を奮い立たせてきていたのだ。
「すまなかった、蒼斗。私は結局、お前に何もしてやれなかった……」
「喋ったら傷に……!」
「願わくば、お前が平和な世界で……」
――光が失われた瞳の黒羽はゆっくりと目を閉じ、血の気がない手は蒼斗の手から滑り落ちた。
「え……?」
「亥角――っ!!」
御影の狂喜の声は蒼斗には届いていない。ずしり、と重たくなる身体に愕然とする。
「貴様……っ、絶対許さねぇ!!」
亜紀たちは隙を見て衛兵たちの銃を奪い取り再び襲ってくる彼らを迎え撃つ。
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