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「よく耐えたな」


 そう言う亜紀も剣を地面に突き立てなければ体勢を保っていられない状態だった。


「失敗なんて、できませんから」

「千葉の研究が役に立った」


 蒼魔弾――死神の血が込められた新たな狂魔弾は蒼斗たちにとって幸をもたらした。


「……まさか彼女を押さえるとは思わなかったよ」


 あの閃光弾が光った一瞬の出来事。

 黒羽はため息を漏らした。


「奥の手も消えた。観念するんだな」

「後に引けないのを分かっていてそんな戯言を言うんだから、お前たちは本当にそっくりだ」

「黒羽さん。お願いです、ペンタグラムに……亜紀さんたちのところに戻ってきてください。事情を核が知ればきっと……」


 蒼斗が懇願するように手を伸ばした。


 ――しかし、複数の乾いた音が割り込んだ。嫌な音は全ての者の動きを封じる。



「……え?」


 蒼斗は血飛沫が宙を舞うのを見て、声が衝撃で喉の奥に強引に押し込められた。


「亥角!!」


 亜紀の驚く声が響き渡る。

 色がなくなった世界で、黒羽が倒れるのを呆然と見つめる。

 音の出所を辿れば、銃口から出る白煙が一筋空に昇り、狂ったような耳障りな笑い声が玉座の間に弾けた。


「死ねぇ、亥角ぃぃぃ!」

「御影!?」


 床に投げ出された黒羽は身動き一つしなかった。

 そこには黒羽によって餓死させられたはずのが肩を竦め、せせら笑っていた。


「馬鹿な……奴は亥角が確かに殺したはずだ!」


 下品な声で腹を抱える御影。その姿に蒼斗たちは悪夢でも見ているのだと思った。しかし、その答えはすぐに導き出せた。


「テメェ……っ、影武者を用意してやがったのか!」

「その通り! しかも狂蟲を植え付けたとっておきのな!!」

「くそっ、辰宮太一の報告を既に受けていたのか!」

「黒羽さん!」


 蒼斗は大鎌を手放し、黒羽の身体を抱き起こした。腹部の傷からはじわりと赤い液体がとめどなく流れ、手で傷口を強く押さえて止血しようと試みても無駄だった。


 覚悟は決めていた――自分の手で黒羽を、家族である兄を斬ると。

 だが、いざ黒羽が危険な状態に陥るとなると、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。


「いい様だな、亥角。この程度で我を殺せるとでも思ったか? 片腹痛いわ!」


 御影の周りには、太一の時のように作られた狂魔が盾のように立ちはだかっていた。

 ――だがそれよりも亜紀たちに動揺を与えたのは、狂魔ではなく――彼のに控えて現界している存在だった。


 それはバチカルやエーイーリーとは違い、アィーアツブスのように人間の姿をしていた。

 眩しいくらいの白い肌を持ち、金色の髪を優しく揺らめかせ宙に浮いていた。

 腕を組み、何処を見ているわけでもなく歌を口ずさむ。

 形容しがたい神々しさを取り巻いていた。ただ、顔に表情がないため、少々怖いところ。

 亜紀は嘘であって欲しかったと歯噛みした。

 よりにもよって、最も危険で、最も扱わせてはいけない人間に――天使が契約魔として現界していたなんて。



 世界にはクリフォトを守護する十大悪魔に対し、光と創造の象徴であるセフィロトを守護する十大天使が存在する。


 ケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソドそしてマルクト。


 最悪なことに、恐らく御影と契約した天使は第一階級ケテルの器――メタトロン。

 神の王座に最も近く、『契約の天使』、『天の書記』、『神の代理人』の異称を持ち、その力はミカエルをも凌駕する。



「ただの天使ならまだ良かったが……まさか契約したのがコイツかよ!」

「どうだAPOCの総帥! 我が天使を従えられないと思ったか!」

「ちっ、ここで面倒くせぇ奴が出てきやがった……っ!」


 ケテルの対抗手段としてまず考えられるのは、対となるバチカルの召喚。

 しかし、アバドンの鎖の効果で亜紀の体力は底をつき、本体を現界させるまでの力を持っていない。扱っている悪魔が悪魔なだけあってその対価は大きい。

 瀬戸も同様、エーイーリーの連続召喚で帰還時の体力しか残っておらず、召喚しようにも叶わない。千葉も爆弾の解除で手が離せず、まさに絶体絶命状態。


 御影がケテルを召喚していたことを想定していなかったことが誤算だった。

 蒼魔弾も使ってみるが、やはり試作故か効果はない。今の亜紀の力では弾の威力を十二分に発揮することができないのも要因かもしれない


「くそ……っ」

「ケテルの力を以て塵となるがいい!」

「亜紀、下がれ!」


 降り注ぐ無数のケテルの光の矢。瀬戸は亜紀を背に庇い、地に手をついて最小限の結界を張る。

 第一階級の攻撃なだけあり、結界が受ける衝撃の反動で瀬戸の身体に傷が走った。



「やめろ、彦! これ以上受けたらお前の身体がもたない!」


 着流しが裂け、血が飛ぶのを目にし、亜紀は何度も腕を掴んで制止させようと怒鳴る。

 それでも瀬戸は結界の手を止めなかった。

 揺さぶる亜紀の方を振り返り、額に脂汗を浮かべながら鼻で嗤う。


「言っただろう……君は、僕が必ず守ると。ここから先は、誰一人……君に指一本触れさせないと……」

「!」

「僕は君の右腕であり、君の盾でありたい……その決意は十年前君に拾ってもらった時から何一つ変わらない」

「彦、お前……」



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