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 上空から小さな爆発音が聞こえた。

 何事かと顔を上に向けると、瓦礫が落下してきた。蒼斗と黒羽は互いに後方へと飛びずさり、瓦礫が激しい衝突音と共に砕けるのを見つめた。改めて上を見上げると、天井には巨大な穴が開けられていた。


「おー、被害はなかったな?」

「千葉さん!」

「やれやれ、これで手が届くよ。よいしょっと」


 命綱をつけ、大穴から顔を出した千葉。

 彼は天井に刺さる機材を取るには天井から行った方が早いと考え、窓から城の外壁を上り、持っていた爆薬を使って頂上に大穴を作り出したのだ。作戦は成功したようで、器用に手の届く範囲に穴を開けた千葉は、悠々と爆弾を手に入れた。


「回収完了、っと」

「でかしたぞ、千葉。お前もただの薬マニアじゃなかったのか」

「この天才教授に向かって何を言うのだね、君は」


 それから取り付けたロープで器用に地上へと滑り降り、安全な場所へと颯爽と移動する。


「解除をお願いします、千葉さん!」

「任されたよ」

「千葉……」


 再び現れた衛兵たちは千葉の持つ爆弾を目にし、爆弾を起動すると勘違いしたのか声を上げながら銃を手に猛突進を始めた。


「彦、千葉の援護に回るぞ」

「そろそろ終盤かい、残念だ」


 千葉はパネルを外し、爆破移動まであと十分切っているのを確認する。唾をのみ、爆弾の解除を始めた千葉の前に亜紀と瀬戸は立って応戦する。



 蒼斗は黒羽が剣を握り直すところを捉えると、地を蹴って走り出した。

 激しい刃のぶつかり合いが繰り返され、蒼斗は間合いを詰めすぎていると承知しつつ、さらに一歩踏み込んだ。


 大鎌を下から斜めに振り上げ――弧を描く刃が剣を捕らえた。高い金属音の直ぐ後に、黒羽の剣が宙を舞った。それは円を描いて床に突き刺さった。



「やるね。亥角から一本取ったよ」

「毎日ゲロ吐かせるほど鍛えてやったからな」

「羨ましいね、それ。僕にも今度やってよ」

「全力で断らせてもらおうか」

 


 ――それにしても、何故亥角は契約魔を使用しない?




 唯一、亜紀に懸念事項があった。

 第四皇帝の地位を得ている、放棄も現在していない。

 悪魔の使役は契約者に一任されており核に制限されていない。

 なのに、何故奥の手と言ってもいいアィーアツブスを使用しない?


 黒羽の首元に大鎌を構える蒼斗。本来なら、剣を弾かれた隙を突いてさらに第二撃を加える。だが、蒼斗は柄を握る手が白くなるまで力を込め、二の足を踏んでいた。

青と漆黒の瞳が交差する。

 黒羽は何も言わない。ただ、下唇を噛む蒼斗を見るだけ。


「……お願いです、黒羽さん。もうこれ以上無益な戦いはしたくありません」


 顔を俯かせ、震える声で、懇願するような思いを込めて口を開いた。

 全てを片付けた亜紀と瀬戸は武器を下ろした。それから千葉に爆弾解除を急かしつつ、蒼斗と黒羽のやり取りを黙って見ていた。


「僕たちの宿敵である御影は、あなたが殺しました」


 すっかり蚊帳の外に置かれていた御影の亡骸を、蒼斗は寂しそうに一瞥した。


「全ての根源を始末した今、これ以上犠牲者を出してどうするんですか? きっと、あるはずです。破壊をしなくてもリセットできる方法を」

「言っただろう……オリエンスの人間たちは、十年前から大量の狂蟲を身体に蓄積させている。彼ら個人にとって引き金となるものが引かれてしまえば暴動が増え、無法地帯となるのは時間の問題だ。お前の言う希望を信じる者がいたとしても、手遅れなんだよ」

「人の抱える闇は様々です。確かに、容姿や人種、環境、人とのコミュニケーション能力……一歩間違えれば、浸蝕された負の感情が爆発するでしょう」

「なら――」


 蒼斗は大鎌を持つ手を下ろした。

 代わりにもう片方の手で、それ以上黒羽が口を開くことを制した。


「今、御影は滅びました。それにより、人々はよりよい街を築くために互いに助け合い、手を差し伸べ合っていくでしょう。元凶の研究所を封鎖すれば、少しは狂蟲に浸蝕ことなく、平穏な日々を送れる――そう、僕は信じたい」


 蒼斗は、人と人が結ぶ力がよき道へと導いてくれると信じていた。

 御影が己の力をさらに求めた成れの果てに生まれた――世界に見捨てられたこの街を、ペンタグラムのように救えると。


 黒羽は目を見開き、息を呑んだ。それからそっと目を伏せてポツリと零す。


「そんな時が、どれだけくればいいと願ったことか……」


 次に瞼を開けた時――彼の瞳が哀愁漂わっているように見えた。

 彷徨っていた黒羽の腕はだらりと下がり、蒼斗は彼の本心が知りたいと思った。




「――だから、お前は甘いんだ」



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