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階段を上がりきったところで、小さな広場に出た。
天井には効果で煌びやかなシャンデリアが飾られている。
記憶が正しければ、ここは御影がいる玉座の間ではなく小さな催し物が開かれる際に使われていた舞踏の間だったはず。
この奥にさらに階段があり、玉座の間に繋がっている。
「待っていたぞ」
コツリと靴音が鳴った。
見上げれば誰もが知る憎き王の姿があった。
らせん階段をゆっくりと下りる御影の表情は不気味なくらいに穏やかだった。襲撃を受けたというのに痛くも痒くもないということか。
久しく拝んでいなかった御影の姿に、反射的に身を竦めた。かつての主を目の前にし、条件反射的に服従心が顔を見せてしまった。
そんな蒼斗の様子に気付いたのか、亜紀はさりげなく頭を小突き一歩前に出た。
「ふん、出てきやがったか」
「御影王……っ」
「我をずっと探していたのだろう? ここまで来た労いに、直々に出向いてやったわ」
「あぁ、会いたかったぞ、焦がれるほどな」
そして――。
「同時にこの手で殺してやりたかった」
最大の敵を目の前にして、亜紀は己の内に秘めた殺気を前面に出した。ビリリとした強烈な殺意が肌でも感じられる。
御影は亜紀のそれを心地よいとでも言いたげに鼻で笑った。
「我も待ち望んでいたぞ、APOCの総帥。貴様の数々の愚行は王たる我が直接粛清してくれる」
「やれるものならな」
亜紀は瞬く間に間合いを詰め、御影を射程圏内に入れた。
御影の表情は変わらない。それが異様に感じたが、亜紀は構わず銃を構え発砲した。
数発の銃声が止んだところで様子を窺うと、御影に銃弾は届いていないのか片手を前にかざし口角を持ち上げていた。
「っ、どういうことだ……」
「こんなものが我に通じるとでも思ったのか?」
「そんな……確かに亜紀さんの射程圏に入ったのに……」
「あれはもしかして結界……? そんな馬鹿な」
水魔鏡を確認しても御影の姿は狂蟲に浸蝕されきって異形と成り果てている。
とても正常でいられる訳がないのに、この落ち着き払った様子と結界を張れる余裕さは異常としか言いようがなかった。
「亜紀、何かがおかしい。用心しろ!」
「うるさい! 何にせよ、コイツの息の根を止めてやればいいことだろう!」
亜紀は表情をさらに険しくさせながら蒼魔弾を装填すると蒼斗に目配せした。
それを悟った蒼斗は大鎌を構え、呼吸を落ち着かせた。自分の鼓動が早いのがよく分かった。
――果たして自分に本当に斬れるのだろうか?
――相容れぬ存在であったとしても、忠誠を誓い尽くしてきた相手の命を奪うことができるのだろうか?
「迷うな」
ビクリと肩が跳ねた。反射的に亜紀の方に顔を向ければ対象を見据えたままだった。
「今更迷ってもどうにもならない。いい加減腹を括れ」
「でも……」
「動く前に悩むな。悩んで動かずに後で後悔するなら、動いてその後に後悔しろ」
今御影を討たなければ、亜紀たちは勿論身代わりになってくれた辰宮や、蒼斗たちを信じて待つ卯衣や奈島たちのこれまでしてきたことが全て無駄に終わってしまう。
階下では篠宮たちが狂魔と命を懸けて闘ってくれている。
蒼斗たちが今ここにいるのは全ての周りの人たちの力のおかげ。
それに報いるためには、目の前の敵を討つこと――ただ、それだけだった。
自分ひとりの思いだけでもう、動くことはできない。
――やらないで後悔するなら、やって後悔するほうがずっとマシだ。
「やっと顔つきが変わった」
「亜紀さん、僕は……」
「今はそれでいい。どんどん悩め。そして自分の答えを見つけ出せばいい」
「……はい!」
亜紀は目を細めると、蒼斗から顔をそらした。
「近衛との約束もあるんだろう?」
「近衛さん……」
「アイツは約束を守らない奴は大嫌いなんだ。さっさと済ませてそのふざけたアホ面見せてやれ」
気に入っているから必ず返してくれ。
そう交わした近衛との約束を思い出した蒼斗は、己の手に嵌められたグローブを見つめた。
この闘いを終わらせなければ、約束を守るどころか彼女に会うことすらできない。
――会いたい。
あの冷たいようで、でも本当は単に不器用なだけの彼女をまた一目でもいいから会いたい。
例え、この想いが淡いものだとしても。
「俄然、やる気が出てきました」
「……本当に、単純な奴だなお前は」
呆れたような亜紀の声に、蒼斗は自覚していた。
自分は本当に、馬鹿だと。
「何人かかろうが同じこと――それを思い知らせてやろう」
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