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 ◆



 どうしてだ。

 どうして、どうして……どうしてどうしてどうしてどうして!?

 どうして俺の思い通りに何でも……何もかも、全部うまくいかないんだ!!


 昼下がりの日差しから逃げるように、男は薄暗い路地裏を彷徨っていた。

 昼休憩で油断しきっていたSTRPの人間の隙をついて脱出に成功したのはよかった。

 けれど、このペンタグラムに逃げる場所など何処にもなかった。

 早期に捜索部隊が血眼で動き始め、唯一逃げ込める場所はここだった。その内ここが見つかってしまうのも時間の問題だろう。



 なんで自分たちがこんな追われる立場に遭わされなければならないんだ!



 男は悔しさをぶつける矛先が見つからず汚いビルの壁を殴りつけた。

 自分たちはAPOCの正式な捜査官になるために勉強をして、訓練をして、いつか総帥の役に立てるように力をつけていただけだった。

 それが今となっては参考人となり、憧れの人間にこれでもかというくらい罵倒され自信もプライドも何もかもへし折られ粉々に打ち砕かれた。

 きっとアイツも聞いていたことだろう――あの有様を見て、ざまあみろとほくそ笑んでいたに違いない。そう考えるだけで頭がおかしくなってしまいそうだ。


「畜生……っ、なんでこんなことに……」

「それはあの男が原因だ」

「っ、誰だ?!」


 気配も感じさせず背後に立たれた男は、振り向きざま咄嗟に距離をとった。

 けれどその姿を男はすぐにその警戒を解いた。


「アンタ……っ」

「旧オリエンス当時の軍の上官だった父と、貿易会社の社長の息女を母に持った裕福な家庭に生まれ、輝かしい未来が間違いなく約束されたお前がこんなところで燻ぶっている。――なんて哀れなことだろうか」

「親は関係ない! 俺は……俺は……っ」

「自分でもわかっているだろう? 何もかも思い通りにならないのはあの男がいるからだって」

「……そうだ。アイツが現れてからボスは変わってしまった。アイツばかり手元に置いてアイツにしか目を向けない……俺を、見てくれない……」



 何故仇である人間を手元に置く?

 何故一目を置かれる?

 何故庇うような真似をするんだ?

 みな殺したいくらい憎いはずなのに平気で同じ世界で生きている?


 ――そもそも、本来であれば主席だった自分がそこにつくはずだった。


 何故? 何故? 何故!!

 何処にいても何をしても、必ずアイツの存在が邪魔をする!!

 鬱陶しい! 目障りだ!

 憎らしくてたまらない! しまいたいくらいに!!


「お前の気持ちは分かっている。だが悲しいかな、今のお前の力じゃあの男に勝つのは難しい」

「何だと!?」

「あの男は御影が忌み嫌う死神の力を持つ葛城家の人間だ」

「葛城? それは単なる伝説だろう」

「そうでなければあの総帥が手元に置くわけがないだろう」

「死神……アイツが、あの葛城……」


 葛城と言えば御影を滅ぼすために生まれた一族。

 その力を受け継ぐものであれば、いくら優秀な自分でも相手にすれば無事済むか保障はない。

 けれどこのまま好き勝手にさせたくないという反発心で思わず指を噛む。



「あの男を殺したいか?」

「っ当たり前だろう! 総帥を……あの方のお傍にいるのは本来であれば俺なんだ! どこぞのふざけた野郎に居座らせられるか!!」

「そうか。――なら、あの男を殺せるを与えてやってもいい」

「!?」


 願ってもみない提案。男は伏せがちな顔を慌てて上げた。


「それには対価を支払ってもらう必要がある――それでも、イイナラ」



 ――疼く。疼く、疼く、疼く……!!

 身体の中の血液が沸騰するように熱い!

 力が欲しい、誰にも負けない力が欲しい!


 殺したい、殺したイ――殺しタイ……コロシタ、イ……!


「ヨ、コセ……! ソノチカラヲ、ヨコセ!!」


 男の口元がニタリと歪んだ。そして殺意に満ち満ちた男の顔面を鷲掴み壁に叩きつけた。

 衝撃で噎せ返るその姿など気にも留めず、そのままポケットから取り出した注射器を首元に思い切り突き刺した。


「ア゛アアアァァァア゛ァ――ッ!!」


 男の絶叫が路地裏に木霊した。


「さぁ、そのままお前の思うように動け! そして俺の可愛い子らの贄となって、実験材料として役立ってくれ!」


 メキメキという音を立てながら変形していく全身。

 正しかった姿勢はだらりと垂れ下がり、双眸は血走り焦点が合っていない。

 口元はしまりなくだらりと開き涎を垂らし、周辺の壁や地面を溶かし異臭を放つ。



「奴をこうしたのは、お前だよ――アオトクン?」



 獣のような雄たけびを上げながら、闇深くに瞬く間に消えていった先を見据えながら高らかに笑った。



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