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「あの亜紀さん、一つ訊いてもいいですか?」
「ダメだ」
「……」
「早く言え」
「いいんですか!? ……っ、オリエンスで最近起きた銀行強盗事件は亜紀さんたちの仕業ですか?」
「銀行強盗? ……あぁ、この間の摘発か」
顎に手を当てて暫し考え込んだ後、亜紀は思い出したように口を開いた。
「あれは銀行強盗なんかじゃねぇよ。御影が国民から搾った税金をくすねて密かに貯め込んでいたことが分かって、摘発しただけだ」
「でも、あんな風に爆発させるなんて……」
「掃き溜めの後始末は簡単に済ませた方がいいからな。金が絡む場所はいつだって何処だって悪意に満ち満ちている。勿論、救済可能な人間はみな保護済みだ。俺たちだってそこまで鬼じゃない」
「そういう問題じゃ……!」
「――話はあとにしろ」
ゲートを開き、次々と引き上げていく捜査官たち。
そんな中、引き上げる様子を示さない亜紀と卯衣。蒼斗はその一点を見据える視線をゆっくりと追う。
なんだろう、この胸騒ぎは。――何かが、奥に潜んでいる……?
「まさかここまでやるとは思わなかった。狗にしては中々だったぞ」
亜紀は鼻で笑った。奥にいる気配は動きを見せない。それでも亜紀は話を続けた。
「御影の狗がここまで駒を利用して任務を遂行しようと忠実に動くとは、驚いた」
蒼斗の死神の痣を近衛が見つけた。それを盗み聞きしていた副島は、隊長の祥吾ではなくお前に報告。
あたかも自分が発見したとばかりに話す副島に、祥吾が死神を殺したという結果を出させることができれば、空いた蒼斗の隊長枠に入れてやると取引を持ちかける。
だが祥吾の蒼斗への信頼は深く、蒼斗が反逆者という通達を信じず、予定が変わる。
結果として蒼斗を黄泉橋に落とすことに成功した。
しかし、王に蒼斗がまだ生きていると告げられ、蒼斗が通ってきた不安定なゲートを使って追跡させた。
狂魔となった副島が一人乗り込んだところで
「全て綿密に計画されていた――が、俺がコイツを手元に置いたことは誤算だったな」
「どういう、ことですか?」
「死神は、元々御影が自らの最期の審判計画の為に生み出した存在。――お前、ヨハネ黙示録の四騎士というのを聞いたことがあるか?」
「す、少しだけなら」
「四騎士はそれぞれが特有の力を持ち、地上の人間を殺す権威を与えられているとされる。御影はその力を具現化させ、死神を作り出した。つまり、俺たちAPOC、いや、ペンタグラムからすれば御影と同じくらい天敵。奴は、例えお前がペンタグラムに逃れても殺されると踏んでいたんだろう」
「そ、そんな……」
――では、何故死神が御影を滅ぼす存在として忌み嫌われる存在となってしまったのだろうか?
「まぁ、俺は天敵だろうが何だろうが関係ない。使えるものは力づくでも従わせ、使役するだけだ」
クツクツとほくそ笑む亜紀の表情が、暗くて見えにくくても手に取るように想像できた。
細胞の核までもが悪魔に染まり切っているようだ。
「さて、ここまでよく頑張ったと褒めてやりたいが、早々にご退去願おうか」
バチバチと悲鳴を上げる証明。瞬く明かりの中、ゆっくりとした足取りで『ソイツ』は姿を現した。
「義父、さん……?」
――生きて、いたのか。
目を血走らせ、汗でびっしょりの桐島重蔵は手の内が全て見破られていたことに絶望の色を隠せずにいた。
「この……悪魔が……!」
肩が小刻みに震え、怒りの感情が引き金となり、狂蟲は完全に桐島を食い尽くした。
メキメキと肌が隆起を繰り返し、桐島は副島同様、狂魔に成り果てた。ただ、副島の時よりも多少威力は異なりそうだ。
肉眼で視える身も凍りつくような異形。蒼斗はガタガタと震えが止まらず、指先が冷たくなる。
「消えろ」
ホルスターから銃を抜き、急所を狙って素早く発砲。
通常の狂魔と違和がある気がしたのは錯覚ではなかったようで、桐島は理性が奪われたにも拘わらず、素早い身のこなしで弾道を躱し、自身が持っていた大きな袋に手をかけた。
「全てはオリエンスのため! あの方の不安要素は全て消す! その為になら何だって利用する! 上司も部下も――血を分けた子でもなああああ!」
「……え?」
狂ったように声を荒げる桐島の一言。
蒼斗は血の気が引いた。思い返すのは、追われる前に視たあの悍ましい光景。
あれはただの夢のはずだ。
ただの夢のはずなのに――何故祥吾がここで話に出てきて、桐島が狂気に満ちているのか悟ってしまった自分が恐ろしかった。
あの夢はただの夢ではなく、予知夢だったのだろうか? ――と、考えられずにはいられない。
「ど、どういうこと……? 祥吾……祥吾に何をしたんだ!?」
黄泉橋で、確かに祥吾に撃たれた。思惑通りに動いた。なのに、何故……?
「アイツは最後の最後で使い物にならなかった。どんなにお前が死神だ、王に仇なすものは消すのだと説こうが、腹立たしくもアイツはお前が人を傷つけるような人間ではないと信じ続けた!」
祥吾は蒼斗が蒼馬だということに動揺を隠せなかった。
その隙を逃さなかった桐島はポケットに忍ばせていた狂蟲入りの注射器を祥吾に突き刺し、蒼斗を殺すよう命令した。
黄泉橋に堕とすことには成功した。
だが、その後祥吾の意思は狂蟲に抗い、狂蟲を投与され廃人になるまで桐島の声に耳を傾けなかった。
「アイツは最期まで言うことを聞かなかった! 実の父親よりも、義弟と可愛がった忌まわしい死神の言葉を信じたのだ!!」
「祥吾が……っ」
「会いたいか? 会いたいよなぁ? 唯一信じてくれた義理の兄弟だもんな?」
だったら会わせてやろう!
桐島は袋の中身を月下に晒した。
「っいやああああ!!」
「……は?」
あまりの光景に蒼斗と亜紀は言葉を失い、卯衣は悲鳴を上げた。
亜紀は咄嗟に卯衣を腕に閉じ込め、忌々しそうに桐島を睨みつける。
一方の蒼斗はというと、尊敬している義兄の形をしている異形のものに、首を傾げた。
コノ人……イヤ、コノ――バケモノハ、イッタイ……ナニ?
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