第5話
水際に座り込んで靴を脱いだ。袋状の靴の底に溜まった砂を流し出すと、焦げ臭さが鼻を衝く。腰紐を解き、体に巻きついた毛皮を脱ぎ捨てると、熱い砂をきゅっきゅと蹴ったアユムは海に足を入れた。
濁った世界の中でも透明さを失わない海が、アユムの体に少しの抵抗を与え、ぷるるん、と小刻みにふるえてまとわりつく。とろんと固まった海に頭から潜り込み、ゆっくり腕をかく。両手で鼻先をかき分けながら沈んでいき、海底に敷き詰める砂に足を下ろした。大きく首をまわすと、鋭い牙のような生き物の残骸が、海底から突き出しているのが見える。海水を足で掘るように進むと、静かに眠っていた砂がゆり起こされ、足指の間に絡みつく。
海はきれいだわ。
砂の中に腕の付け根まで差し込んで探るけれど、生き物の残骸を片手で掴むことができなかった。アユムは腰を落とし、脚の間から突き出した残骸を両手で引っ張り上げた。出て来たのは、どんな生き物かは想像がつかないけれど、細い月のような骨に思えた。肩から腰へ巻きつけるように背負った。海は潜るよりも上がる方が難しい。腕を思いきりかいて、沈まぬよう、ゆっくりとゆっくりと昇っていく。
海面に出した顔中に、砂が貼りついていた。全身を覆う透明な膜となった海水が、いくつもの層になり、でろんとのしかかるので、湿った砂浜を這いつくばって、ぺたりと座り込む。体が重くて立つことができなかった。
両手を顔にあて、闇色の短髪をかき上げるように指で梳いた。ねっとりした海の欠片が、固まってぼたりと落ちる。ぬるぬる滑る手で、背負った残骸を下ろした。砂交じりの風が肌を撫でると、厚い皮膚のような海水が瞬く間に乾いてひび割れた。ぼろぼろ剥がし取ると、粉になり、空中に飛ばされていく。髪に指を絡ませ、ぎしぎしと肩まで梳くと、背後から人型の影が近づいてきた。
アユムは、突然、がくりと首が折れたような衝撃を覚えた。ずしゃりと砂の軋む音がする。暗くて何も見えない。どうやら、砂の中に後頭部を押しつけられているらしい。毎日鳴るサイレンと、七つの飛行物体が空を横切る音が聞こえてきた。けれどもアユムは、自らが無防備だったと、気づくことはなかった。
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