牙と花
ヴィーヴォの子守歌が、優しくヴェーロの耳に入り込んでくる。灯のようにあたたかなその声に、ヴェーロはうっとりと眼を細めていた。
ヴィーヴォが流れる銀髪を優しく耳ににかけてくれる。なんだかくすぐったくて、ヴェーロはヴィーヴォの
体を反転させて、ヴィーヴォの体に抱きつく。
「こら、ヴェーロ……」
顔をあげると、苦笑するヴィーヴォと眼が合う。思わずヴェーロは微笑んでいた。
「うたって、ヴィーヴォ……」
「子守歌より、物語を聞かせて欲しいんじゃなかったの?」
「きゅーん」
意地悪げに笑うヴィーヴォにヴェーロは口を
「あと……服は着てくれると嬉しい……」
顔を赤くしながら、ヴィーヴォは
「服、きつい……」
「ごめん、
がばりと両手で顔を
「なんで、服……着ないといけないの……?」
ぽつりとヴェーロは不満を口にする。そっとヴィーヴォは顔から手を取り去って、ヴェーロを見つめた。
「なんで、竜は竜の姿でいちゃいけないの?」
「ごめん……。でも虚ろ竜はとっても
「人間、嫌い……」
「あの子たちのことも、嫌い?」
ヴィーヴォの言葉に、ヴェーロは軽く眼を見開いてみせた。
ありがとうと言ってくれた笑顔の子供たちを思い出し、ヴェーロは呟いていた。
「嫌いじゃ……ない……」
「じゃあ、僕のことは……? 僕も人間だよ……」
顔をあげヴィーヴォがこちらを見つめてくる。悲しげな彼の黒い眼の中で、
「ヴィーヴォは違う!」
叫んでヴェーロはヴィーヴォに抱きついていた。そのはずみでヴィーヴォの体は
ふわりと、彼から
この漁村に来てから、ヴィーヴォの香りが強くなったのは気のせいだろうか。最近はその香りに酔いしれることも多くなった気がする
「よかった。嫌われてなくて……。君が僕のすべてだもん」
小さく言って、ヴィーヴォがヴェーロの髪をなでてくれる。そっと彼はヴェーロを抱き
「君がいなきゃ、僕はずっと独りだった。だから、嫌わないでヴェーロ……」
この人に子は、きっと美しいに違いない。この人の吐く、灯花のように。
吸い込まれるようにヴェーロはヴィーヴォの眼を
「ひっ!」
ヴィーヴォが
「ヴェーロ……?」
「竜は卵が欲しい……。そしたら、ヴィーヴォは独りじゃない……」
「ちょ、何言って……」
震える彼の唇に指を
子宮が震えていることを感じ取り、ヴェーロは微笑んでいた。その微笑みを映すヴィーヴォの顔が怯えに彩られる。
卵を抱いていたヴィーヴォの姿を思いだす。
ヴィーヴォは言っていた。卵が
この人の子供を産もう。そしたら、たとえヴェーロがいなくなっても、この人は独りじゃなくなる。
ヴィーヴォの唇を舌でなぞる。彼の体がびくりと
「
自分の手を制そうとしたヴィーヴォの唇に、ヴェーロは舌を差し入れていた。逃げ惑う彼の舌を自身のそれで
「ヴェ……ロ……」
ヴィーヴォのか細い声がする。彼は潤んだ眼をこちらに向けていた。その眼を見て、ヴェーロの中で何かが
ヴィーヴォの首筋にそっと舌を
「やっ、やめっ……」
ヴィーヴォの口に指を差し入れて、彼の言葉を
服をはだけさせ彼の
彼を奪おうとした人間たちの姿が脳裏に蘇る。
彼に名前を呼ばれた瞬間、ヴィーロは何も考えられなくなって――
「見ないで……」
ヴィーヴォの震える声が
まるで、あのときのようだ。
自分と引き離されそうになり、必死になって逃げ惑う彼の姿を思い出す。恐怖と悲しみに怯える彼の眼を見て、ヴィーロは思った。
彼を誰にも渡したくない。
でも、どうすれば――
「竜は、ヴィーヴォを食べたい……」
「ヴェーロ……」
甘い彼の体臭が鼻を突く。
とても美味しそうな香りだ。食べたら、その香りはヴェーロの口の中で弾けて、彼の存在を強く感じさせてくれるに違いない。
彼を、感じたい。
大きく尖った
「うわぁああ!!」
ヴィーヴォの悲鳴が
どろりと舌に広がる血の感触に、ヴェーロは我に返る。強烈な花の香りが
「ヴェーロ……」
彼が怯えた眼差しを自分に向けてくる。
自分は、ヴィーヴォを食べようとしていた。彼を、愛しさのあまり殺そうとした。
「あ……あぁ……」
恐ろしさに体が震えてしまう。
自分がしようとしていたことが信じられなくて、ヴェーロは両手で頭を抱えていた。
「いやあぁあああああ!!!」
叫び声をあげながら、ヴェーロは頭を激しく
「ヴェーロっ!」
ヴィーヴォが叫び、自分を抱きしめてくれる。そっと彼は自分の頭を抱き寄せ
「大丈夫、僕は大丈夫だから……」
「あ……」
「大丈夫だから……。恐がらないで……」
優しく頭をなでられる。彼の優しい手の感触にヴェーロは我に返っていた。気持ちが落ち着いていくのを感じ、そっと眼を閉じる。
「ごめんね……。もう、大丈夫だから。僕は、ここにいるから……」
背中をあやすように叩かれ、ヴィーロはヴィーヴォの胸元に体を預けていた。
「もう平気……?」
そっと顔をあげると、ヴィーヴォの優しい微笑みが眼の前にある。
「ヴィ……」
口を開こうとした瞬間、犬歯についた血が舌に流れ落ちた。血の味が口内に広がる。ヴィーヴォから漂ってくる花の香りに酔いそうになる。
彼をまた、喰らいたくなる。
「あ……いや……いやっ!」
「うぁっ」
叫び声をあげ、ヴェーロはヴィーヴォの体を突き放していた。ヴィーヴォは呻き声をあげながら、床に倒れ込んでしまう。
「ヴェーロ」
倒れた彼が、震える眼差しをヴェーロに送る。ショックを受けているのか、彼は自分を見つめたまま動かない。
「なんで……? 君が僕を
起き上がり、ヴィーヴォがへたり込むヴェーロに手を伸ばしてくる。ふわりと彼の香りが鼻孔をくすぐって、ヴェーロは思わず彼の手を払いのけていた。
「ヴェーロ……」
「来ないで……」
「ヴェ……」
「来ないでっ!」
拒絶の言葉は、叫び声に変わる。大きく眼を見開くヴィーヴォに背を向け、ヴェーロは駆けだしていた。
「ヴェーロ!!」
ヴィーヴォの悲鳴が耳朶に轟く。それでもヴェーロは構うことなく窓を開け放ち、そこから飛立っていた。
生暖かい海風が、ヴェーロの体を
彼と一緒にいたくない。
彼を、食べてしまいそうで恐いから。
彼を、殺したくないから――
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