第百二十三話『陽桜』其の三


 大光量が瞬き、空がまるで真昼のように青く染まる。

 それから少し遅れて、凄まじい衝撃波が樋田達の今いる場所を襲った。

 反射的に松下の手をとり、共に出来るだけ低く身を伏せる。少しでも反応が遅れていたら、そのまま宙に投げ出されていたかもしれない。

 足元は頑丈な鉄骨作りであるにも関わらず、まるで湖上のボートの如くグラグラと激しく揺れる。それほどまでに強烈な衝撃波であった。


「なんだ、今のはッ……!」


 それまで呆けていた樋田の頭も、今の一撃で完全に覚めた。

 冗談抜きで、暴走する秦が放つ絨毯爆撃に匹敵する超火力だ。

 事前に秦が周囲を更地にしていなければ、きっと今の一撃が中央区を灰塵に帰していたに違いないだろう。


 神話を彷彿とさせるふざけた威力に樋田は戦慄する。

 しかし、それ以上に驚いているのは隣の松下であった。


「後藤機関。まさか連中、国防軍の癖に首都へ『陽桜』を放つなんて……」

「『陽桜』……、なんだそれ?」


 後藤機関。

 秦曰く、確か政府が異能絡みの案件に対処するため結成した陸軍系の特務機関だとかそんなところであったか。

 にわかには信じ難いが、松下の口振りを聞くに、今のふざけた一撃を撃ち放ったのはその後藤機関とやらなのだろう。


 樋田の問いかけに対し、松下はチラリとこちらを見る。

 そして、やや言いにくそうな面持ちで彼女は応えた。


「『陽桜』は後藤機関が所有する大量破壊術式……要するに、科学ではなく異能方面の技術を用いて開発された――――ある種の核兵器のようなものです」


「……ッ!!」


 核兵器。

 そのあまりにも恐ろしい響きに樋田は思わず凍り付く。

 あくまで松下の比喩だというのは分かっている。しかし、あの絶大な火力を目の当たりにすれば、叡智の炎を連想してしまうのも無理はないだろう。


「其奴らは秦に、そんなもんぶっ放しやがったのか……?」


 だが、正直そんなことはどうでもいいのだ。

 今の樋田にとって最も重要なのは『陽桜』が使用されたことそのものではなく、それがよりにもよって秦に向けて放たれたことだ。


 樋田は半ば縋るように遠方の秦へ目を凝らす。

 そして、即座に硬く唇を噛み締めた。


「ッざけんじゃ、ねえぞッ……!!!!」


 距離があるせいで細かいことまでは分からない。

 それでも秦の身に明らかな変化が起きていた。どこかに具体的なダメージがあるわけではないが、それまで認識することすら難しかったシルエットが何故か今はハッキリと目に映る。

 まるで決して手の届かない神の領域から、辛うじて人の手でも殺せる次元まで存在を引き摺り下ろされた。何の確証もないが、今の秦からはそのような印象を受けずにはいられない。


 樋田は戦慄する。

 思った以上に人類の力は強大だ。

 そして、なにより彼等は手段を選ばない。

 このまま何か秦を救うためのアクションを起こせなければ、いずれ彼女は後藤機関に殺されてしまうかもしれない。

 

「……秦先輩を殺そうとしてるのは、なにも後藤機関だけじゃありません」

「はあ?」


 そんな樋田の心中を悟ってか、松下は告げる。

 まるで頭痛でもするかのように、片手でフワフワの髪をかきむしりながら。


「私には聞こえるんですよ。今この瞬間も絶え間なく、東京のあちこちで爆発的に高まりつつある」


「一体何が――――」


「殺せという怨嗟の声ですよ。当前と言えば当前です。人類の敵を滅ぼすと同時に現れた新たな人類の敵。力を合わせれば滅びの危機すら乗り越えられることを知った彼等が、秦先輩という脅威を放っておくはずもありませんから」


 思わず、渇いた笑いが漏れる。

 松下曰く、今この東京にいる異能者はどいつもこいつも秦を殺してやろうとヒステリーを起こしているらしい。つまり、アイツは世界の敵というヤツになってしまったのだ。


 例え世界を敵に回すことになっても、俺だけはお前の味方になってやる。


 漫画やアニメでよく聞く、手垢まみれのベタなセリフだ。

 だが、その言葉を口にするのが許されるのは、本当に其奴を世界から守り切れるだけの手段を持つものだけだ。例えそれだけの気概があろうとも、約束を果たすための力がないのならば何も意味はない。


 今自分に何が出来る。

 樋田と松下だけで秦の暴走を止めることは不可能だろう。

 ならば、次善の策として後藤機関が『陽桜』を射出するのを妨害するか。

 いや、それでは秦はこれからも東京の街を焼き払い続けるだろう。彼女がこれ以上の罪を犯すのを許容しろとでもいうのか。


 秦が世界を滅ぼすのを援護するか。

 それとも、座して彼女が人類の悪意に殺されるのを持つか。


「いや、他に方法があるはずだ――――」


 そう囁く樋田の声はこれ以上ないくらいに弱々しい。

 そこで彼はようやく気付く。

 口ではどうにかして秦を救いたいとほざきつつも、心の方はとっくの昔にそんなことは無理だと悟ってしまっていることに。



『カセイ、おいカセイ無視するなッ!!』



 そんなとき、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。

 声のした方を見ると、そこにはSF作品でよく見る空中に投影するタイプの電子モニターが浮かんでいた。その画面上に映っているのは勿論晴の姿である。

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