第百二話『秦周音と草壁蜂湖』其の三
「ここです」
里浦先生に連れて行かれるがまま、とある空き教室の中へと通される。
空き教室と言ってもきちんと管理は行き届いているようで、晴が普段通っている教室と比べてもほとんど変わりはない。
一つ違いがあるとすれば、本来空間中に均等に並べられているはずの机類が、小学校の掃除の時間よろしく全て教室の後方にまとめられていることぐらいだろうか。
「さて」
「いえっ、自分がやります」
里浦先生が立ち話も何だろうと、机と椅子を引っ張り出そうとするのを慌てて制止する。代わりに樋田が二つ机と椅子を運び、各々が向かい合う形で文字通りの即席をセッティングする。
里浦先生が座るに続き、樋田も椅子に腰掛ける。準備は整ったが、すぐにほいほいと話し始められるような内容でもない。それでもやがて、里浦先生はやんわりと話を切り出してくれた。
「……先生って立場的に本当は話しちゃいけないんですけどね。幼馴染って言っても君、一応部外者ですし」
「……すいません」
確かにこのようなデリケートな話を他人に漏らしたことが知れれば、確実に里浦先生の立場は悪くなる。しかし、それでも自分に事情を話してくれようとする、先生の気遣いに感嘆するばかりであった。
「秦さんやご家族からも、何も聞いていないんですか?」
「はい、そうですね」
「じゃあ、秦さんの家が三人姉妹だっていうことは知ってます?」
「へ?」
完全に初耳であった。
言われれば彼女に兄弟や姉妹がいても何もおかしくはないだろうに、愚かにもその可能性は全くもって考慮出来ていなかった。
「漢華さんは次女なんですよね。妹さんは確か小学生で、一つ上には
「いた……?」
いた。いるではなくいた。つまりは過去形。
些細な違いだが、そのような大切なことを聞き逃す樋田ではない。嫌な予感がした。いいや、きっとこれは事実だ。樋田の悪い予想は往々にしてよく当たるものなのだから。
「はい、お姉さんはその、お亡くなりになられたんです。今が六月の半ばだから……大体二ヶ月半くらい前ですね」
「ッ……!!」
グッと、拳を握る。
秦漢華にとってその
自らに置き換えてみる。生まれてからほとんど顔を合わせたことのない父が殺されたときですら、樋田はあれほどまでに辛かったのだ。共に毎日を同じ空間で過ごし、常に顔を突き合わせてきた血縁を失う苦しみは、きっとそれ以上であろう。
「……死因は、なんなんだったんですか?」
「階段から足を滑らせて、それで打ち所が悪かったみたいです……確かに不幸なことではありますけど、一方それほど珍しい不幸ではありません。だから最初はみんな事故だと思っていました」
思っていた、再び過去形。
つまり秦周音は事故で死んだわけではないというのか?
「周音さんは殺されたんです。厳密にいうと、殺された可能性が高いんです」
いまいち要領を得ない言い回しに樋田は苛立つ。
里浦が言うに秦周音が死んでから既に三ヶ月近い月日が経っている。ならば、その日に一体何が起きたのか、既に警察が明らかにしていてもおかしくはないだろうに。
「……つまり、殺されたと決まったわけではないと?」
「いえ、確かな情報ってわけじゃないんですけど、実は周音さんが亡くなった場所の近くで女性同士が口論をする声を聞いたって人がいたらしいんです。そして、そのあと、その日周音さんと争っていたのが誰だったのかもすぐに明らかになりました」
つまり、既に犯人は確定したということであろう。
それだけが、この重い話の中で唯一安心できる要素であった。島国であるこの国で警察から逃げ続けることは困難を極める。きっともう犯人は捕まったのだろうと、樋田は自分の憶測だけで楽観的なことを考えていた。
「……じゃあ、もうそいつは捕まったんですね」
「いえ、捕まっては……いません」
「ハァ……?」
「その日、周音さんと争っていたと疑われたのは、彼女と同じ学校に通う三人の女の子だったんですが――――その子達も全員二ヶ月前に亡くなってしまったんですよ」
里浦は一瞬戸惑う。何に戸惑ったのか、当然それはその続きを口にすることであろう。
きっとこれから先生は確信的なことを言うと直感する。そして、その予感はやはり正しいものであった。
「……その、今日秦さんの家で起きたような、原因不明の爆発事故で」
「――――――――ッ!!!!」
ゾワリと、全身を悪寒が走った。
嘘だ。杞憂であって欲しいと心の底から願う。
されど、場所は東京、被害者は三人の少女、そして原因は爆発事故。その事件は間違いなく、先刻陶南萩乃が樋田に語って聞かせたものと同じ事件を指すのだろう。
つまりは、繋がってしまった。
秦周音と
秦周音の転落死、そして草壁蜂湖の事故死。
この二つの事件を紐付けると、秦周音を殺した草壁蜂湖を
そして何より、草壁蜂湖達が死んだ事件では、原因不明の
ここまで来れば最早決まったようなものではないか。考えたくはないのに、想像すらしたくはないのに、どうしても少年の考えはその最悪極まる予想に思い至らずにはいられなかった。
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