第百一話『お前が秦漢華だから』其の三


「オイ、カセイ――――」


「……そうだ此間交換させられた例のアプリッ!!」


 そこでふと思い出す。

 確か六日前の六月六日、東京タワーでムンヘラスと殺し合う少し前に、樋田は秦にとあるアプリをインストールさせられた。そして、そのアプリの機能は登録したユーザー同士で互いの位置情報を共有しあえるというものである。


 渡りに船、正にこういうときのためにあるようなツールであった。

 これがあれば秦の現在地を割り出すことが出来る。そう藁にも縋る思いでアプリを起動する……が、いつまでたっても地図上に秦漢華の座標は表示されない。どうやら彼女の携帯は今電源が切られてしまっているようであった。


「クソ、ふざけやがってッ。これじゃ交換した意味ねえじゃねえかッ……!!」

「オイ、カセイ。お前少しはワタシの話――――」

「テメェは少し黙ってろォッ!!」


 何か言いだけな晴を怒鳴って黙らせ、続いて彼は次善の策として松下に電話を掛けようとする。プルルと呼び出し音が鳴った直後、幸い電話の相手はすぐに出た。


「オイ、松下」

『……あぁ、先輩ですか。一体何の用――――』


 松下は何故か今にも消え入りそうな声であった。普段からダウナーな性格の彼女だが、それにしても覇気がなさすぎる。

 しかし、今樋田の頭の中には秦漢華しかない。だから彼女の異変を気にすることなく、単刀直入に問いかけた。


「お前秦から何か聞いて……いや、そもそもニュース見たかッ!?」

『えっ、秦先輩からは別に何も……あとニュースってそもそも何のニュース――――』

「使えねえッ……!!」


 どうやら松下は完全に部外者であるらしい。

 これ以上話しても時間の無駄になりそうなので電話を即切りする。


「クソがああアアッ!!」


 樋田は癇癪を起こして近くのテレビを蹴飛ばした。

 テレビはディスプレイを固定する台ごと壁に叩きつけられ、薄い液晶は見事なまでに粉々になる。引き千切れたコードに至っては、バチバチと残り香のような火花を上げ始める始末であった。


 どうする? どうするどうするどうする?

 完全に手は尽きた。今秦はどうなっているのか、仮にまだ生きていてくれたとしたら一体どこにいるのか――――それを探るための手掛かりは、もう樋田の思い付く中には何もない。

 いや駄目だ、考えろ。きっと何かがあるはずだ。考えることをやめては、きっとそれは秦漢華を諦めることと同じになってしまう。だから考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ――――――、



「ワーターシーの話を聞けええええッ!!」



 そこで後頭部に衝撃、正しくは小学生並みの体格から繰り出されるドロップキックをお見舞いされた。

 ガタイの良い樋田でも流石にバランスを崩し、近くにあった収納インテリアの角に思い切り額をぶつける。鈍い痛みと共に熱が生じ、まるで打ったところが出血したような錯覚にすら襲われた。


「痛ってえなァクソォッ!! いきなり何しやがるッ!?」


「黙れバカタレッ。直前に手を貸してやると言ったばかりであるというのに、なぁに一人で勝手に盛り上がっているのだ。オマエちょっとテンパると本当すぐそれだなッ!! 」


 反射的にキレ散らかす樋田であるが、晴も晴で腰に手を当てながらガチで説教をかましてくる。しかも、その内容が全くもって正論だから、樋田はもう押し黙るしかなかった。

 少し、頭に血が上りすぎていたのかもしれない。秦が襲われたという衝撃に、思わず我を忘れてしまった。

 口にせずとも樋田が反省したことは察したのか、晴はまた溜息をつき、呆れたように頭をボリボリとかきながら続ける。



「……秦の行方を突き止めたいのだろう。手段ならばないこともない」



 思わぬ言葉に樋田はガバリと顔を上げる。


「出来るのか、そんなことが……?」

「出来る、とまでは言い切れん。だが、やってみる価値は充分にある。学園から対ダエーワ戦争への協力を要請されてからの一週間、ワタシ達が一体何をしてきたかオマエは知っているか?」


 確か晴のように『顕理鏡セケル』を持っている探知特化の天使は、学園のもとでダエーワが発生するメカニズムを解き明かすための作業に従事していると、松下か秦のどちらからか聞かされたことがある。

 しかし具体的にどのようなことをしているかについては何も知らないので、樋田は大人しく首を横に振った。


「五月二十一日、ワタシ達が未だ綾媛学園りょうえんがくえんと敵対していたときのことを覚えているか? あのときワタシは学園に潜む敵を見つけ出すために、『顕理鏡』を応用した探知術式を学園中に張り巡らせただろう」


 樋田は小首を傾げる。一体何故そんな昔の話をしだすのだろうと、純粋に疑問に思ったのだ。

 しかし、彼はすぐに晴の言いたいことに気付いた。


「お前らまさか……?」

「気付いたか。まあオマエの予想と同じかは分からんが、ワタシ含め『顕理鏡』が使える人類王勢力の天使一同は、この一週間でにこの探知術式を設置した」


 晴も習得している『顕理鏡』とは、『天骸アストラ』の観測・解析・再現を可能とする聖創である。

 これを使えばその周囲に残された僅かな『天骸』――――つまりは術式を使った際に生じる残滓のようなものを捉えることが出来るし、なんなら役割を観測に極振りすることで純粋に監視カメラのような役割を演じさせることも出来るのだ。

 その『顕理鏡』が事前に二十三区中に設置してあるということは、即ちそういうことになる。


「最近偶にニュースとかで見るだろう? 犯罪者が犯行現場から犯人の自宅まで戻るルートを、街中に仕掛けられた監視カメラの記録映像から追って明らかにする手法だ。街の『顕理鏡』が集めたデータを精査すれば、アレと同じようなことが出来るかもしれない」


 目の前を覆う霧が晴れた気分であった。

 胸のつっかえが取れたような心持ちであった。


 秦邸を襲ったのはまず間違いなく異能者であろう。ならばその周辺には襲撃者が『天骸』を消費した際に生じる残滓が必ず残っている。あとは同じ残滓が残されている場所を順々に辿っていけば、自然襲撃者とそいつに連れ去られた秦の居場所に辿り着くが出来るだろう。


 ――――本当、お前には頭が上がらねえなッ。

 

 樋田は感謝する。

 自分にまだ秦漢華を救うための手段を与えてくれる、筆坂晴に心の底から感謝する。

 だが、口には出さない。きっと晴もそんなことは望んでいない。きっと実際に樋田が秦を助け出すことこそが、晴にとっては一番の報いであるということが分かるから。


「……行くぞ、晴」

「あぁ、早急に学園へと移動するぞ。秦との話は道すがらに聞いてやる」


 最低限の言葉だけ交わし合い、二人は手早く出発の準備を始める。

 上記の作戦は、あくまで秦はまだ殺されていないという前提の上に成り立ったものである。だが、樋田はまだ諦めてなどいない。そうだ、まだ何も悲劇だと決まったわけではない。もう何もかもが手遅れだと決めつけていいはずがないのだ。

 もし今秦漢華が悲劇のドン底にあるならば、或いは絶望の袋小路に追い詰められているのならば、必ずやそのバッドエンドを覆してみせる。


 あのときちゃんと言うことが出来ていればと後悔する。だからこそ今回ははっきりと宣言する。

 樋田可成は秦漢華を助けたい。だから俺はお前を助けるのだと――――。



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