第九十六話『浮き上がる黒点』其の三
「……で、そのアンラ=マンユとかいうのをブチ殺せば、このクソッタレな状況はどうにかなるのか?」
「はい、恐らくは。ダエーワを生み出すなり呼び出すなりしているのが全殺王ならば、術者を倒した時点で悪魔の発生は止まるはずです。ただ――――」
そこで感情のなさそうな彼女にしては珍しく言葉を濁す。
「ただ、なんだよ?」
「いえ、少し全殺王に関して気になる点が一つありまして」
しかし、口では上手く説明し辛いことなのか、そこで黒髪の少女はどこぞより電子タブレットを取り出した。
「どうやら全殺王は戦闘が終わった後に霊体化を解除したようで、近くの防犯カメラに映像が残っていたのですが……いえ、とにかくこれを見てください。きっと貴方達も驚くと思います」
そう言って陶南はその映像を引っ張りだそうと電子端末をイジイジする。イジイジイジイジイジ、イジイジイジイジイジイジイジイジ。しかし、既に大分イジイジしたにも関わらずまだ見せてくれない。多分この真面目娘もう三分くらいずっとイジイジしている。なんてイジらしい……。
「すいません樋田さん、秦さん。恐らくこの機械壊れてしまっています」
「……つっかえないわねこの機械音痴。いいからちょっと私に貸してみなさい」
やがて見かねた秦が溜息と共に陶南から端末を取り上げる。
はじめてパソコンいじったおばあちゃんレベルの陶南とは異なり、今時の超高学歴JK秦漢華はスラスラと端末を操作していく。そして、少女は引っ張り出した映像に視線を落とし、
「――――――――ッ!?」
秦の体が何故か急にビクリと跳ねる。
目を見開き、口元をわなわなとさせ、嘘でしょと今にも消え入りそうな声で囁く。しかも驚きのあまり手元から電子端末を落としてしまった。
「オイ、何してんだよお前……」
しかし、樋田はなんとかギリギリのところでタブレットをキャッチすることに成功する。そそっかしい秦に非難の視線を送りつつ、彼もまた端末に映し出された画像を覗き込んだ。
「なっ……!?」
思わず声が出る。
そして秦があれほどまでに動揺したことにも納得がいった。なんとそこに写っているのは、ニュースをBGM程度でしか見ていない樋田でも知っているような有名人であったのだ。
「……
まるで悪夢にうなされてでもいるような声色。秦がその名を口にした後は、陶南萩乃が引き継いだ。
「ええ、そうです。草壁蟻間、一九九六年生まれの二〇歳。四年前に両親と祖父、更には都内で八十三人を殺した罪で、東京拘置所に収容されていた死刑囚です」
「収容されていた……ってことは逃げちまったっつーのか?」
「はい、事が事ですので世間に公になってはいませんが、実は今年の二月、東京拘置所は異能者と見られる一人の少女による襲撃を受けています。恐らくはそのときに連れ出されるなり便乗するなりして脱獄したものかと」
確かにそんな事件があったことなど報道どころか便所の落書きですら見かけていない。
「……なるほどな。で、まさかコイツの正体がその全殺王だったとか言うわけじゃねえだろうな?」
「少し違います。細かい経緯は長くなるので省きますが、アンラ=マンユは三千年前に天界の掃討作戦によって一度死亡しているのです。先日彼は三千年ぶりに復活しましたが、元の肉体はとっくの昔に朽ち果ててしまっているので、大方この死刑囚を依り代にして受肉を果たしたのでしょう」
「クソヤロウがクソヤロウに体の主導権を奪われたってわけか……まあ、善人に乗り移らなかったのだけは好都合だ。全殺王をブチ殺すために依り代を壊したところで余計な罪悪感を抱かずに済むしな――――って、オイ?」
そこで樋田は小首を傾げる。見ると秦漢華は未だ心ここに在らずと言った具合であった。それどころか嫌な汗を頬から垂らしており、更には何で何でと小さい声で言いながらしきりに爪を噛んでいる。
「オイ、どうしたんだよお前。さっきから何か様子おかしいぞ?」
「……う、うん。ごめんなさい。やっぱさっきので少し気分が悪くなったみたい。悪いけど後の話は樋田くんの方で聞いておいてくれないかしら。待ち合わせはバイク止めたところでお願い」
答えるまでに幾らか不必要な間があった。そして明らかに言い訳臭い。
彼女はそれらしい理由を述べると、すぐ逃げるように元来た道を引き返して行ってしまった。
「オイ、ちょっと待てよッ」
「待つのは貴方です。まだ話は終わっていません」
「ちっ……!!」
反射的に追いかけようとして、背後からの陶南の言葉に思わず足を止めかける。それに果たして彼女を追いかけたところで、自分にその心を問いただすことなど出来るのだろうか。
いや、きっと出来ない。秦は確実に何かを抱え、そしてその抱えたものを隠している。
本人が話したがっていない。恐らくは思い出したくもないことを、無理矢理に聞き出す事が果たして彼女のためになるのだろうか。無遠慮に他人の領域に土足で踏み入って、それで彼女の心の傷を更に広げるようなことになってしまったら――――そう考えてしまうともう足は動かない。
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