第四十話 『統合学僚会議』


「第一回ヒダカス女体化大作戦ッ〜〜どんどんどんぱふぱふぱふ」

「はっ?」


 それは激動の一日目から休日を挟んだ月曜日の朝。樋田と晴が二人で朝食の片付けをしつつ、本日の方針をどうするのか話し合っていたときのことであった。


 ヒダカス女体化大作戦とは一体なんぞや。


 彼はパンチラギリギリなミニスカートを履いた自分が、キャピキャピしながらパフェとか食ってる光景をつい思い浮かべてしまい――――リアルガチに吐きそうになる。


「遂にイかれちまったのかよテメェ……ってお前の頭に蛆虫湧いてんのは生まれつきだったか」


 つまらない冗談を言うなとばかりに吐き捨てる樋田であったが、対する晴ちゃんは心外とばかりに頬をプクリ膨らませて言う。


「いや、普通に真面目な話だぞ。オマエも昨日一日過ごして分かったと思うが、あの学園には恐らく『天骸アストラ』を認識出来る人間がそれなりの人数いる」


 幼女はそこで丁度机を拭き終わり、美しい投球ホームでキッチンにいる樋田へ台布巾を返却すると、


「つまり『霊体化』しているだけでは、オマエの姿が第三者に見られてしまう可能性が非常に高いのだ。先週はたまたま運が良くバレなかったようだが、なんの対策もせずに再びあの学園へ繰り出すのは、危険だしデンジャラスなのであまりオススメは出来ない」

「……で、開き直って女装でもしろってか? ありえねぇよ死ねよ。俺の面と体格じゃどんだけ小細工施しても誤魔化し切れねぇつーの」

「うわあキモッ、女装だなんてそんなクッソキモいことオマエにさせるわけないだろ自重しろキモチワルイ」


 晴はキモいのオンパレードで樋田の心を見事に傷付けると、説明しよう! とばかりに人差し指を立ててこう続ける。


「女体化と言っても『顕理鏡セケル』の映像投影技術を用いて、オマエの実体の上に適当に見繕った女学生の映像分身ホログラムを重ね合わせるだけだ。まあそれで一応『天骸アストラ』を認知できる人間の目は誤魔化せるだろうし、『霊体化』しなくていいぶん二人で連携も取りやすくなる」


 晴はなにやら小難しいことを言ってるが、まあ要するにデジタル版の着ぐるみのようなものを使って、擬似的に外見を変えてしまおうという話なのだろう。

 なるほど術式とは全く便利なものだなあと、素直に感心しかける樋田だったが、そこで一つ疑問が頭に思い浮かんだ。


「……それ俺をベースにする以上、身長的にクソデカ女子高生になっちゃう気がするんですが?」

「確かにタッパの方は色々と問題があるが……まぁそこは一昔前の超厚底ブーツギャルみたいなコンセプトにすればなんくるないさーでファイナルアンサーだッ!!」

「んな適当な……チッ、まあいいわ。あとはテメェのやりやすいようにやってくれ」


 まだまだ言いたいことは山程あるが、もう晴の中でヒダカス女体化計画は決定事項のようなので、樋田は諦めて首を縦に振る。

 正直この一ヶ月の共同生活で、晴の融通の利かなさはもう痛いほどに思い知っている。

 コイツがやると言ったからには必ずやらされる羽目になるのだから、もう一々口答えするだけ時間の無駄だ――――と、妻の尻に敷かれる中年親父みたいな気持ちになっていた樋田だが、彼はそこでふと皿を洗う手を止めるて言う。


「つーか俺のことなんかより、テメェの徹夜の成果はどうだったんだよ? せめて例の術式の正体ぐらいは掴めたんだろうな?」


 そんな心配しているのを隠そうとするあまり、どこか責めるような口調になってしまっているツンデレ少年の問いに、晴はうーんと小首を傾げてみせると、


「いや、ワタシも一応一晩は頑張ってみたんだが、そのあたりの解析にはまだまだ時間がかかりそうだ……まあ対呪術式の方はどうにかなったから、その点に関しては安心してくれ。先週は色々と心配かけてすまなかったな」

「おっ、おう。ならいいんだが――――って、別に心配なんかしてねぇし、勘違いすんじゃねぇよ」


 そうして話がひと段落ついた頃には、ちょうど二人の朝の支度の方も大方終わっていた。樋田と晴はガチャリと自室のドアを開け、一抹の不安を覚えながらも再び私立綾媛りょうえん女子学園の方へと向かっていく。


「……今日は荒れそうだな」


 残念なことに先日の天気予報は大外れだったようで、西の方では空に炭をぶちまけたような雨雲が、どんよりと不気味に蠢いていた。



 ♢



「まぁ、ラブアンドピースに越したことはないんだがな……」


 放課後まで適当に時間を潰していろと樋田に命じた後、座学に励む傍ら周囲への警戒を深める晴であったが、その日の授業は割と平和に過ぎ去っていった。

 今はちょうど四限目が終わったところであるが、彼女の知る範囲で何か異常なことが起きた様子はない。特にあの訳の不気味な鐘の音も、今日はまだ一度も鳴り響いてはいなかった。


 逆に一つ気になることがあるといえば、今日隼志はやしが風邪で学校を休んだことぐらいあろう。

 まあ先週彼女はあれだけ厚着をしていたのだから、もしかしたらあの時から体調が悪かったのかもしれないと納得することは出来る。


「筆坂さ〜ん、すみませんが紗織の代わりになってはくれませんか〜?」

「はっ、誰だキサマ……? まぁいい。オイ、サオリンヌじゃない方。このワタシに何か用か?」

「松下ですよ松下ァッ!! あんだけ人に迷惑かけといて、よくそんな寝惚けたこと抜かせますねッ!!」


 そうして晴が状況分析に精を出していると、今日一日隼志がいなくて寂しかったのか、ふわふわジト目の松下希子が一緒に昼食を取ろうと誘ってきた。


 二人はそのままスタコラ『止まり木』の方へ向かい、例の店で共にタダ飯をガツガツかっ喰らう。そして昼休みも残り半分というところで、松下がふと思い出したように口を開いた。


「あっ、次生徒総会ですから、そろそろ移動した方かいいんじゃねぇですかね?」

「むっ」


 生徒総会。

 先週の別れ際に、確か隼志がそんなことを言っていたような気がする。しかし土曜に会った生徒会役員の印象が最悪だったせいか、晴はそこにどこか胡散臭さを感じずにはいられない。


「ハッ、また生徒会の連中と関わる羽目になると思うとあまり気が進まんな……ところで、この学園の催し物とあってはやはり色々変わったところがあったりするのか?」

「いえ、初等部からの繰り上げ組に聞いた限りでは、世間一般的な中学で行われているものと大して変わらないらしいですよ。まぁ普通の基準なんて人それぞれなんで、確かな保証はしかねますが」


 そんな松下の言葉にどこか不穏なものを感じながらも、もう時間が時間なので二人は少し慌て気味に食堂を後にする。そうして晴は松下に連れられるがまま、大人しく生徒総会が開かれる第二体育館の方へと向かっていった。すると――――、


「ほげっ」


 そこから十分程歩いて到着したのは、体育館と呼ぶにはあまりにも巨大すぎる建造物であった。どれぐらい大きいかというと、もう少し大きければ中で野球出来るんじゃねとか思ってしまうレベルである。


「ほらほら一々そういうのいりませんから。マジで遅れそうなんで少しは焦ってください」

 

 松下曰く開会まではあと五分ほどしかないらしく、体育館の中に入ると、既にほとんどの女生徒が軍隊よろしくきっちりと整列していた。


 その中を気まずい気分になりながら進んでいき、晴と松下は奥の方に見える一年Q組の列――――その後ろにポッカリ空いてる三人分のスペースへ、逃げるようにその体をねじ込んだ。

 どうやらこの列はあいうえお順で並ばされているらしく、幸い晴のすぐ後ろは松下であった。恐らくは一つの前の空きスペースも、今日は休んでいる隼志のものに違いない。


「時間無かったんだ言い忘れてましたが、ぶっちゃけ生徒総会クソつまんないらしいんで、次からは何か時間潰せるもの用意してきた方がいいですよ」

「んっ……あぁ、そうか。ご忠告痛み入る」


 そう後ろから小声で話しかけてくる松下は、その言葉の通り自作の英単語帳らしきものをペラペラとめくっていた。しかし、今の晴にそんなことをしている余裕はない。


 確かに生徒総会なるものは往々にして退屈なものだが、こんな胡散臭い学園の中でそう簡単に気を緩めるわけにはいかないだろう。

 しかし、そうしてキリリと気を引き締め直す晴であったが、その後始まった生徒総会は彼女の言う通り拍子抜けするほどに平凡なものであった。


 中等部生徒会長を名乗る真面目なそうな子が壇上に出て来たと思ってたら、予算の承認やら各委員会の報告やらよく分からんことが着々と進められ、晴は気付けば開会から一時間程感情を無にしていた。


 生徒会の皆さんもテキパキ仕事を進めてくれていることは分かるのだが、何しろ学園の規模が規模なので、これが結構時間がかかってしまう。

 しかし、それでも六時間目開始のチャイムが鳴る頃にはようやく全行程が済んだのか、いつの間にか生徒会長が長ったらしい閉会の言葉のようなものを読み始めていた。


 ――――……結局何も起こらなかったな。これならば早々にバックれてカセイと合流しておけばよかったな。


 うっかり寝落ちしかけるほどに退屈な時間だったが、それもこの話が終わればようやく解放される。

 そうして晴が早く帰らせろと壇上の生徒会長に怨念を送っていると、遂にその長い話も終わりを迎えたようであった。されど――――、



「それでは、続いて陶南萩乃すなみはぎの高等部生徒会長兼統合学僚長より御言葉を頂きます」



 陶南萩乃。

 その記憶に新しい名が耳に届いた途端、晴は緩みかかっていた気を再びキリリと引き締め直す。


 松下曰く児童会、中高生徒会、学生自治会の中から、学年を問わず特に優秀な者を選出し、上記の四組織の総括を目的に設置された学内における最高意思決定機関――――それこそが今名前の挙げられた統合学僚会議の概要である。


 そして、その理事にも匹敵する発言力を持つと言われる組織の長を務め、当学の実質的な支配者と噂されるのが彼女、高等部三年に属する陶南萩乃その人だ。


 そして彼女は勿論、松下が昨日話していた『絶対に逆らってはいけない四人』のうちの一人でもある。





 そうして優雅に壇上へ姿を現した『冷徹宰相』の姿に、晴は生唾を飲みながらゆっくりと目を凝らす――――が、思っていたよりは普通の少女であった。


 一般的な成人男性と大して変わらない高身長と、モデルじみたすらりと長い脚は確かに特徴的だが、どこぞの髪も瞳も赤い唐辛子女と比べれば、彼女は遥かにまともな外見をしている。


 昨日の生徒会役員達と同じ機械じみた無表情をたたえながら、陶南萩乃は焦げ茶色のルーズサイドテールを儚げに手で払う。そうして彼女はそこでようやく壇上のマイクを手にすると、


執行しぎょうさんとはたのさんの姿が見当たりませんが……、まあいいです。彼女達に関してはいつものことですから」


 その日本刀を思わせる鋭い声色に、ただでさえ静かだった会場の中が更にしんと静まり返る。


「初等部からの繰り上げ合格者を除けば、皆さんとお会いするのはこれが初めてですね。高等部生徒会長兼統合学僚長の陶南萩乃です。皆さんが中学の三年間という貴重な時期を過ごすにあたり、この私立綾媛女子学園を選択してくれたことを心より感謝します」


 正直言って拍子抜けであった。

 絶対に逆らってはいけないとまで脅してくるのだから、晴は最初どんな気狂いが出てくるのかと身構えていたのだ。


 しかし陶南萩乃なる女生徒は声色に冷たい印象こそあれど、言葉遣いは丁寧で、その鮮やかな所作も優雅で趣深く、危険人物というよりもむしろ見本とすべき廉潔の士であるように見える。


 一体この少女のどこを警戒すべきなのかと呑気なことを考える晴であったが、次の言葉で彼女は早くも己の短絡を恥じることとなった。



「早速ですが、中等部三年の前橋千尋さん、高等部一年の高林梨加さん、同じく高等部一年の上村裕子さん。以上三名が先日、

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