○ 桃

 桃の花びらがやがて葉に変わり、最後に一つ、大きな実が流れてきた。

 どんぶらこっこどんぶらこっこ。

 鬼が食べてしまおうとしていた桃であろう。

 東の空で一番星が光った。

「おーい、お前さん」と、釣り人が蓮太郎を呼んだ。「さっき、わしとヌシのことは何も祈らんかったな?」

「わかりましたか?」

「そりゃわかるさ」と釣り人は笑った。「どう祈ったらいいかわからんのじゃろ。わしが勝てば奴は死ぬ。奴が生き続けるなら、わしは望みを果たせずにいつか死ぬ。釣るか釣られるか、それが釣りじゃ」

「はい」

「命がかかっとる。わしらはもう幸福じゃ。祈ってもらう必要はない。お前さんの判断は正しかった」

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