トレドヴィラ 共和国協定千四百三十八年綿柎開
アペルディラから二十五リーグほど南東のトレドヴィラは、ケイチやアッシュへの山越えの街道の出口をなす町で、アペルディラに比べるともう少し落ち着いている、というべきか普通に山を抜けた街道の街だった。
街道沿いにはアペルディラを中心に幾つか小さな集落があり、それぞれに自警団と保安官が置けるくらいには豊かな街だった。財源として絹織物を作っていて、規模は小さいがそれぞれに集落を支えられるくらいの産物として成立していた。
トレドヴィラの山側は温泉町とちょっとした鉱山がいくつかあって、山肌に入り組んだ沢を追うとアッシュに出られ、幾つかの峠を抜けるとケイチに近道できる。
鉱山はなにが取れるというほどしっかりしたものではないようだが、亜鉛鉱と石英が主に取れ、紛れるように僅かに金が出るという。
水晶と呼べるほどに立派な大きさの石英が出れば、そこそこの値段で取引されることで、金鉱目当ての山師の日銭を支え、結果として新しい温泉が発見されたり、という街の発展に寄与しているという。
ザブバル川とチョロス川を繋ぐこぼれ落ちるような滝や沢は大きく荷を運ぶには少々狭く、歩いて上り下るのが辛いお客が使う、牛に牽かせるソリのような曳舟がせいぜいだが、その程度には使われている。川に付き合って登ると二日ばかり余計にかかるが、そういった悠長な客に向けて気の利いた船宿が途中幾つか備わっていて、常客もそれなりに多い。かつてはここを運河に掘り進める計画もあったらしい。
風土病が多い土地で周辺の集落が幾度か壊滅的な被害を受けているのだが、街道の要地にあり入植者が居着き入れ替わることで、およその集落自体は存続している。
豊かな水濠とそこから切り離された複雑な沼地湿地が山間の岩ガチな地形の間に広がっている。
トレドヴィラ周辺は様々に不吉な話の多い土地であるが、一方で実り豊かな土地でもある。
問題は風土病が本当に風土病なのか、邪悪な呪いなのか何かの悪意を持った攻撃なのか、が全くわかっていないままに人々が入れ替わり続けているせいで、本当に何がなんだかわからなくなっていることだった。おかげで迷信が流行りその土地独特の、新参や余所者にはわからない奇妙な風習や伝承も多い、アペルディラとは全く違った意味で奇妙な街だった。
普通に考えれば原因がわかるまで土地を封鎖すべきだったが、土地を捨てるには実り豊かな街道上の要地であったので、本当の意味で町が絶え棄てられるにはあまりに人々が集まっていたし、もちろん街道を行き交う往来も多い。
危険についても知っている者と知らないままの者とがまばらにいて、いかにも信憑性のない怪談じみたものになっていることも原因追求には面倒の元だったが、住民が匪賊野盗の類でないとあれば、司法行政が何かを云うような筋合いでもなかった。
風土病の対策に向けて、熱心に何かを為そうとした者達は少数派だったし、対策と云って皆目見当もつかない状態だった。
山間らしく水はけの怪しいところも多く、どこから流れてきたかどこへ抜けるかわからないような湿地も広がっていて腐れ水の毒だろうという話もあったが、そういうものでも草木にとっては水は水であった。
鉱山にありがちな鉱滓の失敗というわけではないらしい。ということはすぐに知れたが、だからといって、ではなんだという程にきちんとした何かがあるわけでもない。そう云う土地だった。
風土病や流行り病というものは、事故に比べると現象の一般性が薄く、知恵を出そうにも対応に時間がかかる。
これからこの土地にも鉄道を敷こうと考えているマジンにとっては胡乱な話だったが、先のことは先のことだった。
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