ストーン商会 共和国協定千四百三十八年

 デカートではローゼンヘン工業が鉄道建設事業に向けて機械生産を始めた様々なもの、紙や鉛筆インク万年筆などの筆記具や乾電池や電球や作業用被服などの日用消費財、或いは医薬品保存食などの在庫回転の必要な品目、規格のネジ釘鋼線等の金属材といった一般では流通困難な物品の余剰が、いくらかの縁故のある商会を通じて市場に登場していた。

 それは単なる余剰というよりは、各生産機械の回転を確保するために或いは原料の在庫調整をおこなうために、鉄道資材を逼迫あるいは圧迫させないように計画生産された生産調整品だった。

 機械化工業化という概念の普及していない中、紙やインクは州領域外で調達していたデカートの流通品よりも種類は限られていたが相当に質も価格も安定していたし、デカートには等級品や規格材という発想はあっても、それを買い手にお伺いを立てる必要がないほどに品質を揃えた工房はなかった。

 イルム商会やエイザルー商会といった美術品や嗜好品に強みのある商会でさえ、品質の安定した日用品という日常的な小さなしかし極めて重要な意味合いを持つ日用品に大きく注目して、商材の交換によるバーター取引というこれまでの方針をなげうち、販路拡充と利益の歩合提供或いは現金仕入れという方針で取引の拡充を図り、また実際に彼らの高級顧客向けの販路はデカートのプライスリーダーとしてデカート州周辺の価格設定に大きく関与していた。

 正直にマジンの内心を述べればイルム商会やエイザルー商会の注文は細かすぎ面倒にすぎたのだが、一方で市井とは異なる人々の生活や様式或いは嗜好というものは我儘と正直の間のものでもあったので、製品の改良改善の方向性を示す意味合いとしての参考にならないわけでもない。結局のところ、どの分野でも先達の影響力はいずれ乗り越えるとしてむやみに無視もできない。

 そして、そういう細かな小修正がおこなえる目端手際を鍛えるのは、手数を揃えるために多くの人員の確保と配置の選別を急いでいる今、徒弟仕事としては必ずしも悪いことばかりではなかった。

 もちろん、ローゼンヘン工業の目下の事業目的は軍需に足る工業体制の整備であり、重機械工業と呼ぶに足る大規模な精錬を含む金属産業と化学材料の安定供給可能な体制をもった事業整備であった。



 その規模は、男女の睦事の戯言から出たものではあったが、既にデカートの風景を州まるごと作り変えようとしていた。

 ローゼンヘン工業が放出する金属材料が値段が読めて質が良いということで、デカートの金属市場は地金基礎材からは手を引く鉄工場が増えてきた。

 既に街中でふいごを回すような規模ではどれほど職人畜獣を潰しても割が合わないようになり始めていた。

 代わりにストーン商会の蒸気圧機関や軽機関車から引っこ抜いた圧縮熱機関を使った機械工具が登場を始めた。

 色々な理由があって当然に時間の問題であったのだが、きっかけとしては軍の兵站部隊や大手の商会が、昼夜構わず明かりをつけて相当な速度で街道を走るようになったことが大きい。

 そう出来るようになったのは、全ての機関車に百キュビットあまりも照らせる照明がついて、夜道に橋の位置を間違えて転落するという事故が減ったからでもある。

 とは云え馬にはねられたどころの騒ぎでない衝突事故や、あいも変わらず用水や川に転落する事故も多く、実のところ機関車による事故は増えていた。

 デカートではそういう事故を当て込んだ機械修理や、そのための部品加工工作をおこなう工房が、目立って増えた。

 次第に問題になり始めた機関車の事故に、元老院でもそろそろに対策を準備したほうが良い、という意見があり、ゲリエ卿に草案の検討を求める動きになっている。

 様々に忙しい最中のマジンとしてはそんな面倒は御免被りたかったのだが、実態と様子を知るゲリエ卿が草案を建てないと、最悪の場合、市内全域での機関車の通行乗り入れ禁止という強硬案になりかねないということで、文明進歩を加速する機関装置と市井の繁栄と発展を希求する文明社会の旗手として責任ある提言を求む、と元老院議長直々にお言葉を賜ってしまった。

 元老院でのやりとりはいわば箱庭の中の責任のやりとりでしかないが、登場から四年を経て、圧縮熱機関はデカートに普及した。

 共和国軍の新兵器、としての機関車は周辺各州からの注目商材の一角にのし上がっていた。

 そしてそれを各地に紹介したデカートのストーン商会の名も共和国全土に届いていた。

 より現場での扱いの簡便なストーン商会の作る往復式の蒸気圧機関の売れ行きにも大きく助けになっていた。

 戦争が技術を求めたとか軍が投資を促進したということは、事実関係としては内燃機関にない。

 軍の秘密兵器ということになっている機関小銃の開発の経緯も、元来はローゼンヘン館を自らが襲撃した折に感じた数的劣勢下における銃撃戦を意識してのもので、子供たちでも野盗を排除しうる火力装置として制作したに過ぎない。

 鉄道も機関車も、ただ軍が求めた機関小銃と弾薬の納入のための輸送をおこなうにあたって、ローゼンヘン工業は従来の馬匹と行李を扱うだけの社会投資環境を持たず、代わりに機械力による機関輸送車を運用することに決した、という選択にすぎない。

 しかし軍がまとまった数の機関車を運用したことで各地で話題になり、当初問題になった価格面の割高感が幾分どころではなく薄まった、ということがデカートでの機関車の注文の増加に結びついている。

 そうやって人気を博している機関車の構造について秘密を探りたいと考える者は当然にあとを絶たなかった。



 多くの工房で分解の結果や自家製部品の不具合で問題を起こしたりということもあったが、敢えて今わかっているところだけで勝負をすることで、別の用途の商品を開発することに成功した工房も少なくない。

 そうした用途はおおまかに二つあった。

 一つは回転軸に機器を取り付けることで動力を取り出すという用途。

 極めて簡素で横転しても大人一人で起こすことができる構造の軽機関車は、重量の上でも扱いやすく比較的簡単に機関本体を車体から取り外すことができ、その際に冷却系や変速機発電機といった補機類を一体にしたまま取り外せる。

 過去に多くの機械で面倒を起こしていた接軸機構も無段変速機に一体となっていることから実用上はかなりの部分を端折れるものだったが、機構がなにをやっているのか動作の内実を求めれば相応に準備の必要な構造をしていた。

 機関を直接工作機械の動力にしたり、軸を取り出していくらかの経路で使ったりということをストーン商会の配下の工房は早くから研究していて生産が安定しだすや、水車や風車より遥かに小型で強力な回転動力として使っていた。

 機関の軸から様々に取り出しの工夫をおこなってやると、人力や風車水力に頼るのがバカバカしくなるほどの力をいつでも発揮した。

 もう一つこれはストーン商会ではあまり重視していなかったが、電灯の電源としての機能だった。



 工房の灯りは作業に大いに影響するものだったが、高く大きな窓や贅沢にガラスを使って天窓を設けても十分な灯りを確保することは難しかった。

 機関車も安いものではなかったが、天窓に使えるほどの丈夫な透明の大きなガラスとなるとよほどの工房でも尻込みする値段になった。

 直売で三百万タレル或いはどこかで譲ってもらって五百万タレル、という軽機関車の価格はならず者と変わらない早馬の騎手に預ける玩具としては目が飛び出るほどの金額だったが、天窓のガラスの時価という言葉は高いとか安いとかいう以前に、時を逃せば職人頭や工房主が生きている間に手に入らないかもしれない、という脅しを含んでいた。

 そういうわけでデカートの工房は日が昇ったり落ちたりする度に天窓に帆布を掛け下ろし、嵐の度に戸板を張っているわけだが、ちょっと工房が軌道に乗り設備が揃い始めるとすぐに影が増え、仕事の出来が怪しくなる。新しい工房のかかる麻疹のようなもので、製品を切り替えてしばらくはそういったことが起こるものだった。

 設備や工具を増やせばその分影が増え、その手暗がりの影を消すためにランタンやカーバイドランプで対応していたが、忙しい工房では火の扱いはどういう風に気を使っても常に面倒で明るさも足りなかった。

 多くは職人の慣れや技量の問題と見なしていたが、軽機関車を複製しようとした幾つかの工房が様々な事由で失敗し諦める中で、照明の問題が全く別の展開を見せた。



 圧縮熱機関は電源電池を必要としていなかったが、馬百頭分もの力を出す機関の初動をソラとユエが腕力で賄うのはやや無理があったので、電池を動力として発電機を電動機として駆動させることで機関の初動をおこなっていた。そしてその発電機を機関の点火駆動後は電源として電灯に回していた。

 変速機の解体と組立に失敗して、軸が繋がらなくなった機関の一部がそれでも機関として生きていることがあった。そういう機関を発電機として転売して多少の損を埋める稼ぎを作ったわけだが、それが実用として当たった。

 軽機関車の電灯が注目され、それが電池や車体を経由して電灯の金具につながっていることの意味を理解されるや、圧縮熱機関は工房を昼夜なく日差しにかかわらず手元を照らす機械へと変わった。

 明るい時間が増えることは作業の自由度を大いに上げ、工房の作業を大いにはかどらせていった。

 真夜中に馬よりも早く街道を抜け、撃ち合いを出来るようにする灯りは、薄暗いのが当たり前の工房の職人にはまぶしすぎると当初評判は悪かったが、明るくなってみればなぜ今までこれでよいとしていたのか、というような手抜き手抜かりや間尺に合わない手順や作業が次々と表に見えるようになっていった。

 折り合いのつく工房もあり、つかない工房もあり、導入そのものは一様というわけではなかったが、電池式の電灯についてはいくつかの商会を通じてデカート市内にはそれなりに流通していて、不都合があるにしても電灯の威力については認めざるを得なかった。

 特に厨房や療院といった氷を頻繁に使うところでは、すでに製氷庫が電灯を使っていることから、照明に利用したいという意向はあった。

 しかしあまりに大掛かりな装置のように思えたので、これまであまり本気で口にだすことはなかった。

 だがこの一二年で機関車がそれなりの台数、町中を通過しているのを見かけると、手に入れられないものではないと考え、実際に軽機関車の分解をおこなった工房が、灯りを設置する商売を始めると金回りの潤沢な高級店を自認する店が競うように電灯を導入するようになった。



 ストーン商会では自社の蒸気圧機関についての問題点とすみ分けを考えていて金槌や押切のような上下動で決着する装置については蒸気圧機関、安定した軸回転を必要とする物はローゼンヘン工業の圧縮熱機関に任せようと考えていた。

 棲み分けの差配がうまくゆくかいかないかは、ローゼンヘン工業の内燃機関の生産量と販売価格に大きく左右されることは、話のはじめからわかっていることであった。

 単純な性能での力比べをするならトラと仔ヤギほどの闘いになることは、機関車の分解と再組立が思うように進まないことでわかっていた。

 圧縮熱機関の構造の確認と複製作業は、まずは工具を作り揃えるところで丸二年、分解と型取り計測を行うことで丸一年が既にかかっている。分解する過程で新しい工具が必要になり、思わぬ部品が傷つき割れる。そうやって調査のためだけに高価な機械が壊されていた。

 今のところローゼンヘン工業にはストーン商会の配下でおこなわれているリバースエンジニアリングの事実は伏せていた。

 たとえそれが想定された公然の秘密であっても、直接の取引のある工房の製品を配下の工房で探らせ同じものを作ろうとするなぞ、仁義以前の問題だった。

 ましてやその秘密を教えてほしいなぞ、正気の沙汰とも思えない。

 いずれ機械の整備や故障の対応で内情を明かされるだろう時が来るのは間違いないが、それは今この時ではなかった。

 機関車の面倒をみるにはデカートのどこの工房も未熟に過ぎたし、学ぶにはあまりに時間が短すぎる。

 四年という期間は生まれたての子供が文句を言い出すようになるには十分だが、一人で何かの仕事をするにはまだ早すぎる。

 とはいえ、ストーン商会も悠長にいつまでも構えているわけにもいかなかった。

 軍に機関車を販売したことは機関車の営業に弾みをつけ大いに儲けていたが、そのせいでストーン商会の蒸気圧機関が、如何にも間に合わせであることをも知らしめることにもなった。安物という嫌味ももちろんある。

 しかしそのことは必ずしも商機を失ったということを意味しなかった。

 ちょっとした作業で使うにはローゼンヘン工業製の機関は十分というよりは危険過ぎる出力を持っていたし、すでに起きている幾つかの工房の事故では、力不足よりも力の出しすぎで機械が壊れ、怪我人を出している。

 デカートの工房の工作精度が追いついていないために、圧縮熱機関用と称する工作機械の筐体や躯体が異常振動を起こして、ネジが飛ぶくらいならマシという事故を起こしていた。

 今となってはだいぶ減ったが、ローゼンヘン館でも素材や工具が揃うまではしばしば起こっていた種類の事故で、対策としては燃焼出力は固定して軸出力で慎重に扱うということだが、そうしていても森の中なり荒野なりならともかく家々が立ち並ぶ土地では少々厄介な種類の事件になることもあった。

 しばしばの折りに触れゲリエ卿にデカートに工房を作ることを求め、毎度丁寧に拒絶されていたストーン商会が納得するくらいに頻繁に、他人事でよかったと思える事故がデカートのそこかしこで起きていた。

 ストーン商会にとっては今は試練の時期だった。

 模造というにとどまらない投資努力を彼らは機械製造に対しておこなっていたが、今のところ先行者に対して単なる投資上の遅れという以上のものを大きく意識せざるを得ない状況だった。

 しかし無事の解体も交換部品の自作も成果は上がっていなかったが、ともかく工具の幾らかは揃い始めていたし、工房の職人が学会論文をつなぎ合わせて各部機構がなにを狙っているかという断片を読み取ることが出来るようにはなり始めていた。

 差動器や発電機の取り外しや冷却系の配置変更などの機関の流用のための工作技術も、ストーン商会の工房ではかなり上がっていて客の機関車を無為に傷つけるようなことはなくなっていた。

 蒸気圧機関でさえ初期のものに比べて工賃は抑えられ性能が上がっている。

 要所技術や工具がひと通り揃い始めたことで不満もあり問題もあるが、機関機械をともかくも使えるということでは、客からの不良品の苦情に対して、単なる使い方の誤りか本当に壊れたのかどこが壊れたのか、という程度の診断と整備ができるようになっていた。

 ストーン商会は機械化という文明の波が、面倒くさがりや面白がりという好事家の贅沢品だけに収まらなくなり始めたことを、実利のある商売や投資として捉え始めていた。

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