ローゼンヘン館 共和国協定千四百四十五年大雪

 百二十五人いた亜人の女たちは十五人が兵隊になった。

 帝国に一泡吹かせるということであればと勇んで征った彼女たちと違って、残りの女たちは軍隊というもの一般がひどく怖い嫌いなものであるということで、ある意味でマジンもその意見には同意できるものだった。

 彼女たちの多くは一族郎党皆殺しの惨劇にあい、自らも売られた者たちで軍隊が好きであろうはずもない。

 命冥加と思えばこそ、出て行った者たちもマジンももちろん残った彼女たちも別段に誰を責めるということもなく、去る者は去り残る者は残った。

 むしろちゃんと残ってくれないとマジンとしては子供の世話や様々で困ってしまうところもある。

 水は下に流れ、人は楽を好む、という言葉のとおり、一旦数百という家人が館の世話をしてくれるようになると、今度はどうやってこの広い館で子供たちと五人、場合によっては二人だけで過ごしていたのか、マジンには今や全く想像もつかない程だった。

 女たちは特段素晴らしい働き者というわけではないはずなのだが、かといって目立って怠惰というものでもなく、つまりは器量がよく体格や体力に優れた普通の女たちであったから、ヴィンゼから月雇いで僅かに住み込んでくれている者たちが仕事がなくなるんじゃないか、と心配する様子でもあったが、実際としては広い館のことでそこそこに仕事は次から次へと出てくるものでもあったし、女たちの殆どは野良仕事にはあまり慣れていない者たちが多かったので、農夫上がりや独立農を目指すような者たちの助けは大いに必要だった。

 鉄道や自動車というものがまだ十分ではない共和国一般では、結局は家畜の重要性は全く変わらず、いっときは三十まで減らした馬もまた二百を超え馬舎を増やすかという話もあるほどだった。エンヤとメイヤの子供たちが孫を産み、早いものはそろそろ曾孫の準備というところで流石に二頭とも野山を疾走するという歳ではなくなっているが、戯れに孫たちに混じってローゼンヘン館の庭先の牧場を走ることはある。いまも雪の中を若い馬たちと一緒に白い息を吐きながら走っていた。

 そういう風景を眺めていると、出征しなかった亜人の女がやってきた。

 ロイカという名の耳の大きなブルネットと云うには砂色の体毛と肌をした長い尻尾の女だ。

「エンヤとメイヤってかっこいいよね」

「まぁうちで一番古株だしな。子供も一杯産んでくれた。まぁ流石に賞金首追っかけるのには使えないが、いい子だよ」

「馬は良いなぁ。あちこちに相手がいてさ」

「まぁ人間と一緒に移動してきたからな。犬猫牛馬豚羊やぎ鶏くらいまではどこにでもいるだろ。呼んでもないのについてくるネズミやダニノミシラミゴキブリみたいな連中もいるけどな」

 一気に唱えるように云うとロイカは驚いたように目を丸くして、笑った。

「あたしも相手がいればいいけどなぁ。

 ウチラの一族軍隊に皆殺しになっちゃってさ。子供生ませてやるって、あの穴蔵に押し込まれてたんだけど、ちっとも出来なくてさ。あんなとこツルツルの丸耳の白っちい連中ばっかで全然良いオスは来なくてさ。ここは扱いは良くてみんな優しくて暖かくて綺麗でさ。いいとこだけど良いオスはやっぱりいなくてさ。御手様はイイヒトだけどやっぱり丸耳でつるつるでさ。上のお姫様があたしらとおんなじかっこいい感じの方なのはこの間知って驚いたけど、オスじゃないしさ。軍隊いったら良い雄がいるかもしれないよって云ってマールは出てったけど、あたしは軍隊はちょっとイヤ。せんそーでてーこくにひとあわふかせんだって云うのはわかるけど、あんなん一泡吹かせっていったら一杯ヒトが死ぬんでしょ。どうしたらいいんだろ。

 御手様どう思う」

 ロイカは子供を生まなかった女の一人でもあった。

「どうしたら良いんだろうなぁ。イイ雄かぁ。つがいはともかく出会いがないのが寂しいなぁ。といって、むやみに旅をしてもすれ違うばかりだしな。といって皆殺しにあった現場に頑張って張り付いてても誰かが来るとも限らないしな」

「別につがいの相手じゃなくて良いんだ。御手様みたいにタネくれるだけでいいの」

「まぁタネだけなら、やるのは良いが」

「御手様は丸耳じゃん。それにあんな雌ばっかいっぱいいるのに毎日できないじゃん」

「毎日やらんとダメなものか」

「タダビトのタネは弱いから毎日やらないとダメだってマールは言ってた。御手様も毎日やってるけど、全然できんじゃん」

 彼女らの多くは身の振り方が定まるまで子供を作らない約束で子供を産んだあとに子宮に避妊具を入れていた。

 入れていないものは二人目の子供が生まれたら館を出てゆく約束になっている。

 兵隊に出て行った者たちはそういうつもりの女たちでもあった。

 正直、館に何千も赤ん坊をおいておくのは賑やかに過ぎたし、ひと目は気にしないが子供たちの目は気になる。個人の感想として千を超える人間をいちどきにきちんと面倒を見ることは難しい。

「ボクはもう子供が十分にいるからな。欲しくなったらみんなに頑張ってもらうよ」

「オスはずるい。メスがいっぱいいればいちどきに子供が作れる。雌は一杯オスがいてもいっぺんに産める子供なんて二人か三人だ」

「普通はそんなことはしないし、望まないよ。子供は二三人もいれば十分だ。欲張っても十人いればゲップが出る」

「御手様はもう子供要らないの」

「いらないっていうか、いても手が回らないから、可愛がる余裕も喜ぶ暇もないな。別に多少は増えてもいいけど、女がこれだけいると良いよとなったら一杯増えちゃうだろ。それは困る。十人やそこらなら子供も女もぶら下げられるけど、それを超えるのは難しいな」

「そうかなぁ。雌の立場からすれば自分の子供は一杯欲しいけど」

「まぁ離れの子供たちはボクのタネってわけじゃないだろうけどな」

「それも不思議なんだけど、御手様それで平気なの」

「もともとどうでも良かったことだし、家が広くて助かった、ってところだろう。女と一緒にその子供を拾ってきたって思えば、そこは仕方ないと思うよ。まさかあの城に捨ててくるわけにもゆかんだろうさ。そう思ったからついてきたんだろ」

「それは、そうかもだし、でもついてこなかったら殺されてたもん。絶対」

「助けたのに殺されてちゃ、残念だろ」

「でも、御手様はヴィオラ様とミンス様だけ助けるつもりだったんだろ」

「まぁそうなんだが、別にふたり助けるも十人助けるも一緒だと思ってた。まさかあんなに大きな地下牢を持つ本格的な城塞だとは思っていなかったんだ。だから小舟もあんなにいっぱいあってたすかったが、みんな黙ってついてきたしな。うちに来るのがイヤだったら海に出る前でもその後でもいくらでも逃げられたんだ。あのオーベンタージュのなんとか様以外はな」

「いっぱいいる子供たちの中にはオーベンタージュのタネが混じってるかもしんないよ。そうじゃなくてもあの城の兵隊のタネだろうし」

「まぁ、どうでも良いんだ。正直云えば。子供のことも女のことも、それぞれ仲良く楽しくやってくれていればね。城の兵隊を殺したのも、セントーラとミンスを探すのに邪魔しそうだったからああしたけど、もっとするっと上手くやれる方法が思いつけば、あんな風にはしないでも済んだ。でもノイジドーラの友達だか手下だかも捕まっていたから、結局ああするしかなかったろうなぁ。見分けはつかないし。百人殺そうが千人殺そうがそこは良いんだけど、助けに行くつもりの相手を殺しちゃうんじゃ、面白くはないしね」

「なんかそうかなぁ、って思っていたけど、はっきり言われるとがっかり」

 ロイカは少し残念そうに牧場の柵の雪を払いのけながら言った。

「どう言って欲しかったんだ」

「よくわかんないけどさ。もっとなんか、かっこいい感じだといいなって思ってた。せっかくなんかちょっとすごい強い人に助けてもらったんだしさ」

 ロイカもどう言って欲しかったのかわかっている様子ではなかったが、不満があることだけは告げた。

「助かったって感じはあるんだな」

「食事よくなったもん。外も歩けるしさ。これでいいオスがいて子供ができれば、最高だったんだけどね」

「どうしても子供がほしいってなら、タネはやるけどさ」

「欲しい。どうぞ。頂戴」

 ロイカはあっけらかんと尻をめくってつきだした。

 マジンがあたりを見回してロイカの尻をむき出しにすると、流石に寒さに驚いたようにロイカは身震いしたが柵に身を預け軽く股を開いた。

 どうぞ、とロイカは言ったが、流石に陰唇は閉じたままだった。

 それでも軽く開かせてつながってやるとロイカも割とその気だったらしい楽しげな反応を見せ、寒い中、白い息を弾ませ楽しんだ。

「御手様、誰かが探してる。呼ばれてるよ」

 耳であたりを気にしていたロイカはそう言うと、伸びをするとまだ固い腹の中の竿を抜き尻をしまうと、余韻もそこそこにしっぽで機嫌よく手を振りながら去っていった。

 ロイカの言った通り母屋に戻ると、ロゼッタが帰ってきていた。

「ご主人様、なんですか。アレ」

「アレって、なんだ」

「コレですよ。なんですか、事務局長って。あたしこんなの出来ませんよ。しかもなんか他ほとんど偉い人ばっかりじゃないですか。なんだかユーリの名前が入ってて場違いなくらいですよ」

 ロゼッタがカバンから封筒を取り出して叩きつけるようにして示したのはエンドア樹海を枝葉に茂らせた大樹を模した紋章とするエンドア開拓事業団の封筒だった。

「ああ。これか。しかし応接室じゃこの話はできないな。上にゆこう。……しかし、なんだって応接室なんかに通されたんだ、お前」

「知りませんよ。ご主人様があんっまりたくさん人雇うから、私の顔を知らない人が増えすぎたんじゃないですか」

「ン、まぁ、そういうことなんだろうな。古い奴じゃないと流石に見分けつかないだろうし。車じゃなかったのか」

「この雪ですからね。町中はともかく、郊外じゃ雪が積もってて休憩もできませんよ。鉄道です。二等四席抑えて個室で足を伸ばしてきましたよ。もぉぅダラーッと。学校とお役所と会社と、その上に事務局長とかありえないと思いますよ。エンドアなんとかってことは、例の上手くいっていない、帝国の人使った伐採作業ですよね。なんか木を倒した脇から芽やら蔓やらが出てきちゃって、十日も立たないうちにむこうが見えないような野原になるって、なんか二十万人受け入れるとかそんな話になっていますよ」

 ロゼッタは久しぶりに屋敷に帰ってきた開放感からか、やたらと声を高くして中庭に通じる回廊の脇のエレベーターに向かうマジンの背中に声をかけていた。

「随分大荷物だな。宿題か」

「会社の勉強会の宿題です。アレもちょっとどうにかなりませんか。なんかだんだんあたしが講師やってる時間が長くなってるみたいでけっこう大変なんですけど」

「砕けててわかりやすいってみんな言ってる。なんでうるさい客をぶん殴っちゃいけないか、って話とか、どういう局面ならぶん殴っていいのかとか、そういう話は考えないではないんだが基準が欲しかったから助かっている。よくやってくれていると思う。頑張ってくれ」

 マジンがエレベーターのスイッチを押して振り返ってそう言うとロゼッタは存外素直に、はい、と笑顔を返したあとに口をへの字に曲げた。

「むう。でもやっぱりアレはなんか、良くない」

「どうした。なんかあったのか」

「なんか、ってセントーラですよっ。そら、ご主人様の女がお仕着せ着せられて働かされるのなんて、セラム様とかファラ様とか、まぁよくあることですよ。なんていうか、あのお二人はすっぽ抜けって感じじゃないですけど、たまにいろいろやらかして、ちゃんとセントーラが支えてたじゃないですか。セントーラはそら色々やって忙しいのはわかってますけど、家宰ですよ。この家の摂政ですよ。そしたらフッつうは、客が誰が来たか、聞いてるに決まってるじゃないですか。あたしが帰ってきたってのに、お客とおんなじように応対させて、ぼんやりご主人様に引き合わせるために待たせるなんてありえないでしょ。そんな対応するって、つまり、家ン中で起こってること無視してよそ見仕事をしているか、あたしんことすっかり忘れて放ったらかしにしてるか、どっちかじゃないですか。どっちにしても、文句言ってやらないと気がすみません」

 チン、と音がなってエレベーターがやってきた。

「――大体ですね。セントーラここんとこ忙しいったって、いくらなんでもあたしに説明しないまま仕事振りすぎです。ってか、会社の中のことなんか知るわけないじゃないですか、あたしが。それなのになんかわけのわかんない話で役所の中の人と引き合わせるだの、そんなの受付いって聞けってもんですよ。あたしだって最初はそうやってたんだから。そらあたしは、ご主人様の召使ってか外向きのお仕事の執事ではありますけどさ、会社は会社で人がいるんだから、あたしにいちいち教えを請うなんてしないでちゃんとした人を雇えばいいんですよ。弁護士のなりそこないだって世の中にはいくらでもいて、ちゃんとそういう人だってそれなりに仕事はするんですから。それになんか、人の顔見て胸見ておしり見てから、会社と関係ないことまで相談に来る人も増えているんですけど」

 よほど言いたいことが溜まっていたらしく、ロゼッタは延々とエレベータのゴンドラの中でも文句を言っていた。

 実態としてロゼッタの素案した就業規則方針と防犯保全方針は、それまで全くなにもなくドガジャガというよりも、制服を着ていれば業務中というローゼンヘン工業の就業感覚を完全に覆すもので、業務責任と日常責任の線引をおこなうことを主眼とした、いわば個人の倫理と社内の規則の区分わけのようなことをおこなっていた。

 ローゼンヘン工業という会社の性質上、私人と公人の区別が限りなく曖昧な中で、淑女というよりはアバズレと呼ばれる生まれ育ちだったロゼッタが、少女と呼ぶには雑巾臭い格好をした女童という姿のまま庁舎に上がり猫の子のようにつまみ出されたり、おっかなびっくり仕立屋の扉をくぐってそれまで着ていた一張羅を危うく捨てられそうになったりという中で身に着けていった処世術と、マジンから言いつけられたとおりに日記と帳簿を書きつけ続けていた結果が一つの結実をしたものだった。

 一言でまとめてしまえば、ヒトを見かけで判断するといらぬ恨みを買う、というだけの内容で、そうあらぬための様々、それでも必要な様々についての一々を連ねたものだった。

 それは二度目の業務整理によってほぼ完成した比較的新しいものだったが、延々とそれまで会社とは関係ないはずのロゼッタがいちいちと付き合わされていた、無様でマヌケなそして極めて悪質なものを一覧としたものでもある。

 身を粉にした幼い恥をそのままに焼きあげて見せたロゼッタの素直さは、メラス参事の大いに愛おしむところでもあって、それを無為に投げ捨てないゲリエ卿とローゼンヘン工業の実力は、ロゼッタを全くの生まれながらの淑女であるかのようになさしめていていた。

 それでもなお、と云うべきか、そうなればこそローゼンヘン工業は専門家としてのロゼッタの知見と人脈を求めるようになっていて、ローゼンヘン館のゲリエ家の執事職を超えた個人としてのロゼッタの実力を求めるようにもなっていた。

 人伝に政庁絡みの厄介事の専門家としてロゼッタを訪ねてくる者たちは、多くの者が思い描くような女丈夫、肩幅のある胸と腰の大きなセントーラやオーダルみたいな感じか、細くても厚みのある樫の若木のようなリザやセラムのような、或いは意味もなく燃え盛る炎のようなマリールのような人物を想像していた者たちは、なんというか健康そうな育ちに見える自分の息子の嫁さんにいればいい美人さん、あまりに普通のお嬢さんにしか思えないロゼッタを見て、果たして自分の抱えている問題に立ち向かえるのだろうかとロゼッタの風貌に不安に感じる様子だった。

 ロゼッタにとっては自分の風貌というものは殆ど恐怖を感じるほどのトラウマでもあって、人の目に灼かれないために様々に努力をしていたから、ますますに棘のない美人になっていた。そういう彼女にとってローゼンヘン館はひどく気安い場所でもあった。

「すまんなぁ。学校行かせてのんびりさせてやろうかと思ったら、妙な論文書かせるはめになったり。お前とグルコにはホント気の毒な程に助けられているよ。実際あの論文のおかげで会社の方は警備部がだいぶ動きやすくなっている。ま、くっだらない騒ぎは人のいるところでは避けようもないんだが、まぁアレだ。うちの会社の構内で警邏の連中が好き勝手することはなくなったし、うちの会社騙って好き放題やる奴もだいぶ減った」

 マジンがそう言って頭をなでてやるとロゼッタは口の中でモニョモニョと言っておとなしくなってしまった。

「私、見た目そんな頼りないですかね。前にユーリにも言われたんですけど」

 かなり気にしているらしくロゼッタはエレベータを降りてからも廊下で尋ねた。

「ボクが頼りにしているんだからいいじゃないか。ボクが頼りにしている女性は割と少ない。正直を云えばお前とセントーラがいなくなるとボクはかなり困るし、会社は立ちゆかなくなる。お前がこんなんやってやんねぇって云うなら事務局長も変えるよ」

「そんなんじゃないですけど、偉い人って若い人や女が上に立つの嫌がるじゃないですか。役職なしじゃ三重苦ですよ。舐められませんか」

 歩く速さに合わせて響く足音に負けない声でロゼッタが尋ねた。

「事務局長ってのは事実上の社長だ。理事ってのは議会みたいなもので立法府だと思えば、事務局長は元首、行政府だな。今回は基本的にお手盛りだからお前の仕事は変だなぁと思ったら理事長であるボクに通告すること、また予算措置を求め実施する手筈を考えてくれるとボクは手間がかからない。事実上ボクの組織だからボクの裁量で動くが、まぁ理事も人間だからなにを言い出すかはわからない。ボクとメラス判事は最低限お前の味方だ。ユーリ嬢はまぁこう云ってはなんだが、マスコットというかお前のための避雷針だな。本当はリザとかセラムとかがいいんだが、連中は戦争の真っ最中だからそうもゆかない。あとは風見鶏というか日時計のような感じで多分多少動くだろ」

 ロゼッタは少し状況が飲み込めた様子で表情を引き締めた。

「その。……デンジュウル大議員によって乗っ取られるとかそういう可能性は」

 簡単に思いつく、一番手近な危機についてロゼッタは尋ねた。

「もちろんある。だから非常装置も必要になる。そのためにもお前が必要なんだ」

 そう言って執務室に入ると、すでに数名がそこにいた。

 学志館にかよっているはずのクァルもいた。

「あなた、学校じゃなかったの」

「お屋敷の御用ということで昨日の晩にお母様に呼ばれてました」

 ロゼッタが問うとクァルはサラリと答えた。

「ご主人様。どういうことですか」

「どういうっていうか、お前が今日来るとは思ってなかったんだ。準備や順番もあるしな。それにいまやっているのはもうあらかた事前に決めていたことの確認とその準備だ。で、その先のために必要な人間にセントーラから説明をしてもらってたんだ」

 マジンがロゼッタにそう説明した。

「遅かったわね。ロゼッタ。怒鳴りこんでくるかと思ってた」

「セントーラが年でボケて私の事忘れてるんだと思って応接室でシクシク泣いてたわよ。それでなに。私に聞かせたくない話だったの、ひょっとして」

 ロゼッタがセントーラの態度に腹を立てた様子で尋ねた。

「ひょっとしたらそうなっちゃうかなぁ、と思ってたんだけど、残念。問題ないわ。みんなあなたの下につくことを了承した。ここにいるそっち側の人たち、みんなあなたの部下よ。ご主人様もお許しがあればそうなる」

「ま、話の流れによっては立場はそうなるな。だが、とりあえずボクは座らせてもらう。皆も座ってくれ――セントーラ説明してやれ」

 セントーラの言葉に面倒になる前にマジンは机の向こうの席についた。

「ロゼッタ、あなたがエンドア開拓事業団の事務局長職に就くにあたって部下を準備しました。もちろんこの後もたくさん増やしてゆくんだけど、とりあえず、これは開拓事業団とは別に、ゲリエ家の執事としてのあなたにつけます。

 まずボーリトン。彼をあなたの運転手にします。それからケヴェビッチは覚えているわね。彼をあなたの警護役にします」

「警護役ってそんな」

「っへへっ。まぁさかあのしおれた人参みたいなホっせえチビ助がこんな良家のお嬢様になっているとは思わなかった」

「メサ。癖になるからそういうのはやめときなさい。……まぁ話は最後まで聞きなさいな。そのために怒鳴り込みに来たんでしょ。ベーンツを地理関係の技術顧問に置きます。設備関係でエイザー。法律と会計も必要かもだけど、とりあえずそれは自分でできるでしょ。アレだったら自分で決めていいわよ。予算も確保してあります。

 それから、会社まわりの秘書としてマレリウヌとゴシュルをつけます。この後、拠点が増えてくるから二人じゃ足りなくなるかもしれないけど、その時は増やします」

「ちょっと待って。会社まわりってセントーラがいるじゃないの」

 話の腰を折らないと気がすまないことを聞いたとロゼッタが割りこむように問いただす。

「まぁそうなんだけど、私ここから離れたくないし。そうなると誰か信用できる人物が必要でしょ」

「パティとかジロとかデナとか色々いるじゃない」

 ロゼッタは不貞腐れたようにセントーラが使っている秘書の名前を上げた。

「そりゃ、三人にも会社には行ってもらうけど、むこうにとっちゃアナタが出向くっていうところが重要なの。アナタ、会社の中じゃ、社主代行ってことになっているのよ。非公式だけど」

 聞き捨てならない内容にロゼッタが目をむく。

「それはセントーラじゃないの」

「私は社主秘書室筆頭秘書ってところね。だから重要だったりくっだらなかったりする会議のあちこち乗り込ませているんじゃないの。順当なのは社主なんかいらないのよ」

 ロゼッタは自分の参加させられていた会議の様子を思い出してみる。

「それで時々一番奥に座らされてるの?アタシ」

 そういうときロゼッタは、概ね無表情のまま目だけが動く置物のような緊張した状態になっていた。

「何だ、まだ気がついていなかったのか」

 マジンの言葉にロゼッタは頷いて尋ねた。

「だって、単に意見を求められているだけだと思ったから、会議の邪魔にならないように机の外に席準備してもらったりしてたのに。それでなんか話が終わるたんびにみんながコッチ向いてたのかぁ。……いつからなんですか。それ」

「ボクが直接会議に出なくなってからかな。去年のお前の論文発表の時には社内的にはもう決まってたな。まぁ、決算というよりは稟議の結果報告みたいな感じで面倒なのはなかったろ」

「変なのはいくつかあって、そう言ったら差し戻しになっちゃったのはいくつかありましたけど」

「聞いてる。悪くないと思ってる。予算とか納期とかちょっと大変なのもあったけど、良いんじゃないか。社主代行としては全体を見る必要もある。部分最適は押し付けるもんじゃない」

「そうじゃなくて」

「実に助かってるんだ。

 経理とか製造は割と数字がはっきりしているから、定量的な結果はわかりやすいんだが、それが定性的に正しい方向にまとまっているかは、実は判定しにくいんだ。利益だけに目が向くが社会との折り合いがあるからね。ま、そういう中で哲学の学位を持っているお前が法律を睨んだ上で社内の方針を定めてくれることは、あやふやな倫理や習慣的な常識よりもよほどはっきりした基準になる。

 ま、権威ってやつで哲学的には問題もあるのだろうが、実社会は結局は実利と工学に限界を縛られるからな。人格を持たない法人組織を縛るものは規則と権威に頼るしかない。そういう意味じゃ、お前はうってつけの社主代行なんだよ。規則なんて今のうちの会社の状況じゃ、あっという間に形骸化するし、権威っつうてもボクじゃ出て行ってみんなを薙ぎ払ってオシマイになっちゃうだろ。お前なら連中自身で考えさせられる。そういうことさ。

 本当に実に助かっているんだ」

 マジンがなにを言っているかの想像がつくロゼッタはムニュムニュと口の中で唸って黙った。

「すげぇ、本当に社長やってたのか。ロザ、お前」

「アタシだって知らなかったわよ。ああ、もう」

 ケヴェビッチが茶化すように言うのにロゼッタが泣き言を言った。

「メサ。ついさっきから彼女はアナタの上役よ。そういう態度はやめなさい。ロゼッタももうアナタは事務局長なの。本当に嫌なら緊急理事会を開いてあげていいけど、それまではアナタが事務局長。良いわね」

「いまのはどっちの立場の発言」

 セントーラの言葉にロゼッタが口をとがらせて改める。

「ゲリエ家の家宰としての発言です。でも社主の秘書としても同じ。更迭されるまでは社主を引き摺ってでも補佐するのが秘書の仕事です」

 しばらくロゼッタは口をとがらせていたが、不満顔の力を抜いた。

「……いいわ。わかった。あとは」

「クァルとパミルとをデカート市内の小間使いとして使って。クァルは事実上の執事見習い。公証も預けていいわ。パミルは電話番や言伝ぐらいはできると思うけどその辺はクァルと一組くらいに考えていて。どのみち長い話だから扱いは任せます。

 それから、ハイこれ。台帳。デカートでの拠点は春風荘だし春風荘の管理はこれまでどおりマイラに一任していいけど、部下やアナタの移動がこれから増えるから、その経費予算だと思っておいて。基本的には各会社の経理課で台帳とアナタの社章を持ってゆけば、現金に変えられるようにしておきます。顔パスになるくらい通うことになると思うけど、その辺は哲学的な境界を踏み越えないように」

「哲学には定義はあっても境界はないわよ。境界ができたら哲学は用済みなの」

 セントーラの言葉にロゼッタが言い返す。

「あらそ」

「科学哲学工学は数学を言葉として定義と境界を絆とする迷信野蛮魔法と戦う兄弟であるって作法院でもやってたじゃない。あそこは数学ってかなんか変な記号とかばっかり扱ってたけど、割とちゃんとしたことを教わってたらしいって最近わかってきた」

「戻してあげましょうか」

「ヤダよ」

 作法院のあるヴジャーヌクは海街道から少し入ったところで特になにがあるというわけでもないのだが、マズバンの港は森の裂け目に広がっていてそこそこに規模の大きな穀倉でもある。

「話を戻せ」

「申し訳ありません。ご主人様。ロゼッタ。ともかくアナタはこれからここにいる者たちを使って、アナタの仕事をしてもらいます」

「それはわかった。でもなんでケヴェビッチがアタシの警護役なの。このエンドア開拓事業団ってそんなやばいものになる話だっけ」

 ロゼッタとセントーラに任せると時間がかかりそうなのでマジンが受けて説明する。

「事実上の捕虜収容所だからな。まぁ、警護役というのはあれだ、実際には捕虜収容所の外部監督責任者ということになる。施設設備専務の監査役だ。もちろんお前が統括責任者だから、お前自身が乗り込んでいってもいいが、普段はケヴェビッチに代行させておけ。日常的にはボーリトンに運転手と身の回りというか用心棒はやってもらう。流石にお前一人でふらふら歩かせるのはこのあとはちょっとばかり心配だ。エンドアの基地までは鉄道が伸びているしその後も順次伸びてゆく。まぁ、そういう事業なんだが、建前上はエンドアの何処かに事務局を構えることになる。それが捕虜収容所の入り口だ。実態としてすでにある収容所管理棟の建物の脇にエンドア開拓事業団の事務局を作ることになる。これまではローゼンヘン工業の事業所だったが、その内側に捕虜収容所を作ることになる」

「地獄の門の入り口脇ってことですな」

 ケヴェビッチが察して言った。

「捕虜収容所としての性質として大方の話としてはそうだ。だが実際には事業としての性質もあるから、門の中が地獄の有様にならないように管理することが、エンドア開拓事業団の仕事になる。すでにボクが実施させているローゼンヘン工業の鉄道部の事業を引き継ぐかたちで拡張してゆくが、エンドアはやはりかなり手強い。捕虜や事故だけじゃなく、土着的な病気とか獣とかも話題に加える必要がある。他にエンドアの探索を組織だっておこなった記録は共和国の歴史の中に存在しないから、思いもかけない資源や遺跡や財宝が眠っている可能性もある。これも管理する。理由はわかるかケヴェビッチ」

「そら、自分の地所のものは自分のものだってことでしょ」

 当たり前だと言わんばかりにケヴェビッチは言った。

「もちろんそうだと言いたいところだが、それでは半分だ。ロゼッタ」

「学術的な調査や研究とかですか」

「まぁそういうのもある。だが事業の上での実際のところは、なぜそれがそこに捨てられたのかがわからなければ危険がある。というのがボクの答えだ。故に例えば古代の廃墟を見つけたらそれは迂回しつつ範囲を把握して封鎖する。当面は調査隊を外からは受け付けない。戦争期間中は捕虜収容事業を優先して開拓そのものを主目的とはしない」

 マジンの言葉にケヴェビッチが面白そうな顔をする。

「そういう遺跡とかに捕虜ってか労務者ですか、そいつらが逃げこんだらどうすんですか」

「どうするのが良いと思う」

 尋ね返されケヴェビッチが困った顔をする。

「追っかけてとっ捕まえるとか、普通にあたりまえじゃないですか」

「迷路になっているかもしれない。罠があるかもしれない廃墟だぞ」

「逃がすんですかい」

 マジンの屁理屈じみた問いに驚いたようにケヴェビッチが言った。

「どうしようか。じゃぁ例えばそういう遺跡から脱柵した労務者が帰ってきたらどうするのがいいと思う」

「そら、捕まえて、現場に」

「病気を持ってたらどうする」

 再びのマジンの屁理屈にケヴェビッチが押し黙る。

「つまり、それを考えろってことですか」

 ロゼッタが確認するように言った。

「まぁそういうことだ。もちろんそうそうに面倒なことは起こらないと期待してはいるし、そういうつもりでもいるが、なにせ千年ほどか万年ほどか、ともかくまともに分かる範囲で人の手の入っていない土地だ。全くなにがあるかわからない。脱柵した者については原則として無視しても構わないし、帰ってくる者は余裕がない場合には獣や匪賊と同じと見做しても構わない。ただし、亜人の集落や生息域があるだろうことは確実だ。これは推測だが、確率論的にはお前らがいま呼吸をしているというのと同じくらい確実なことだ。僕らがやろうと考えることは、かつて誰かがやったことだ。そしてその誰かはこの何千年だかのうちに諦めた。そう思っておけ。一番乗りはごく身内の間だけのこととわきまえて事業に当たることだ。見知らぬ相手がいる場合、当然にそういう物事は理詰めだけでは行き詰まる。ケヴェビッチ、うまい具合に要領使ってロゼッタを助けてやれ」

 単に娘っ子のお守りを見ればよいだけではないことを理解したケヴェビッチが少し神妙な様子で頷いた。

「それで、アタシのテカは何人ぐらいでどういう動きをすればいいんで。今の感じだと最低アタシは地獄の門番の脇に住まわってロゼッタ嬢ちゃんがその事業の事業主として必要なように後先整えて立ちまわるってことのようですが」

 ケヴェビッチが自分の役回りと理解した様子で尋ねた。 

「これから森のなかにある二十万人が暮らすクソ田舎の雰囲気が荒んだ街ン中にケヴェビッチ署長が邏卒と巡察オマワリとして出掛ける。同日、建築の専門家エイザー先生と十名ほどの大工と測量の専門家ベーンツ先生と十数名ほどの技師とそれぞれの一行が同じ街を訪れることになった。何人必要だ。看守は別にいるものとする」

 マジンがケヴェビッチの問いに問い返す。

「自動車は」

「使えるところも使えないところもある。必要なら装甲車も出してやっていい」

 ケヴェビッチが少し考えるような顔になった。

「百人は最低。予備で四百。無線はできれば全員分。あと、医者を幾らか。多けりゃ多いほど楽だけど、まぁ十人か二十人か。ありゃいるってわかるだけでむこうの気分が随分変わる。こう名札とかたすきとかつけてやってほしい」

「なるほど。医者か。あとは」

「訓練は」

「まだだ。人選も任せる。基本的に警備部から引き抜いて構わない。それはアレならセントーラ、手伝ってやれ」

「装備は頼めば何でもで? 」

「まぁ理由をロゼッタがボクに説明できる範囲でな」

 ロゼッタがケヴェビッチに目を合わせた。

「それでアタシはそのなんとかいうところに住んだほうがいいんですかね」

 エイザーが尋ねるのにベーンツが不安そうな表情を浮かべる。

「いや、お前たちは常駐する必要はない。だが年に数回出向く必要はある。理由は現地の測量や設備の状況をロゼッタに分かるように伝えるためだ。一般に張り付く必要はないが、お前らの仕事の出来がロゼッタの信用に繋がる。ケヴェビッチの手を借りて中の新しいところくらいは撮影するくらいのサービスはして欲しい。それとは別に、事務局の建物は毎年お客が保養所のつもりでやってくる。ちょっと張り切った建物を建てようと思っている。その設計と施工をエイザーには頼みたい」

 エイザーは建物を好きに建てられるらしいことを聞いて口髭で興味を示した。

 マジンの言葉を聞いてケヴェビッチが思いついたように口を開く。

「サービスってことはないんですが、アタシのテカに女をまとまった数つけてください。……あ、いや。そういう意味じゃなくてですな。まぁアレですよ。この手のは女が混じっている方が割とうまくいったりするんですよ。ただ少なすぎると身内で揉めるんで半分もはいりませんが、三分の一くらい。医者の方も」

「いいだろう。――まぁそういうわけで、ロゼッタはこれからも忙しい。そういうつもりで事業を助けてやってほしい」

 正直なところを云えば医者を十人二十人引っ張ってくる、というのはローゼンヘン工業でもなかなかの大事ではあったが、事業を考えれば必要なところでもあった。

 まだ、組織自体は動き始めてはいないがエンドア開拓事業団の本部建物内部に併設する形でローゼンヘン工業の医療部門の研究所を立ち上げる予定でもあった。

「それで、事業としてはいつごろ始まるんですか」

「先行するかたちでデカートの捕虜労務者二万人の手によって、もう三万棟分の整地は終わっている。収容者数は二十万といったが、デカートでも十万別枠で入れるので、とりあえず三十万は決まっている。そこから先は予算次第ということになる。

 極めて公益性は高いが一方で売上の採算は殆ど見えない。かろうじて木材が膨大な量で確保できることで製紙製材に有利というだけだ。会社は連結的な利益採算を期待して投資をおこなうが、事業自体は膨大な赤字を垂れ流すことになるだろう。それはロゼッタは知っての通り、第四堰堤計画は実質的にそれ単独で債券分をほとんど丸呑みしてしまった。のみならずその資材設備の投資が債券とほぼ同じ額呑み込んだ。

 事実上、ボクが会社に手を振ってすぐに動かせるカネは、ボクの口座に入っている分と、この屋敷にある現金だけだ。

 別段それ自体は問題にしないでいい。カネの問題は時間の問題で回収できるものではある。

 屋敷にいる連中の生活がどうこうなることは考える必要はないくらいには金はある。

 だが、世間一般に云うほどに金があるわけではないし、債券を充てにしなければエンドアの事業が成立しないくらいには余裕がないし、先行きも見えない。

 鉄道によって巨大な設備拡張が徐々に利益を回転させ始めてはいるが、資金という意味では債権一期分の元本分にも達していない。カネがないという気は毛頭ないが、余裕が有ると云うには程遠い状態だ。償還期限はまだ五年あり、時間を見れば余裕が有るという言い方もできるが、鉄道の拡張も急いでいる今、実態としてはそれほどに余裕が有るわけでもない。全く不愉快なことに軍の自動車部隊の話がなければ本当に危ないところだったし、今回の事業の話がなければ社債償還に向けた繰越についてどう考えるかというところだったが、とりあえず利益回収への時間稼ぎはおこなえた。

 ロゼッタの事業運営方針の主眼は経費を可能なかぎり明確化透明化可視化して、捕虜の年間経費について中長期的な視野での計画を建てられる数字を早期に立てることにある。一方で戦争が早期集結する可能性も視野に入れた事業計画も考えること。

 これからの短期的な話題としては、大雑把な話として五万から十万棟ほどの建物と生活に必要な施設を準備する必要がある。およそ二万人の労務者を技能労務者、更に五万人ほどを一般労務者として四半期単位で編成する。幸いにしてエンドアは高温多湿の熱帯雨林気候だ。整地さえ十分なら暖房の心配はほとんどしないで良い。状況が好回転すれば三十万だろうが百万だろうが、そこはおなじになる。が、とりあえずの目標として三十万が収容できる基地を三ヶ月以内に建設すること」

 マジンの言葉が切れるのを待っていたかのようにロゼッタが口を開いた。

「事業の経理の写しはありますか」

「ある。だが、この一年二年のものはデカートの収容所のものと連結している。十分な参考にはしにくいはずだ」

「それでも結構です。会社の仕事や市内での仕事、それぞれがないときはここにいる人たちは私が好きに使っていいんですね」

「まぁそうなる」

「セントーラ、捕虜事業の経理の資料頂戴。どうせあるんでしょ」

「あるわ」

「じゃぁ、開いてる部屋で作業したい。どこでもいいなら並びの部屋がいいけど」

「どうぞ」

「じゃぁ、皆さん手伝ってください」

 ロゼッタは新たに部下になった者たちに、分厚い帳簿の綴を運ばせるとやれやれ終わったと部屋を出ようとする者たちを呼び止め、帳簿の整理を手伝わせ始めた。

 と云って作業自体はそれほどに難しいものではない。各人に担当の項目を抜き書いた大きな紙を見つけたページに挟ませるというだけだった。だけ、と言ってすでに十分膨大な数であるから、人手の必要な一人でやっていると集中が途切れやすい作業であった。

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