ローゼンヘン工業自動車部 共和国協定千四百四十四年春

 共和国軍から送り込まれてきた手先の細工物に自信のある工兵たちも、自動車はオルゴールや時計とはちょっとばかり違う種類の厄介さを持った機械であることがわかってきた。

 それは様々な部品の動きを次に繋いで目的に応じた働きをさせている、という点で仕掛け時計やオルゴール或いは自動人形といったゼンマイ仕掛けと似たような面もあったが、ゼンマイが蓄える力はゼンマイの大きさに委ねられているのに比して、自動車の心臓である内燃機関の出力は吹き込む燃料と空気の量によっている。そして実態としては空気の量が多いほど、出力は増す。

 内燃機関の理屈としては空気を押し込めることができれば、機関の大きさそのものはどうでも良い。もちろん世界には空気が溢れているから、理屈の上ではいくらでも、世界をも飲み込むばかりの出力の内燃機関が机の上におけることになる。理屈を引き伸ばした想像としてだが。

 物が燃えるときに新鮮な空気が必要であることは燃えさしを蓋の付いたツボに入れて消すことで分かるわけだが、ある一定以上燃料を吹き込んでも無駄になり、却って熱を奪うことになる。

 一方で内燃機関とはつまり炉のような作りをしていて、炉釜がむやみに炊きすぎると痛むように、出力を求めて空気を吹き込み温度を上げることは機械の寿命を縮める。

 その釣り合いの上に機械が成り立っているが、それはコップの中に馬を数十頭も押し込んだ魔法のような釣り合いでもあって、機械全体としては相応の危険がある。

 もちろん機構としては様々に制限がついてしまい、無限に空気を押し込むような事は出来ないわけだが、押し込められた空気が燃料の炎で熱せられ体積を増やすことで力を出す。

 一抱えほどの圧縮熱機関は四グレノルを超える重量物をやはり四グレノルの車体とともにデカートから軍都まで五日ほどで運び切るほどの速度と力を持っている。そしてそれは運転手を慮っての、ヒトに合わせての制限の上でだ。

 売り物であるからむやみな危険は困るし、数打ちであるから相応の作り値段の安さも必要になる。

 しかし一方で、ローゼンヘン工業の製品は可能な限りアリモノを使って高性能を叩き出すために、むやみと精度を上げていた。そのことがローゼンヘン工業以外の現場では極めて扱いを難しくしている。

 特にゲリエ卿が直に手がけた初期の製品はそういう傾向が強かった。

 そのことはローゼンヘン工業に勤めている現場職員が自分たちの使っているものの性質について通じてゆくに従って感じることで、それは社主への諦観にも似た尊敬を感じるとともに、言葉にすれば呆れ果てたという態度にしかならなかった。

 もちろん、既に現場で便利と苦労を味わっていた共和国軍の兵隊たちも似たような感想を抱いていた。

 そして、自動車は圧縮熱機関だけで機械として成り立っているわけではない。

 一事が万事、物理機構で出来上がっているわけだが、巨大な力をそう感じさせないままに扱うために、様々な仕掛けの調和が必要になる。

 それは必ずしも作り手が簡単な作り方というわけではなく、壊れてしまったときに直すことも簡単というわけではない。

 ともかく吐息の水気が指の脂が付いてはいけない手袋の埃もいけない機械という、ならどうやれというのだ、というその作業の手順からして学ぶ必要が有るほどに、ローゼンヘン工業の機械は市井のこれまでのものと違っていて、各地の鉄道基地に置かれている鉄道編成が収まる規模の真空無塵工房などはその最たるものであった。

 一旦なれてしまえば作業そのものはひどく簡便に進むことも特徴ではあったが、これを軍で扱うとなると少々大事にすぎるだろうと鉄道運営に係る研修に訪れていた将兵たちは、全く別の世界に転がり込んだ思いで懊悩していた。

 しかし、次第に機械の材料や手法などにある程度の幅が出てきたことで、扱いの融通についてはこれでも随分と楽になっている。

 特に石油の精製が軌道に乗ったことで、燃料油の規格が植物油から石油原料に切り替わり始めたことや気密材料に油脂類を使えるようになったことで、圧縮熱機関の機械構造自体の規格が緩み、これまでに比べて簡便に整備ができるようになり始めている。現在のところ燃料油の配給経路が鉄道沿線のローゼンヘン工業の基地に限られているので、大きな動きには至っていないが、最終的には鉄道沿線から周辺に基地を配する配給計画も構想上は存在する。

 既にフラムの幾つかの鉱山では石炭と平行してガスと軽油を燃料として使っていた。冬場の機関の立ち上がりを考えると大豆油は山岳地には使いにくくもあった。

 納屋の暖炉に火を入れて薬缶の湯が湧くまで待ってから機関を回すというのでは家畜の扱いより手間がかかる。

 燃料油はおおまかに三系統があったがいずれも石油から生成されていて、こちらも利用規模の伸張によっては大豆油を燃料としていた時と同じような問題が起きる可能性もあった。しかし、ともかく機械的な要件の緩和を求めれば利用は必然でもあるとも考えられていた。


 技術や材料の展開にともなう規格の変化は実際に触ってみれば明らかだった。

 手に持った時の重量や部品の動き硬さなどが、雑というわけではなく柔らかく軽くなっていた。

 組み立ても比較的雑に組み立てても問題なく動くことが示されていて、講師自らが実験用の小型機関を泥につけてからその場で磨くようにして水の中で洗い拭き取り、油を付けて組み立てて動かした。これまでの機械では油をつけることは不要だったし許されていない。そういう規格で材料だった。

 ローゼンヘン工業のこれまでの圧縮熱機関と構造的な理論背景は同じだったが、様々な要件が緩まったことで、簡便な手作業での整備と修理が可能になったことが新型機関の特徴だった。

 性能そのものは大差ない。旧来の機関で新燃料を使うと明らかに性能が向上するのだが、ともかく限界を求めなければ、常用域においては大差はなかった。

 既に市販されている小型の圧縮熱機関は新規格の材料を使っていた。自動車用は出力の大きさや補器を積載できる余地があることで切り替えはまだだが、小型機関は液体シール材などの消耗品の量も少ないので先行する形で技術展開をしていた。またそうしないと普及への手間がかかりすぎた。

 ローゼンヘン工業が燃料を植物油として、自動車を含む動力機関の売り渋りをしていたことは大本営や大手商会にとっては不本意であったかもしれないが、その技術の内容を見れば止むからなむ、と鉄道部隊の創設にむけて研修に訪れた将兵たちの誰もが唸った。

 すでに軍に渡った通算二千両余りのうち、三百両ほどが工兵工員の修理整備によって破壊されていた。技術的な教育や資料機材を受けとったものがいなかったわけではなく起こったことで、これが共和国全土の補給輜重領域全域であれば、どうなっていたかは想像に難くない。

 仮に軍が求めた二万両の自動車をローゼンヘン工業が投げるように与えたとして、訳知り顔で腕自慢が更に壊していただろう。

 そうなれば自動車自体の信用にも傷がつく。

 極めて危険な状況でもあった。

 結局、自動車を支えられる基盤を持っているのは、ローゼンヘン工業以外にないということが問題だった。

 勝利による停滞によって今ようやく共和国軍がそのことに気が付き目を向ける余裕ができてきていた。

 兵站本部が求めた軍備拡張計画は鉄道を意識したもので、中断されていた機関小銃の導入計画の再開拡張四年で七十万丁銃弾十億発の他、機関銃や迫撃砲などの小火器類と自動車類二万両を八年を目処に導入、整備人員の育成とともにおこなう。と云う内容だった。

 他に大本営全域に電話網を敷設する等の設備体制の刷新整備を求めていた。

 一種総花的な参謀本部の立案した構想をそのまま押し出したようなものであったが、例えば鉄道と電話が網のごとく敷かれれば、輜重の費えと先を読んだ長期計画の引き起こす物資の腐敗から縁が切れるとすれば、その分の整理をどこかに回すことはそれほどにおかしなことではない。これまで動かしようのない倉庫に硬い脂に漬けられて保管されていた小銃をいつでも動かせる状態で貨車の中に保管しておけばいいと考えれば軍需備蓄の管理も幾分か気楽でもあった。

 物資の移送や管理の手間は様々に大きな経費負担を生んでいた。

 例えば、軍で使うマスケット銃そのものは公定価格が設定されるほどに陳腐化しており安く、弾薬の黒色火薬も事実上の時価で一般にかなり安いのだが、現状の維持費はサビや湿気を避けるための設備的な努力を含め、かなり高いものについている。

 もちろんそのために様々な手当がなされ、良い方向での副作用としてとりあえずに共和国軍が矢弾で為す術がなくなったということは今のところ殆ど無いのだが、ここしばらくの戦争であちこちの軍需品倉庫が払底していることも事実だった。そしてあるところにはあるままに放置されていた。

 単純に各地の無能を責められればそれも簡単なのだが、移動にかかる手間や費えを考えればそうもゆかない状況でもあった。

 結局、あちこちで在庫が腐りつつ、一方で輸送の都合の良い所から汲み上げられる。一見同じ義務を果たしているようでありながら全く経費負担の異なる軍需品倉庫が共和国のあちこちに存在していた。

 様々に兵站本部も努力はしているのだが、往来が悪い土地というのは人が住みにくい土地ということでもあって、そもそもに大規模に往来をさせることが難しい土地だった。

 それは怠慢とか面倒とかそういう種類のものではなく、事実上不可能、或いは動かすより作ったほうが安い土地ということである。

 それでも必要だったかつての経緯もあり、整理したくとも整理のしようもないこの戦争のずっと前、ことによると百年ももっとも備蓄されたまま放置された軍需品倉庫が共和国のあちこちに点在していた。

 そういうあるのかないのかさえ怪しげな、一種伝説の秘宝じみた軍需品倉庫になぜ注目をせざるを得ないかといえば、大規模な装備の切り替え機関小銃をはじめとする武装の刷新が大本営主導でおこなわれることになったからだった。

 軍令本部が着目した戦力としての意味価値とは全く別に、自動車輌と鉄道そして電話網は共和国軍兵站本部にとっては、まさに神の福音にも似た響きを持っていた。

 幾つかの軍需品を直接管理する可能性や、そこまでゆけなくとも最低限持ち出せない軍需備蓄の管理をなくすことができれば、管理上の戦力と経費を少しでも近づけることができる。

 地方州政府の負担と兵站本部の管理という、地域によってはズブズブグズグズの管理が行われていた軍需品倉庫管理は、地方自治と地域流通という全くどうしようもない社会的な限界によって導かれた結論であったが、鉄道と電話という装置の取り合わせは軍需品倉庫の管理を中央集権的におこなえる可能性を明らかに示した。

 軍隊の持つヒエラルキー構造を考えれば、現実の技術と状況で中央集権を志向できるならそうあるべきで、軍需品倉庫の管理を目論んで兵站本部が突然に思い出したように活動を開始し始めたのは、本部長の個人的な権勢欲や政治商業上の利権というものからではなかった。

 装備転換に際して膨大な購買品の予算を注ぎ込まれることになるローゼンヘン工業の将来の扱いについても兵站本部長は当面看過することにしていた。

 戦争の敗北の恐怖と混乱から俄然注目が集まったローゼンヘン工業の得体が知れないという見識は、一定の意味においては全く正鵠であったが、同時にあまりに突然現れた存在であるが故に政治的に何かに繋がるほどの深さ後ろ暗さもなかった。

 そこが信用ならない、という頑迷な地方組織も多かったが、そこから先は憲兵隊の活躍を期待することになった。

 本拠であるデカート州でさえローゼンヘン工業の得体の知れなさは薄笑いのタネになっていて、動向が知りたければ花街の女にでも聞いたほうが早いんじゃないのかと揶揄されるような有様だった。

 とはいえ、花街の女衆もここしばらくそういえばご無沙汰という有様だった。

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