十七才夏

 夏。

 建設工事完了後の試運転の翌日からストーン商会では製氷作業の実習が始まった。

 試運転に立ち会った四人の他に夜詰めなどで十二人の都合十六人が入れ代わり立ち代わり操作にあたっていた。マジンの考えていたのよりも気合の入った陣容でストーン商会の意気込みが感じられる。

 問題はほぼ休みなく動く蒸気圧機関の状態が気になるところだったが、こればかりは半年後におこなう予定の点検を見てから考えないとならなかった。これまで危険の兆候は出ていなかったが、一品物の新しい絡繰機構ということであれば当面は分をわきまえつつ見守るしかない。

 早くも市場などではストーン商会の氷の価値を認める評判が立ち、商売としての製氷業は画期的というべき成功と影響を与えていた。



 そういう中でマジンの裁判が再開した。

 結局、判事忌避申請は差し戻しになったが、全く改めての再審理になった。

 マジンとイノールは開庁と同時に待合に入り、随分待たされることになったが、昼前に改めてリンス判事と面談し、裁判の内容についての確認を口頭で受け、争うことを宣言した。

 翌週、リンス判事は、半年以内にローゼンヘン館からの立ち退きをおこなわない場合、リザ・チェルノ・ゴルデベルグは四百八十万タレルの請求をおこなうと告げた。これは地上四層地下二層の補助構造物を持つ石造り建築物としては十分正当な評価で、過大な歴史的価値については加味しないものだと判事は資料に目を伏せるように告げた。

 イノールはリンス判事に資料を示し内容を説明した。それは一種の歴史書であり家系図でもあった。

 合わせて、マジンはある提案をした。

 更に翌週、最終弁論がおこなわれることとなった。

「既に提出された他に新たに示されるべき事実はありますか」

 隙のない表情と言葉でリンス判事がそれぞれに既に出尽くした法廷を見渡した。

「――判決を言い渡す。被告ゲリエ・マキシマジンは原告リザ・チェルノ・ゴルデベルグに二万四千タレル支払え。また敷地内の墓所の維持に努めゴルデベルグ氏に墓所への参拝権を与えよ。これは永年とする。但し、墓所の維持を怠った場合二万四千タレル支払え。墓所への参拝を妨害した場合にも同じくする。以上判決を半年以内に不履行の場合、判決より一年以内に退去せよ」

 リンス判事が厳かに言った。

「なんで、そんな金額っ!桁を間違えているんじゃないのっ」

 リザは弾けるように立ち上がって叫んだ。

「原告は座りなさい。これから理由を述べる」

 リザはしばらく怒りに震えていたが、弁護士に牽かれるように腰を下ろした。

「――本裁判における不動産物件、通称ローゼンヘン館の所有者は故フランド・ローゼンヘン氏である。しかし氏の系譜は戸籍上絶えている。一方で原告の系譜の祖であるイズル・ゴルデベルグ氏との間には施設管理人のひとりとしての任命記録がある。このことはローゼンヘン氏とゴルデベルグ氏の間に雇用関係があり、物件の居住権があることを意味している。

 実態としてゴルデベルグ家にはローゼンヘン氏及びその関係者からの支払い関係はなく、両家の代替わりの際も更改請求或いは解雇通告もなかった。したがって雇用関係はあったが、その報酬は物件への居住とその資産運用であると看做すことができる。またその期間は永年であると考えられる。

 一方で所有者が死亡し血脈が絶えその時点での準継承者である管理人、原告の曽祖父ザドゥ・ゴルデベルグ氏より資産の継承請求がおこなわれず、資産の所有そのものは公有された。なおこの時点ではヴィンゼは自治体として存在しない。また、デカート州または市としても行政執行はおこなっていない。故に資産運用の権限を含む居住権の移動はおこなわれていない。

 のちにヴィンゼが成立し一帯が所管される。

 更にそののち管理人バージオ・ゴルデベルグ氏一家を悲劇が襲い、居住の連続が失われた。この詳細は省く。

 この時点で居住の権利の継承が失われた。

 ただし、ローゼンヘン氏の遺志である物件管理の契約は管理人一家の死亡時点まで果たされており、一般的な不動産物件からの引き払い金として物件価値の一分を継承する権利を認める。本件は貸借費用は無料であるので、その引き払い金はその満額が継承者に権利がある。

 また、永年を前提とした管理人一家の墓所は物件敷地内にあり、その参拝は認める。

 しかしまた、敷地における墓所の管理権及び責任は被告に認め、支払うべき引き払い金の半分を以って経費とし、墓所の維持に努めることを命ずる。

 したがって、被告は原告に物件価値の五厘を原告に支払え。

 また、被告は墓所の参拝を原告の権利として認め、墓所の維持をおこなえ。

 これを怠るときは管理費用として預かる物件価値の五厘を原告に支払え。

 本件は複数の事件の終段に起こった財産継承の段を扱うものであるから、ヴィンゼ行政においての過失の審理は当法定の扱うところではないものとする。

 更なる審理を要する場合、別法廷に預ける。

 物件価値は原告の評価申請を満額認め四百八十万タレルとする。

 支払い及び退去の期日は一般的な不動産資産の受け渡しに準じ、例外的な事項の必要を認めない。

 以上が判決である」

 権威を背負った声でリンス判事が明瞭に法廷に判決を告げた。

 誰もが判決の命令と論旨を探る静けさの中で、リザが立ち上がって拳を振りかぶり机に叩きつけた。だれもがうろたえる中、リンス判事は彫像のように動じなかった。

「そんなデタラメがあるものか!」

 雷鎚のように判決の余韻を引き裂く声でリザが叫んだ。

「学志館のローゼンヘン氏の記録と市の公文書に公式な記録として残されていた。その内容の保証はデカート州がおこなうもので、ひいては共和国の権威の源泉でもある。十分な根拠なしに疑いを差し挟むことは当法廷を侮辱するに等しい。原告は控えなさい。――原告弁護人。資料を確認し資料の正当性を原告に伝えたまえ。この種の裁判としては異例に古い資料であるので、貴職の専門性が必要になる。原告を助けてさし上げなさい」

 リンス判事が鉄の如き毅然さで告げ、一方でマジンには意外に感じられるほどの慈悲に富んだ声で弁護士に命じた。

 資料を調べていた弁護士が諦めたように首を振った。

「――全く異例のことながら、被告から別種の提案がなされている。……被告、自分で告げるかね」

「いえ、判事。お願い致します」

 頷くリンス判事をリザが唇を噛むように睨みつけた。

「では被告よりの提案を告げる。被告は原告に結婚を申し込む」

「はぁっ? 」

 判事の言葉にリザが素っ頓狂な声を上げた。

「被告は原告に結婚を申し込む」

 同じ言葉を判事が告げた。

「決闘を申し込むって?結婚って聞こえたけど」

「結婚といった」

 判事がリザの確認に改めて告げた。

「そんなバカな命令があるものなの」

「これは裁判の判決を受けての命令ではない。被告からの提案である。被告は原告に結婚を申し込む」

 リンス判事は三度同じ言葉を告げた。

「結婚ですって?なにをこんな賞金稼ぎの青二才と? 」

 リザが混乱したように言った。

「なお我が法廷は、次代の国家の柱梁を担う共和国軍士官と実績ある若き実業家と、いずれをも決闘で失う未来を望まない。異論なければこれにて閉廷とする」

 リンス判事はいうべきことを言ったと退廷した。

「情けをかけたつもりなの」

 リザが瞳で焼きつくさんばかりにマジンを睨みつけながら言った。

「キミがボクの提案をこの場で受け入れるとは思っていなかったが、理論的に両者の利害を一致させうる提案をしてみただけだ」

 肩をすくめるようにマジンは言った。

「ふざけないで」

「ふざけてはいない。結婚は神聖なものでもあるが、妥協によるものでもある」

 リザの手が腰のあたりを探るが、法廷の中では武装は預かられている。

「女がほしいなら、どこかの酒場女でも買えばいいでしょう。アンタが街に出る度に猟色しているのは知っているわよ。どうせ我慢なくなればあの獣娘ともまぐわっているんでしょう。穢らわしい」

「ボクのことをよく調べているようであらかた事実だが、我が家の家族に対する憶測と誤解に基づいた侮蔑は許しがたい。弁護士くん。キミの依頼人が落ち着くようになんとかしてさしあげたまえ。いずれにせよ、裁判所命令には従うさ。お支払いは約束するし、墓所の管理はこれまで通りおこなう。尤も墓所に気がついたのは最近のことだが。いつでも様子を見に来てくれていい。銃や剣を抜かないでくれるなら宿と食事くらいは出す。墓所には興味が無いからカネを払えというならそうしても良い。裁判所からの命令なぞなくとも、一度見つけた以上は草刈りと掃除をおこなうくらいはする」

 そう言うとマジンは席から立ち上がり、すでに席を立って待っていたイノールに先導されるように歩き出した。

「どこへ行く気!逃げるの!」

「判決は下ったが裁判の手続自体は終わっていない。誓紙と証紙に署名をして帰るだけだ。落ち着いたらお前も来い。ボクと顔を合わせたくないならしばらくここにいろ。……。結婚を申し込みはしたが、二度とあわないほうがお互いのためだとも思う」

 マジンの中ではリザの弁護士の無能を罵ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、それがどういう種類のものかは今ひとつ判然としなかったので、口を開いたところで言葉にするのは止めた。代わりにリザに別れを告げる事をした。

 そういう風にして裁判は結審した。



 裁判からひとつきほどしてリザ・ゴルデベルグ嬢がローゼンヘン館を訪れた。

 今回は前回とは違って挨拶に応え、来訪の目的が墓参にあることを告げる程度には落ち着いていた。

 マジンが馬を牽いて水場と飼葉をあてがい、その足で墓参の案内をするのもリザは嫌がらなかった。

 それどころか、道々の労をねぎらう世間話にも多少の受け答えさえリザはしてみせた。

 ちょうど偶々墓の掃除を三人の娘たちがしていた。

「綺麗にしてくれているようね」

「ボクの家でもあるからな」

 墓地には相応しく探検で亡くなった者達の石碑があった。

「――話によるとキミの一家はこの土の下にまとめて埋められたらしい。誰が死んだかも正しくわかってはいない」

 跪き祈りを捧げるリザの背中にマジンは声をかけた。慰めるつもりなど一毫もなかったが、静かな声が出たのに知らず驚いた。

「赤の他人に荒野の流儀以外を求める気はないわ。私も戦場といえるほどのところには行っていないけどヒトの生き死には見てきた。あなたの三年前の仕事の調書も読んだわ。長かったしつまらないものだったし酷いものだったし、知りたいことはわからなかったけれど、わかったこともいくらかあった」

 そう言ってリザは言葉を切った。

「……それで今晩は食事はしてゆくくらいはするのか。もちろん裁判の命令というつもりもないが今からだとヴィンゼへの途中で夜明かしをすることになる」

 リザが口を開かないのでマジンが尋ねた。

「館がいまどうなっているのか、一回り見せてもらってよろしいかしら」

「もちろん」

 いまはすっかり様変わりしてしまった井戸や馬舎そして変わり映えのない二棟の側塔。厨房や工房に使っている一角には驚きを隠せないようだった。

 だが、リザが一番感情をハッキリと示したのは玄関の階段が変わっていたことだった。

「もう、私の家じゃないのね」

 階段の手すりを撫でながらリザが言った。

「あの提案はいまでも有効だ」

 マジンが自然に代名詞を使った言葉をリザは笑って聞き流した。

「お墓にゆきましょう。しっている?日が傾きかけたこの時間、山の陰と雲と空とが綺麗にあの石碑に映えるのよ」

 そういう彼女は少しはしゃいで見えた。

 リザの云うとおり、午後の墓地の風景はさわやかな秋のひかりと残照の暑さと涼やかな山の風とを感じさせる美しいものだった。

「決闘しましょう」

 リザの言葉は唐突だった。

「……賭けるべきものはないはずだ」

「命で充分」

 言葉に迷って出てきた陳腐な言葉にリザが静かに応じた。

「死がふたりを分かつまで、という冗談。ではないようだな」

「そんな不謹慎な冗談は言わないわ」

 冗談を笑うようにリザは言った。

「……証人はどうする」

「命乞い?やめてよ。百人殺しが女一人にそんなみっともないこと」

 マジンの探るような言葉にリザは不思議そうに応じた。

「武器はどうする」

「証人もいない果たし合いで約束なんていらないでしょう。応じないっていうならお嬢さんを人質にとってみましょうか」

 流石にマジンの表情が険しくなる。

「いまからか」

「日のあるうちは死体の始末は流石に面倒くさそうね。夜、お嬢さんたちの就寝後。住み込みの男たちは馬舎から遠ざけてくれると助かるわ。場所はここで。死んだら埋めればいいだけってステキでしょ」

 リザはいたずらに誘うように言った。

 マジンはリザの真意を探ることを諦めた。

「ボクは強いよ」

「知っているわ。あのときは頭に血が上ってわかってなかったけど、相手が油断していれば百人殺すのは容易いだろうし、その気になった相手でも百人殺せるかもね。あの日あの場所で殺さないでくれたことに感謝しているわ」

 ならば、とは問わなかった。笑って応えた彼女の中に答を見たからだった。少なくともそれは命乞いをする目ではなかったし、無謀な遊びに挑む目でもなかった。強いてあげれば彼女には勝算があり、必要なことだと確信している目だった。

 ソラとユエには説明した記憶が無いのだが、リザこそがこの屋敷の前の住人でマジンが結婚を申し込んだ相手だという確信があったらしい。春先に面識のあったアウルムは警戒をしていたが、妹ふたりが楽しそうに話している相手を邪険にすることも出来ず、なんとなくポロポロと受け答えをしていた。アルジェンも話に聞いていた裁判の相手の女性というものが、意外と普通の女性で軍服が板についた酷く凛々しい女性だ、という以上に感想もなく、ステアと重ねて比べていた。

 ソラとユエがリザを風呂に誘いアルジェンとアウルムも一緒に入ることになったことで、居間には男たちだけになった。

 マキンズが誂い混じりに一晩馬舎空けましょうか。といったのにマジンはそのまま頼んだ。

 多分に冗談のつもりだったマキンズは驚いたが、婚前交渉においでの女性と内緒の話もあるだろうと、笑って納得した。ウェッソンはなにか不審を感じていたようだったが、敢えて踏み込んで訪ねようとはしなかった。

 リザはかつてステアが着ていた深く暗い藍色のドレスを着ていた。

 昼間固く結われていた栗毛は汗を流し、今は柔らかく解かれていた。

 着ていた服は娘たちが洗濯をするのに合わせて洗われたらしい。母性や女性を強調するには若すぎるリザはステアに比べてひと回り小さく細かったが、窮屈な服ではなかったから却ってスラリとした手足が健康的に見えた。

 大人扱いするにはアルジェンもアウルムも見た目が幼すぎたから、固い服装の客人が見目麗しい女性であることを示したことに、男たちはちょっとした驚きと新鮮さを感じていた。



 昼間は暑いほどの空気だったが、日が落ちて夕餉もすめば夏も次第に遠のいてゆく秋の風だった。

 まだ肌寒さを感じる風ではなかったが、夏の去ったこと冬へ向けた心構えを求める、そういうしめやかな風であった。

 夜、子供たちを寝付かせるときは解いていた柔らかな栗毛は、今は改めて固く結われていた。

「服は乾いているかな」

「大丈夫。よく出来た子たちね。その、お嬢さんをバカにするようなことを言ってごめんなさい」

 リザは言葉を探すように言った。

「機会があったら伝えておくよ」

 マジンはそう言って肩をすくめた。

「覚悟はよろしいか」

「勝って出てゆくなら、馬よりはそこの機関車を使うといい。昼間使い方は教えたとおりだ。点火だけ確かめれば、あとは難しいこともない。百リーグばかりは間違いなく走れる。道が良ければ二百五十近く走るはずだ。金貨と銀貨とで六万タレルほど積んである。好きにしろ」

 リザはマジンの言葉に不思議そうな顔をした。

「随分と気前がいいのね。相当にバカなのかしら。あなた」

「女に結婚を申し込んだつもりが、その女と決闘をする羽目になった男に尋ねる言葉がそれか。墓銘碑を用意する機会があったら、そう刻んでおいてくれ」

 大きな鼻くそが掘れたときのような顔をしてマジンが応えた。

「結婚の申し出を決闘で返した女、としてくれて構わないわ」

 少なくとも憎しみを感じさせない声でリザは答えた。

 なぜ決闘が必要なのかマジンには全くわからなかったが、もはやそれが必然ということは理解した。死ぬ気はないが、死なせずに決着がつけられるとも思えない。

「お互い背を向けてコインの落ちた音で振り向くというのでいいかしら。一番馬鹿な決闘方法はお互いに順番に銃を打って怪我をした方の負けというものだったけれど」

「コインでいいよ」

 リザの軽口が怯えに収束せず、和解も導かないとあれば、言葉は不要だった。

 緊張が高まっていた。コオロギの類がなく声が奇妙にゆっくり聞こえてくる。空気の振動を遅く感じているなら高低が変わるはずだが、そうではないのが人の脳の不思議だ。コオロギの位置までわかるようだった。

 リザが銀貨をひとつかみ示した。

「これだけあればひとつふたつは音がするでしょう」

 そういうと彼女はゆっくりと背を向けた。

「――良ければ背を向けて」

 リザが背中越しに落ち着いた声をかける。

 間合いは二十五歩ほど。その気になれば三歩。

 マジンはゆっくりと背を向けた。

「いいよ」

「では尋常にお覚悟」

 そういうとリザは手の中でコインを鳴らし宙に放った。

 キラキラと宙に散らばる音が鎮まり、一種の楽器のような音がなった。

 銃の間合いだったが、マジンは抜刀した。

 そんなマジンをリザは泣くような顔で笑った。彼女はマジンの二歩目の跳躍が終わるまでに、左手の拳銃を一丁六発撃ち尽くしていた。

 マジンはほとんど三分の一の間合いを消していたが、リザが咄嗟に放ったはずの銃弾は綺麗に散らばり、飛び込むことを許さなかった。胸に飛び込む四発を綺麗に切り飛ばすことは出来ず、刃が痛そうな音を立てて歪んでもどる。

「スゴい。本当なのね。まるで死神」

「これで終わりか」

 リザが奇妙に声を駆けてきたのにマジンの足が止まった。間合いは一連の間に二十歩ほどに伸びていたが、その気になれば二歩で届く。

「これからが本番」

 そういうと左手の拳銃を見せびらかすように投げ捨て右手に短刀を握った。刃の長さに似合わない鍔広の短剣で星のような華奢な作りだった。或いはなにか儀式めいた因縁のある一品かもしれない。ぞわりと記憶が思い起こされた。

 段平の相手にはいささか役不足に見える刃物だったが、左手に新たな拳銃が握られたとあれば十分な脅威だった。リザがどちらを利き手としているかはマジンは知らなかったが、荒野の掟に従えば手が二本あるなら両手それぞれ使えて当然でもあった。

 マジンが身を沈めて一歩を跳ねたところでリザが奇妙な動きを見せて右に回った。

「驚け!」

 当然にリザの動きを追ったマジンの目が炉釜のそれより遥かにまぶしい光に灼かれた。

 六連発。

 リザの位置は音で知れたが見失うことを恐れず敢えて駆け抜ける。

 リザの居たはずの位置を切り裂いたが間合いが足りなかったか、光に幻惑されたか宙を割いた。

 リザは呻きも挙げない。

 リザの三丁目の拳銃が散発的に弾けるのを歩を左右に振って避ける間に、光に背を向けた左目が多少回復していた。

 光が止んだ。

 ともかくも振り返り飛び込んだマジンにリザの四丁目の拳銃が火を噴く。

 刃に音の壁を破らせ一発二発としのいだところでリザの右手が銃を握りそのまま、二丁拳銃でマジンを襲う。

 片目が光に灼かれたまま、音とリザの位置を勘で受けるのに、たまらず刃の腹を使うマジンは刃が割れてゆくのを聴く。手の中で目釘が緩み始めたのを感じる。ならば多少は刃は保つかと願ったが、リザが左手に六丁目の拳銃を掴みそれを凌ぎ切ったところで砕けた。

 リザはそれを見て笑いもせず、短剣を段平のように構えて突進してきた。

 そこで初めてマジンは光の正体を理解した。

 白熱した光は不吉なアーク光をたたえた光の刃。まさしく光の剣だった。

 マジンは間合いの中に折れた刀を宙に放って間合いを離れた。

 リザは邪魔とばかりに刃を切り払う。

 既に砕けた刀を吸い付けるように融かす間だけ光の刃は縮まり、食い終わったと言わんばかりに刃は伸びた。

 光の剣の特性は常の刀剣のソレとは明らかに異なっていた。だがリザは明らかに光の刃を人間相手に振るった経験が少なさそうだった。

 彼女自身も夜目を灼かれていたかもしれない。

 その隙を突いてマジンは刃を追うように踏み込み、リザのみぞおちを殴りつける。

 手加減はしたが油断のない一撃にリザの心臓は間違いなく一瞬止まりかけたはずだった。少なくとも筋肉の一部肋から胸骨の何処かが折れた感触がした。

 鍛えた女の体がマジンの背より高く宙に浮いてから地に転がり、大きな袋でも投げたかのような音がした。

 光の剣はリザの手を離れ宙を舞うと光を失なう。

 リザの両腕が武器を探すように蠢くのをマジンの両手が捕らえ、頭突きをくれるとリザを押し倒した。

 マジンはリザを転がし踏みつけると、獲物の皮を剥ぐように上着を裂きベルトを切り靴をズボンを剥いでいった。

 リザが抵抗する度にマジンは蹴りつけ殴りつけて、吐いたり身を丸めたりする間に服を剥いでいった。

 拳銃を六丁という段で相応の覚悟と狂気を感じていたし、隠し武器の工夫は作法や礼儀のようなものだったから、容赦するわけにはいかなかった。ブーツからは小さなナイフと造りの怪しい暴発しかねない小型拳銃が出てきた。

 武装解除をおこなっている途中で性欲をもよおしたのに我慢せず、これまで覚えがないほどに高まっていた風に晒しただけで漏らしてしまいそうだった一物を、マジンはリザの女陰をさがし胎内に慌てるようにうしろから付き入れた。

 リザは殴られたような蹴られたような無様な声を上げてうめいた。

 或いは単純な恐怖だったのかもしれない。

 リザの胎内は当然に目覚めたばかりの口の中のように乾いていたが、少しずつこぼれていた精液を擦りこむように無理矢理でも動かしていれば少しずつ柔らかく潤ってきた。

 マジンがそのまま組み敷くように揉みほぐしていると、次第に女の体は本来の機能を思い出したように柔らかく震えだしていた。それはリザが女としての体の機能を体感しているということをマジンに伝えていた。

 リザはマジンの射精の衝撃で暴力の昏倒から立ち直っていたが、状況は飲み込めていないようで、或いは傷ついた体には強すぎる刺激から何度か蹲るように吐いていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ゆるして」

 リザはマジンが体の外から中から揺さぶる間、墓地の土に暴力に腫れた顔を冷やすように押し付け、誰かに向けてひたすら謝っていた。

 女を組み敷いているという暴力の事実とその前後の経緯を思えば、女がなにに謝っているかを斟酌するよりはその涙も屈辱も男の快楽の肴にしかならなかった。

 マジンの中の苛立ちと征服の衝動にひとしきりケリが付いたのは、リザが意思のようにネズミのように伏せ蹲るのを諦めてからだった。正確にはリザの体が限界に達し、恐怖と疲労と快感で緊張した一つの体勢を維持することができなくなったに過ぎないわけだったが、弛緩したリザの体勢を興奮したマジンが自らを受け入れた、という勘違いが相手を見る余裕を与えた。

 突き立てたままリザの体勢を入れ替え向かい合わせに抱きしめると、リザは反射的にマジンの体に絡みつくように抱きついた。

 その体は傷口の熱を示すように冷えていた。マジンの体温を求めるリザの体は無駄な力が抜け、マジンの体に蝋のように馴染み、これまでのどんな女の体よりも心地よかった。

 暴力で女を従わせるという趣味の男の話は意味がわからないものだったが、なにを求めてのことなのかはわかるような気がした。絡みつく女をわざわざ引き剥がす気にもならないまま、生暖かい粘土の袋を胸に抱えたような気分のままで厩舎の洗い場に向かった。

 館を挟んで反対側にある給湯器の湯は蓄えられている間に随分と冷めて冷たくない、という程度の温度だったが、少し流しているとやがて熱い湯が出てきた。

 汚れた傷に湯が染みるらしく身を捩ったが明らかに人心地ついたように、男根を包んでいた肉が張りと締りを取り戻し始めた。

 しばらく女の体の目覚めを愉しんでいたマジンが性欲に体を蠢かせると、リザの体もそれに合わせてゆるやかに応えるようになっていた。

 ほんの今晩のうちにはヤスリでも仕込んでいるか、と思ったほどに硬かったリザの体は誂えた皮の手袋のような柔らかな張り付く締りを感じさせるものになっていた。

「不思議だ。とても気持ちいい」

 ぼんやりと馬のためにゆるい傾斜のついた湯船に背を預けながら、胸の上のリザにかけた大手ぬぐいに湯をすくってかける。

「そうね。気持ちいい」

 ぼんやりとしたリザの声が応えたことにマジンは肩の上の彼女の顔を探した。

「――あなたの顔があるってことは生きているってことね。不思議。絶対心臓止まってたわ。多分幾度か」

 寝起きのような痛みを我慢してのリザの声は張り付くようだったが、ろれつは回っていた。

「決闘の後に男を咥え込むことが、こんなに気持ちいいものだとは知らなかった。カマキリになる娘が増えるはずね」

 リザの顔は痣や傷が多く痛々しいものだったし、目元や鼻にはまだ泥が筋を引いていたが、弱々しいながらも意識は回復したようだった。

「軍学校でも決闘は多いのか」

「月に幾度かはね。一学年で千人超えるから二度と顔を合わせたくないようなヤツもできちゃうわよ。……少し寒い。腰沈めて」

 リザは食事のおかわりを要求するような口ぶりでマジンに姿勢を変えることを命じた。

 マジンが言葉に応じてモソモソと沈み込むとそれに合わせてリザも腰を動かした。

 緩みかけていたマジンが再びこわばりリザの良い所をえぐったらしく切なげに眉を歪める。

「これでいいか」

「いいよ。気持ちいい。……染みる」

 リザはマジンの胸に肘をつき湯で腫れた顔を洗う。

「蟷螂ってのはなんだ。決闘好きの女学生のことか」

「ってより、決闘名目で男漁りする女ね。美人で見た目品が良さそうで、その実柄が悪い娘ッて感じだけど、男に直接体をかけて決闘を申し込んだりもするし、たちが悪いとそのあと殺して学校を逃げ出したり。まぁ色々」

 リザはマジンの胸に肘をついたまま寛いだ様子で話をした。

「軍学生の決闘ってのは、いつもあんななのか」

「あんなってのがさっきみたいなののことを言っているなら、ぜんぜん違うわよ。一応学校の中ですからね。お互い死んでもしょうがないって思っているかもだけど、絶対死ねっていうのはあんまりない。儀礼刀は突き立てたら根本が折れちゃうようなものだし、決闘拳銃は先込めの素焼きの弾一発だし、普通は死なないわ。せいぜい目か指がなくなるくらい」

 どんなものかは分からないが、リザには確信がある口ぶりだった。

「幾度かやったような口ぶりだな」

「四勝するとアルフ、七勝するとロード、十勝するとセレブレイと呼ばれているわ。私は十二勝している」

 懐かしむようにリザは言った。

「毎年二回見当か。よく死ななかったな」

「多い人は三十戦くらいやってる男子学生も結構いる。怪我して傷病狙いとか訳の分からない連中もいるし。もちろん死人も幾人か出るけど、成績不振で退学のほうが全然多かった。八年まで進むと三割くらい減ってる」

 マジンは傷めつけたリザの体に今更ながら古傷を探す。その指先が痛かったかくすぐったかリザは身じろぎしてマジンに胸を寄せるようにして体を湯に沈める。

「――女生徒のセレブレイは戦天使の称号が別に与えられるのよ。もちろん非公式で教官がたにはあまり喜ばれないけど。ここまでいうとわかると思うけど、強い蟷螂と戦天使の違いは、戦天使は決闘で負けてはいけない。もう一つ婚約婚姻或いは男女交際の事実がないこと」

 リザは犬のような姿勢でマジンの腹の上に伏せたまま、内蔵の位置を確かめるように呼吸をする。

「女学生には人気だろうな」

「男子学生にもね。男子は男子で決闘の相手に女が混ざると勘定に加えられないとか、挑む女生徒よりも格上であることとか、礼儀があるわけなんだけど、私は女同士でつるむことが自然多かったから目立ったみたいね」

 ふうん。とマジンは気のない返事を返した。

「決闘に魔法は使わないのか」

「魔法は使っている側もよくわからないところがあるから、そういう風には使わない。どれだけどういうふうに働くかがわからないのが魔法だから。……って魔法だって分かったの」

 今更のようにリザが驚いて言った。

「あれだけ派手なことをやられて魔法じゃない、という話なら逆にそちらが驚きだ」

「……ああ、ええ、まぁそうね」

 リザはモソモソと腰をこすりつけた。

「――よく覚えていないけど剣が焼き切れるほどの威力だったのは初めてよ。個人戦技の訓練じゃ使わなかったし」

「あの武器は軍のものじゃないのか」

「そんなわけないわ。拳銃も自前。士官の服装は基本自弁よ。軍学校も五年次から准士官だから給与で揃えるの。そうは言っても威張れるほど稼げているわけじゃないから、非番の日に小遣い稼ぎをしているわね。私も謄写写真師とか代筆とかやっていたわ。贅沢しなければ足りていたけど、部屋付きの下級生の面倒を見る必要もあったから、それなりにはね」

 リザはそういうと、自分の性欲に正直に体を蠢かせ始めた。

 リザは自分の快感だけ追求し勝手に絶頂をし、その余韻に内臓が絞り上げる蠕動でマジンが弾けさせた射精でもう一度果てた。

 絶頂の余韻でどこかを痛めたのか、痛そうに咳をしてそれでもリザはマジンの腰の上から降りようとはしなかった。

 リザは腰の位置を改めて呼吸を整え萎え始めたマジンの陰茎に血をめぐらせる。流石に腰のだるさを感じ始めているマジンには休憩が欲しかった。

 マジンが口を開きかけたときにふたりの張り付いた腹から音が上がった。

「おなか空いたね」

 リザが言った。

「チーズと干し肉くらいならある」

「準備いいのね」

「使用人のいるお屋敷だからな。ちょっと早いが朝食にしようか」

「立てない。つながったまま運んで」

 リザが甘えた声で言った。

「ここで待っていろ」

「溺れちゃうよ。穴から栓が抜けたらきっと全部中身が抜ける。いまほんと、そんな感じ」

「朝まで居眠りするか」

「おなかは空いた」

 リザはマジンに甘えて良いと定めたらしい。

 マジンが腹に力を入れて体を起こすと、リザは木に絡みつく蔦のように手足を絡みつけた。

 マジンが色々なものの浮かぶ水槽の湯を抜くのを、リザはなんとなく背中越しに眺めていた。

 木綿の敷布をローブ代わりにして腰でつながり絡まったまま纏うと台所に向かった。

 パンとハムとチーズにハチミツに油をかけて簡素で豪華な軽食を作る間、リザは本当に腰がつながって張り付いてしまったように絡みついていた。

 リザはマジンの動きや食べ物の存在を歓喜するかのように幾度も達していたし、それに絞られてマジンも精を漏らしていたけれど、なんとか調理を終えて乱暴に椅子に腰を下ろした。

「もういいだろう。降りろ」

 マジンは椅子に腰を下ろした衝撃でまたも達していたリザに声をかけた。

「食べ終わるまでくっついてる」

 そう言ってリザはパンに色々載せて挟んだだけ、という大雑把なしかし野営では贅沢すぎて出来ない軽食をマジンの耳元で音を立てながら食べた。

 どういう心情なのか理解が必要なのか不要なのか、マジンは悩みながら自分の分を食べる。相手の体の分腕が自由にならずハチミツや油がお互いの体に溢れる。ポロポロと食べかすまみれで幼い子供のような食べ方だった。

「食べ終わったら降りろ」

「寒いからイヤ。お風呂入りたい」

 リザは締め付けるように絡む足に力を入れた。

 水槽に少し湯と水を流してから湯を張って腰を下ろすと、リザは固く結っていた髪留めを引き抜いた。

 それを握ったまま腕を絡め直した。

「そんなにボクを殺したいのか」

「どうかしら。いまはそうでもない」

「結婚しないか。娘たちも喜ぶ。実は結婚の提案は娘たちの発案なんだ」

「そうだと思った。かわいいわね。四人とも」

 リザは髪留めの切っ先でマジンの首筋を撫でる。

「それは魔法の武器かい」

「さあ。でも、私の倍も勝っている仲良しの蟷螂の娘が餞別にくれたわ。なんで取り上げなかったの」

 不思議そうにリザが言った。

「綺麗な長い髪が汚れたままでは、家族の墓から逃げ出すにもあまりに気の毒だからさ」

「土にまみれさせるのはいいのかしら」

「新しく湯を張ったから、ゆっくり髪を洗ってからボクを殺せばいい。それとも血の沐浴がお好みか」

「くっついていたい」

 リザはそう言いながらマジンの耳たぶをかじる。

「嫁に来い」

「それはイヤ。あなた絶対他所に女作るタイプだもの。町に行くと必ず女買っているでしょう。有名だったわ」

「結婚したら止めるよ」

「そしたら今晩みたいなのを私が一人で相手するの?私の心臓が何回か止まったっていうのはきっと本当よ。酒場の女の人もあなたの相手をすると二日くらい天国さまよっているみたいだって言ってた。きっと恋人の素行調査をしているとでも思われたのね。自慢話みたいに教えられたわ。毎日だったら私すぐ天国の住人になっちゃうわよ」

「加減をすればいいのかい」

 あやすようなリザにマジンは探るように言い募る。

「人並みに加減なんか出来ないでしょう。普通の男は二三回精が抜けたらしばらく血が足りなくなるものらしいわよ。だから野人とか家名を名乗っているんでしょうけど」

 リザはマジンの首元に固いものを意識させながらマジンの口元を舐める。

「軍に戻る気になったんだね」

「もともと休暇で戻ってきただけよ」

「決闘で死人が出れば軍に復職というわけにもいくまいに」

「そのときはそのときよ。私も死ぬかも知れなかったんだし。あなたも殺すつもりで殴ったでしょ。結婚を申し込んだ若い女の腹をあれだけ容赦なく殴れるってどんなろくでなしよ」

「そのろくでなしの子種は旨いか」

「味は知らないけど、最高に気持ちいい」

 そう言っただけでリザはブルリと達した。

 萎えかけていたマジンの陽根がざわりとリザの子宮を目指し、リザの快感を助けた。

「子供はどうする。たぶんできているぞ」

「できてれば、産むわ。これだけやられたら逆にもう流れているかもしれないけど」

 あっさりと残酷にリザは言った。

「一人で育てるのは大変だぞ」

「あんたが四人もできたことを、どうして女のアタシが出来ないと思っているのよ」

 リザはマジンの上で腰を起こし、自分の引き締まった体の若い健康的な乳房を見せつけるようにして言った。

「ボクだって女房がいなかったわけじゃない。よく出来た女だった」

「よく出来た人だったんでしょうね。二年か三年か、ともかくあの子達の乳離の間、あなたと一緒にいたんでしょ」

 リザはマジンを誂うように言った。

「最初の一年は大変だぞ。一人でも四人でも五人でも苦労は同じだ」

「それでもたぶんあなたと一緒にいる一年よりは楽よ」

「……強情だな。顔の腫れや肋が治るくらいまではいるんだろう」

 マジンはリザの胴回りの筋肉の筋をなで、肋の様子を確認する。

「春に戻ればいいことになっているから、しばらく置いてもらえると、出費がふせげて助かるわ。軍に戻っても宿舎の宛もないし」

「体で払ってもらおう」

「いいわよ。いくらでも楽しませてあげる」

 リザの腰と胎がグルリとうねった。

「軍に戻るとして子供はどうする」

「産むのも育てるのも蟷螂の子たちと同じように養育院に助けてもらうわ」

 絞り伸ばし吸い出すような動きにマジンが呻く。

「墓参りは来るんだろう」

「もちろんよ」

 リザがニヤリと笑った。

「ボクが結婚していてもやきもち妬くなよ」

「奥様にはぜひ愛人として紹介していただきたいわね」

 リザがマジンを観察するように蠢く。

「子供を引き取りたいって言ったらどうする」

「息子だったら、あなたの娘を嫁にすること。娘だったら、あなたの愛人にすること、を条件にするくらいかしら」

 流石にマジンが嫌そうな顔をする頬にリザが口づけをする。

「近親婚は問題ないのか」

「軍はあまりそういうことに関心がないの。むしろ兵士は家畜と同じような感覚で掛けあわせたいみたいなくらいね。この辺も聞けば多いと思うわ。辺境は人が少ないし、ウチもたぶんそう」

「それなら、別にボクが他所に女作っても気にしないでいいだろう。結婚しよう」

「それはイヤ。絶対やきもち妬くわ。それなら、って意味がわからないけどヤキモチ灼いてる自分を想像するのもイヤよ」

「それなら娘を愛人にとか言わなければいいだろう」

「そういう畜生並みの外道ならあなたを恨めばすむことでしょ」

 言いながら勝手に腰を動かし勝手に快楽の絶頂を貪っているリザを抱きしめる。それだけでリザが新たな絶頂に達したことが伝わる。

「かわいいな。お前。愛しているよ」

「……腹立つ。でも、たぶん私も好き。結婚して一緒にいたらずうっとつながっていたい」

「ずっとって、便所はどうするつもりだ」

「我慢する」

「無理だろ」

「……じゃあ垂れ流し」

「ボクはお前に突っ込んだままとか無理だろ」

「私の中で漏らしてもいいよ。どうせおしっこも精液も出てくるところ同じなんだし、きっと気持ちいい」

 リザはとろりとした痣だらけの顔で言った。

「結婚するのはやめよう」

「お試しで二週間。痣が消えるまで置いて。それで良ければ肋が治るまで」

 そう言ってリザはマジンの肩に顎をかけ伏せた。

 ビュルビュルと子宮に精液を注ぎこむ腰の震えとそれを絞り吸い上げるような内臓の震えを二人は心地よく感じていた。

「そろそろ夜も明ける。体を洗わないか」

 水面に浮いてきた二人の体液の汚穢を排水溝に押しやりながらマジンは新たな湯を足す。

 リザは意識を失って眠っていた。

 リザの膣と子宮は呼吸の度にマジンの陰茎を吸い上げあやしていたが、子供が指をしゃぶるような自然なものだった。

 リザの腰を起こして持ち上げるようにすると、流石に疲労で痛みを感じていた陰茎が張りも縮みも出来ずにだらしなくズルリと抜けた。

 しばらくすると胎盤か何かの膜のようなものがリザの股間から生き物のように出てきた。二人の体液が固まった白っぽい薄紅色の蜘蛛の糸のようなソレは、マジンが引っ張り流せるような粘度を持っていて水の流れに果てしなく紡がれているようだった。

 マジンがリザの腹に見つけた奇妙に痙攣するしこりを揉むと、ゴボリとひときわの澱のようなものがリザの股間からこぼれ、やがて糸のような流れは止まった。

「もう終わりなの。日が沈むまでつながっていたかった」

 リザが夢見るような声で言った。

 結局、リザは二日ばかり足腰も立たず、客間で療養することになった。

 町の医師の見立てはマジンのそれと同じようで、肋骨が何本か割れているもののとくに大きな怪我はなく、ひとつきもすれば痛みも消えるだろうということだった。むしろ慎むべきは荒淫で若く盛り上がりすぎることはままあるが、女の体は丈夫といっても限度がある、半月は慎むように、と釘を差され化膿止めと湿布を渡された。

 娘たちはアルジェンとアウルムでさえ、相談相手としての大人の女性としてのリザを歓迎した。リザがまだ十六歳であることを思えば、それは些か荷が重い役回りであったけれども、ともかく姿の上からも今この場で娘たちからは一際の年長者であり、殴り合いの喧嘩で怪我までして結婚の申し出を断った、とても強くて勇敢でカッコいい女性として四人の娘たちから無冠の栄光を刻まれた。



 そうやってリザは冬の間ローゼンヘン館にいたが、雪が緩み始め道が見え始めたある日、突然朝食の席で共和国軍への復帰と出立を告げて出ていった。

 特段、不満があったようには見えなかったが、不満がなかったから軍に戻るということかもしれない。

 そのあたりの機微は話してもなかなか分からないものだ。

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