第11章2 お姫様の大胆な作戦




 ミュースィルにとって、クラウノ=カルスとはこの大会の出場選手の中でも、あるいは一番戦いやすい相手だと言えた。




 ドゴォオォォッ!!!


「っん。はぁ、はぁ……ホッ、今回も何とか避けることができました…」

 クラウノの突撃はブレない。幾度かわされても戦法を変えようとする気がない。もしこれがその都度、小賢しい工夫の一つも加えてくるような相手だったら、ミュースィルに勝ち目は一切なかった。


 しかしどこまでも単純シンプルを貫く相手の戦法姿勢は、避ける事さえ出来れば、戦い事の苦手な彼女でもまだ対抗する目がある。




「(こちらから攻撃を入れるタイミングはやはりここでしょうか? それで何とか致しまして、想定したところまで持っていかなくては私の勝ちはありませんし……)」

 丁寧に、何度も相手の動きを繰り返し見ることが出来る。そして次も同じ動きで襲い掛かってくると分かっている。

 ならばミュースィルはとにかく丁寧に自分の出来る攻撃を当てる最善を探った後で、行動に移すだけで良い。

 元々学園でもトップクラスの成績の彼女だ。その頭の良さから、十分な時間をもって落ち着いて事に当たれさえすれば、まだ戦える。



「なるほどな、不格好ながらよく避けるもんだ。ちぃっとばかしまだ甘くみてたかもしれないな。けど姫さんよ……ただ避けてるだけじゃあ、勝てもしないぜ?」

 クラウノの言葉からは、彼女の意図を推察しているものが感じられる。

 ミュースィルが次の突撃の際にそろそろ何がしか仕掛けてくるだろうと既に予測しているようだった。


「! ……もちろんよく存じております。ですが、まずは攻撃に当たらないことが最優先ですので」

「ま、そうなるだろうなぁ。そんじゃま、次はどうかなッッ?!」


 ドンッ!!


 再びクラウノが突っ込んできた。


 上げた両腕は、前傾姿勢の胴に遅れるようにやや後ろに流れ、いつでも振り下ろすことができる位置をキープ。

 自身の胸部に当たりそうなほどしっかりと膝をあげての走りは、1歩の距離よりも力強さと接敵に向けて伸びるような加速を意識したもの。

 ミュースィルとの距離を詰めるのに比例して勢いが増していく。逆に言えば、勢いが乗り切れていないうちはまだ方向修正が効くという事でもある。


 なので彼女が避けるためには、クラウノが修正しきれないところまで勢いを増したかどうかを毎回見極めなければいけない。



「(先ほどの突撃では少し反応が遅れてしまいました。今度はもう少し早く跳ぶように意識を……)」

 ただぶつからないようにするだけではクラウノの突撃はかわしきれない。何せ両手にしている武器は長大。振るえば一定の範囲を薙ぎ払える。

 ミュースィルが避けるということは、その振るわれる武器の攻撃範囲外までその身を動かさなければいけないということ。


 しかし機敏な運動能力とは無縁な彼女。


 ギリギリまで接近されてからでは当然間に合わないし、かといって早すぎると相手に移動した方向へと合わせられてしまう。

 今でさえ下着が見えてしまう恥をしのんで、その場からの跳躍後、全身で闘技場の上を転がることで何とか間に合っているといった感じだ。


 遅くても早くでもいけない―――難しいタイミングでの行動を強いられていた。




「どぅりゃあああああああ!!!!!」

「ッ、ここ―――っ」

 ミュースィルが飛ぶ。直後、彼女がいたところをクラウノが砂煙をあげながら通り過ぎる。



 ドゴォオッ……ン!!!



 突撃の勢いを止めるためなのか、必ず攻撃を炸裂させるクラウノ。そのたびに爆煙のような派手な土煙が立ち上る。

 闘技場の上、敷き詰められていた石板は吹っ飛んで、もはや穴だらけになっている。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「へぇ? またかわせたのか。けど、それで精一杯って感じだな」

 てっきり何かの攻撃がくると思っていたクラウノは、少しだけ拍子抜けしたといわんばかりに木製バトルハンマーを肩にかけ、一度構えを解いた。


「そう、ですね……はぁ、はぁ、はぁ、こんなに動いたのは久しぶりかもしれないです」

 荒い呼吸に呼応して、大きな胸はいっそう上下に大きく揺れる。


「肩で息するとはよくいったもんだが、姫さんの場合は胸で息してるな。あんま無理しねぇ方がいいんじゃないか?」

 別にセクハラのつもりで言ったわけではない。クラウノの表情は変わらず真剣そのものだ。むしろその言葉にはほんのりとした侮蔑ぶべつ的な意が宿っている。


 力のない者がしゃしゃり出てくるのは感心しない―――そんな不快感が漂っていた。



「ご心配にはおよびません。ふぅ……確かに運動ごとや戦技は得意とは言えませんが。スゥ~……っ!」


 ズゥゥッ


 息を整え終え、大きく呼吸を吸い込んだミュースィルは、杖を横に構えて片手で持つ。するとその足元が輝きだした。


「お、魔法かやっぱ。さー、どんなのをぶっ放してくる気だ?」

 輝く魔法陣がミュースィルの足元に浮かんでも、クラウノはむしろ楽しみだと言わんばかりでまったく臆さず、警戒心も希薄だ。


 再び構えこそしたものの向かってくる様子はない。何かするつもりならやって見せてくれよと言わんばかりに、彼女の行動を待っていた。


「ふー……はー………、~~~、……―――ッ……~~、<放電エレクト>」


 ピシュリッ!! ビビッ……ビシュシュシュッ


 ミュースィルの杖先に電気がほとばしり出す―――が、それだけ。

 なんてことはない、攻撃魔法ですらない原始的な、放電を発生させるだけ・・の基礎魔法の一つ。


「……」

 クラウノは “ マジか? ” と呆れかえる。とてもじゃないが決勝の試合で使うような見栄えする魔法でも、実戦的な効果を持つ攻撃手段でもない。


「そんなちゃっちい電気で……何をしようってんだか!!」

 戦いを舐めるなと言わんばかりに急発進するクラウノ。

 しかしミュースィルは大真面目な顔で、杖先の放電を続けている。


「……。……っ! いまっ」

 回避のために跳んだ―――いや短い。彼女の身体はまだクラウノの攻撃範囲の内側だ。


「避ける体力もなくなったのか!? けど容赦はしねぇ、うっるぁぁあっ!!!」

 しかし近づくクラウノに、ミュースィルは杖を持っていない・・・ほうの手を前にかざした。


「ここですわ、<風圧エアプレッス>!」

 

 ビュオォッ!!!


「ぬぐっ??!!」

 ちょうど向かい風になる形で押し寄せた風圧。勢いが少し相殺されるものの、攻撃と言うにはやはり安い手だ。


「そんくらいで止まるわけがっ」

 既に振るわれ始めている両腕。しかしミュースィルは僅かに遅くなったクラウノの動きをハッキリと見て捉えることができた。


「えいっ!!!」


 ビシュビビビッ!!


 狙ったのはバトルハンマーを持った腕。木製の巨大拳闘グローブに比べて長い射程を持つソレを操るために、パンプアップしていた腕の筋肉めがけて杖先の放電を当てる。


「ぐっ!!?」

 いくらクラウノが鍛えている言っても、弱いながらに電気を受ければ筋肉組織に一定の影響が必ず生じる。

 すなわち本人の意志とは無関係に、筋組織の誤動作が生じてしまい、攻撃に支障が出てしまうのだ。


 ズゴォッン!!


 巨大拳闘グローブの方は予定通りに地面をぶっ叩いた。だがバトルハンマーの方はクラウノの手から離れ、はるか闘技場の外まですっぽ抜けていってしまう。




「はぁ、はぁ、はぁ……弱い魔法も使いよう、です…」

 ミュースィルの立ち位置は拳闘グローブの射程外。

 最初から位置を見切り、バトルハンマーが飛んでこない事を見越して、最小限の回避に努めて、態勢と体力を維持する。


 それでも賭けになる部分は多い。上手くいかなかったら今頃はバトルハンマーによってその身を叩きのめされていたことだろう。


「……。なるほどな、油断大敵だまったく。やるじゃないか、姫さんよ。基礎魔法を用いるってぇ発想はエンリコの奴のモノマネかい?」

「ええ、まぁ。ですが私のは一朝一夕……十分な攻撃に昇華させるまでには至りませんが、それでもです」

 もちろんシオウの指南によって、短期間で何とかここまでこぎつけただけの弱々しい力でしかない。


 しかしそれで何ができるのかを考え、そして実際に用いてみせた。本格的な戦闘者から見れば悪あがきの小手先レベル。


 それでも成果をあげた、こうして相手の武器を失わせるに至ったのだ。ミュースィルには十分すぎる戦果だった。








「やった、やりましたよ! まさかあんな風に魔法を使うなんて!」

 ノヴィンは鼻息荒くしながら試合を観戦している。弱い力でも結果を出せるという実例は、彼のツボらしい。


「シオウさん、あんなんミュー姉様にいつの間に教えてたんです?」

「チーム・ハルとの対戦の後から。エンリコの奴の魔法の使い方は基本を昇華したものだからな。いいかえれば基礎魔法を修得していれば、真似することはできる……が、そんな簡単にいくなら他の誰もが全員とっくにエンリコの真似をしてる」

 いかにもリスクがあると言わんばかりのシオウに、スィルカは眉をひそめた。


「簡単で弱く、基礎だろうと何だろうと魔法は魔法。失う魔力は少なくないし、短時間に連続で・・・用いれば負担感は強い。最大の問題点である連射と魔力の溜め……この2つを克服したエンリコは、あらかじめ魔力を蓄積しておく方法を取って解決した」

「? ならミュー姉様にも、なんでそうしなかったんです?」

 しかしその問いに、シオウはゆっくりとしかし力強く否定の首振りをしてみせた。


「させるどころか出来ない・・・・んだよ、そもそもが。意識的に魔力を常時蓄積しようと思うと、魔力そのもの・・・・を扱う技術がいる。けどそれは魔法に関する独特のセンスとか才能とかが関係してくる部分だ。努力だけじゃあそれこそ一朝一夕どころか、数年かけたって安々と身につく芸当じゃない」

 今度はノヴィンが不思議そうにシオウを伺った。


「? それじゃあシオウ先輩、そのエンリコさんはどうやって魔力を試合までに溜めていたんですか? その、魔力そのものを扱う技術っていうのがあったんですか?」


「魔導部材を利用した裏技だよ。魔力をとにかく溜め込める魔導具用部材バッテリーをいくつも連結して溜め、試合直前でそこから自分の身体に流し込んで会場に来た―――研究肌マッドらしいやり方だが、そこまでしてみても自分の中で留めておく技術がない以上、何もしなくても魔力はどんどん減ってくし身体にも悪い。しかも無駄が多くて魔導具に溜めた魔力の20%程度しか移せないときている、欠陥だらけの付け焼刃だよ」


「え、えらい詳しいですねシオウさん?」

「チーム・ハルとの対戦後、エンリコの奴から直接聞かされた。……ご丁寧に聞きたくもない魔法ヲタクの熱心な講義付きで」

 容易に想像できるその光景に、ノヴィンとスィルカも辟易としつつ同情心を表情に滲ませた。


 ・


 ・


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「……へっ、確かに武器は1つなくなっちまった。けどまだこっちの拳がある。しかもコイツは見ての通りの装着型、どっかに弾き飛ばすことはできないぜ!?」

 懲りずにミュースィルへと突撃するクラウノ。彼の強さの真骨頂はここにある。


 たとえ武器を全て失おうが彼なら素手でも戦うだろう。


 燃え続ける闘志と真摯にして純粋な戦技への真剣さ。それが彼に怯むという事を忘れさせる。

 結果、戦法の弱点を知られようが関係のない、その上から全てをねじ伏せるシンプルな戦い方に、彼の力は磨き抜かれて集約した。



 自分と、自分の持つ武器を十全に用いての突貫―――さながら彼自身が撃ち放たれた砲弾のよう。



「……っ!」

 ミュースィルは跳ぶ―――が、またしても距離が短い。


「さっきと同じか!? けど今度はキッチリと捉えているぜっ」

「はぁ、はぁっ、もう少し…我慢を・・・…っ、<風圧エアプレッス>!!!」

 やはり同じ手。だが今度は風の魔法をクラウノではなく後ろに向けて放った。


「なにっ!?」

 当然、ミュースィルはみずからクラウノに飛んでいくことになる。


 入射角度的に、クラウノの巨拳の直撃を何とか受けずには済みそうなルート。

 それでも鍛えている彼の身体に、柔肌しかないミュースィルはぶつかるだけでダメージになってしまう。


「ここでっ」

 ……ボッ


「これでわたくしの勝ちですっ、<旋風ウィンドブロウ>!」

 クラウノとの衝突ギリギリのところで放った魔法は、二人の足元から上方へと巻き上げる風を発生させた。


 ビュオォオオッ!!!


 一瞬ではあるがかなり強い風圧。クラウノを空中に少し浮かせるには十分といったところだが、それだけだ。


 ポニュンッ……


 やや上に位置していたミュースィルに下から接触し、その胸に左肩を擦る。

 そのままクラウノは自分の突進の勢いもあって、斜め方向に空へと投げ出された……が、やはりそれだけだ。


「?? なんだあ、この程度で……よっと。勝利宣言とかどうなんだ?? むしろこっちが勝利の前のご褒美を頂いちまった感じだった気がするんだが」

 舞い上がったのはほんの数mだ。余裕で着地を決め、訝しげるクラウノ。


 しかしミュースィルはクスっと微笑んだ。


『クラウノ選手! 防具不備による不適切な装いにより反則とします!! よって、ミュースィル様の勝利!!』


「んな??? ……な、なんだこりゃ!!!?」

 見るとクラウノの防具が焼け・・落ちていた。上下とも、真っ黒な灰になっている。


 大部分が丈夫なれど布製、しかも通気性のために比較的燃えやすい素材を多く使っていたのか、綺麗に燃えていた。

 もとより露出の多かった上半身はまだしも、下半身のズボンが完全に炭化している。既に半分が崩れて筋肉質な脚がお目見えしていた中、今まさに局部の覆いすら崩れ落ちた。


『『『キャアアアアアアーーー!!!!』』』


 見えたか見えないかのところで、観客席から女性客らの声が上がる。顔に手を当てて視界を一時自ら遮っていたが、多くが好奇心からかすぐに指の隙間を作っていた。



「はぁ、はぁ、はぁ……少し前にあなたが、私が何か仕掛けてくると予想なされた時の突撃―――あの時は何もしなかったのではなく、避けながら同時にちゃんと行っていたのです」

 そう言ってミュースィルは軽く、杖の先にボッと小さな火を起こしてみせた。


「すれ違いざまにこの小さな火を忍ばせておきました。そして可能な限り燃え上がらないように集中しながら、機会を待ちました……。はぁ、はぁ……一瞬でご衣裳を燃やすためには、なるべく木製の武器へと火が移らず、火力が集中するように燃え上がらないといけませんでしたから」

「それでバトルハンマーを弾き飛ばしたってわけか。最後の風の魔法はこっちの態勢を崩すためとかじゃなく、炎を一気に燃え上がらせるためだったわけだ。してやられたぜ……やるじゃんかお姫さん、完敗だ」






 実際、普通に戦闘でクラウノに勝利するための攻撃力がミュースィルにはない。


 そのために試合のルールを逆手に取り、あられもない姿にクラウノをどうにかして追い込む事で、勝利を引き寄せるしかなかった。



 そして、簡単な魔法ばかりを用いたはずなのに強い疲労感が全身を駆け巡る―――今にも意識が飛んでしまいそうな感覚。


「(これが、魔法を短時間で多量行使する事によるリスク……なの、ですね……)」

 ややおぼつかない足取り。何とか闘技場を降りきるまでは頑張っていたが、朦朧とした意識はそこで彼女の心身から力を奪う。


「わっとと!! 大丈夫です、ミュー姉様?!」

 スィルカが慌てて階下で前のめりに落ちてきた彼女を受け止めた。さすが足腰を鍛えてるこの従妹いとこは、余裕で彼女の身を受け止める。


「…え、ええ…、平気、です……シルちゃん。……少し、めまいがしました…だけ、ですから……」

「治癒魔導具の前で休むといい。ブレインアウトはしなかったが、精神がだいぶまいってる」

 スィルカに支えられながら下がるミュースィルを見送ると、シオウは次の出番のノヴィンと向き合った。



「よしノヴィン、次頑張ってな。基本を忘れずに慎重に戦えよ」

「はい、行ってきますシオウ先輩!」

 ノヴィンは、ミュースィルの試合に勇気をもらった気がして、気合いは十分だった。

 恐らくは容易く勝てはしないし、もしかするとすぐに負けてしまうかもしれない。しかし…


「(お姫様があんなに頑張ってたんだ、僕だって頑張らないと!)」

 男の子の矜持。それはノヴィンにだってある。

 それを察したシオウは多くを語らず、ただ階段を上がり始める前の背中を軽く一叩きして、後輩を送り出した。






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