場外でほくそ笑む敵
第9章1 少数の敵は危険な気配
―――――選抜大会の準決勝。
勝ち上がった4チームのリーダーが闘技場の上でクジを引き、それぞれチームメイトの元へと戻ってゆく。
「俺達は1試合目、しかも相手はチーム・モロだぞシオウ」
そう言ってリッドが見せた紙には “ B ” と書かれていた。
「今更だ、どこと当たったところで…だな。んじゃま、勝ちに向けて決めること決め、考えること考えるとしますか」
闘技場の脇、それぞれ四か所に別れて各チームがたむろしている。
それがそのまま
そんな中、珍しく気怠そうにしていないシオウが、言葉とは裏腹に対戦相手を少しだけ真面目な表情で伺う。
「今回は少しはやる気になってくれてはりますん? 珍しいこともありはるもので―――シオウさん?」
スィルカが茶々を入れようとしたが、シオウはまるで気に留めない。
対戦相手のチーム・モロを見ている…というよりは、それを通して何か気になる事を感じているような雰囲気を醸し、微動だにしないまま。
リッドが完全に闘技場を降りきり、自分達の元へと歩み戻ってきたところで声をかけた。
「リッド。今回のオーダー…大将にノヴィン、副将はミューを置くべきだ」
4人はかなり…いや非常に驚く。
なんだかんだ言ってシオウという人物は、ああしろこうしろと具体的でハッキリとした言葉や指示、命令の類を出したり強要したりすることはあまりない。
少なくともリッドは知り合ってからこの約1年半の間、初めて見るシオウの様子に戸惑いを覚えた。
「えー…と、その心は?」
「前3人だけでケリをつける。悪いがノヴィン、ミュー…この試合に二人の出番は、ない」
一切の気遣いも含めずにビシリと言い放つ。ここまで厳しい物言いはシオウには本当に珍しい。
だからこそ4人は見ずにはいられなかった―――――闘技場を挟んで反対側にいるチーム・モロを。
「……今度のお相手の方々はそれほどにお強いのですか、シオウ様?」
「んー…まだ3人しかいてませんし、今の所そんな凄そうな雰囲気は感じられませんけどもー」
ミュースィルとスィルカは、今一つピンときてないと言った風だが、ノヴィンの反応は少し違った。
前3人でケリをつける――――シオウはそう言った。つまり大将と副将はこの試合においては完全に戦力外のポジションと言っているに等しい。
元よりノヴィンは、自身が戦力外である事は自覚も覚悟もしている。なのでそう扱われる事にショックや悔しさはない。
しかし、なぜ自分のポジションが
ミュースィルではなく自分をそこに指定したという所に、シオウの何らかの意図を感じたノヴィンは、自分の役割を把握するため、問う。
「……シオウ先輩。僕は大将として何をすればいいんでしょうか?」
「ギブアップ宣言役。もし前3人が負けた場合、チームの敗北を宣言すること……それがノヴィン、この試合でお前にしてもらう役割だ」
他3人がえっと驚く中、ノヴィンはぼんやりとだがシオウの意図するところを理解した。
このチームにおいて決定的な戦力となるのはリッドとスィルカの二人。そして準戦力として身のこなしと観察および分析によって様々な相手への対応力に長けたシオウ。
ミュースィルとノヴィンは、それぞれ戦法の土俵は違えど総合力でいえばどっこいどっこい。この5人の中では明らかに戦力としては厳しい。
そしてチーム・モロを相手に試合に
しかしそれなら、大将の権限であるチームとしてのギブアップ宣言はどちらが担っても良いはずだ。
「…もしミューが大将の場合、皇室のお姫様が自分のチームの敗北宣言をするっていう、絵面になってしまうが彼女の身分上、よろしくない。それに試合運び次第では
ミュースィルは皇帝の実子たるこの国のまごう事なき姫。権威ある身分と立場は本来、その身をこのような戦技大会の場に出す事自体が
加えて皇室の威厳と体裁を傷つける行為などもっての他だ。出来うる限り
本大会においては、リーダーというよりも試合順…ポジショニングの意味合いが強いとはいえ、大将役として相手チームに屈する決断と宣言をするのは、まさにその厭うべきことだ。
「いやいや、このミュースィル姫さんが感情的に…意地になって試合続行の判断を下すなんて事は在り得な―――――、……っ!?」
言い終わる前にシオウの言わんとするところに気付いて、リッドはハッとした。より強い驚愕の表情と共に、チーム・モロの方を再び見やる。
「……マジか? そんなに
この状況下において、たおやかで温厚極まりなく
つまり、スィルカにそれほど残酷な負けを突きつけられるだけの実力を、相手は持っている、という事になる。
「ウチがボロ負けする…いや、その危険ある相手いうことですか? んー、とてもそんな結果、想像できませんけども……」
とはいえシオウの意見は無視できない。気を引き締めなおし、瞳に真剣な輝きを宿すスィルカは、鋭くチーム・モロの面々を見据えた。
「…分かりました。その時は迷わずギブアップします、安心してください!」
スィルカがそんな酷い負け方をするかもしれない相手だというのなら、ミュースィルやノヴィンは逆立ちしたって勝てないだろう。戦える前3人が負けた時点でチームの勝ちはない。
ならその時は潔く負けを宣言しようと、ノヴィンは力強く頷き、己の役目を受け入れた。
・
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そして両チームのオーダーが決定。
闘技場の中央で、審判がそれを高らかに読み上げる。
『お名前の読み上げは失礼ながら敬称略とさせていただきます。
……まずはチーム・リッドのオーダー!
先鋒、スィルカ=エム=ルクシャード!
次鋒、シオウ!
中堅、リッド=ヨデック!
副将、ミュースィル=シン=ルクシャード!
大将、ノヴィン=コラットン!』
『対するチーム・モロのオーダー!
先鋒、モイック=イラ=ルワイデン!
次鋒、クドゥマ=リ=ワスパーダ!
大将、モーロッソ=レステルダンケ!
…なお、チーム・モロは残り2名は急なトラブルにより、
本試合は不参加となり、3番手を大将とさせていただきます』
・
・
・
「あの方が先鋒…気を付けてね、シルちゃん!」
「もしかしてアレが以前ミュー姉様に
モイック=イラ=ルワイデン。
かつて人気のないところでミュースィルを襲わんとした、チームメイトにさえ気味悪がられている男子生徒だ。
(※「第1章3 皇女様の胸の中」参照)
昔は権力欲も強く、ミュースィルをモノにしようとしたのも単純にその美貌目当てに限った話ではなかった。
王侯の仲間入りを強引に果たさんという、明確な目的もその行動には含まれていた。
卑屈な性格――――かつてはガントに取り入り、逆恨みからシオウ達にけしかけんと考えた事もあった。
ところがある時より、そうした学内派閥めいたところからは距離を置き、こうしてチーム・モロの一員として大会に出場するに至っている。
(※「第3章5 庶民上がりの覚醒者」参照)
「ひひっ、ふひっふひぃっ…ボクの最初のお相手はスィルカ姫ですかぁ…。ま、シオウの奴をのめす前の前菜としちゃあ悪くない……うへ、うへ、うへっ♪」
しかしシオウに邪魔をされた事を今でも根に持ち、ますます不気味さと気持ち悪さを
長い黒髪は乱れたまま垂れ落とされ、大きなレンズの丸メガネの向こう、独特のいやらしい目つきがやる気に満ちた鋭い輝きをギラリと光らせる。
恨みの副産物。
モイックの精神は一皮むけ、成長していた。…もっとも、人として別の大事な何かも投げ捨ててしまってもいるようだが。
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――――観客席の一角。
「…まぁ。モロのチームは3人で挑むというの?」
夫のチームの試合を観戦せんと来ていたアレオノーラは、審判のオーダーの読み上げを聞いて、それまであやしていたメルリアナを随伴の侍女に預け、闘技場の方へと意識を向けた。
「何かトラブルとの事だが、さてはて…」
そして今日のお隣さんは、いかにもなベテラン軍人が私服で観戦に来ましたよ、と言わんばかりの雰囲気の、体格の良い中年男性だ。
ルクシャード皇国軍の、それなりに高位の軍人だろうと彼女は推測する。
「(選抜大会も佳境…、昨今の自国の若者の程を見にいらした、というところかしら?)」
この特別席で観戦しているという事はそれなりに力ある軍人なのだろう。しかしこのテの現役軍人は一般的な貴族の
ましてや10代前半の幼な妻とガタイの良い軍人中年男性。並んでみればその体格たるやあまりに差がありすぎて、言葉をかけづらいものがある。
…すると、相手の方から言葉が投げかけられてきた。
「だがこの試合は実質 3 vs 3 だ。アレオノーラ嬢……いや、ご夫人とお呼びすべきかな? ともあれ旦那さんのチームは言うほど数的不利ではないでな、ご安心なされい」
「ええと、そうなのですか? でしたら良いのだけれど……」
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・
「フッ、相手がいきなりガントのチームでなかったのは幸いだな。チーム・リッドのオーダーを見る限り、事実上3vs3の互角…まぁあの二人は頭数合わせの雑魚。元よりいなくとも、こちらには問題もなければ困ることもない」
リーダー格の男子生徒――――――クドゥマ=リ=ワスパーダは不祥事を起こし、この場にいないバカなチームメイトを卑下して吐き捨てる。
「………」
その横でモーロッソは少しだけ気持ち楽に佇んでいた。
先鋒のモイックが闘技場に上がる階段の手前で準備運動のつもりか、おいっちにーさんしーと呟きながら屈伸運動をしている様をぼんやりと眺めている。
「気持ちの悪い奴だが戦力にはなる。チーム・リッドのあのオーダー…中堅を下した時点でこちらの勝ちも同然だ。…今回も頼むぞ、モーロッソ=レステルダンケ?」
クドゥマは平坦な声でそうモーロッソに語り掛ける。くれぐれも分かっているな、と含意をのせて。
念押しされずとも分かっている―――――無言のままのモーロッソからそう聞こえてきた気がして、クドゥマは軽く目を伏せる。
そして不敵に笑みをこぼし、互いの先鋒が上っていく闘技場へと視線を戻した。
「ふひっ、ひひひっ! …まぁ~ずはシオウの奴の前にぃ…ハァ~、ハァ~…あなたからですよぉ、スゥ~、ハァ~…ハァァァ~…、ボクの餌食になってもらいますよぉぉ…、ハァ~、ハァ~…スィルカ姫ぇ」
「……気持ち悪い人ですね、ホントに。そんなんでよくミュー姉様に手ぇ出そう思うたもんですー。身の程を教えてあげますよって、覚悟してください」
少ししかめっ面のスィルカに対し、モイックはただただ不気味に身体を揺らめかせるばかり。
いかにも陰湿そうな言葉遣いと容貌だけでなく、動きまでもが徹底して気持ち悪い。
「(確かに、違う意味であまり相手したくないっていうんは思いますけども、とても強そうには……っと油断は禁物ですねー)」
開始位置に両者が立った。
スィルカは一度大きく深呼吸し、気持ちを切り替えて試合に集中しなおす。
が――――その瞬間、モイックはニタリと何か確信めいた笑みを浮かべた。
「では、両者構え……準決勝。第一試合、両チーム先鋒――――モイック=イラ=ルワイデン vs スィルカ=エム=ルクシャード。………始め!!」
審判の号令と共に試合が始まる。
スィルカは右手を前に出し、相手に手のひらを見せるように構え、まずは様子見の態勢を取った。
「(さて、どー動くのか拝見しますよって…)」
さすがに準決勝である。
勢いよくスタートダッシュで相手を圧倒する…などという戦法を取るのは軽率だ。あのいつもボーっとしてるシオウが、あれほどに懸念を表していたというのもある。
慎重に確実にいこうと、スィルカは対峙するモイックと軸をズラすように、右の方へジリジリと、己の位置をスライドさせつつ相手の動きを待つ。
一方のモイックは、髪と共に前にだらんと両腕を下げ、ニタニタと嫌な笑みを浮かべたまま、こちらもスィルカの様子を伺っていた。
「(向こうも様子見……そういえば……)」
今更ながら観察してみると、自分はもとよりキック主体の格闘技だが、相手も武器らしきものを何一つその手に握っていない。
どういった戦い方をするのか? これまで相手チームの試合を観戦していなかったのは結構痛いなと
「(あちらさんも格闘技? どこかに武器を隠しているーなんて事もなさそうですけども……)」
構えを変える。相手に見せていた右手のひらを返して、今度は甲を見せるような形。しかし左腕も上に持ち上げ、拳を握ってから肘を後ろに引く。
さらに上体も後ろに軽く引いて、地面についた右足部分が一番前にくるようにし、鍛えた体幹で全身をピタリと固定――――――
「(さぁどうしますー? ……素人さんやとしたら、相手の構えの意味なんて分からんはず。けど何か格闘技を
構えの変更は相手の戦闘方法を確かめるため。
反応で見極めようとするスィルカに対し、モイックは視線を床に落として、急に笑いはじめた。
「ふひっ、くくっ…ひひっひひひっぃっ♪」
「? ……何がそんなに面白いんです?」
彼女に油断はない。感情も平坦なまま厳に冷静なままで留める。
モイックのその態度こそが挑発や煽りのつもりなのかもしれないし、不気味に笑って見せる事がフェイントで、急に鋭く飛び掛かってくるという可能性も考慮。
スィルカは完全に集中している。そう、1mmの油断もなく完璧に目の前の敵を見据えていた。
……ぐらり
「――――――っ?!?」
目の間に……、誰もいない。
それどころかスィルカの構え開いていたはずの両脚が内股になり、闘技場の床に向かってストンと崩れた。
その場に女の子座りする形となった彼女。一体何が起こったのか理解しようとさえしない止まった思考。
1秒遅れてようやく頭が回り始めた時には、己の背後へとモイックに立たれてしまっていた。
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