第8章1 男と女と食べ歩き
先の2回戦終了の際、急に舞い込んできた大会スケジュールの変更告知。これを受けて1日の休みを経た本日は、1回戦で敗北したチームによる敗者復活戦が執り行われている。
しかしリッド達は試合場にいく事もなく、出店ゾーンを散策していた。
「つまり俺らは実質、丸2日休みってワケだ?」
「まぁそういう事だな。3回戦は明日……今日の敗者復活で上がってくる1チームを加えての4チーム2試合。それでまた丸々1日使う、と。随分と悠長なスケジュールになったもんだ」
シオウは片手に出店の串焼きを持って、スケジュール変更通知の紙を眺めながら軽くあくびを混ぜる。
「ということは…決勝戦もまた別で1日使う感じですか、シオウ先輩?」
ノヴィンもシオウと同じ串焼き肉を手にして、隣から軽く覗き込むように紙を見る。
「みたいだな。最初のスケジュールも結構詰め過ぎ感があるとは思ってたが、今度はまた極端に変わったもんだ」
そもそも今回の学内選抜大会は、予算的に結構厳しかったはずだ。経済的苦労を乗り越えて頑張った様がこの会場だけでなく、大会運営責任者でもある教師のフラッドリィの言動からも伺い知れる。
しかしスケジュールを伸ばすとなればそれだけ経費も増大してしまい、学園の資金繰りを考えると不可能であったはずだ。
「どこぞの御大臣がしゃしゃり出てきたんじゃないか?」
おそらくはリッドの言う通りだろう。諸経費を十分に賄える融資なりがあったのなら、むしろそれを使って大会を長引かせる方が学園の存在感をアピールできる。このお祭りムードも重なって、金持ちなどに学園への興味を引く事が出来れば、今後の大会の際の出資を募るのも楽になるだろう。
「ま、そんなとこだろうな。物好きはどこにでもいるもんだ」
基本は皇立――――故に学園の全ては皇帝の財布によって賄われている。しかし今回のこの学内選抜大会では、外部の金持ちや有力者らをスポンサーに資金繰りを頼っていた。
ということはつまり、学園に降りる予算を遥かにオーバーしているという事。
アルタクルエの国際大会は2年に1度なので、この選抜大会も2年に1度。
とはいえ、この規模で毎回開催するとなれば現状では金が足りないし、皇帝陛下にもっと金よこせなどとはとても言えない。ならば大会スポンサーとして金を持っている部外者を頼れるなら、学園側としてはありがたい話だ。
「でもウチのチームにはちょうど良かったと思います! 2回戦で当たったチーム・ハルに結構苦戦しましたし、いい息抜きになるんじゃないですか? 僕、
「(実際、ノヴィンにはいい休息のタイミングだったかもな…)」
そう思いながら、リッドは彼の足運びをさりげなく見た。僅かだがまだ少し疲労を庇ってるようなフシが動作に見てとれる。
元々、シオウから戦闘ごとには向いていないと指摘された、生来の骨格による戦才不遇の身。予選から2回戦までの試合で蓄積された疲労は、リッドやスィルカなら中1日で完全に回復するものでも、ノヴィンにはそうはいかないらしい。
「……なあシオウ。次の3回戦と決勝は国際大会と同じで、オーダー変更可能になるんだろ、ならウチも順番変えるべきかな?」
問い口調ではあるが、むしろ変えるべきだという意志がリッドの言葉に見え隠れする。それに対してシオウは、何の気もなく串焼きを口に咥えたままモゴモゴとしゃべり返した。
「おはへふぁほーひはへれふぁ、ほーふればひーんははひは。ひーふほひぃふぁはほはへは。(お前がそうしたければ、そうすればいいんじゃないか。チームのリーダーはお前だ)」
「まーそれもそうなんだが、一応相談しときたくってなー。変えるとしたらどう変えるのが一番いいか、考えが浮かばなくってさ」
「ふぉーふーほぼろふぁふぁおひはほうはへひぼ? ふへひほーはんへひふひんへんふぁひはふひひうほははひはらひはほ(そーゆーところは直した方がいいぞ? 常に相談できる人間が近くにいるとは限らないだろ)」
「そりゃわかってるけどさー。相談できる人間が近くに居る時は頼らせてくれよー」
「リッド先輩、シオウ先輩が何言ってるのか分かるんですか…」
口にモノ入れて喋るシオウもシオウだが、それでもその言葉を聞いて把握しているリッドもリッドだ。ノヴィンにはシオウの言ってる事がまったく聞き分けられない。
「ん? あー、なんとなくこうフィーリング的な? シオウの奴がなんか喰いながら喋るのなんざ今に始まった事じゃないしな―――――、……?」
1歩前を歩いていたリッドが不意に、完全停止する。
シオウとノヴィンに振り返ると同時に二人の背後、遥か先の
しかし、思わず動き止めてしまったのは一瞬。すぐに何事もなかったように話を再開する。
「…あ、そうだ、思い出した。あっちの方に
「あ、ハイ。ご相伴にあずからせていただきます先輩」
「ひほんはほむ(二本頼む)」
「両手に持つ気かシオウ? 1本にしとけって。その身体でどんだけ食い意地張ってんだよ…んじゃ、ちょっと行ってくるからそこで待っててくれよ」
そう言ってリッドはちょうど出店が並ぶ中の十字路を右に曲がっていった。
「……ムグムグ…ゴクン。やれやれ、アイツも悪戯が好きだな」
「? 悪戯? シオウ先輩それってどういう―――――」
―――――――シオウ達の後方、およそ15m。
あのリッド=ヨデックが離れていく。これはチャンスだと
「よーし、このまま自然にシオウくんに合流すれば…」
こっそり3人を尾行していたのは、リッド達と同年次のエイリー=スアラだった。
チーム・エステランタの一員で、今日も敗者復活戦に駆り出されたものの、試合順はかなり後の方だったため、空いた時間でカワイイ小物探しに出店巡りをせんと一人やってきていた。
その最中、遠目にシオウを発見してつい
「(大会がはじまってから、ずっとエステランタ様に振り回されてもうヘトヘトだもん、少しくらいいい思いをしたってかまわないよね?)」
楽しい楽しいショッピング。カワイイ男子とカワイイもの探し、まさに幸せなひと時だ。
しかも
エイリーにとっては、シオウとは恋慕の対象ではなく、小さい子がかわいくて大きなぬいぐるみを見た時の感情を持つ相手に等しい。なので特別二人きりになりたいとかはなく、恋する女子のソレよりも必要となる心のハードルは遥か低い。
なので一度決したなら歩み出さんとする足は軽かった。
「いざっ、幸せタイムに突――――」
「わっ! さっきから何してんだエイリー、俺らの後ろで?」
後方から声をかけられると同時に背中を軽く叩かれ、心臓が飛び出そうなほど驚くエイリー。大きく開けた口からは、驚きすぎて声なき叫びが吐き出されていた。
「り、リリリリ…リッド=ヨデック!?! なんで後ろからっ!? というかいつから私に気づいて!??」
「ぐるっと回り込んできただけだって。それに、そのお団子ヘッドは学内じゃお前くらいしかいないだろ。身体隠して頭隠さずだ、バレバレだって」
「ムググググ…っ、ふ、ふんだ!! べ、別に隠れてたわけじゃないもの! ちょうど前にシオウくん達を見かけたから声をかけようと思っただけで―――――あれ?」
ふと見ると前の方にいたシオウとノヴィンがいなくなっていた。
「ああ、アイツらならあそこだ。シオウの奴、串焼き喰い終わったもんで新しい食い物に目がいったみたいだな」
そういってリッドが指し示す方向。元いた場所からさらに20mほど先にいった出店の前に二人はいた。
「さて、シオウの両腕が食いモンで埋まっちまう前に戻らないと…ほれ、行くぞ」
「なっ!? な、なんで私があなたなんかと一緒に…って。引っ張らないでよ、ちょ、ちょっとぉ?!」
・
・
・
そうは言っても、なんだかんだでエイリーはシオウらと小一時間、行動を共にする事が出来た。幸せタイムを過ごす事が叶ったわけだが、彼女にはその後が納得いかなかった。
「どーして私がまたあなたと一緒に…ブツブツ…」
シオウとノヴィンは、用事があるという事で会場を後にする事になったのだが、その際に―――
『じゃ、後のエスコートはリッドに任せた。ちゃんと最後まで付き合ってやるんだぞ』
―――などと友人より言われてしまったリッドは、エイリーと連れ立って引き続き出店界隈を散策していた。
「そーいや、そっちのチームは今日試合あるんだろう? まだ大丈夫なのか?」
「まだ2時間は余裕ですが…面倒でしたらあなたも帰るなりどこへなりと行ってくれても結構なんですけどねっ」
なぜかリッドに遭遇すると二人きりの状況に陥る事が多い気がして、エイリーはますます彼に対する嫌気を深めながら1歩前を歩く。
だが彼女は気づいていない。そんな風に言われた側は、シオウみたくよほどマイペースな性格でもない限り、じゃあそういう事でとはいかない。
むしろ、仕方なしながらにお供せざるを得ない、という気持ちにさせてしまうものだ。
結局、リッドを引き連れる形で出店を見て回る事になったエイリーだが、二人で歩きだしてよりおよそ20分後、不意にその肩を掴まれて身を引かれた。
「な、っ、何する――――」
「――ちょい静かに。……」
急に真面目な顔になったリッドの懐に後頭部をつけ、見上げる体勢となった彼女。
一瞬ドキリとするものがあったのは確かだが、それを肯定も否定もする前に、何やら穏やかでないものを見るかのようなリッドの視線に気づく。
気になって出店の影から彼女も顔を出し、彼の視線の先を伺ってみた。
「? ……あれって、チーム・モロ?」
「………」
何も返答しないリッドだが、間違いない。
チーム構成こそ仲の良さそうなグループには見えず、性格にクセのありそうな者が揃っている連中。だが確かな成績をもってすんなりと勝ち進んでいると、彼女は認識している。
あれらが一体どうかしたのか? エイリーは再度リッドの表情を伺い、そしてまた連中の方を注意深く見た。
・
・
・
「ここまでは余裕だったな、さすが」
「どうも」
愛想のない返事をするモーロッソ。その態度にリーダー格の男子は軽く眉をひそめはするものの、すぐに一笑に付してまあいいと呟き、話題を切り替えた。
「次は3回戦、準決勝だ。相手はガントのヤツが敗者復活の雑魚か、それともリッド達か…」
リッド達という言葉にモーロッソはほんの僅かに反応する。が、特にこれといって気にする様子を見せなかった。表向きは。
「ま、どこが来てもやる事は一緒だ。これまで通りに頼むぜ?」
「分かってるよ。…用件がそれだけなら、今日はもう帰らせてもらいますから、ではまた明日」
「あ、おい、お前!」
モーロッソが連中から離れる。その態度に対して苛立ったメンバーを、リーダー格の男子が制した。
「まぁ放っておけ。やる事やってくれさえすれば何の問題もないんだ。アイツは俺には逆らえないからな。…ともかく明日だ、今日はこれで解散。お前らも英気を養っとけよ」
・
・
・
しかしメンバーたちは、納得いかないといった雰囲気で出店ゾーンを闊歩する。
「ちっ、野郎め。リーダーぶりやがって…」
「実際リーダーだろ、めんどくさいけどさー」
「モーロッソの野郎もだ。気に喰わねぇな、ユーレーみたいな態度取りやがって、ムカつくぜ」
「あいつらの事なんでどーでもいいんだよぉ~。ふひひっ、組み合わせ次第じゃあ明日…そう明日だ、ふへふへへっ、まってろよぉシオウ~…ひっひひっ」
こいつもこいつでなんなんだと、チームメイトを怪訝そうに見ながら一歩距離を開ける男子生徒たち。
何もかもが面白くない――――――そう思っていた矢先、彼らの視界に出店を物珍しそうに伺っている、赤いドレスの少女の姿がうつった。
「! おい見ろよ。アレ」
「…モーロッソの嫁だな。それが一体どーしたんだ?」
「へへ、旦那から受けた不快な気分をよー、その奥さんが晴らすってのは自然な事だと思わねぇかぁ?」
「!! おいおい、大丈夫かよ?」
「どうってことねぇさ。喋らねぇように脅しときゃ何とでもなんだろ。ってオイ、お前どこ行く――――」
「あいにくとボクはロリコンではないんでねぇ。人妻にも興味はありまっせぇん、キミ達だけで勝手におやんなさいな。ボクはこれで失礼しますよ」
執念深くて気持ち悪いヤツだが、それなりに自分のポリシーというものがあるらしく、気味の悪い仲間は離れてゆく。
1人離脱したことで、彼らは二人になった。
「…どうするよ?」
「へっ、むしろ足手まといがいなくなったんだ。丁度いいじゃあないか? よし尾けるぞ、いいところで上手く人気のないところに連れ込むんだ…くひひっ」
・
・
・
「あの人たちっ!!」
密かに近くまで距離を詰め、物陰から話を聞いていた二人。
エイリーは思わず飛び出しそうになる…が、リッドはその腕をガッシリと掴んで止めた。
「なっ…んで止めるのよ!!? あなたも聞いていたでしょ、リッド=ヨデック!」
「落ち着けバカ、感情的になるなって。……にしても、おかしいな」
リッドは少し前、モーロッソ夫妻についての手回しは既にやっといたとシオウより聞いていた。
しかし、いまだもってモーロッソは連中の言いなりになっている様子だ。
「(シオウの奴…確か、強力な手札を奥さんの方に渡しておいたっつってたよな…。ってことはあの奥さんが、まだモーロッソにその事を言ってないのか?)」
かなり先の方で出店を伺っている赤いドレスの少女は一人だ。旦那はおろか、不用心に供回りの一人も連れていない。
「(シオウの手回しはあくまでもいざって時用って事か…。ってなると、こいつらの暴走を見逃すとちょいと厄介な事になりそうだな)」
「――――ょっと、ちょっとリッド=ヨデック!! さっきから何一人で考え込んでるのよ! アイツらが行っちゃうじゃない、それにいつまで腕にぎってるのよ!?」
「ああ、すまん。…とりあえずあいつらを尾つけるぞ。企み聞いただけで手ぇ出すとこっちが不利だからな。もし連中がマジに馬鹿やらかそうとした時は止めに入ろう」
こうしてモーロッソの妻アレオノーラを、チーム・モロのメンバー二人が、そしてソレをリッドとエイリーが尾行する形となり、のんびりとしたお気楽な時間は一気に緊張感に満ちたものへと変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます