〇閑話:公益の盾をかざす我欲 ――――――


―――――――ルクシャード皇国、皇城1F、学園運営担当部。


「これはどーいう事か。なぜもっと早くに説明が上がってこなかったのですかっ?」

 己が身綺麗を常時気にかけている卑しそうな顔をした大臣が、ネチネチと担当員スタッフたちを糾弾している。


 だが当の担当員らは、耳を塞いで嵐が過ぎ去るのを待つような態度で、真面目に相手しようとする者は誰もいなかった。


「(いつもは出仕どころか登城すら滅多にしないくせに、うるさい奴だ)」

「(ホントにうっとおしい。家柄だけのボンボン大臣のくせに、仕事しなくていいからさっさと帰ってくれよな)」

 学園は皇帝自らが出資し、運営している。そのためこの城内にある運営担当部は皇帝直属部署の一つであり、そこに勤める者たちは誉れと誇りをもって、日々の業務に務めていた。

 だが、この大臣はそんな重要部署の担当部長でありながら、その役職による栄誉だけを享受して、仕事らしい事など何一つしていない男であった。


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 学園の運営は、まず皇帝陛下をトップにしてその下に他部署の長を兼任している別の高位の大臣がいる。

 そしてその下にこのダメな大臣が、運営担当部の部長を務め、その更に下に皇城の担当員たちがいる形だ。


 そして城外の現場部署たる学園では、学園長を筆頭に各教員らが実際の学園運営にあたっており、ほとんどの事はこの現場の学園側で処理されている。


 学園側からの報告を受け付け、皇帝への報告上奏やご下命を受けるなどの橋渡しをしつつ、予算に関する管理や事務、手続き、各種許可を出す等が、運営担当部の仕事である。


―――これが、学園運営を取り巻く大まかな組織構造である。


 実際は他の中小貴族らが間に何枚も噛んでおり、何かあればやたら介入しようとしてくるため、当事者である学園および運営担当部にとっては長年の悩みの種であるのだが…


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「軽々しく大会設備追加のための予算を通すなど、皇帝の私財をお預かりしているという意識はないのですか、貴様らは?」

「いえ、今回の予算は各貴族らの私費によるもので、既存の年間予算予備費からは銅貨1枚たりとも拠出しては…」

「お黙りなさい! この私めに口ごたえをするつもりか?! …まったく、これだから下賤の出の者は…」

 嘆かわしいとハンカチと取り出し、飛び出しかけた鼻水を拭う大臣に、担当員たちは誰もが気疲れから心中でため息をつく。


 今年から前任に変わって着任した無能上司―――――ペッレーフ=ロコロ=コスーィツャは、とりわけ強いストレス源として、運営担当部と学園責任者達を悩ませていた。





「……、この資料。他も出したまえ」

 不意に、ペッレーフと担当員たちの背後から静かな、しっとりとした、それでいて熟成された低い声が響く。


「!! こ、これはこれはガンツァーヴリッグ侯爵閣下! 御身がこのようなむさくるしくも馬小屋のようなところにお越しになられるとは――――」

「挨拶はいい。…そこの者、この資料に関連、付随するものをすべて見せよ」

 すり寄るようなペッレーフを完全に遮り、担当員の一人に要請するのは、この皇国における貴族の名門家の一つ、ガンツァーヴリッグ家の現当主であった。


 文官衆の最上位に位置する最高位大臣の一角でありながら、学園運営において皇帝直下の長官をも兼任している。


 担当員たちはぞんざいに扱われたペッレーフにいい気味だと思いつつ、数人が手分けして指定された書類を素早く集め、彼の要請に応えた。



「………フム」

 資料の束を、丁寧に1枚づつ目を通していく。

 大臣の名は――――チャールトン=ヴィクストル=ガンツァーヴリッグ。


 いけ好かない発言や態度が多いと、他の貴族達から裏では嫌われているが、大貴族の家柄というだけでなくその執政能力じつりょくの高さに、皇帝からも熱い信頼を寄せられている内政のエキスパートである。


 常に両目の下にくま・・があるが、それを指摘すると本人曰く、こういうシミであり、寝不足でも疲れてもいないと必ず否定する。


 担当員たちのような現場の意見や話もキチンと聞くため、ペッレーフとは違い、仕事のできる上司として下からも信頼されている貴族大臣だ。



 そんな彼が何に興味を示したのか? 一体その資料を読み終えた後、何を言われるのか――――担当員とペッレーフはツバを飲んで黙し続けた。


「…何故なのか」

 その緊張の静けさを切り裂くようにポツリと呟くチャールトン。


「え? え、えーとガンツァーヴリッグ様?? 何か資料に問題が…」

「いいや、資料には何も問題はない。だが私が不可思議に思ったのは、今回の選抜大会の諸規定ルールの方である」

 背は高く、しかし息子と違って肉のない細身の紳士。しかして発する言葉は一言一句、聞く者に重くズシリと響いてくる。


「選抜大会の…やはり危険が大きいというご懸念でしょうか?」

 かねてよりルクシャード皇国は、学園における戦技教育に関しては後ろ向きの傾向がある。それは戦闘技術を磨く事を野蛮としているとかいう事ではなく、生徒の安全を優先すべきという意見が根強いためだ。


 とりわけ通う学生の多くが貴族子息。怪我をさせてはならないと、普段からいささか過保護に過ぎるところがある。


 今回の学園内選抜戦技大会に関しても、安全に配慮することを何よりも優先する形で諸々が決められた。

 だが、それでも危険だという貴族達の声はなかなかなくならない。かといってアルタクルエ国際戦技大会に国の代表チームを送らないというのは絶対にありえないことだ。


 そして国際大会の年齢規定上、選手は学生より選ばざるをえず、それならばと選手として出場および勝利を持ち帰る名誉を我が子に――――そんな相反する矛盾した意見・要請をお偉い方から求められる運営担当部は、もう選抜大会に関する仕事にはウンザリしつつあった。



「いいや、逆である。このようにアルタクルエの国際大会と異なるルールのもとに勝ち上がった者が選出せしチームが、本番たる国際大会の場にて勝ち得るものであろうか?」

「は、はぁ…ええ、と、それは??」

「此度の選抜大会…皇帝の御子おこ様と姪子めいご様たる姫君達もご参加あそばされている。御家族を大事になされるあのお方が娘子むすめごの参加をお許ししておられるのは、陛下はそれだけ今回の大会にご興味を示されておられる……という事であろう」

 その意見は、これまでの方針とはまるで真逆だ。担当員の中には戸惑いを見せる者さえいた。


「かといって、特別な便宜を図る事はよろしからぬ。これまでにない本気の代表チームを国際大会へと送り出せねば、皇帝陛下もご落胆なされよう」

 思わずポカンとする担当員たち。いち早く我を取り戻したのは、ペッレーフだった。


「さ、さようでございますよねぇ~! いやはや、さすがは閣下! 皇帝陛下のご意志をよく汲み取られ――――うぎゅ!??」

 ペッレーフを邪魔だと押し退け、担当員に近づくチャールトン。大貴族の家に生まれ、幼少期より心ないおべっかに晒されてきた彼にとって、ペッレーフのような愚物は相手にするだけ時間の無駄である事をよく知っていた。

 そしてその行動は担当員たちの普段のストレスを、幾分か取り払ってくれ、彼らは普段の気苦労がいくらか報われた気さえして、近づくチャールトンにしかと向き合う。


「今からでも遅くはない。学園側に通達し、一部ルールを変更させよ。武具の類の変更はすぐには不可能であろうゆえ、致し方なし。しかし、このオーダー固定については試合前に変更し、届け出る事を良しとするように変えさせよ。アルタクルエ国際戦技大会のルールにのっとるべきである」

「本日、オーダー固定制のまま本選2回戦が執り行われておりますれば…次の、敗者復活戦より、そうするように伝達する事はできるかと思われますが」

「それでよい。また、大会スケジュールはもっと余裕を持たせるべきであろう。この報告書によらば例年に比べて、盛り上がりは上々の様子――――この雰囲気は長引かせるに損はない。…現在、2回戦を行っているところと申したな? なれば敗者復活の試合を明日に、3回戦を明後日に、決勝も別日とする事で盛り上がりを更に助長するスケジュール調整を学園側に打診せよ。事の次第によっては、皇帝陛下にお願いし、臨時の助成金も出し頂くよう掛けあう」

 ペットーレを部屋の隅へと押し退けたまま、チャールトンと担当員の間で話はどんどん進められた。


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 そもそも、チャールトンがわざわざ運営担当部の事務室に赴いたのは、それこそ皇帝から話を聞いたからである。


 その皇帝は娘―――――ミュースィル姫より大会での話を聞いていた。

 そしてその感想として、今回の選抜試験では例年よりも期待できそうな若者ツブが揃っていそうだ、と何気なくチャールトン臣下との雑談で放った一言。


 それがチャールトンの興味を引いた。しかしその時はまだ興味を引く程度で終わっていて、何かしらの働きかけをしようという気は起こらなかった。


 ところがメイド達の口から噂話として城中に広がり、欲深い低レベルな貴族連中の耳に入ったならば、事態は変わってくる。



「ガンツァーヴリッグ卿。お話があるのだが」


「チャールトン閣下、お聞きしたい事がございまして」


「す、少しお待ちになられよ、ガンツァーヴリッグ侯爵閣下! 貴方様にぜひに御聞きしたくっ」



 浅ましい考えを抱く低俗な貴族達が、こぞってチャールトンに話を聞かんとしてくるようになったのは “ 今回は国際大会にていいセンまで行けそうな選手が揃いそう ” という巡り巡ってきた噂を耳にしたからである。


 皇帝陛下がご期待なされている、大会で成果が上がりそうである、国家の威信が増す――――――そういった風聞に容易く揺さぶられ、短絡に我欲を満たせる匂いを嗅いで動くとはいと浅ましくも獣の如し。


 選抜メンバーの1人にウチの子をねじ込みたい――――言葉を尽くしてきても、彼らの望み至るところは皆同じ。


 言い分としては、表向きこそ国際大会で成果を上げ、国威を増そうなどといかにも国の利益につながるような事をのたまいはするものの、その実欲しいのは国際大会で我が子が戦果をあげたという名誉である。


 過去、それをしたからこそルクシャード皇国の大会成績が上がらぬ時代があったというのに、何一つ学ばない愚か者達。


 チャールトンもため息ものであった。



 だからこそ貴族共の欲がこれ以上エスカレートしないうちに、彼は手を打つことにしたのである。それは他ならぬ、反目し合っている息子の、国際大会に向けた純然たる意欲を穢させぬためでもあった。


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「…選抜に際しましても、一切噛ませぬよう配慮致しますればご安心を。貴重な機会でございますれば、陛下のご期待に添えるよう、欲の皮の張った者どもにつまらぬ介入は一切させません」

「やれやれ、まさかこのように噂が回っておろうとは。苦労をかけたな、チャールトン」

 皇帝と1対1の対話の席。

 それは親類縁者を除けば誰でも出来る事ではない。単純にチャールトンが信頼厚い高位の大臣であるから、というのもまた違う。


 子供の頃より、幾度かお互いの家を抜け出してはお忍びで城下町に遊びに行った仲であったからこそ実現可能な席であった。



「陛下と国を思わば、当然の仕事をしたまででございます。真に国威を上げんとするならば、真実に優れた者を送り出さねばならぬは当然。他国の代表は事実、戦技優れたる者をしかと選出し、送り出してくるのですから」

「こちらも相応の者でなくば大会にて渡り合えすら出来ぬ…か。時にチャールトン、お主の息子も確か――――」


「この場に不肖の息子の話は似つかわしくはございませぬゆえ、御無用にお願い致したくお願い致します」

 やや強めに遮られ、皇帝はやれやれと肩を上下させた。


 ガンツァーヴリッグ家の父子の仲は、兼ねてより芳しくない。父のチャールトンはこの通り、優れた内政大臣を務めているが長男であるガントはその逆、戦闘方面―――ハッキリと言ってしまえば軍人方面を望んでいる。


 将来を巡ってか、考え方の違いか、ともかくチャールトンとガントは折り合い悪くなってから久しく、チャールトンもその辺に触れる事を、皇帝たりとも良しとしない頑なな態度を取り続けている。


ワザと・・・嫌われるのが、家のためといわんばかりよな。不器用な男よ、昔から」

「………それで結構。重要なのは、この国と民、そして我が家の者達。そのためには私めが如何になろうとも構わぬ所存」

 家族仲良しがモットーな皇帝じぶんとは真逆の、自己犠牲サクリファイス精神だと苦笑する。つられるようにして口元を緩ませたチャールトンだが、その表情にはどこか寂し気なものも滲んでいた。






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