第3章2 練習と備え


――――――2日前。


「? シオウ、なんだよコレ?」

 いきなり手渡された包みに戸惑いながら、友人にその中身を問う。けれどまずは開けてみろと促され、オレはつつぬのほどいた。


「……盾?」

 中から出てきたのは小ぶりの木製盾。学園の模擬戦用のものにも同じ盾があるが、それとは違って一切使いこまれていない新品だった。


「アームアタッチメントタイプのバックラー小型盾だ。形状も円形じゃなく腕を覆うような方型、装備しても左手は自由に使える」

「いや、それは見りゃわかるけどさ。なんだってまた盾なんか?」

 渡されたという事はこれを使えということなのだろうが、はっきり言えば意味がわからなかった。


 シオウはオレの戦い方をよく知っている。武器は剣1本のみで身のこなしと立ち回りを中心とした機動戦スタイルだ。場合によっては手も足も使うが、盾を使った事は今まで一度もない。

 いつもぼんやりしているようで他人をよく見て、よく知る、頭のいいシオウらしくもない。


「いつぞやのガントとの模擬戦、覚えてるだろ?」

「! …ああ、もちろんだ。忘れるわけないさ」

 敗北―――しかもシオウが割って止めに入らなかったら、大怪我を負っていたであろう情けない結果だ。

 あれからオレは自主練を毎日欠かさず行ってる。今度の戦技大会でリベンジする機会もあるはずだし、次は負けるものか。


「手加減されてたのは、もちろんわかってるよな?」

「………、手加減? 誰が?」

「ガントがだ。なんだ、わかってなかったのか。じゃ、なおさら盾を用意したのは正解だったな」

 己惚うぬぼれていたつもりはなかった。

 正直なところ、もう少し自分を底上げできればガントともっと互角にやり合えるくらいにはなるだろうと、安易に考えていたのは否めない。


 だが…あの時のガントが手を抜いていた?


「手加減…されて、いた? …うそだろ」

「まだまだだなリッド。確かにお前は学園内で上位に食い込むかもしれないが、それはあくまで戦技っていう科目の中での話だ。加えて、普段から自分の全力を出して講義に臨んでる奴ばかりだと思うか? 俺の見たところ、お前より強い奴は単純な戦技科目の成績以外を含めたら、なくとも10人…いや15人はいると思うぞ」


 ショックだった。


 シオウの性格を考えれば、こういう時にハッパをかける奮い立たせるための嘘などつく奴じゃあない。つまり現時点でも、オレより強い奴はガント以外にもこの学園内に随分といるというのは事実なのだ。



「そ、そうか……オレは、まだ大したことないんだな」

「そうだな。じゃ、もう止めるか? …止めないだろ。その震えは怖れじゃないはずだ、違うかリッド?」

 シオウの言葉に思わず、そう本当に無自覚にオレは笑みを浮かべていた。さすがは我が友人殿、オレ以上にオレの性分を理解しているのだろう。井の中の蛙たるショックは、ほどなくして喜びに変わっているのを見逃さない。


 オレは、この盾の意図を俄然、聞かなければならなくなった。…が、友はそんなオレの先を見越して口を開く。


「お前は機動力を頼みにしての接近戦主体だ。けど、敵の攻撃を剣で受けると、攻撃手段が一気に限られてしまってる上に、防御=停止になっていた。それはつまり、お前の最大の強みである機動力が機能しないって事だろ?」

 そこでシオウは一つ、間延びのするあくびを挟んだ。別に悪意があるわけじゃない。オレが説明を頭の中で反復・咀嚼そしゃくする間を空けてくれているのだ。


「特にガントのように膂力りょりょくのある一撃を受けると、それを止めるだけで手一杯。なんとか足を出せても威力も精度も安定しない、そんな攻撃はそこらのボンボンエリート以外には通用しないだろうな」

「それはわかってるさ。けど――――」


「何もしないよりはマシ、か? それはこの間の最後のように、無理な体勢から蹴りを繰り出すことか? 結果、相手の強打をその身に受ける事になったら、痛烈なダメージを負ってその後の戦闘は限りなく不利になってしまうな?」

「う…そ、そりゃあそうだけどさ」


「戦闘は、相手が何をしてきたら自分はどうする…その結果どうなって、またその次は…と考え続けながらするもの。しかしリッドは、相手の行動に対して自分がどうするか、ってところで止まってる。それは場当たり的に対処してるってだけの、自分で戦闘を組み立てる事ができてないからだ」

「戦闘を…組み、立てる……」

 なんとなくだが、わかる気はする。

 身のこなしや体さばき、機敏さで勝っていたはずなのに、ガントには自分の木剣が1撃も刺さらなかった。

 それはつまり、そういう事――――相手は戦闘を組み立てる事が出来ていた―――なんだろう。

 だから全て読まれ、全て相手の実力の内側で対処されてしまっていたからこそ、攻撃が当たらなかったのだと頭というよりは感覚で強く理解する。



「理屈で説明しても、じゃあ短期間でどうこうできるなら誰も苦労しない。戦闘を組み立てられるようになるには慣れや経験、カンってのも必要だしな。…で、そこで盾だ」

「防御を剣じゃなく盾で受けろって事だろ? そしたら右手の剣が空くから、敵の攻撃を受けても反撃の手が出しやすくなる…ってカンジになるわけだ」

 ところがシオウは、首を横に振った。あれ違うのか??


「半分正解、それもある。実際、お前の機動力を損なわなずに防御力を上げられるのも事実だし、それによって相手の攻撃を受けつつ、反撃しやすくなるのも合ってる。けどそれ以上に、盾があるという事そのもの・・・・が重要になってくる」

「って事は、もっと深い意味があるってことかコレには?」


「あぁ。ガントとの模擬戦の時、お前は1撃を当てる事に執着してた。それじゃあせっかくの機動力も意味がない。有効な一撃を加えようとするあまり、全ての動きがそのためのものになってるんだからな。どんなに立ち回りで翻弄してみても、相手からすれば本命の1撃が飛んでくるのを注意深く待って対処するだけで事足りてしまう」

「あ……」

 実のところオレは、いまだにガントに一撃も当てられなかった、その理由がまったくわかっていなかった。単純にそれが実力差だという風に捉えていた。

 けれどシオウの説明で、長らく俺の中でモヤモヤしていたものが一気に晴れる。


「そこでその盾の存在だ。両手で剣のみを扱うと、意識が攻撃する事ばかりに向く。だが左に盾、右に剣のスタイルにする事で、防御にも意識が向くようになる」

「へー、そういうもんなのか…。つまりこの盾を付けてれば、攻撃に意地になっちまうのを防いでくれるってワケだ?」


「そういう事。かといって、本当に一撃を加える事の出来るシーンでそれが出来ないのはマイナスだからな。そのタイプ腕付けの盾にしたのはお前の戦闘スタイルをなるべく損なわず、かつ少しでもプラスにするためだ。精神的にも実利的にも」

「し、シオウ……おおおおー心の友よー!」

 オレは友の心遣いと観察力に感動し、つい抱き着いていた。


 うん…なんというか普段、お姫さんがべったりしてる気持ちがわかる気がする。小柄ゆえに抱き心地も良好でなるほど、よくできたでっかいヌイグルミを相手にしている気分だ。

「抱き着くな、離れろ。……まだ感謝されるには早い。選抜大会までにその盾を加えたスタイルに慣れないとダメなんだぞ、ちゃんと練習しろよな?」


 ・


 ・


 ・


 ――――という事があってオレは今、この新しい盾と木剣の組み合わせを練習している。

 仮想の敵を想定しながら何もないところに剣を振り、動き回る。いままでの自分のやり方を思い返しては比較し、良い部分と悪い部分を細かく見直していた。


「(なるほど…確かに今までと同じように両手でも剣を扱えはする、けれど盾がある分、少しバランスが偏った感じだ。それもあって、何も考えずに振るとつい片手が多くなってるな…)」

 片手で剣を振るうこと自体、悪いわけではない。けれど両手と比べて込められる力が劣る分、威力が乗らない。


「(けど、手数攻撃はだしやすいな。シオウの言ってた精神的な効果ってやつかな?)」

 左手の盾のおかげか、剣で敵の攻撃を受けて防御しなければならない、という意識が弱まって、攻撃に際しても連撃に向けた剣さばきがしやすくなってる気がした。

 自分ではさほど構えや振るい方を変えたつもりはないのに、以前よりも連続で振るう速度と手数が増したように思う。


「……。ふうっ、ちょっと休憩するか」

 盾が増えたこともあって、以前よりも疲労感が増してるように思う。木製で小さい盾とはいえそれなりの重さはあるし、腕に直に取り付けてるも同じなので負担増は確実だろう。


「けど問題はないな。装着状態にも慣れてきたし体力もまだ余裕がある……」

 いつもの庭から少し離れた場所での自主練。なんとなく他の面々の様子を見ようと視線を泳がせる。


「………~ん……」

 ミュースィルの姫さんは、地面に枝で掘り書かれた魔法陣の上に立って目を閉じ、両手を自分の前に出して集中している。

 手のひら同士が一定の間隔をあけて向かい合ってるその間の空間に、風が渦巻いて集約しているのが微かに見てとれた。

 運動ごとが苦手なお姫さんのために、魔法に活路を見出させようとしている。


「(お姫さんは魔法の練習……ノヴィンの奴はっと)」

 視線を横に動かす。

 崩壊してる壁を挟んで向こう側に、目的の人物はいた。

 学園の校舎の方に向き、150cmほどの木槍を構えたまま、やや腰を落とした体勢を維持してまったく動かない。

 それが、シオウがノヴィンに課した練習だ。


「(じっとしてるだけ。けどそれがキツいんだよな)」

 しかもシオウは、自分が声をかけるまでそのまま、と言ってある。いつまでああしてればいいのか、ノヴィン本人には分からない。精神的な疲労もかなりのものになってるはずだ。


「(頑張れよー…、んでスィルカのお姫さんは)」


 ビュッビュッ! ブオンッ!!!


「(おー、すげぇ。かなりキレがあるなー、あの蹴り。…当たったら痛そうだな)」

 ちょうどシオウのいる小丘とその前で集中してるミュースィル姫さんを挟んでここから反対側のあたりで、オレと同じように何もない空間に仮想敵を想像しながらシャドーをしていた。

 自信があると言っていただけあって、空を切る脚の動きがかなり本格的だ。


「(右ミドル2連からの左ハイ、おお…そっからまた右に切り替えての回し蹴り、すげー早ぇな……アレを避けるのは難しそうだなー)」

 しかし、その蹴りにはどこか荒々しさが宿っているようにも思えた。

「(うーん、不機嫌なままって感じだ。まぁルールだし仕方ないんだけども)」





 それは、今から1時間近く前のこと。


「あら、シルちゃん。それ」

「へっへーミュー姉様、お気づきになられましたー? そですー、やっと注文していたのがきたんですよ」

 いつもの庭に集合し、各々の練習を始める前。スィルカは自分の腰に1本の銃を携えていた。


「今度の大会でこの魔導銃が火を噴きますよって、楽しみにしといて下さい」

 スチャッとホルダーから抜き、クルクルと手の中で回して適当な樹木に向けて銃口を向ける形で構えて見せる。

 なかなか様になっているし素直にカッコイイ。オレも欲しいなーとちょっとだけ羨ましく思った。


 スィルカの魔導銃は本人の髪色に合わせたのか、全体的に気品のある深い青色をベースとしたカラーリングだ。そこにいかにも皇家筋御用達と言わんばかりに金の装飾が施されている銃身は、見た感じでは25cm程度の短銃タイプだ。


「本当は大きいのが欲しかったんですけど、ウチ皇国の魔導具研究所ではこの短銃しか扱ってへんかったのが残念でなりませんー」

 それでもスィルカのお姫さんは嬉しそうにむ。単純に魔導銃に興味があるというよりは、銃を通してもっと違うところに憧れを抱いているような感じだった。


「でも良かったですね。シルちゃん、ずっと欲しかったって言ってましたもの」

「はいー、見ててくださいミュー姉様。試合ではウチのキックとこの銃で、対戦者をすべて薙ぎ払って見せますよって♪」

 今度の学園内選抜戦技大会では、木剣など自分の装備などを事前に申請、登録する事になっている。もちろん試合では登録した武器防具以外を用いる事はできないし、剣や槍など本物の使用は禁じられている。


「ん? おーいスィルカ、それ…選抜大会じゃ使えないぞ」

「……へ?」

 通りがかりのシオウの一言で、スィルカは間の抜けた声を上げた。


「あら…そうなんですかシオウ様?」

「ああ。魔導銃の類は、全面禁止されてる。ほら、武具登録書類の……ここにも書いてるだろ?」

「ええええええ? な、なんでなんですー!? せっかくウチの魔導銃が間に合ったいうのにー!」


「学園には、大会に際して大怪我に対処できる治癒魔法の使い手が少ない。だから武器は本物ではなく模擬戦用と同じ木製品や、防具も木製・革製の物に限定されてる。魔導銃は使い手の魔力を弾に変える分、威力のさじ加減が本人次第な上に、一撃の威力が大怪我で済まないレベルで撃とうと思えば撃ててしまう分、万が一の時には対処できない」

 そう、学園には医務室に治癒魔法の使える校医が常駐しているが、大きな惨事に対処できるレベルの治癒術士ではない。学園内選抜戦技大会の際には毎回、学外やお城からも治癒魔法の使い手が派遣される事になってるらしいが、致命傷レベルに対処可能な高位の術士の数は少ない。


 しかも治癒魔法は使えば即、怪我が治るというものでもない。大怪我を負った場合、治癒魔法を長い時間かけ続ける必要があるので、その間術士は他の患者を診る事ができなくなる。


 なのでなるべく怪我しないよう、使用できる武具に制限がかけられているのだ。


「アルタクルエでの大会なら、ダメージに対する身体防護効果の魔導具が選手に貸与されるんで制限はないが、この学園にはそんないいものはないみたいだからな、あきらめろ」


 ・


 ・


 ・


――――と、言うわけで、スィルカ姫さんは今、たいそうご機嫌斜めなわけだ。


「(ま、気持ちは分からなくはない。新調した武器だ、そりゃ試合で使いたかったろうな)」

 とはいえ今は、触らぬ神に祟りなしだ。

 オレは自分の練習に集中しようと、休憩を切り上げて木剣と盾を持って立ち上がった。




「よし、ノヴィン。もういいぞー、こっち戻ってこーい」

「は、はい、先輩! はぁ、はぁ…はぁ、はぁ、た、立ってるだけでしたが、思ったより大変な練習ですねコレ」

「まぁな。ちなみにどのくらいから足、痛くなった?」

「えーっと、……半分くらい…でしょうか」

「約30分、か。オーケー、これでノヴィンがどのくらいの戦闘に耐えられるかわかった。今日はもういいから足伸ばしてそこ座って休んで、一緒に見物しよう」

「? 見物? 何をですか??」



「ミューもそのくらいで。初日からそう上手くいくもんじゃないから焦らなくていい。…おーいリッド、スィルカ、二人ともちょっと来てくれるか?」

 シオウは一度、全員を集めるつもりらしい。オレは再開しようと構えかけてたのをやめて向かう。


「なんなんですシオウさん? せっかく練習のってきたところでしたんに」

「まさかもうお開きにするのか? まだ早いだろ」

「ああ、お開きにはしないよ。……リッドとスィルカで、模擬戦して欲しいんだ」

「え? 模擬戦…って」

 オレは恐る恐るスィルカ姫さんの方を伺う。

 シオウの提案に、憤りをぶつける場が欲しかったとばかりに、気品ある笑顔の後ろで何やら物騒な影が立ち上っているように見える姫さんがそこにいた。


「いいんですかー? リッド先輩を、再起不能にしてしもうてー?」

「ちょっ、前提がそれデスカ!?」

 やばい。

 相手はやる気だ、“ 殺す ” と書く感じで “ やる気 ”だ。よりにもよってなんというマッチングを組もうとするのか友よ?!

 オレは身の危険を感じて必死にジェスチャーでシオウに訴えかける。

 が、思いっきりスルーされてしまった。


「もちろん再起不能にするのはダメだ。お互いケガもさせないように手加減してくれよ? …ただ、スピードだけは・・・本気で構わないんで、二人ともよろしく」




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