(三)
ジャスの塔は、これからもゆっくりはしごを足されて、いつまでも高くなっていくんだろうなと思っていた。でも。悪魔が突然塔を踏んづけた。史上最悪のハリケーンて言われたウィルマが、ぼくらの町の上で大暴れしたんだ。
ぼくらの家も少し壊れたけど、一番ひどい被害を受けたのはジャスの塔だった。先っぽの細いところだけじゃなくて、二段め……ううん、一段めすら暴風を受けてばらばらになり、吹き飛ばされたはしごがあたり一面に飛び散った。ジャスが五年かけて毎日こつこつ築き上げてきた塔は、跡形もなく壊れちゃったんだ。
ハリケーンが通り過ぎて、ぼくらが家の修理に追われていた頃。塔だけでなく家まで壊れちゃったジャスが、深緑色のピックアップトラックに乗ってうちに来た。
「よう、ニール。タックはいるかい?」
「パパは役場に行ってる。ねえ、ジャス。あの塔、建て直すの?」
「いや」
ジャスは。五年間の成果がいっぺんにだめになってがっかりしてると思ったんだ。でも、笑ってた。いつもみたいに柔らかく。
「夢は作り直さないよ。新しい夢を探す」
エンジンを止めて車から降りてきたジャスは、両手を腰に当てて抜けるような青空を見上げた。
「俺は、ここに来る前イベントプランナーってのをやってたんだ」
「それ、なに?」
「なんかおもしろいことやろうぜって、企画を立てて盛り上げる。そういう仕事さ」
「そんな仕事があるのかー」
「はっはあ。でも、イベントってのは必ず終わりがある。その終わりのためにせっせと働くのはつまんねえなあと思ってさ」
「うわ……」
「自分で自分だけのイベントを作れば、終わりを考えなくていい。作ってたのは壊れちまったけど、俺のイベントはまだ終わってないよ」
「そっか。そのイベントっていうのが夢なんだね」
「そう」
ジャスに、がっと肩を抱かれる。
「バベルの塔っていうのを知ってるだろ?」
「うん。聖書の話だよね」
「神に近づこうとした人々の思い上がりを戒めるために、神が雷で塔を壊した。そういう話だ」
「うん」
「俺はね、そいつぁおかしいと思うんだよ」
「バベルの塔の話が?」
「そうだ。高みを目指すことで、人は前を向ける。明日に期待できる。それを否定する意味がどこにある?」
「うん……ぼくも変だと思う」
「だろ? だから、俺はまた天を目指すつもりだよ。一歩でもね」
はしごの切れっ端。T字の木片。ジャスが道に転がってた木片をぼくの前にぐいっと出して、そのあと高々と掲げた。
「ヤコブのはしごは天啓を表すとされる。でも、それは天から一方的に降ろされるはしごであって、俺らが下から掛けられるもんじゃない」
「……うん」
「俺らには俺らのはしごがあるんだよ。それぞれにな」
◇ ◇ ◇
ジャスは。壊れてしまった塔と古い家に火を放って、きれいさっぱり燃やしてしまった。夢の跡を残すと、新しい夢が見られない。
何もないところから積み上がっていった美しい塔は、みんなにとてつもない夢を見せてくれて。最後は白い灰になった。
「みんなが手伝ってくれて、とても嬉しかったよ。でも、これは俺の、俺だけの夢だ。だから、消えたからって悲しまないでくれ」
まだくすぶっていた灰の山を背にして。ジャスがぼくたちに向かってほほえんだ。
塔を片付けたあと、しばらく車で寝起きしていたジャスは新しい夢を探すことにしたらしい。ぼくらの町を出ると宣言した。塔がなくなったらジャスは出ていく……ぼくの悲しい予感は当たっちゃった。
「しばらくイベントの仕事をしてカネが溜まったら、またなんかやるよ。どっかでまた自分のはしごを足すさ」
「ねえ、ジャス。もうここには来ないの?」
ジャスがいなくなるのは、すっごい悲しい。でも、ジャスはからっと笑って、ぼくや町の人たちをぐるっと見回した。
「せっかくみんなではしごを作ってきたんだから、それは何かに活かしたらいいと思うよ。それは俺のじゃなく、みんなの夢だからな。みんなが何やらかすか、楽しみにしてる。遊びにくるよ。その時までくたばるなよ」
パパだけじゃなく、町の人たちと次々握手を交わして。ジャスのトラックは、陽気にカントリーソングを振りまきながらゆっくり遠ざかっていった。
◇ ◇ ◇
ジャスが町を離れて一ヶ月たった。ぼくは、ジャスがいないってことをまだ受け入れられずにいた。さびしくて、ジャスが塔を作っていた跡地を見に行った。灰の山は片付けられて、何もない更地にぽよぽよ草が生え始めてた。ほら、おまえらなにぐずぐずしてるんだって言わんばかりに。
あーあ、そうだよな。ジャスがいないことをずっとさびしがっていたって、何も変わらないんだ。もう思い切らなきゃ。焼け跡にくるっと背を向けたら、道の向こう側に何か青いきらきらしたものが見えた。
「ああっ! あのちょうちょだあっ!」
ハリケーンで真っ先に吹っ飛ばされたから、焼けないでそのまま残ったんだなー。ぼくはそれを部屋に持って帰って、天井からテグスでつるした。背伸びしてもちょっとだけ届かない高さに。ジャスが言ったみたいに、ぼくにはぼくの夢があるはず。そこに向かって、はしごを足さないとならないよね。
だって……ぼくはもう九年生になるんだから。
【 了 】
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