Cp.4-1 Annoy in the rain(5)
その後、拓矢と幸紀は、教室に戻って来た由果那と奈美と改めて机と顔を突き合わせ、残り少ない昼休みの時間を互いの和睦のための話し合いに当てた。奈美は泣き止んでいたが、由果那の表情には未だ憤懣の色が濃く、和解しやすいとは言えない雰囲気だった。
「それで? そっちの方は、話はついたの?」
拓矢と奈美が目を合わせられずにいる中、口火を切った由果那に、幸紀が答えた。
「一応な。こう言うのも何だが、お前達が席を外してくれて助かったよ」
「何よそれ。あたしらには聞かせられないような話でもしてたってわけ?」
食ってかかる由果那に、幸紀は困ったような笑みを見せた。
「別に、そういうつもりじゃないんだが……お前達を巻き込むのは、避けたいからな」
パシィン、と。
雨の音に埋められた教室内の空気を切り裂くように、強い張り手の音が響いた。
教室中の注目が集まる中、驚いて顔を上げた拓矢と奈美の目の前で、頬を張られた幸紀が、穏やかな表情のまま、由果那に勢いよく張られた首を元に戻した。それを見ていた由果那は心底呆れたとばかりに重い溜め息を吐くと、剣呑な目を幸紀に向けた。
「拓矢が拓矢なら、あんたもあんたね、ユキ。大事なことなら一人で抱え込むんじゃないって、あんたら揃いも揃って何回言えばわかるわけ? あんたらが勝手に危ない目に遭ったら周りのあたし達が皆心配するって、まだわかんないの?」
怒りに乗せた由果那の心配の言葉に、幸紀は困惑の眼を見せた。
「悪い、そういうつもりじゃないんだ」
「じゃあ何なのよ、あたし達を巻き込みたくないって」
苛烈に訊く由果那はそこで一旦追及を止めると、拓矢の方に目を向けた。正確には、その傍らに立つ、今や平然と目にできるようになった、諸悪の根源――瑠水へと向けて。
「大方、そいつ絡みの話なんでしょ。そりゃ、あたし達には関わりようがないもんね」
「由果那ちゃん……」
奈美が止めに入ろうとする中、当の瑠水が神妙な面持ちで口を開いた。
「仰る通りです。この件に関しては、あなた方を関わらせるわけにはいかない」
「黙んなさいよ、何にも知らずに割り込んできた部外者のくせに」
「お言葉ですが、この件に関してはあなた方こそ部外者なのです。それに、あなた方をこちら側の事情に付き合わせて無闇に危険に晒したくない、それが拓矢と幸紀の意志なのです」
断と強気に返した瑠水に由果那は思わず一瞬気圧された後、拓矢に問いの矛先を向けた。
「ふん、言うじゃない……そうなの、拓矢?」
問いを向けられた拓矢は、瑠水の作ってくれた説得の機会を無駄にしないよう、頷いた。
「うん。心配してもらえるのは嬉しいけど……これは、僕達じゃないと解決できないと思う。ユカや奈美が邪魔ってことじゃなくて、そういう性質の問題なんだ。だから、僕達に任せてほしい。また心配かけちゃうのは、申し訳ないんだけど……」
拓矢の言葉に、由果那はがしがしと不機嫌そうに頭を掻くと、譲歩するように言った。
「あーもう、わかったわよ。あんたらにしかどうにかできない話だってんなら、首は突っ込まないわ。ただ、何をしようとしてるのかくらいは話してよ。毎回あんたらの身の心配で生殺しにされる身になっちゃ、たまったもんじゃないんだから」
「そうだな。拓矢、瑠水ちゃん。いいか?」
幸紀の問いに拓矢は頷くと、瑠水も交えて、彼らが直面している事情を二人に説明した。
去る五月の外出時に由果那達を襲った「黒の魔女」永琉が瑠水と同じ
一連の話を聞き終えた由果那と奈美は、それぞれに複雑な表情を浮かべた。去りし日の一件で自分達の身を脅かした相手が親友達やその過去に少なくない因縁を持っていたなど、すぐに整理がつかないのも無理のないことだった。
沈黙が四人の間に流れる中、やがて由果那が小さく息を吐き、呆れたように口を開いた。
「ったく本当に……何でそんな大事なこと、あたし達に話そうとしてくれないのよ!」
苛つくような口ぶりにはしかし、蚊帳の外に置かれることへの悔しさが滲んでいた。それが彼女なりの心配の裏返しであることを拓矢と瑠水が感じ取る中、幸紀がそれに答えた。
「すまん。余計な心配かけんようにと思ってたんだが……逆だったみたいだな」
「当ったり前でしょ。あの日からどんだけの付き合いだと思ってんのよ。蚊帳の外に置かれるのがどれだけ心配かけさせられることかくらい、あんただってわかってるはずでしょ?」
由果那の言葉には、彼らの身を案じるが故の、抑え切れない苛立ちが表れていた。
「勝手に一人で抱え込むなっていっつも拓矢に言い聞かせてたじゃない。それはあんただって同じよ。だってのに、言ってる本人がそんなんじゃ世話無いわよ!」
吐き捨てるように言って、ったく、と由果那はそっぽを向く。それに言葉を返さず、裁かれるのを待つような幸紀と拓矢の態度に、由果那は痺れを切らして乱暴に頭を掻いた。
「ああもう、責任感じるくらいならウジウジすんじゃないわよ。こんなつまんないことでウジウジするんなら、あたし本気であんたと縁切るかもよ」
「由果那ちゃん、それは……」
諫めようとした奈美を「わかってるよ」と制し、幸紀は由果那に答えた。
「自覚があるなら、これ以上余計な心配かけさせるな……ってことだろ?」
「わかってんなら言わせんじゃないっての。あんたのそういうとこ嫌いよ」
悪態を吐くと、由果那は呆れ果てたように重い息を吐き、観念したように言った。
「いいわよ、もう。あんたらにしかできないことなら、あんたらで何とかして。その代わり、今後は絶ッッッッッ対、余計な隠し事すんじゃないわよ。あんたらが厄介事抱え込んだ分だけ、あたしも奈美も乙姫さんも、周りにいる皆あんたらが思ってる以上に心配すんだから。これ以上あたしらを『関係させない』とか抜かしたら、許さないからね」
厳しい言葉とは裏腹の心配を秘めた由果那の言葉に、拓矢と幸紀は顔を見合わせた。そして、由果那の示してくれた誠意に応えるべく、目を合わせて頷き、由果那に向き直った。
「ああ、悪かった。もう秘密にはしないよ。秘密にすることもなくなったしな」
「ホントにわかってる?」
「善処するよ。俺もこれ以上皆に心配かけたくないからさ」
「よく言うわよ、ったく……」
呆れたように頭を下げると、由果那は、ぎろりと苛立ちの収まらない眼を瑠水に向けた。
「で、あんたはどうなの、瑠水?」
突然向けられた問いに、場の皆の視線が集まる中、当の瑠水は驚きに目を丸くした。
「なぜ……私に?」
「言ったでしょ。何でも一人で抱え込むなって。それはあんたも同じってだけよ」
厳しいままの由果那の目にはしかし、今までのような敵意の色はなかった。
「さっきの話を聞く限り、むしろこの手の話の一番の当事者はあんたじゃない。拓矢やユキが心配だっていうのは当たり前だけど、今はあんただって関係者みたいなもんなんだから。あんたが調子崩したら拓矢だって具合悪くなるだろうし、そんなの一番ごめんだしね」
婉曲した由果那の配慮の言葉に、瑠水は雪が解けるように相好を崩した。
「お心遣い、ありがとうございます。やはり優しいのですね、由果那は」
「別に。拓矢とかユキの心配のついでってだけよ。あんたが奈美の敵だってことは変わってないんだから、変に調子づくんじゃないわよ」
苛立ち混じりに突っぱねようとする由果那に、瑠水は嬉しそうな笑みを浮かべ続けた。それに決まり悪げに不貞腐れる由果那を目にしながら、拓矢が遠慮がちに口を開いた。
「ユカ、その……ありがとう」
「今さら何よ。自覚あるんだったらもっとちゃんとしなさいっての」
返す言葉に調子を狂わされてきたのを自覚したのか、由果那は話を向け変えた。
「そんであんたら、具体的には何するつもり? その、ユキの彼女を取り戻すためにさ」
由果那のその言葉に、拓矢は幸紀と再び顔を見合わせると、改めて由果那に向き直った。二人のその意志を支援するように、瑠水が今後についての具体的な状況を語り始めた。
「イェルは今、《
「どうやってよ?」
由果那の率直な問いに、瑠水は答えられる限りのことを答えた。
「伝があります。どこまで役に立ってくれるかはわかりませんが」
「へえ、あんたも何かを利用するって考えあんのね」
「由果那ちゃん……!」
軽口を諫めようとする奈美の言葉に、由果那はそれを自覚したのか、顔を苦くした。
「ごめん、別に変な意味じゃなくて……」
殊勝にも自身の非を認めた由果那に、瑠水は疑念を濯ぐように、穏やかな笑みを浮かべた。
「構いません。あなたが私に敵意を抱くのも、当然のことでしょうから」
「わかったようなこと言って……調子狂うからやめてよ、ったく」
瑠水に小さな悪態を吐くことで気を取り直し、由果那は問いを続けた。
「で、その伝って何なの?」
「私達彩姫は、元々一つの存在を分けた身である故に、ある程度それぞれの彩姫の位置や状態を感じ取ることができます。この精神の繋がりを利用して、マリィとその命士、そして囚われているはずのイェルの場所を探るつもりです」
概念的な説明を含んだ瑠水の言葉に、由果那は眉根を険しくしながら言葉を返した。
「あんたの言う仕組みってのはよくわからないけど……それ、うまくいくの?」
「私一人では難しいかもしれません。ですが、有効利用できる関係がいくらか揃っています。イェルを救う意思を共有できる、協力者の関係が」
確信めいた瑠水の言葉に、由果那は彼女の意志の程を見定めるような目を向けた。心の奥を覗こうとするようなその瞳を真っすぐに見返し、瑠水は言った。
「イェルを、そして幸紀と拓矢を救いたいという私の想いは真実です。信じてください」
瑠水の瞳に映る覚悟の色を見て取ったのか、由果那は観念したように小さく息を吐くと、再び挑み返すような眼を瑠水に向けた。
「わかったわよ。どうせあたしにどうこうできる話じゃないし、あんた達がそのつもりなら、あたしにはどうしようもない。た・だ・し、言ったからにはちゃんとやり切りなさいよ。前にも言ったと思うけど、あんた達を心配してる人があんた達の周りにはたくさんいるの。あんた達の人生だから何をするにも勝手だけど、それだけは忘れるんじゃないわよ」
素直でない心配を滲ませる由果那の言葉に、瑠水は心を解くような笑顔を浮かべた。
「はい、ありがとうございます。やはり貴女は優しいですね、由果那」
「別に。仲間が無事でいてほしいなんて当たり前のことでしょ。てか、心配元のあんたがそれ言う? わかってくれるんならホント頼むから余計な心配かけないでよね」
重い溜め息を吐く由果那に、その場の張り詰めていた空気が微かに和む。
由果那はどこまでも、自分達の身を案じてくれている。それはおそらく瑠水や永琉のためというよりも、拓矢や幸紀、そして何より彼らを心配する奈美のためであるだろうけれども。
自分達を心配してくれている人達がいる――由果那にはいつもそれを気付かされる。
彼女の言葉に、拓矢は今一度、無事でいる覚悟が胸の内で固くなるのを感じた。
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