Cp.3-2 Holiday in the doubt(4)

 昼食を終えた六人は、フードコートの敷地を出、エリアビルの中央ロビーに出た。

「さて、ここからの行動だが……君達はどうする? 基本的に自由にして構わないが」

 場の仕切りを取り持つ光一がそう言って、一同の顔をぐるりと探るように見る。それに真っ先に反応したのは由果那だった。奈美の腕に颯爽と腕を絡めると、リードするように言う。

「よっし、それじゃついて来なさい拓矢。奈美の服選びに付き合ってもらうから」

「ちょ、ちょっと由果那ちゃん……強引じゃない?」

「いいじゃん別に。減るもんじゃないんだし。拓矢だって悪い気はしないでしょ?」

 言葉とは裏腹に迫るような目を向けてくる由果那に、拓矢は特に隔意も挟まず返す。

「うん、いいよ。僕に何ができるかもちょっとわからないけど、付いて行くくらいなら」

「ふふん、話が分かるわね。そんじゃ今日は一日付き合ってもらうから覚悟しときなさいよ。奈美を不安にさせた分、ちゃーんと埋め合わせさせてやるんだから。あ、ユキも来る?」

「あからさまについでだな……まあ、俺も行くよ。お前ら二人に振り回させると拓矢が心配だからな。光一さん、後で連絡してください。時間までには戻るんで」

「オッケー。そんじゃ乙姫さんに光一さん、二人借りてくねー」

「「借りていくって……」」

 揃って肩を落とす拓矢と奈美の背中を叩き肩を組み、拓矢達は四人並んでショッピングモールの中へと消えていく。その後姿を見送りながら、光一と乙姫は言葉を交わした。

「拓矢君は本当に、いい仲間を持っているな。奈美も含めて」

「そうね。私も、いつも傍にいてくれるあの子達には感謝してるわ。ところで光一くん」

 言葉を返しながら、乙姫は意味深長な笑みを浮かべて、光一に向き直った。

「今日はあの子達を気遣ってくれてありがとう。その上で、こうしてわざわざ二人きりにしたのにも訳があるのよね?」

「当然だろう。さすがは才媛の乙姫ちゃんだ。理解が早くて助かる」

 それを見返した光一の目は、洒落が抜けた鋭いものに変わっていた。

「拓矢君の一番の近親者である君が、何も知らないはずがない。奈美も関わっている以上、包み隠さず話してもらうよ。拓矢君や奈美……彼らに何があったのかを」

 問い質すように言う光一に、乙姫は言葉を選んだ末に、こう切り出した。

「そうね。じゃあ、驚かないで聞いてくれる?」

「善処しよう。君がそんな前置きをするということは、並大抵の話ではなさそうだね」

 光一の心構えに乙姫は苦笑すると、笑みのまま表情を引き締めて、こう話した。

「あの子――拓矢ね。天使と恋仲になってるの」

 平然と語られたその言葉に、光一の表情は薄い笑みを浮かべたまま硬直した。


 光一達と別れた拓矢達は、由果那の先導の元、その足でショッピングモールをぶらついていた。正確には、奈美を引っ張る由果那に拓矢と幸紀が付いて行っていたという形だったが。

 由果那は何を企んでいるのかというくらいの勢いで、モールの服飾店という服飾店に奈美を連れ回しては、彼女の洋服を見繕っている。それに押され気味ながらも付き合う奈美とはしゃぐ由果那の仲睦まじい様子を、拓矢と幸紀は少し後ろを付きながら眺めていた。

「はは……あの二人も相変わらず仲良いな」

「そうだね……昔からいつもあの調子だね」

 幸紀の言葉に返しながら、拓矢は隣に立つ長身の幸紀の横顔を見上げた。彼の表情も昔と変わらず、どこか達観したような、あるいは茫漠としたような笑みを浮かべている。見慣れていたはずのその表情に、拓矢は胸の中がざわつくのを感じた。

 源十郎の館で話した、拓矢の考えている「仮説」が、もし事実だとしたら。

 そんな思考を巡らせていた拓矢の耳に、遠くから由果那と奈美の声が聞こえてくる。

「ほら、これなんかどう? 色合いも温かくて優しいし、奈美に似合うと思うんだけどなー」

「あ、うん……そうだね……」

 由果那に声をかけられた奈美がちらと目を向ける先には、どこか焦点の合っていない表情で彼女の方を眺める拓矢の顔があった。どうも気概の感じられない拓矢に、由果那は明るい色のワンピースを持たせた奈美の肩を掴んだまま拓矢の前に引っ張っていき、ずいっと押し出した。

「ほら、どーよ拓矢? この服、奈美に着せたら可愛いでしょ?」

「あ……うん、そうだね。きっと奈美なら可愛いと思うよ」

 どこか歯切れの悪い拓矢の返事に、由果那は憮然と息を吐いて拓矢を見た。

「ったくさー、何なのよいったい、湿っぽい顔して。何か気になることでもあるの?」

「あ……いや、その……いや、何でもないよ」

 どう見ても裏のある拓矢の言葉に、由果那は呆れたように言う。

「だったら、そんな辛気臭い顔してんじゃないっての。せっかくみんなで過ごせる休日なんだし、あたしや奈美まで付き合ってあげてるんだから」

 窘めるような由果那の言葉に、拓矢は目を伏せかける。

「ごめん……そうだよね、せっかくの休日なのに」

「わかってるんならそんな顔しない!」

「は、はいっ!」

 慌てて姿勢を正す拓矢の様に、由果那は心底同情するような視線を奈美に送る。

「はぁ……奈美も苦労するわね。こんな面倒な奴を好きになるなんて」

「そんなことないよ由果那ちゃん。私は、拓くんのことを嫌いになったりしないから」

「優しいのね、奈美は……けど甘いわ。もたもたしてるとあの女に拓矢を取られちゃう」

「「え……?」」

 揃って虚を衝かれた拓矢と奈美の前で、由果那は、奈美、と事の切迫を嘆くように言った。

「事はあんたが思ってる以上に深刻なのよ。そもそもあの子が出てきたりしなきゃ、もっといいタイミングを計れたのに……あの子のせいで完全に計画が台無しよ。できることなら今すぐにでもあんたから引っぺがしてやりたい気分だわ」

「由果那、あの子って――」

「聞き捨てなりませんね、由果那」

 訊ね返そうとした拓矢の隣に、当の瑠水が姿を現した。突然の介入に拓矢と奈美が驚く中、由果那はまるで構えてでもいたかのように、瑠水に挑むような言葉を向ける。

「出たわね、幽霊女。もしかしてあたし達の話も隠れて全部聞いてたの? 趣味悪いわね」

「私は拓矢の傍にいただけですが……気分を害されたようならお詫びします」

 それよりも、と、瑠水は少し訝るような目で由果那を見た。

「計画と仰っていましたが……何の計画ですか?」

「そーね、あんたが奈美と拓矢の間に無遠慮に割って入らない人間だったら教えてあげられるような計画かな」

 由果那の言葉に含まれている棘を察した瑠水が、わずかに表情を曇らせる。

「ますます聞き捨てなりませんね。要するに、由果那は奈美に拓矢を独占させたいのですね?」

「言い方が悪いわね、これだから天使ちゃんは。……けど、そういうことよ。この世では男一人には女一人って相場が決まってるの。奈美が拓矢とくっつくのに、あんたは邪魔なのよ」

「由果那ちゃん、そんな言い方しないで。瑠水ちゃんに失礼でしょ」

 奈美は半ば反射的に由果那を止め、次いで習慣的に瑠水に詫びを入れた。

「ごめんなさい瑠水ちゃん。私は、その……」

 詫びながら言い淀む奈美に、瑠水はしかし、かえって意外そうな顔をした。

「私は一向に構いませんが……奈美の方こそ、いいのですか?」

「え?」

 問い返しの言葉に虚を衝かれた奈美に、瑠水は無自覚に、非情な言葉を告げる。

「奈美は、拓矢を独占したいのではないのですか?」

「ッ――――」

 言葉を失う奈美と、不思議そうに訊く瑠水の間に、肩を怒らせた由果那が割って入る。

「ちょっと天使ちゃん。いくら何でも空気読まなすぎ。マジで怒るわよ」

「いいえ、そうは思いません。この現世の道理で言えば、由果那は正当なことを言っているように私には思われます。なら、奈美は拓矢を独占したいのではないのですか?」

「そ……それは……ッ……」

 瑠水の疑いのない故に無自覚に鋭い言葉に、奈美は、やがて耐え難くなったように、由果那に持っていたワンピースを押し付け、背を向けて走り去ってしまった。

「あ……奈美!」

 拓矢の咄嗟の制止も聞かず、奈美はモールの外へ走って行ってしまう。その背を目で追う由果那は、振り返って拓矢の隣に立つ瑠水をキッと睨みつけると、切迫した様子で言った。

「拓矢。あたしやっぱその子嫌い! 奈美追っかけるから待ってて!」

 拓矢の返事も待たず、由果那は奈美の後を追いかけて、モールの外に消えてしまった。後には、呆然とする拓矢ときょとんとする瑠水、そして、平然としたままの幸紀が残った。

「拓矢……私は何か、おかしなことを言っていたでしょうか?」

「いや……そうじゃないよ、たぶん。ただちょっと、場が悪かったっていうか」

 疑問を浮かべる瑠水に対し説明に困る拓矢の隣から、幸紀が茶化すように口を挟んだ。

「さすがの聖霊も、人の心の機微には疎いみたいだな。いや……だからこそ、か?」

「―――――」

 まるで勝手を知っているかのようなその言葉に、拓矢と瑠水の注意が引き締められる。それを感じ取っているかのように、幸紀は軽い調子で拓矢に誘いをかけた。

「二人も行っちまったし、少し歩かないか、拓矢。久しぶりに……少し話でもしようぜ」

 言うと、幸紀はおもむろに歩き出す。

 その先に、戻れなくなるような予感を覚えながら、拓矢はその後に続いた。


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