Cp.1-5 Dawnlight of Love(5)
眠りから覚めるときに、眠っている間――夢の記憶を憶えている時と、そうでない時がある。夢の中では随分と鮮明だったり衝撃的だったりするのに、目を覚ましたとたんに忘れてしまうなんてこともある。
その時の拓矢の場合はと言えば、憶えていないわけがなかった。それぐらいに鮮明な記憶だった。
ただ、いくつか異なることがある。
ひとつに、彼のそれは夢ではなかったということ。
ふたつに、彼は目覚めることがあるとは思っていなかったということだ。
それはそうだろう。彼にしてみれば、自分は深手を負って、死んだはずなのだから。
だが――無辺の白い闇の中、彼には、意識があった。
(なんだ、これ……僕は、死んだんじゃ、なかったのか……)
死んだ後も、意識ってあるものなのか。
そういえば、人って死んだらどうなるんだろう。死んだことがなかったからわからなかった――などと、朧に浮遊した思惟をぼんやりと巡らせていると、
『死に際にそんなことを考えるとは、君はつくづく面白い人間だな』
頭に直接響くように、聞き慣れてきた声が響いた。姿は見えないが、もう誰だかわかる。
あなたですか、神様。
『見ていたよ。よくぞ、ルミナの心を救ったな』
声――ルクスは拓矢を労うように声をかけた。拓矢はしかし、喜べなかった。だって――
……ごめんなさい。僕はもう、瑠水を守れそうにないです。
自分の運命を受け容れるように、拓矢は口にした。彼には今や体がなく、夢の中のように意識だけの存在になっている。
しかし、
『なぜだ?』
ルクスは、さも疑問、といったように声にした。拓矢はその言葉に面食らった。
――なぜって……僕は死んでしまったんだから、だから、もう……
死んだ後にこうして意識を持って会話をしているというのも拓矢にとっては疑問だったのだが、とにかく事実はそういうことだ。拓矢はそう思っていた。
だが、全てを見守る神の言葉はそれを覆す。
『そういうことなら、心配はいらない。君はまだ、死ぬべき時ではない』
――え……?
その言葉に、拓矢の思考が夢の世界のように真っ白になった。それは理屈による思考ではなく感覚による体感として、ゆっくりと浸透していく。
その感得が染み込んだ時、拓矢の口から涙に似た言葉が零れていた。
……また……逢える?
家族に。友達に。大切な人達に。そして――愛する彼女に。
拓矢の、奇跡を信じようとするかのような言葉に、神は確信を込めて答える。
彼の絆を、その力でもう一度繋ぐように。
『ああ。また、逢える』
その言葉を最後に、ルクスの存在が遠くなり、体の感覚が戻り始め、そして。
――――ゃ――――たくや――――
彼女の声が、遠くから近づいてくる。
肉体の感覚が戻り、額に、背中に、後頭部に、やわらかい感触を感じる。
――お願い、目を覚まして……拓矢――――
彼女の声が――自分を呼ぶ、懐かしくて愛おしい声が聞こえる。
瑠水、みんな……また、逢いたい…………!
拓矢は、彼女にまた出逢うために、深い眠りから覚めるように、目を開けた。
最初に意識に入ってきたのは、水の揺れる静かな音。それと共に、目に入る明るい光と、水に濡れる肌の感触。
上空には、白い光に満ちた穏やかな空が広がっていた。毒々しい穢れから浄められた、清浄な静謐に満ちた世界は、永い夜闇からの明るい夜明けを迎えていた。
心安らぐ静寂と光に満ちた空気と揺れる水の音にしばし忘我した拓矢は、中空に浮かぶ薄い色の月を見上げながら、少しして上体を誰かに寄りかかる形で支えられていることに気付く。
それが誰なのか、もはや考えるまでもなかった。
「拓矢……!」
喜びの涙に濡れた声と共に自分を包み込む、愛おしい温もりと感触。死んだって、きっともう忘れることはない。
「先に天国に行っちゃうところだったよ」
安堵感に包まれながら、拓矢は、背中の彼女に冗談めかして小さな声で言う。
「あなたが天国に行くなら、私も一緒に行きます。置いて行かないでください」
瑠水は、そう言って拓矢をそっと力強く抱き締めた。彼女の膝枕に背中を預けているらしく、頭の後ろに枕のようなやわらかな二つの感触がある。彼女の綺麗な瞳から煌めく涙の雫が静かに零れ落ち、拓矢の胸に滴った。頬が流れる涙で濡れているのを感じ、そのままにしておいた。
再会を喜ぶ前に、いくつか確認しておきたいことがあった。まず、
「僕……生きてる?」
瑠水に背中から抱かれながら、拓矢は口にした。自分は魔女の荊に全身を貫かれ死んだはずだった。自分でも死を自覚する感覚まであったというのに、なぜまだ生きられているのか。
「おかえり、タクヤ。ナイスファイトだったわよ」
その疑問を抱えた拓矢に、快活な声が届く。拓矢が横に首を向けると、そこには目の覚めるような炎の色を持った二人がいた。
「まだまだ私達の前には及ぶべくもないが、今回限りに関しては一応認めてやる。よくぞ姫を救ったな。白崎拓矢」
「まさか、キスひとつでこの世界を浄化しちゃうなんてね。やっぱり侮れないわ、あなた達」
思考を一旦切り替えて、拓矢は灼蘭に問いかける。
「灼蘭……僕は、傷を負って、死んだはずじゃ」
「あらま。死人に口なし、って言葉知らない? あなたは現にここにいてあたしと話をしてるじゃない。信じられないなら、胸、傷口、見てみなさいよ」
灼蘭の言葉に、拓矢は貫かれた胸元の辺りを見て、不可思議な驚きに包まれた。
貫かれた傷が、塞がっている。拓矢を抱く瑠水の周囲と拓矢の胸の上に青い色の法陣が現れており、光を放ちながらレコード盤のようにくるくると回転していた。胸の上の法陣は傷が広がるのを防ぐ蓋のようにも見え、そこから綺麗な水のような生命の力が流れ込み、全身に沁み渡って心身を癒しているように感じられた。
拓矢はその力の性質と正体を即座に感得した。この温もりは、今自分が抱かれて感じている人のものと同じものだ。それを見取った灼蘭が解説をする。
「あたし達彩姫は、それぞれに特別な性質の力――『
拓矢には見えなかったが、彼を包み込む瑠水の体は、静かな青い燐光を纏っていた。彼女の力が傷口に流れ込み、傷を癒していたのだ。
しかし、と拓矢の中には疑問が生まれる。
「でも……その力って、死ぬような傷でも治せるものなの?」
「あら、せっかく助けてもらってるっていうのに随分な言い草ね。ルミナの力を信じてないの?」
「え……い、いや、そういうことじゃないけど」
思わぬ指摘に拓矢は慌てて弁解する。その様子に、灼蘭だけでなく、瑠水までも笑った。
「さーて、どうなのかしらねえ。まあルミナの名誉のために言っておくなら、その子の本気なら、多少の大きな傷穴を塞ぐくらいできるわよ。でも、ここでは……」
「エルシア。ここは私に話させてくれないかしら」
灼蘭の声を瑠水がそっと遮った。二人は意味ありげな目線を交わす。灼蘭が愉快そうに肩をすくめると、瑠水がその後を継いだ。
「拓矢、思念体である魂の世界であるここでは、思念が存在を含める全てを決定づけます。この世界に降りてきた時に、エルシアから聞いた方法で何とか死なずに着地したそうですね?」
「え? あ、うん……死なないって強く思えって、今考えても無茶だよね……」
拓矢は当時の慌ただしさを思い出して口調が鈍くなる。しかしその時あることに気が付いた。
幻想界の思念体は、現在界の物理的影響を受けない、ということを。そしてここが幻想界であることを考えれば――。
瑠水がさらに告げたその仕組みは、拓矢の口を塞がらなくさせるものだった。
「あなたが蘇ったのも、原理はそれと同じなのです。傷を受けたあなたの魂が息を吹き返し、生きる意志を取り戻したこと、それがあなたを生き返らせ、精神体の死に至る傷を塞ぐのを助けたのです」
「え……え? それじゃあ、この世界では『死なない』って強く思ってれば死なないってこと?」
仰天する拓矢に、灼蘭は得意げに指を立てて指摘する。
「そういうことなのよ。あなたが死なないって思い続けられれば、最悪の状況でも魂は死なないの。ここは肉体の傷に支配される世界じゃない。魂と心の力こそが存在を形作る力なのよ」
「魂と精神が実体となるこの世界では、精神が回復し、魂が修復されれば、実体の傷も塞がるようになっています。私はあなたの精神体の傷を治すために、あなたの魂に力を送って、心が蘇る手助けをしていたのです」
「そういうこと、なのか……」
あまりに荒唐無稽に聞こえる理屈に、拓矢は驚きから脱力しかける。そんな彼を、瑠水は小さく笑って、想いを込めて抱きしめた。
「それでも、あなたの精神が完全に死んでしまえば、あなたは永の眠りに落ちてしまっていたかもしれません。また逢えて、本当に嬉しいです。拓矢」
「うん……僕もだよ。君にまた逢えて、本当によかった」
拓矢は万感の想いを込めて瑠水に答え、自分を抱き締める彼女の腕に手をかけた。二人の温度が混ざり合う感覚に、拓矢は瑠水と一つになったような充溢した気持ちに胸が満たされるのを感じる。温かい水に浸るように心地よく、ずっとこのままでいたいくらいだった。
「さてと。無事にルミナは救い出せたみたいだし、二人の時間にあたし達はお邪魔みたいね。行きましょうか、ティム」
「仰せのままに」
そんな二人の様子を見届けて、灼蘭とティムは責を果たしたとばかりに清々しくその場を去ろうとする。拓矢は彼らの方に首を向けた。
「帰るのか」
「二人っきりの睦み合いに、余計な冷やかしは無用でしょ? あたしだったらご免ね」
灼蘭はさらりとそう言って、悪戯っぽくウインクしてみせた。さらにティムが拓矢に向けて言葉をかける。
「念のために忠告しておく。黒の魔女は一度は退いたが、まだ滅されてはいない。復讐に生きる奴のことだ、再び何らかの手をかけてくることは十分に考えられる。注意しろ。もう二度と姫を奪われるような真似は許さんぞ」
鋭い目で拓矢を射抜くように見つめながら、ティムは告げた。言葉は厳しいものながら、それは二人の――拓矢のことを思った心ある助言だった。
拓矢はその言葉を聞いて、命士としての覚悟が引き締まるのを感じた。一度失ったからこそ、その痛みを知るからこそ、その教訓は骨身に沁み渡り、覚悟は一層強くなった。
拓矢が決意を込めてティムの目を見つめ返して頷くと、ティムはふん、と小さく鼻を鳴らして踵を返し、彼の主人――灼蘭に向き直った。
「行きましょう、エルシア様」
「そうね。それじゃあまたね、ルミナ、タクヤ」
そう言うと、灼蘭とティムは手を繋ぎ、抱き合うように身を寄せ合った。二人を囲うように宙に法陣が描かれ、体が赤い光に包まれていく。
「エルシア!」
去りゆく灼蘭を呼び止める声があった。瑠水だった。
「助けに来てくれてありがとう。あなたの温情を忘れないわ」
「いいのよ。これがあたしの善なんだから。貸しイチなんてケチなことは言わないから安心しなさい。それに、何よりお礼を言うべきはあたし達じゃないでしょ?」
灼蘭は裏表なく答え、二人に向けて告げた。
「あなた達には力があるわ。特にタクヤ、あなたが思っているよりもずっと、ね。だから、次会う時にはもっと強くなってなさい。いろんな意味であたし達を越えられるくらいにね」
「精進するがいい。当然、その時もあらゆる意味において負けるつもりはないがな」
ティムがそう付け加えた所で、灼蘭とティム、二人の輪郭が赤い光に溶けていく。精神体である体を光の奔流に乗せてこの世界を出るらしい。
「「清月の姫と騎士(Die lio marl meie)。あなた達に、光焔の輝きがあらんことを(Wan hein die meik ruse enfein)」」
やがて、献辞の詞と共に灼蘭とティムの姿は赤い光の柱に溶け、漂う小さな蛍火のような光が二つ残った。煌めく二つの光は妖精のように空を舞い、上空に飛び去り、見えなくなった。拓矢と瑠水は、流星が流れるのを見送るように、その光が空に消えるのを眺めていた。
そうして二人は改めて、明るい夜明けを迎えた月夜の水園に取り残された。上空に静かに浮かぶ白い月の音なき波動が水面を揺らし、静かな音を立てる。瑠水は腕の中に横たわる拓矢の髪を愛おしそうにそっと撫で、拓矢はその優しい指の仕草に胸をくすぐられながら、心を一つにする安らかな感覚を味わっていた。放っておけば、そして許されるなら、そのまま永遠に時間が過ぎてしまいそうなくらい、それは穏やかで、満たされた時間だった。
「瑠水」
しばらくして、拓矢がぽつりと口を開いた。
「何でしょう、拓矢」
瑠水の応える声には、いつも以上に深い想いが宿っていた。
拓矢は、彼女に何かを言おうとして、やめようとして、それをやめた。「いつか」はもしかしたら訪れなくなるかもしれない。そう思うと、余計な遠慮や恐れは消え、自然と口から言葉が紡ぎ出されていった。
「僕は、やっぱり強くなんてない。君を失った時、僕はまた死にたくなったし、僕が君を助けに来れたのも、ティムや灼蘭や、ユキや弘之おじさん、宗善おじさん、それに奈美や由果那、乙姫姉さん……いろんな人の助けがあったからだ。僕一人じゃ、きっと何もできなかった」
瑠水は、静かに拓矢の言葉に耳を傾ける。
拓矢は、胸の奥から溢れ出る思いを、自然の流れに任せるように言葉にしていく。
「でも、もうそんなことはどうでもいいんだ。自分が強いかどうかなんて大事なことじゃない。理屈なんて必要なかった。僕は、君を守りたかった。君と一緒にいたかった。ただそれだけだったんだ」
それは、連なる様々の思いを一筋に縒り合わせた想いだった。
それ以上の色々な想いを、拓矢は胸に抱きこそすれど言葉にはしなかった。胸の中に渦巻く悲喜こもごもの混じり合った想いはとても全てを自分の拙い言葉で表すことはできそうになかったし、下手に言葉にするのは想いの煌めきを失わせてしまうような気がした。
そして、瑠水はその言葉を全て受け容れるように、静かに微笑んでいた。
「拓矢」
言葉を沁み込ませるようなしばらくの間の後、瑠水が、拓矢に応えるように口を開いた。
「何?」
瑠水は、逡巡した末に、言った。
「私は、私のせいであなたを傷つけてしまいました。私はどんな言い訳もすることはできません。もしもあなたが望むなら、私は――――」
あなたの下を去ることができる。もう私に関わることで傷つくことがないように。
心話でもなく、紡がれなかったその先の言葉を拓矢は読み取ることができた。そして――今更ながら悲しい気持ちになった。
彼女なりの自分への配慮、あるいは贖罪のつもりなのだろう。それがわかっていたから、拓矢もそこまで気を病むことはなかった。少しだけ間を置いて、拓矢は迷いなく言った。
「そんなの、決まってる。僕はこう望むよ。君に、ずっと一緒にいてほしいって」
瑠水が目を瞠った気配を察しながら、拓矢は切実な口調で語りかける。
「僕は君にいなくなってほしいなんて望まない。それに、君のために僕が傷つくってことなら、今の僕が一番傷つくのは何だか……君ならわかるよね?」
「…………」
瑠水は、放心したような表情から、やがて何かを悟ったように表情が崩れていく。その様子に、言葉が通じると思った拓矢は答えを与えた。
「そう……君がいなくなることだよ。今の僕は何よりそれが怖い。だから、そう思うのなら、もう僕からいなくならないで。僕は君がいてくれることが、今は何より嬉しいんだから」
「……ごめんなさい」
瑠水は観念したように、泣き笑いの表情で拓矢に詫びた。互いの心が通じ合ったことを感じて、拓矢も微笑んで返した。
「大丈夫。それに、君を守れなかったのは僕だって一緒だ。だから……」
「お互い様……ということですか?」
「そういうこと、かな」
瑠水の言葉に拓矢は返し、二人は小さく笑い合った。凝り固まった心が解れていく。
長く凍っていた心を打ち解けた拓矢は、澄み切った心で、瑠水に語りかけた。
「瑠水。君を守れて、よかった」
その一言に、確かな想いが乗ったのを拓矢は感じた。
瑠水が拓矢を抱き締める腕の力をそっと、ぎゅっと強くする。
「ありがとう、拓矢。私も、あなたの傍にいられて、幸せです」
飾らない言葉で瑠水もそれに応えた。今の二人の間に、それ以上余計な言葉はいらなかった。
そのまま、永遠のように静かな時が幾ばくか流れた。
やがて、夢から覚める頃のように、拓矢が瑠水に語りかけた。
「瑠水」
「はい」
瑠水もそれで、彼の心を察したようだった。拓矢の言葉を待つ。
拓矢は、心が通じ合っている安らかな心地を感じながら、彼女に言った。
「帰ろう、僕の世界へ。みんなが、待ってる」
「……はい」
瑠水は、青い瞳の涙を拭うように、小さく頷いた。
触れ合い繋がる二人の体が、青い光に包まれてゆく。心までもが溶けあい、一つになる。自分と彼女が一つになる感覚。何という陶酔にも似た心地よさだろう。
二人は光となり、空を突き抜けて、夢幻の異空へと飛び去ってゆく。万華鏡のように色を変える彩光のトンネルを、想いの速さで突き抜けてゆく。目的の目印は、拓矢の心の中にあった。
胸の奥、自らの中心に、小さな導きの灯火のような熱源を、拓矢は感じていた。
『タク……無事でいて』
『拓矢、さっさと帰って来なさいよ……』
『拓くん……お願い……』
自分を想う、心の声。拓矢はそれを確かに感じていた。見失うはずがなかった。
拓矢は、瑠水の方を見る。瑠水も微笑みを返した。その表情に、もう暗い影はなかった。
拓矢は、目の前の彼女と、自分を呼ぶ声を同時に感じながら、悟っていた。
二つの、それぞれに大切なもの。それは時にぶつかり合うこともある。瑠水を守るために拓矢が危険にさらされれば、大切な人達は悲しみ、心を痛める。さりとて、瑠水を見捨てるという選択もしたくはない。互いに相容れない部分、譲れないものがある。
それでも、その二つがそれぞれに大切であること、かけがえのないものであることは真実だ。どちらの方が大切だとか比べられるものじゃないし、どちらかを犠牲にすることもしたくない。両方大事なら、両方守る。それは今回のように難しいことなのだろうけど、心構えとしてはそれが一番正しい――瑠水の言葉を借りるなら、「善」である気がした。
それが試練となるのなら、自分はそれを受け容れ、果たしてみせよう。
大切な人達を、守るために。もう、自分の無力で二度と失わないように。
拓矢は瑠水の綺麗な瞳と、胸の内を満たす大切な人達の声を受け、心中でそう誓った。
瑠水は、瞳を潤ませ、拓矢の強い瞳を見つめ返していた。
そうして、どのくらい飛行していたのか。
やがて、光のトンネルが終わりに近づいていく。出口のように、真っ白な光が広がっていた。
拓矢は瑠水と一緒に、勢いよく、眩い光の中に飛び込んでいった。
意識が白に包まれる。光の中、奈美、由果那、幸紀、乙姫――大切な人達の、そして瑠水の顔が浮かんだ。
✢
拓矢が幻想界に旅立ってから、三時間近くが経過した時。
意識の消えた拓矢の身に、どこからか淡い光が憑霊のように入り込んだ。
やがて、拓矢は深い夢から覚めるように、ゆっくりと目を開けた。
「タク!」「拓矢!」
真っ先に乙姫と由果那が声を上げる。
拓矢は夢から覚めたようにしばしぼんやりとしていたが、やがて意識が醒めると、
「ただいま、みんな」
微笑みながら、大切な人達に帰還を告げた。
奈美の瞳から、張りつめていた涙が溢れた。
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