第19話 決戦前

 フレッドはトラヴィスに美少女ナビゲーターの件を詳しく話す。


「なるほど……バグだらけなのは解せないと思っていたが、そういう事か」

 だいたいの説明が終わり、トラヴィスは真剣な眼差しをフレッド達に向ける。


「オレと戦ったバンダナの大男は……最低でも、寄生虫を4匹は体内に宿していると見て間違いないと思う。あとヤク漬けの人間みたいに異常な顔つきだった……」


「……そういや、ジャンキーはこの町でもたまに、真昼間から堂々と走り回ってたなー。捕まえるのが大変でさぁ、懐かしいなぁ」

 保安官のフレッドは過去を思い出し本題から脱線する。


「妙じゃな……。現環境で4つも寄生させるのは、まず不可能のはずじゃ」


 アップルはアゴに手を当て、考えるポーズをとり思慮をめぐらす。

「どのような能力を使ったか、できれば全部教えてもらえるかの?」

「あっ、ああ……差し当たって〈ブラッキードッグ〉と〈ハヌマーン〉は確定だ」


 ハヌマーンはトラヴィスの仲間のジョンが使用した能力で、怪力任せの白ゴリラのアンデッドだ。不死物危険度C+でCランクでありながらパワーファイター向けの〈アルミラージ〉に近い性能を発揮する。


「それ以外だと、十数本の腕をうじゃうじゃ背中から湧き出る能力を使っていたな。あと、ムカデがその腕の中を這いまわっている感じだった……」

「ふむぅ、たぶんBランクの〈スクワームハンズ〉じゃろうな。20メートル以上の百足のアンデッドでな、背中にゾンビを数十匹飼っておる凶暴な奴じゃ」

 フレッドと灰賀はその化け物を想像してしまい真っ青な顔をした。


「それと……オレ達の町と……仲間を焼き尽くした能力がある」

 ガタガタ震え始めたトラヴィスは両腕を抱えて縮こまってしまう。

「青い火を噴く直前に、右手をヤギの角を付けたライオンに変えていたんだ……」


「おそらく幻獣級のハイランクモンスター…………。コホンッ、不死物危険度A-の〈アントキマイラ〉じゃな。……こいつを正攻法で倒して取り込んだとなると、今のオヌシらではまず太刀打ちできぬぞ」


 相談を始めてちょうど30分に差し掛かろうとしていた。

「オレの……仲間はこの町でリスポーンしていなかっただろうか……?」

「残念じゃが……オヌシ以外の他プレイヤーが着た形跡はないのじゃ」


 一度死んでしまった場合、24時間プレイを中断させられる罰則が設けられる。


 そして、コンテニューの回数が残っていればリスポーンするという流れをくむ。

 ただフレッドの場合はこのルールが適応されず、すぐリスタートとなっている。 


「恐らくは、バンダナの大男は俺が逃げた足取りを追ってきている……。幸いヤツは足がトロいらしく、スピードでは俺の方が上みたいだった……」

「さぞかし無念じゃろうな……、オヌシの仲間の仇はワシらが討つのじゃ!」

 アップルは消耗し切ったトラヴィスの気持ちを推し量る。


「くぅ……悪いが、1日中彷徨さまよい続けたせいでもう限界なんだ……」

 ついにトラヴィスは極度の疲労で前のめりに倒れ込んでしまった。


「灰賀よ、そやつをフレッドのベッドに運んでやるのじゃ」

「……わかった……フレッド君、その人の両足をもってくれ」

「はい…………」

 元気のない返事でしぶしぶ了承し、トラヴィスを持ち上げるフレッド。おおかた、自分のベッドを他人に使われることに不満なのだろう。


「日本刀だ……めっちゃカッコいいなぁ、俺もこういう武器使おうかなー……」

「剣術は一朝一夕で身に付くものではないぞ、オヌシには到底無理じゃろうな」

 呆れながらアップルは、トラヴィスの腰に差してた刀をベッドのそばの机に置いておく。


「よいかッフレッド、灰賀ッ! このままじゃとトラヴィスの言っておるバンダナの大男はこの町にも接近してくる可能性が高いのじゃ!」

「もし……防壁が破られたら、ゾンビ達も押し寄せてくるって事だよな……」

「……止める手立てはあるのだろうか……?」


「落ち着くのじゃフレッドよ、オヌシは食事を今のうちに充分にとっておけ! ……ワシはダフネに助力してもらえるように頼みに行ってくるのじゃ!」

 うろたえるフレッドにいつも通り一喝し、今後の行動について言い付ける。


「灰賀にはすまぬが……、今からなるだけ多くの防壁周辺のゾンビ共を掃討そうとうしておいてほしいのじゃ。倒せそうにないアンデッドは捨て置いてかまわぬ……」

「自分はまだ一緒に戦うには……力不足という事だな、……了解した」

  口惜しいといった表情を見せた灰賀。とはいえトラヴィスみたいな剣の達人でもかなわない強敵である以上、彼が犬死にするのは必至なのだ。


 急を要するアップルはダフネの屋敷にチートを使って瞬間移動した。



「ここがダフネの家じゃな……というか、まさしくお城じゃな!」

 イギリスの大豪邸を彷彿とさせる広大な建物にアップルも度肝を抜かれる。


「めんどくさいが再度テレポートするかの……」

 ダフネ邸の静かな中庭で、眉間の真ん中に人差し指と中指を当てて念を込める。

「よしッピンポイントでダフネの所にこれたのじゃ!」


「きゃあ!! あっ……アップルさん? 何事ですのッ!?」 

 いきなりの来訪者にビックリしたダフネは、我を忘れて取り乱す。

「ダフネよッ! 緊急事態のため、かいつまんで話すのじゃ!」


 ダフネの部屋はダージリン茶葉の豊かな香りが広がり、心地良い雰囲気をかもし出している――。どうやら紅茶を飲みつつ読書をしていたようだ。


「そのトラヴィスというお方のレベルはおいくつでしょうか?」

 ダフネは音を立てず、みやびやかに紅茶をすする。

「レベルは33とみたがのぉ、ワシのリーディング能力もバグによって不完全なのじゃ……」


「わたくしのレベルは27です、いずれにしても勝ち目薄とお見受けしますが?」


「こちらには、フレッドという切り札がいるのを忘れてもらっては困るぞい」

「あなたにとってフレッドさんは……、信頼に値する存在なのですね……」

 ダフネのアップルを見る目はまるで、恋敵を敵視しているかのようだった。


(なにか気にさわる事でもしたのかのぉ……。思い当たるふしがないのじゃが?)


「でもアップルさんには命を救って頂いた、御恩もありますから仕方ありません」

「……引き受けてもらえるのじゃな!?」

 同意するため物憂ものうそうにコクリとうなずくダフネ。


「なら今すぐフレッドの家まで来てほしいのじゃ、……だがしかしワシの瞬間移動では自分しか飛ぶことができないのじゃ……」

「バトラー! ただちに車を出しなさいッ!!」

「承知いたしました……お嬢様」


 廊下で待機していた執事が早速呼び出しに応え、裏庭に駐車してあった、高級車を運転してアップルの目の前までもってくる。ついでながら、このバトラーもダフネが〈ジェネP〉で購入したNPCである。


「これは……イタリア製の最高級車種ロールスロイス・ファントムではないか!?」

 その車体は日本円にすると軽く5000万円を超えるほど高価らしい。

「歩行者を轢かないように運転をするのですよッ!」


 あくまで安全運転でバーンズ家に直行するアップルとダフネ。

「まぁ、仮に車を人にぶつけても、バリアで助かるはずじゃがな……」



 無人の雑貨用品店に立ち並ぶ人々、この異様な光景も平たく言うとゲームの醍醐味となってしまうのだろうか――。


 実は公認ではないとはいえ保安官として、この町で有名になっているフレッド。

 保安官が横目で客たちの素行を監視するため、周囲の民間人に緊張感が走る。

「無法地帯になるのだけは、さすがに見過ごせないからなぁ……」


 フレッドは屋台のフィッシュ&チップスとフランクフルトで腹を満たしていた。

「黒ビールも飲みたいけどなぁ、我慢しとくかー……」


 夕方5時を過ぎ……この町の命運を賭けた、戦いの幕が切って落とされる。

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