第99話 妙な世界の

 例の海と浮島の世界が気になる。しかし独りでぶらりと散歩に出ようとすると、ソフィーに子供たちの相手をせよと咎められてしまうのだ。

 出来れば俺自身の目で確認したい。それにあの世界の神と邂逅する事もあり得る。

 分体を送って観察するというのは、今回の事例には向いていない。

 いっそのこと、城に分体を置いて行くか? 自立型の分体の姿を若作りにすれば、ソフィーとて見分けはつくまい。思念や残滓が集約され周囲に展開するのが本体なのだが、ソフィーにそれを見分ける術はないだろうからな。


 人目のない場所で俺自身はこの世界に浸透し姿を隠す。その刹那の間に分体を構築した。これで良い、俺と同じ思考ルーチンを持つ分体の出来上がりだ。

 子供たちの散歩に付き合える程度は賄える量の残滓や思念で創ってある、バレないように頑張ってくれよな。


 では、行くか。月まで跳んだ、この後にゆっくりと侵入することにする。何より失敗が怖いので、転移で他の神の結界を越えるのは控えている。

 

 結界を越え、中に入った。

 この世界、今まで見て来た他の実験場に比べるとかなりの大きさがある。これだけの世界を創る神だ、俺やアーリマンの親戚だったりする可能性もあるよな?


 グレイマンの街へと降りる、今回は一番大きな浮島を選んだ。

 建物はその殆どが石造り、偶に木造のものを見掛ける程度。住居はアパートメントとして石造りが多く、倉庫や何らかの詰め所などに木造が用いられているようである。

 建物にまず目が行ってしまうのは悪い癖だな。


 以前アーリマンに教わった見る側に依存する姿をとり、街の中を散策する。もし俺の姿を認識出来たとしても、グレイマンにしか見えないだろうから保険に。

 市場だろうか、野菜や果物が並んでいる。日本でよく売られている野菜もあるが、あそこにあるアーティチョークのように日本ではまずお目に掛れない物まで置かれている。

 ここの神は日本出身では無さそうだ。どこ出身の神だろうと翻訳のお陰で苦労することはないのだが、島国根性が根付いた俺はどうしても少し警戒してしまう。


 数ある浮島には多くのグレイマンが住んでいると思われる。残滓の収束が強いのだ、これだけ多くの残滓や思念が流れ込んでくるのも珍しい。

 この世界の神もいい加減気付いても良い頃合いのはず。本来なら管理している神に流れ込むべき残滓や思念の多くが俺へと集中しているのだから。


 漸くのお出ましか、正直待ちくたびれたよ。

「あなた、ちょっとお待ちなさい」

 グレイマンの言語で話し掛けられた。

 さて、どうしよう? 翻訳機能と思念での会話なら可能なのだが、グレイマンの言語は喋れない。

 素知らぬ振りをして様子を見るとしますかね。それとなく自然に見えるよう野菜や果物を物色している態を装う。

 あからさまに目立つような行動をとってはいない為、いつでも群衆に紛れ込めてしまう。


 おや? 先程俺を呼び止めたグレイマンは、俺とは別のグレイマンへ話し掛け始めたぞ。

 俺という目標を見失ったのか、それとも元々不特定のグレイマンに用があったのか、どちらだろう? その答え次第で、俺の取るべき行動が変わってしまう。


「待ちなさいと言っているでしょう」

「何の用だ、姉ちゃん」

 呼び止めた方は女性なのかよ。口調がそれらしい感じではあるが、翻訳を通しているので定かではない。

 それに外見で判断出来るほど、俺はグレイマンマニアではなかった。

「あれ、あなた、さっきの人と違うわね。ごめんなさい、人違いだわ」

「なんなんだよ」

 グレイマンを人と数えている。これも翻訳の問題なのか、それとも他に要因があるのか分からんな。

 だが、はっきりしたことは俺を探しているということだろう。

 このまま様子を見続け、女性と思われるグレイマンの後を追ってみよう。

 相手の目的がまだ判然としない内は、こちらから出て行く必要もない。俺を探しているのが神絡みであると、判明してからでも遅くはないだろうよ。

 

 しかし、不思議なこともあるものだ。俺は彼女からそう遠く離れても居ないのに、俺を認識することが出来なくなっているように思える。

 特に何をした訳でもないのだが、どうしてそうなっているのだろう? 隠れようと考えたことに残滓や思念が反応してしまったのかもしれんな。

 きょろきょろと周囲を見回していた女性グレイマンは、諦めたのか今度は来た道を戻っていく。

 チャンース! このまま尾行させてもらうとしよう。


 女性が入っていったのはかなり草臥れたアパートメント、周囲の他の建物より幾分か古いのかもしれない。

 建物の中まで付いて行くと、一発でバレてしまう。仮にそうでなくとも怪しさは増すばかりだ。

 人目というかグレイマン目のない場所を選び、姿を消した。俯瞰するような形にはなるが、観察させてもらうさ。

 壁も天井も床さえもすり抜け移動して行くと、階段を上っていく先程の女性グレイマンを発見した。

 ここ何階だ? まあ何階かは知らないが、一つの扉を開け中に入っていく女性。

 それを確認した後、俺は壁をすり抜けて部屋の中へと入った。女性を尾行して部屋に無断で上がり込むとか、犯罪だよな。理解してはいるが、俺は神なので法に縛られたりしないのさ、と自分自身に言い聞かせて再び行動を開始した。



「アラスティール様、申し訳ありません。見失いました」

「仕方ありませんよ。

 外から来たと仮定すれば、あの結界を越えてきたのです。相当の力を有した存在なのでしょう」

 あの結界はそんなに強固ではなかった、うちの結界に比べれば児戯に等しいものだよ? うちの結界は許可のない者を断固として跳ね退けるからね。

「では、泳がせておくのですか?」

「あなた以外に私の従者は居ないので、助っ人を呼びました。あの方なら余裕で見つけ、捉えてくれるでしょうからね」

 助っ人を呼んだだと? 俺を捕獲できるだけの存在か、面白い!

「来たようですね」

 ああ、俺も良く知っている気配。助っ人とはこいつのことか。


「なんじゃ珍しいの、お主が儂を呼び付けるとはな」

「ご無沙汰しております、お師匠様」

 この神っぽいのアーリマンの弟子なのかよ! 神が弟子取るのかよ……。いや、うちにも?が居たわ。

「それで何用なのじゃ?」

「私のこの世界に侵入者が今現在も潜伏しております。それを見つけて、捕まえては頂けませんでしょうか?」

「ふむ、お主が捕捉出来ぬのも致し方なかろうな」


『お主、いつまでそこで見ておるつもりかえ?」

『……なんだ、バレてんのかよ』

『ここに入った時から、お主の気配がしておったわ』

『なら、紹介を頼むよ。あんたの弟子なんだろ?』


「承ったわい」

「なっ、何を?」

 困惑しているアラスティールとかいう神とグレイマンの姿をした従者。

「お主が捕捉出来ぬのも、お主の結界が役に立たぬのも道理じゃ。相手が此奴ではどうしようもあるまいて、な。

 ほれ、出てこぬか」

 舞台が整ったので姿を現すとしますかね。

 ほぼ空気となっていた姿を元の形へと戻した。

「ご近所ということで挨拶に来たんだが、中々俺を見つけてくれないから困ってしまったよ」

 前回はだけど、今回は尾行までして一部始終を観察させてもらったけどね。

「此奴は儂ら欲望の神の王じゃよ。お主の力量ではどうにもならんのは、当然じゃの」

「王とは、一体何なのでしょうか?」

「さあ、俺は新米だからよく知らん」

「儂やお主の上位互換になるかの。此奴の結界は儂でさえ本気を出しても越えれぬ、力の差が歴然じゃからの」

 やはりか、これだけの世界を創り出したのは欲望の神だったということだな。


「挨拶に伺ったと申すのであれば、ここにいらしてもらえなかったのですか?」

 従者の方が先に正気に戻ったらしい。

「いや~申し訳ない、面白い世界だったので観察するのに夢中になってしまってね」

「先程、私があなたを探していたのはご存じなのですよね?」

 痛い所を突いてくるな、この従者。

「君が何者なのか判然としなかったのでね、おいそれと?まるつもりも無かったのさ」

 嘘ではない、これは事実なのだ。


「しかしいつ見ても気持ちの悪い姿よな」

「ああ、それは俺も思った。なんでグレイマンなんだよ?」

 男女の区別すらつかないし、言語も翻訳が無いと全くわからない。

「宇宙人というのは、このような姿だと地球では考えられているではありませんか」

「この世界の技術が高まり、偶発的に外に出てしまった時のことを懸念したのです。もしもの時を想定し、この世界の人間は全てこの姿にしてあります」

 従者の言葉を補足するように、アラスティールという神は話しを引き継いだ。

「考えすぎじゃないのか? まだまだこの世界では宇宙に出れるだけの技術もないだろうに」

「此れは昔から頭でっかちじゃからの。言うだけ無駄じゃな」

 ああ、そうなのね。


「まあ、何でもいいや。挨拶ももう十分だろ、俺はこの世界を適当に観察してから帰るよ」

 挨拶らしい挨拶は何もしていないが、大丈夫だろう。

「なんじゃ、もう帰るのかえ? 儂も久しぶりにお主の所にお邪魔しようかの」

「うちは今、子供が生まれて大変だぞ。俺だって分体を置いて逃げて来てるんだから」

「なんと! 何故、儂を呼ばぬのじゃ」

「適当に遊びに来るだろうと思ってな。一々呼ぶのもなぁ?」

「観察などまた次の機会にせよ! 行くぞ」

 アラスティールとやら達を放置して勝手に決断する、俺とアーリマンだった。


「お待ちください! 神と魔女で子が出来るなど、聞いたこともありませんよ」

 うん、それは誤解だ。間違ってもいないが、正しくもない。

「ふむ、そうじゃ。お主の城の門前まで、此奴らも連れて行っては貰えぬか?」

 ニィっと嫌な微笑みでお願いしてくるアーリマンだった。

 門前と云うからには、中に入れなくても良いという意味だろうな。

 意地悪にも程があるだろ? 俺の結界が強固なのは先程も話していたのだから。

「門前で構わないなら、連れて行ってやるよ?」

「ありがとうございます! あなたも行きますよ、ミリィ」

「私はこの姿でお邪魔するのですか? 子供が泣き出してしまいますよ」

 うん、グレイマンは無表情で怖いもんな。だが安心しろ、俺の世界の中に君たちは入れないのだから。


「ほら、これで良いでしょう? 生前のあなたの姿ですよ」

「なんで年老いた姿にしてしまうのでしょうか? もっと若い頃の姿が良かったです」

 従者の我儘が酷いがアラスティールは聞く気がないようだ。

「さあ、参りましょう」

「プッ」

 アーリマン、吹き出すなよ。

「では行くぞ」

 紙みたいな結界を越えるのに少しだけ気が引けるのだが、行ってしまおう。


「到着じゃの。儂らは先に中へ行くのでな、お主たちはこの結界を越えてくるが良いぞ」

 本当に意地が悪いなあ。

 俺もなんだか面倒そうな神なので、入れたくないからそれでも良いけどさ。

 アラスティール一行を門前に置き去りにして、アーリマンと共に我が家へと跳んだ。


「久方ぶりじゃの」

「あいつら、諦めて帰るかな?」

「どうじゃろうの? 儂が帰りに寄って様子を見て行くのじゃ」

「それなら任せるからな」

 俺はもう関知しない。あの神の性格が把握できる頃には、呼んでやっても構わないとは思うけど。


 分体は現在パントリー内で作業をしているようだ。周りにお豊やソフィーの目がないのを確認し、俺の本体へ統合する。

 何をしているのかと思えば、粉ミルクを試す為に哺乳瓶の煮沸消毒をさせられていたらしい。

「あなた、消毒は終わりましたか?」

「まだ茹でてる最中だよ」

 エントランスから歩くように進んでいた為、ソフィーに出くわしてしまった。

 疑問に思わないのだろうか? パントリーに居たはずがアーリマンを連れてラウンジへと現れたことに。

「久しいの、魔女っ娘」

「また来たのですか、今日は御馳走の用意はありませんよ?」

 素っ気ない態度とは裏腹に笑顔が見え隠れしている、ソフィー。古い友人が遊びに来たことが嬉しいのだろう。

「子が生まれたと聞いたのでな、その顔を拝みに来たのじゃ」

「そうですか。サラも風花も今はお昼寝していますけど、顔を見るくらいなら良いですよ」

 ソフィーはアーリマンを連れて、昼間だけ子供部屋として使われているお豊の部屋へと移動していった。


 俺はその間に分体から得られた情報を漁る。えーと、煮沸消毒が済んだらお豊に知らせるんだな。

 パントリーへと転移し、哺乳瓶の状態を確認。

「お豊、出来たぞー」

 これで分体に与えれた仕事は全うしたことになる。バレてない、バレてない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る