第98話 発見!妙な世界
俺は今、家の外にいる。
普通家の外といえば、私道や公道があったりするものなのだが、我が家ではそれに当たるのが宇宙でしかない。
地球に比べると太陽から遠い位置にあるにも関わらず、畑と温室の野菜は無事に育っている。それを不思議に思い、今こうして観察している訳だ。
あれはなんだ? 以前からあんな所に世界などあっただろうか。
俺は家を作ることが最優先で、近隣の環境など気にも留めていなかった。
しかし、あんな場所に世界があっただろうか? 地球から見れば月の裏側にあたる場所。ここからアステロイドベルトを挟むとはいえ、よく見える。
さて、どうするか? 距離的には全然ご近所とはいえないのだが、気にはなる。
見学に行ってみるのも有りだろう。
叡智のおっさんの世界以来ではあるが、懲りずにやって来た。
結界らしきものはあるが、簡単に突破できてしまう。元々そんなに強力なものではなかったらしい。
実験場は内から外に出さない為の力の方が強い傾向にあるから、か?
かなり広い世界だ。しかし海かどうかは不明だが、辺り一面に水しかない世界。そこに浮遊した大地が幾つか、浮いている。
サティの所を例に用いれば、浮遊した大地には神が住んでいたはず。他の世界も大体はそれに倣っていたと記憶している。
だが、どうなのだろう? ここには浮遊した大地が見た限りでも六つは存在する。
まさか、まさか、神という名の化物が六匹も居るというのか?
冗談はさておき、まずは海を調べてみよう。
この姿だと味覚が存在しないので、成分を分析できるか試してみる。
海と称するしかないものから少量の水を掬い、残滓から火を起こし炙ってみた。水分が蒸発した後には、白い残留物が残った。
舐めれば一発で分かるというのに、それは出来ない。一々帰るのも馬鹿らしいので、これは持ち帰り宿題にする。
次はあの浮遊する大地だ。一番大きなものを選び、その上空へと向かうことにした。
街が幾つか点在している。
街があるということは、人なり何なりが存在し文明があるということになる。
疑問に思い、少し小さい規模の浮遊する大地も見ておくことにした。
こちらにも街がある。
降りて観察してみよう。
この世界の住人、あれは人間なのか? 生体ではあるように思える。
その外見は、地球人類とは程遠い。グレイマン? 一見するだけで違和感のある、少々気味の悪い姿をしている。
言葉も独自のもので既存の言語とは考えにくい。俺が全ての言語に精通している訳ではないけど、それにしたって奇妙なものだ。
言葉が解せないのでは意味がない、ちょっとその思考に触れてみるとしよう。
「今日のおかずは何にしようかしら? あの人はお魚が好きなのよね」
おいおい、この人物と称して良いのか不明なグレイマンは魚を食うのかよ。しかもパートナーの存在すら匂わせている。
「これを納品し終えたら、酒場のメリーちゃんに会いに行くんだ」
少し細長いグレイマンは酒場通いをしているのだろうか? 目当ての娘さんに入れ込んでいるの姿が目に浮かぶ。
こいつら、姿形が異なるだけで思考そのものは地球の人類と同質のもので間違いない。
こんな面白い世界を創り出した神がいるはず。
いい加減、俺の侵入には気付いてもらえないものだろうか?
叡智のおっさんの世界であればすぐ当人が飛んでくるのだが、一向に現れる気配がない。
宇宙に世界を構築しているという事実を踏まえると、だ。欲望の神の類である可能性が高いのではないか。
アーリマンの世界である可能性すらある。その場合は間違いなく、即捕捉されているはずだ。
であるならば、他の欲望の神なのだろうか?
どうなってる、全く感知されていないのか?
それとも神自体が存在していないとでもいうのか? こんなにも安定している世界なのに?
疑問が疑問を呼んで、疑問でしかない。
『・・・なた、・こに居るので・か? 子供た・が待って・・すよ』
ソフィーが指輪を介し、俺を呼んでいる。結界を挟んでいるせいか、通信状態が悪い。
『少し散歩をしていてな。すぐに戻るよ』
この世界のことは気になるが、一旦戻ることにしよう。
結界を無視して転移しても大丈夫だろうか? 大丈夫だとは思うが、安全を考えて出てから跳ぼう。
「おかえりなさい」
「ただいま」
どこに行っていたかは問われないようだ。
「ぱーぱ」
風花が元気よく飛びついてきたが、すり抜けて驚いている。その拍子に懐というか体内に忍ばせてあった白い残留物は、風花にくっ付いていってしまった。
「風花、それを持っていかれると少し困るんだよね」
「それは? イケナイお薬ですか?」
「いや、そうじゃないよ。少し舐めてみてもらえないかな」
自分で試そうと思っていたが、ソフィーに任せるのが一番かもしれない。彼女なら殺しても死ななそうだしさ。
「……ん。塩じゃないですか、これ」
「やはり塩だったか」
なら、あれは海ということになる。
海の上に浮遊する大地、しかも規模として考えると相当の広さと大きさがある。あれだけのものを創ることの出来る神に興味を惹かれてしまうのは、仕方のないことだろう。
「どこへ行っていたのですか?」
どう話したものかな。俺の憶測では壊れ掛けの世界ではないと思うので、そのまま話してみよう。
「地球から見て月の裏側になるのだが、奇妙な世界を見つけてな。そこをちょいと見学してきたんだ」
「奇妙な世界ですか?」
「奇妙としか言いようがないな」
「ぱーぱ、あそで」
うーん、『あそんで』か?
風花を宙に浮かせ、時間を稼ぐ。きゃっきゃと声を上げ、楽しんでくれているらしい。
「さっき味見してもらったのはさ。海のようなものがあって、それを蒸発させた残留物だよ」
「正体不明なものを私に舐めさせたのですか?」
何を言うかと思えば、お前自身が正体不明じゃないか。それでも言い訳はせず、しおらしくしておく。
「十中八九、塩だと思われたからね。当初は自分で確認するつもりだったんだよ」
納得のいっていない表情のソフィーを宥め、何とか落ち着いてもらう。
「ぱーぱ、さんぽ」
「ん、散歩いきたいのか? そうか、じゃあ行くか」
風花に散歩をせがまれたので、機会を逃すことなくソフィーから逃げ出した。
今日はサラを連れてはいないが、散歩は日課となっている。
風花を浮かせたまま前庭に出て畑と円四郎宅を廻り、再び前庭へと戻るルートをとる。
季節感も何もない、この俺の小さな世界。季節を用意するとなると制御が難しそうなので、このまま常春の世界で我慢してもらおう。
もう少し大きくなれば、地上をソフィーが散歩してくれるようになる。
地上の家は俺の実家も近い、クソ親父も動員させられるハメになるはずだ。ソフィーは結構図々しい性格だからな。
「あーそにー」
アンソニーは呼び捨て、しかもちゃんと呼べてない。
「旦那様、今日は風花様だけですか?」
「ああ、タイミングが悪くてな」
もっと余裕があれば、サラも連れて出て来たさ。
今や畑に常駐しているアンソニーは、幼児の風花でも食べられそうなものを
「あーあとー」
『ありがとう』だな、たぶん。『あーそにー』と『あーあとー』はセットですぐにちゃんと発音することになるだろうな。
「おっ、バナナ、もういけるのか」
「小さいですが、熟し始めています」
風花は小さなバナナにむしゃぶりついていた。
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