第60話 従者の資格
「ただいま戻りました。旦那様、お客様をお連れしてよろしいでしょうか?」
ソフィーはお豊を連れ、昨日の宣言通り大福を買いに行っていたはずだ、何故そこで客の話が出てくる? 俺は首を捻る。
ソフィーの指輪になっている分体から、こっそり情報を共有すると理由が分かった。
「駄目だ、元居た場所に戻してきなさい」
まるで、捨て猫を拾ってきた子供に諭すかのように答える。
「何故ですか? 行き場もなく困って泣いているのですよ」
「駄目なものは駄目だ。元の場所に戻し、お豊を連れて帰って来い」
犬猫であれば受け入れることも出来たが、交通事故死したばかりの子供の霊体など受け入れられない。
なんでもかんでも受け入れていては、キリがない。
ソフィーは俯いている、突破口でも探しているのだろうか? 諦める気が無いらしい。
「従者をもう一人欲していたのではありませんか?」
昨夜、枕元で相談した話だ。
「あの子は器を得たら、間違いなく家に帰るだろうよ。死んだはずの子供が帰って来たと親御さんは歓喜するだろうか?
一時的に受け入れられたとしても、あの子は成長しない。そして存在したままでは、いずれ擦り切れることになる。
また、受け入れられずに拒絶された場合はどうする? それでもお前は望むのか?」
店の軒先で泣いてばかりいる子供は、精神が幼過ぎる。ここに閉じ込めておけば良いという問題ではない。
「それは、…仰る通りかもしれませんが、あの子の意思を確認しなければわかりません」
指輪に負担を掛ける訳にもいかないので、ピンポン玉程の分体を新たに創り出す。
「これをあの子に一度握らせて、持ち帰って来い」
子供に干渉して記憶と意思を読み取るだけだ、それで十分だろう。
ソフィーは玉を受け取ると、扉から再びスーパーへと出掛けて行った。
約十分程でソフィーは戻って来た、俺は玉を受け取り分析する。
「残念だが、駄目だ。俺は受け入れるつもりはない」
「それは何をしたのですか?」
「ソフィーには教えていなかったが、俺は生物やそれに準じるものの記憶と意思を読み取れる」
自我が存在するものなら、可能なはず。
「それでは、この指輪も?」
「いや、それはただの通信機みたなものだ」
「では、あの子の意思は?」
「家に帰りたい。とさ」
皮肉なことに、あの子は和菓子屋の前に縛られている。余程、和菓子に気を取られたのだろう、死の直前に。
お豊のような自由な幽霊なら、とっくに家に帰っていたはずなのだ。
「理由は理解しました」
「あの子は、消えるまでずっとあの場所に居るだろうからな。たまに顔を見に行ってやれ」
「はい、では、お豊を連れ帰ってきます」
お豊は二十年だか三十年だか消えずに残っていたのだし、少なくとも十年くらいは存在できるのかもしれない。どのような仕組みになっているのか不明なので、確たることは言えないが…。
もしあの子が数年後に心変わりするならば、受け入れることは叶うかもしれない。だが、これもまた確実ではない。
二人が戻ってくるまで、また暫く掛かりそうだ。
俺は玉の組成を崩し吸収した、分体を上手く利用すればこの肉体を動かせるのではないだろうか? 俺本体が入らずとも分体でリモートコントロールすることは可能なのではないだろうか。
気になるとどうしようもなくなり、試してみる。
冷たい床に寝転がったにも関わらず、結果は惨敗。
仮説を立てるとすれば、俺本体はそれこそ純正の精神そのもの。分体は所謂神の力、残滓で構成されているということか。まぁ、当然だな。
肉体へと再び戻る、短時間しか離れていなかったからだろうか睡魔に襲われることは無く助かった。
こんな所で寝ていたら、何を言われるか分かったものじゃない。
次に試すのは、フヨフヨな俺をコピーし、分体を創り出すこと。
ややこしい話になるだが、俺と同じ思考ルーチンを持つ分体ならば、地球に行くことの出来ない俺の代わりに色々と調達出来そうではある。
例えば、城の周囲の林にカブトムシやクワガタを獲ってきて放したりということが可能になる。木はどうしたのか? と訊かれるとこっそり本体で持って来たのだけど。
創ろうと思えば、恐らく生命体をも創れるのだろうが、なんというか忌避感がある。出来る限りやりたくない。
正確には、実験場に対して忌避感があると云った方が正しいだろうか。
とりあえず、そのことは置いておくとして実験だ。
肉体に再び戻ったので、全部は出たくない。両腕だけ分離し前に突き出す、部分的にでも出しておけば残滓は収束する。
イメージが非常に難しい、普段から見慣れているおっさんの姿にしよう。
俺の目の前には、おっさんの俺がスケスケ状態で存在している。これは固定しない方が良さそうだ。
まず人間の目に映ることは無いだろうけど確認はしたい。パントリーに鏡など無いので、綺麗なシンクに近寄って映り込むか確認した。
問題は無さそうだ、よしそれでは実働実験と行こう。
「すまんな、俺。ソフィーたちを迎えに行ってくれ」
「ああ、行ってくるぜ」
既に俺の口調ではない『ぜ』なんて偶にしか付けないぞ。
冗談は抜きにして、常時リンクのテストも兼ねている。果たして地球まで届くのだろうか?
脳裏にイメージとして映り込むのは分体の視界だ。木星から地球まで直接届いているのか、転移扉を介して繋がっているのかイマイチわからないが、まあ良いだろう。
順調に和菓子屋の前まで進むとソフィーたちの姿を確認する。例の子供も同様だ。
「旦那様、こちら来られて平気なのですか?」
ちょっと妙な音声の聞こえ方だが問題は無い。
「俺は分体だから、問題はないよ」
分体が自発的に言葉を返した、こちらからも発言することは出来そうなので試してみよう。
「そういうことだ、分体のテストをしている」
「そう言われてみると、若作りしてませんね。ふふふ」
「……」
分体も本体も同じ反応だ、元が同じだからな。
「旦那、この子は…」
「豊、旦那様の仰ることは正しいのです、私たちにはこの子に会いに来ることくらいしか出来ませんよ」
俺が口を開く前に、ソフィーが諫める形になった。
確かに可哀そうではあるが、連れ帰った方がもっと悲しいことになってしまうだろう。お豊には理解してもらいたいところだ。
分体との視界共有では、この子がどの程度存在できるのか判断できそうもない。手元に戻した後、分析するとするか。
「それで、お目当ての物は買えたのか?」
「あ、いえ、まだです」
「坊主、何か食べたいものはあるか?」
泣いていたようだが、目が腫れているということもない、この子はもう死人なのだ。
子供は店頭に貼ってあるポスターを指さした。
「そうか、いちご大福だな。ソフィー頼む」
「はい、色々買ってきます」
ソフィーはお豊を連れて店舗へと入って行った。
「坊主、もう分かっているのだろう?」
「…死んじゃったってこと?」
事故から日が経っていないのだろう、献花は綺麗なものだ。
「うん、毎日お母さんがお花をくれる時に言うから」
「やはり、帰りたいか?」
「でも、ぼく、ここから離れられないよ。何回も帰ろうとしたけど」
恐らく俺になら、この子をここから剥がしてやることが出来る。ただやって良いものかどうか判断に迷う。
家に帰っても両親や家族の泣き声止まないのなら、この子の負担にならないだろうか?
「良いだろう、帰れるようにしてやろう。っと、とりあえず食ってからだな」
その後の判断は、この幼い子に委ねよう。見た目よりも意外としっかりした子のようだしな。
「ぼく、食べられないよ」
「旦那様、これを」
子供と話をしている間に、ソフィーは買い物を終え戻っていた。差し出されたいちご大福を受け取り、組成を弄る。
分体が出先で力の行使をした場合の良い実験だ。
「ほら、食ってみろ」
「え! 持てるの? たべれた」
これを食べた時点でこの子の無自覚な未練は消えただろう、これで恐らくは動ける。
「おいし、い、おじちゃん、ありがどう」
また泣きだしてしまった。
「ソフィー、この子を家まで送っていってやれ」
「ですが…」
「問題は解消した、最早この子は囚われていない」
「俺は帰る」
俺本体の発言の後に、分体が発言し若干ややこしいが問題は片付いたので構わないだろう。
分体が戻ってくるのを大人しく待つとするか。
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