第48話 望み

「原点回帰の術式とやらがどういうものか分からん、私にはどうとも答えられんよ」

「あんた叡智の神なんだろ?だったら」

「確かに叡智の神かもしれんが、全てを知っている訳ではないのだ。答えられるのは、私が知っていることに限られる」

 叡智が集約されるから、叡智の神じゃないのか?

「あんたが知りたいと望めば、その知識は得られるのか?」

「分からんよ、私が得られるのは残滓の告げる断片でしかない」

 この神も集まるのはやはり残滓なのか、知識そのものが得られる訳ではないのか…。



「お前は欲望の王なのだろう、望めば叶うのではないのか?」

「なんだ、その望めば叶うというのは?」

 どういうことだ? 先ぱい、否、サティを見る。

「そんな目で見ないで、欲望の神は基本望めば叶うわ。でもそれは『あくまでも賭けでしかない』とアーリマンが以前言っていたわよ」


「博打では困る、叶わない場合はどうなるか分かったもんじゃねぇ」

 俺は頭を抱えるように考えながら話している。

 望んで叶うのであれば望もう。だが、ソフィーはもう既に千年以上は生きているのだ。呪いを剥がしただけなら生命は一瞬で燃え尽きてしまうかもしれない、肉体も精神も塵すら残さず消え失せてしまう可能性だってあり得る。

 俺はソフィーに人間としての死を与えてやりたいだけで、消してしまっては元も子もない。



「ならば、お前は私に協力しろ。お前の望むことを調べようじゃないか」

「…わかった、あんたに協力してやるよ」

 俺の自己満足かもしれないが、俺はあいつを人間に戻してやりたい、人間として死なせてやりたい。


「待ちなさい! あなた何を言っているのか分かっているの?」

「俺が欲しい情報をこいつしか得られないのなら、託すしかないだろう?」

「あなただって望めば手に入るかもしれないのよ」

「その時はその時だ、手は多い方が良い」

 俺しか持たない情報よりも、複数の情報の方が分析がし易い。増して叡智の神だ、役に立つだろうさ。



「私はこういった世界をどうにかしたいと考えている。

 お前がこの管理者も去り壊れてしまった世界をどうするのか見せてもらおう。そいつも最初からそのつもりだったのだからな」

 感情の籠らない抑揚のない声で話す、この世界をどうにかしろと…。また先ぱい、サティもそうなのだと話す。


「ここまで壊れてしまった世界をどうしろという?」

 アーリマンは言った、この世界で聴こえている声は残滓ではなく願いそのものだと。

「今も聞こえ続けているこの『助けてくれ』『救いを』という声に、どう応えろという?」



『お主には儂等神の残滓も捉えられるはずじゃぞ』頭の中で再生されるアーリマンの声、俺には神の残滓も捉えられる…。

 集中した、涙が出そうな感情を押し殺し、集中する。


『・・わ・・・・・・・・・な・・・・・・・こわして・れ』

『・・わたし・・・を・・・なら・・・かい・こわしてくれ』

『・・わたしがここをさったならこのせかいをこわしてくれ』

 最悪だ、なんで俺にこんな声が聴こえるんだ。


「ふざけるなよ、なんで俺がやらなくちゃいけないだ!」

 あークソッ! なんで!




「…いいだろう叶えてやろう。すまんなお前ら、本当にすまん」

 肉体も無いのに涙が溢れてきた、申し訳なく思う。勝手な神に創られた世界と命に謝罪する。

 俺はこの世界を創った神に代わり、この世界に住む全てのものに引導を渡す。

 

 目を瞑り集中すると、神の残滓が手順を示してくる。

 この世界が終わるように、何もかもが消えて無くなるように願い、望み、祈れと。


 この世界を構築した神の望みが叶うように、全ての事象を消し去るように、と。





 そっと目を開く。そこには何もない、嘗て世界があったとは思えない何もない宇宙空間だった。視界の端に青い地球が見えた。

 全て消えて無くなった、俺が願ったばかりに何もなくなってしまった。


「これがあんた達の望みなのか?」

 荒廃していたとはいえ、たくさんの命を奪ったぞ。数えきれないほど膨大な。

 初めて神らしいことをしたと思えば、コレか? 大量虐殺じゃねえか。


「あの世界はもう私の手には負えなかったのだ、もう少しマシなら手の打ちようもあった」

 抑揚のない声色で話し出す男の姿をした神。

「私が先日の借りを返してもらう為にここへ誘ったの、ごめんなさい」

 謝ってほしい訳じゃないし、それに貸し借りで済む問題でもない。

「俺の倫理観が程よく壊れていなかったら今頃廃人だぞ? お前たちにとっては偽物の世界だろうが、どれだけの命を奪ったと思っている?」

 本当にもう泣きそうだ、今まで世話にはなったがこれはもう耐えられない。

 俺は先ぱいの元にはもう居られない、新たに住処を見付けなければならない。

 しかし、アーリマンの言うように地球には降りられない、何がどう影響を及ぼすか分かったものではないからな。


 俺が消してしまった世界・実験場は宇宙空間にあった、ならばここに俺の住処を創り出すか? 実験場にはしない、命まで創ろうとは絶対に思えない。帰ってソフィーに相談しなければ。


「俺は帰るよ」

「私はお前の声に応えよう、必要があれば呼べ」

「わかった。機会を作る、また今度話をしよう」

 感情の無い神の言葉に答えた後、俺はソフィーの笑顔を指標に転移した。

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